第八話 例外的な模擬戦
さて、生徒会長からの挑戦を受け、それを我らが担任が即却下したわけだが予想通りごねる生徒が現れた。
「でも先生、せっかく生徒会長さんが誘ってくれたんですよ?」
「そうです。これはチャンスだと思います」
「まさに、ゼロ組と他のクラスを結ぶ第一歩!」
ゼロ組の生徒の内、俺を除く三人全員だった。
しかも、教師としても断りづらいラインで攻め出した。
「安全を確保できる手段を考えておく。それが決まったら連絡する」
ここがゼロ組の教室ならまだしも、多くの目と耳がある体育館ともなれば流石にそう言うしかないのだろう。
生徒会長は安心したように一息ついて戻っていき、三人は悪役さながらの笑みを浮かべている。
その後三年生のもう半分のクラスの実技練習を見学し、一時間目は終了した。
変わらず四人で話していると、二時間目の始まりのチャイムが鳴り二年生がぞろぞろと入ってきた。
「視線、感じない?」
一時間目とは異なる視線の多さに気づいた雲居が、そう口にした。
確かに、自然体を装ってはいるがちらちらとこっちに視線を送ってきている。
それでも実技練習が始まればそれに集中する、となればよかったのだが状況は変わらなかった。
しばらくそれが続き、大して気にならなくなった頃面倒なことが起きた。
「あの右手首に緑色の腕輪を付けた生徒、さっきからずっとこちらを見ていませんか?」
「しかも今、そのまま魔法を発動させようとしてるのはちょっと困るかな」
案の定、その生徒は模擬戦中の誤射にでも見せかけようとしたのだろう。
放たれた魔法が俺達の方へと向かってきた。
ただ、心配する必要はない。
二年生が魔法を使っている場所からは魔法が出ないように、計四つの機械により結界が展開されている。
それゆえ、あの二年生は一年ゼロ組の生徒をビビらせるために魔法を放ったに過ぎないのだ。
しかし、その二年生の思惑は二つの意味で裏切られることとなった。
一つは、四人とも少しでも恐怖心を抱いたような素振りを全く見せないこと。
そしてもう一つ。恐らく、こっちのほうがあの二年生を動揺させたことだろう。
四つ全てが新品のはずの機械の一つが故障し、結界が機能しなくなったのだ。
さらに、魔法の制御が効かなくなったのか顔から色が失われていく。
異変に気づいた多くの生徒は、魔法と一年生の衝突、そこからの大惨事という想像をしただろう。
だが、その想像が現実となることはなかった。
「まったく、今度は何事だ」
俺達四人と魔法との間に立った担任が魔法壁を展開したことで、ゼロ組は誰一人怪我することなく問題は解決された。
「助かりました〜、先生」
「感謝にはもっと心を込めるんだな」
「心からの言葉ですって。それより、あの先輩は大丈夫ですかね」
魔法壁により、確かにゼロ組の生徒は誰も怪我を負わずにすんだ。
しかし雲居の指摘した通り、ちょっかいをかけてきた二年生にはトラブルが生じていた。魔法の発動がようやく終わると、そのまま倒れ今もまだ動いていないのだ。
「実技練習がこのまま続行されることはないだろう。ひとまず教室に戻れ」
倒れた二年生の元には教師達が駆け寄り、担架に乗せて体育館を出ていった。
「あ、先生。生徒会長さんとの件、期待してますからね」
たとえこんなハプニングが起ころうと約束は約束。それを楽しそうに口にした雲居を先頭に、俺達はゼロ組の教室に戻っていった。
「それで、誰が戦いますか?」
教室に戻るなりそう口にしたのは天川だ。
「ずいぶんと楽しそうだね、風音ちゃん」
これまでとは違った天川の様子に気付いた指摘により、若干顔を赤くしながらも言葉を続けた。
「それは、相手は生徒会長さんですし、現時点でどれくらい通用するかも気になるといいますか」
「確かに生徒会長と模擬戦なんて滅多にできないことだしな」
天川を援護するように明るく話す形式だったが、突如トーンを落として再び話し始めた。
「そういや皆は気付いたか? あの二年生の緑色の腕輪のこと」
「私たちにちょっかいかけて結局倒れちゃった人でしょ。確かに手首のあたりに巻いてたけど、それがどうかしたの?」
「少ししか見えなかったんだが、倒れた後には色が緑から白に変わっていたんだよ」
それはつまり、あの腕輪が魔法の暴発を引き起こした可能性が高い、ということだろう。
「それが原因なら、少しまずくないですか」
少し考える素振りをしていた天川が、俺たちに向き直りそう口にした。
「というと?」
「あの腕輪、あの生徒以外にも使用している生徒が、それも特に二年生の中で多かった気がします」
言われてみると、確かにちらちら緑色の腕輪が視界に入った気がする。
そして、恐らくそれは事実だろう。そうでなければ、雲居と形式がため息をつく理由はないはずだ。
「はい! この話やめやめ。それより生徒会長との件、誰がやる?」
突然立ち上がった雲居により、話題は再び模擬戦へと戻った。
結局、四人の中で誰か一人を選ぶならジャンケンで、という三人一致の提案を受け正々堂々たる勝負が行われた。
さて、ジャンケンには面白い法則がある。言い出しっぺは負けるというものだ。
そんなものは迷信に過ぎないと思っていたが、それは案外信憑性が高いのかもしれない。
まるで打ち合わせをしていたかのように、ジャンケンの提案が三人のハモリでなされた。つまり、言い出しっぺは俺以外の三人となる。
そしていざジャンケンとなり、等しく出されたグーの次の手の形。俺は手の形を変えなかった一方で、三人はそろってチョキを出した。
結果はいたってシンプル。俺の独り勝ちにより、ジャンケンは呆気なく結末を迎えたのだ。
終戦直後、担任が教室に戻り席に座るよう促した。いまだふてくされていた三人だが、もう一人の入室者を見て目の色を変えた。
「さっきぶりだね、ゼロ組さん」
穏やかな笑みを浮かべつつ手を振るその様子一つとっても、生徒会長がすると実に様になる。
「それでは、今から模擬戦の説明をする」
四人全員が席に座り大人しくなったところで、説明が始まった。
「ルールは三つ。一つ、観戦者の干渉は禁ずる。二つ、場所はこの教室内に限る。そして三つ、相手に致命傷を負わせる行為を禁ずる」
「いい、苗代君。私たちだって、すごく模擬戦をしたかったんだからね」
「それでも俺たちは、お前に譲ったんだ」
「文句の出ない模擬戦にしてくださいね」
「息を合わせてプレッシャーをかけるな。それと、生徒会長相手だとお前たちの期待には応えられない可能性が高い。ただ、努力はする」
俺に対して視線で不満をぶつけつつも机を前にどけるあたり、一応は納得してくれたのだろう。
「両者、準備はいいか?」
スペースを確保し、互いに動きやすい格好となったところで担任が俺と会長の真ん中に立った。
「私はいつでも」
「俺もオッケーです」
「ではこのコインが地面に着いた瞬間、模擬戦を開始とする」
ポケットから出されたコインを見るついでに会長の方を見やると、既に集中力が十分に高められている様子が伝わってくる。申し訳ないな、俺に対してそれだけの集中力は必要ないというのに。
俺が心の中で謝罪をしていると、ついに銀のコインが空中に舞い模擬戦は始まらんとしている。
さて、一体どれほど通用するのか。存分にかかってくるといいさ、生徒会長さん。
次回、模擬戦決着とランチタイムです。
食べたい中華料理があればコメントにでも。