気を付けなさい
この世界では普通、人には魔力が宿る。
十人十色、多種多様に魔力は成長と共に色づき、適正となる属性が決まる。
だが、稀に魔力に色が染まらず属性が決まらないものがいる。
こうなってしまっては最早適正もなにもない。
使える魔法は日常的に使う生活魔法以外になにもないのだ。
誰もが使える適正属性をそいつは一生努力をしても得ることが出来ず、ただただ魔力を持ち腐れるのだ。
端から見たらまさに
「魔抜け」。
このように名付けた人物のネーミングセンスには脱帽するしかない。
そしてそんな魔抜けの最たる例がこの僕という訳だ。
「はぁぁぁあ、やってられるかっつうの!」
僕は部屋のなかでそうひとりぼやく。
結局、あの質問のあとに返せた答えは
「空中に文字を書いて情報信号にする」
ということだけであった。
なかなかいい答えだとは思うが残念ながらそうでもない。
まず、空中に描いた魔方陣は長くて3秒しか持たない。
3秒で空気中に固体となった魔力は霧散してしまい、溶け込んでしまう。
こんな短時間では詰め込める情報はほとんどない。書き置きみたいに残せるのならばまだ使い道はあるのだが対面で情報を伝えるのであれば口頭で十分なのだ。
加えてそもそも魔法が使えるのであればそれを信号として使えば良いのだ。火魔法ならそれを空に向かって打ち上げればそれだけで情報が伝わる。
「全くグチグチとよー」
バルクマン教授は結局そこを根掘り葉掘りと掘り下げまくり僕の研究が全く使えるものではないとなじりまくった。
「…自分でも実用性あんのかなとか思ってたりしたけどさぁ、あそこまでいうことないじゃん…」
あー、つらい
そんな風に研究室でうだうだと愚痴をこぼしていたら明るいソプラノボイスが話し掛けられた。
「あら、今日はだいぶ優しかったほうじゃない。」
「メリッサ」
「普段の教授だったらもっとグゥの音も出させないほどコテンパンに叩きのめすじゃない。今日はまだいいほうだわ。」
「そうだけどさー、今回はなかなか面白い発見だったんだぜ。たまには手放しで誉めてくれたっていいとは思わない?」
「あの教授がそもそも誉めるという行為を知ってると思う?それよりいつまでもグズグズ文句言うのはやめてよね。こっちまで気分が下がっちゃうわ。」
「はいはい、申し訳ありませんね 。空気を盛り下げるやつはさっさと立ち去りますよっと。」
降参の意を込めて手をヒラヒラとしながら僕は研究室を後にする。
メリッサ・マロバートン
彼女はかたっくるしい研究室の中で唯一まともに話ができる友人だ。
魔抜けと知りつつ僕を迫害せず、かといって過剰に気の毒がることもない。丁度良い距離感を保ってくれる中々稀有な存在だ。
そんな彼女とのやり取りを尻目に研究室をでた僕は荒んだ心を癒してくれる愛しの我が家へと帰るために帰路につく。
普段からあまり日差しの入らない玄関にいる守衛さんと挨拶を交わし、僕は外に出て宵の口特有の少し冷えた空気を肺一杯に吸い込む。
はぁぁぁ。口から空気を吐き出すと不意に肩を叩かれた。
少し驚いて後ろを向くとそこには
「バルクマン教授…」
「…」
「えっと、その、お疲れ様です?」
「…お疲れ様。」
バルクマン教授はそう言うだけで何かを話すわけでもなく僕の目をみつめ続ける。
男二人がただ見つめ合うだけのどことなく気まずい雰囲気がただただ流れ続ける。
「…」
「…」
「えっと、では僕は失礼しますね。今日はありがとうございました…」
そう言い、後ろを振り返ろうとすると
「くれぐれも気を付けなさい…」
ベックマン教授はそう言い残し、足早に去っていった。
…背後とかにってこと?