第七話 例外的な見学
輝かしい高校生活、その二日目、朝。
不運にも、教室にぞろぞろと入ってきた防御力満点の装備をした学校関係者に喧嘩を売ったような状況になってしまった。
しかし、今は既に朝のSHRも終わりクラスメートと雑談をしている。無事危険は脱したのだ。方法は実にシンプルで、横一列に並んでごめんなさいをしたら、大人しく退出してくれた。
「やっぱり監視っていうのは面倒だね〜」
雲居が教室の後ろに視線を送って言った。
「合わせて二個。あれは範囲も広い上に、素材にもかなりこだわっているだろうな。ま、そんなことは置いといて、だ」
間を空けて俺達三人の注意を十分に引き付けてから、形式が再び口を開いた。
「飯、どこかで一緒に食べないか」
これに似た展開をさっきも体験した気がする。
ただ、形式の発言の意味を捉えることのがよっぽど簡単だ。
「確かに、今日も昼上がりなのに午後二時に集合は中途半端だしな。いいかもな」
「おお、分かってくれるか苗代!」
「私も賛成。せっかくだし親睦会も兼ねてね」
「私も賛成です。どう過ごすか迷っていましたので」
「よ〜し、それじゃあ全会一致で皆で昼飯ってことで。それで、誰か行きたいところはあるか?」
「では、一ついいですか?」
誰も発言しない中、天川が真っ直ぐに手を挙げた。
「中華料理、なんてどうでしょうか」
「いい店があるのか!?」
一気に頭の中が中華料理一色になったのだろう。形式は身を乗り出して天川に尋ねた。
「はい。この前たまたま通りかかったお店なんですが、ドアが開いた瞬間、店内からの香りで猛烈に中華料理への食欲が掻き立てられました。まだ一度も行っていないのですが」
「かなり、期待できます」
行きたい、そう思わざるを得なかったのは三人皆同じらしい。
「風音ちゃん、罪な女だよ。まだ一時間目も始まっていないのに、もうすでに炒飯やら餃子やらが頭から離れなくなっちゃたよ」
「駄目だ、今からよだれがとまらない」
「負けたよ、天川。どうやら俺だけでなく雲居も形式も、その中華料理屋の魅力には抗えなさそうだ」
「よし! 今日の昼飯は、天川が推薦した中華料理屋で決まりだ」
「静かにしろ。そろそろ移動だ」
勢いよく立ち上がり拳を突き上げた形式だったが、氷よりも冷たい担任の台詞により椅子に座って大人しくなってしまった。
それから数分後、担任は時計を見ると移動と言ったので立ち上がって教室を出る。
「最初は三年生からだったよな」
「ああ。一時間目は三年生、二時間目は二年生の実技練習だったな」
「となるとまず気にすべきは、生徒会長さんだね」
神楽高校の生徒会長といえば、一年生であっても知らないものはいない。何せ入学式で挨拶をしていたし、加えて入学してから常に成績トップという情報も勝手に流れてくる。
「生徒会長さん、お綺麗でしたよね。ファンクラブがあるというのも納得です」
全く引けを取っていないと思うぞ、とは三人が三人とも思ったことだが、それは口にしないのがクラスメートとしての優しさだろう。
「お前たちはこのあたりで見学だ。くれぐれも、今朝のように問題を起こすことはないように」
体育館に着くと、出入り口付近での見学を指示され、ちょうどそのタイミングで一時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「あれ〜」
三年生達が体育館に散らばった頃に、雲居が何かに気づいたようだ。
「どうしたんだ?」
「どうも生徒会長さんが見当たらないんだよね。この体育館は一つの学年の生徒半分が大きく動き回れるほどに広いけど、見逃してはいないと思うんだよね」
目を凝らしてみると、雲居の言う通り会長は見当たらない。
形式と天川の二人も確かに、とうなずき俺達は四人全員野次馬のごとくキョロキョロした。というか、野次馬である。
「一年、出入り口を塞ぐな」
四人揃って野次馬根性を発揮していると、後ろから不機嫌な声が聞こえた。
振り返ると、これは驚いた。注意をした男子生徒の後ろには、一生懸命に探していたお目当ての人物がいた。
「副会長、遅れてきたのは私達なのですからその態度はいけませんよ」
「す、すみません」
生徒会長と一緒にいたのは副会長だったのか。
トップ二人を四人してまじまじと見ていると、既に体育館にいた生徒達が集まってきた。
「流石、大人気だな」
「やっぱり、お綺麗な方でしたね」
四人全員、体育館の別の隅っこに移動して傍から会長を中心とした集団を眺めていた。
教師の指示により再び三年生が実技練習に戻ると、俺達が注目したのはやはり、生徒会長だ。
「速く、かつ正確。見ていて気持ちいいね」
「エルフ、というのもありますが、あれは努力の成果ですね」
この世界には様々な種族が存在し、当然この学校にも多くの種族が混在している。
そのなかで、会長、そして副会長は耳と魔法の腕前が特徴のエルフである。
「国立大学への推薦が既に決まっている、って噂もあながち本当かもな」
「なんなら、組織も既に目を付けているらしいぞ」
「お〜、もうそこまでいっちゃう? 苗代君」
組織とは、社会全体の利益となる依頼なら何でもという団体で、就職先としてもかなり人気である。
ちなみに構造としては、四つのトップ組織のもとに多くの下部組織がついている。
「まあ、あくまで噂だ」
その後も三年生を見ながら色々と話していると、同じく見学している一年生から一際大きな声があがった。
どうやら、生徒会長が一年生の中から模擬戦の相手を募ったようだ。
「大人気ですね。皆さん手を挙げていますよ」
「そりゃあこんな機会、またとないからな」
会長が何人か指名した後模擬戦が始まったが、一言で言えばそれは圧倒的だった。
「一年生の魔法を見ながら、最小限の動きで回避そして攻撃、か。割と実戦も意識しているみたいね」
「まあ、一年生の方はあれだけどな」
そんな風に他人事として見ていたが、指定した全員との模擬戦を終えた生徒会長は、突如としてこちらに近付いてきた。
そして発せられた次の言葉に、俺達四人は顔を見合わさずにはいられなかった。
「どうだい、君達も挑戦してみないか?」
「却下だ」
すぐさま断ったのは、四人のうちの誰でもない。
授業が始まったときから、ひたすら体育館の外で中の様子を見ていた、我らが担任である。
だがどうにも、このまま終わるとは思えなかった。
理由は簡単。
雲居、形式、天川の三人が、少しだけ笑っていたからだ。
それに関しては、もしかしたら俺も例外ではなかったかもしれない。
やった、私はやりました。