第三話 例外的な休み時間
いよいよ、少しだけ動き出します。
予想外の新入生代表の挨拶ではあったが、その後は何事もなく進行し退場はゼロ組の生徒からとなった。
どうやら十時からロングホームルームが始まるそうなので、少なくとも二十分間は何もせず休憩する時間に費やせる。
さて、それでは早速おねんねするとしますか。
と、思っていたのだが、残念ながらそれはただの幻に過ぎなかった。
教室に戻り席に着くや否や、俺は寝る体勢を取った。
しかしそれとほぼ同時に、俺の机は教卓含め包囲されてしまった。俺には無関係だと思っていたのも束の間、怒涛の質問タイムが始まった。
ただ、俺への質問への核となる部分はどれも同じであった。
あの女子生徒とはどういう関係なのか。
何故そのことを知っていると聞いても答えは誰からも返ってこず、質問ばかりが押し寄せてくる。
「最初はどっちから話しかけたの?」
「どういう風に呼び合ってるの?」
「ナンパ、ナンパなのか?」
「ズバリ決め手は!」
「二人はどこまでいったの!」
「少し落ち着けって、お前ら。質問ばっかだから困ってるぞ」
おお、初めてお前を見直したぞ形式。
「それで、やっぱ顔か!」
やっぱりお前はけいしきだよ。少しでも感心した俺が馬鹿だった。
「いいか。俺と空野はみんなが想像するような関係じゃないし、俺自身そういった感情を持ち合わせてなどいない。それが全てだ。ほら散った散った」
周りからはブーイングも聞こえてくるが質問が聞こえてこなくなった辺り、俺から得られることはないと分かってくれたのだろう。
やがてクラスメートが離れていく中で、一人の生徒が近付いてきた。
「ごめんね~。ここまで皆が興味を持つとは思わなくて。けど、私だって悪気があったわけじゃないんだよ。たまたま見えちゃっただけで」
「見えちゃったって、俺が待ち続けていた所はここから数分歩いたとこにあるんだが」
「それでもたまたま見えちゃったの、この目で」
ズイっと身を乗り出して、俺に左目を見せてくる。名前も知らないクラスメートとの至近距離には戸惑うが、まず一つ聞かなければならないことがある。
「その目ってのが、魔法だったりするのか?」
本来見えるはずがないのに、この女子生徒は教室から外にいた俺の様子が見えていた。
その発言に嘘は混ざっていなそうである。となると、この現象は彼女の魔法によるものだと考えるのが妥当だ。
だが魔法を上手く使いこなせない存在は、全員が全員自らの特性を正直に明かすとは限らない。
だから彼女も正直に話してくれるとは限らない。
「そう、この目は魔法により色々なところがみえちゃうのだ。エッヘン」
前言撤回。隠すことなく教えてくれた。
「聞いた俺がいうのも何だが、そんなにあっさり教えてくれて良かったのか?」
「隠すことに意味はない。それに、早いうちに皆に知ってもらった方がいいでしょ。でないと大変なことになるのは私達、でしょ」
「確かに、そういうもんか」
「そうそう、そういうもん。あ! そういえばさ、名前をまだ言ってなかったね。私は雲居未来。栗色の髪の毛がよく似合い、スタイルのいい現役女子高生。これからよろしくね」
「俺は苗代涼。派手な髪色は似合わないと自負している、現役平凡男子高生。これからよろしく」
「俺も俺も! 名前は形式昇。スポーツ刈りだが趣味特技は料理の現役スキル持ち男子高生だ。雲居も苗代もよろしくな」
こいつ、妙に大人しくしていると思っていたがさてはずっと聞き耳立てていたな。
俺のこの考えは半分当たっていたが、もう半分を見落としていた。
「よろしくね、形式君。それじゃあ、次は誰がいく?」
「はい! ぜひ私が」
形式以外のクラスメートも聞き耳を立てていた。
「影が薄いと言われますけど割と声量には自信がある現役ギャップ女子高生、天川風音です」
三人がそれぞれの返答をし、これで無事にこの一年ゼロ組に在籍する全生徒の挨拶が完了した。
そう、四人の生徒が挨拶したことにより全員分の自己紹介は完了したのだ。
この神楽高校のゼロ組を除いての全生徒数は約八百人であり、決して生徒が少ないというわけではない。
しかし、この学校に限らず例外的な生徒が集まる学級の人数は少ないのだ。
もちろん入学前に全員で四人だということは知っていた。だが、全員の自己紹介を聞き終えて一番前の席から教室を見回すと、やはり言わざるを得ない。
「教室、広」
「やっぱそう思うよね。多分教室のサイズは他の教室と変わらないんだろうけど、何せ人数がね」
「それに席が前の方に配置されていますからね」
この教室での席順は、一番前の席に俺がその後ろには形式が座っている。一方女子はというと、俺の右隣に天川が形式の右隣には雲居が、という配置だ。
「一つ、気づいたことがあるんだ」
「どうした、俺と席を交換したくなったか」
「誰が好んで先頭に行くか! そうじゃなくてだな、さっきの自己紹介だよ」
「特に変なことはなかったと思いますよ?」
「いや、他の誰でもない。君の自己紹介に問題があったんだよ」
「私の、ですか?」
「そう。さっき君は、自分のことを影が薄いと言った。確かに君は黒髪セミロングに眼鏡。外見から判断すれば、いわゆる普通かもしれない。だが、」
「だが?」
「全員で四人のこのクラスでは、その属性に被りが無いのだ!」
「確かにそうです!」
「いや、それは甘いね形式君。問題はもっと根本的なところにあるんだよ」
「何、だと」
雲居にだけは見えている真実が語られる。まさにその直前で、教室に我らが担任が現れ皆席に戻っていった。
担任からは配布物と提出物についての説明がされただけで、時計の短い針が十一を指すよりも前に下校ということになった。
最初に準備を終えた俺はスマホに一件の通知が来ていることを確認した後、席を立った。
「じゃあ、また明日」
三人の返事を受けながら、春だというのに一切陽気を感じることのできない廊下に向かう。その最中に言い忘れていたことがあるのを思い出した。
「そうそう、俺のバッグに付いていた盗聴器。あれは処分させてもらうけど、問題ないな」
「え~、せっかくなら付けっぱにしといてよ」
「馬鹿言うな。プライバシーを覗かれることを許せる度量の持ち主じゃないんだ」
恐らく、さっき話しかけてきたときに付けたのだろう。
まったく、行動の素早さといい盗聴器のサイズといい、流石としか言えないな。
下駄箱まで辿り着き上履きを入れると、正門前の気配から一年ゼロ組が例外であることを思い知らされる。
ゼロ組の生徒は皆、基本的な魔法が使えない代わりに特別でかつ未知の能力を有している。
その点で四人は例外的な存在だと言える。
ただ、もう一つ。
ゼロ組の生徒は皆、必要とあらばクラスメイトを切り捨てることについてのためらいは無くかつその能力を十分に有している。
そんな生徒だけで学級が成立していることも例外的な要素だろう。
下駄箱から正門までの長い道のり、その一歩目を踏み出す。
いつ崩れるか分からない学級。
全くもって普通ではないことは確かだな。
だが、我ながら不思議なことに、これからの学校生活に期待を抱いているようだ。
「さてと、校門前の戦場に向かうとするか」
後書きまでの到達、ありがとうございます。
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