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ムササビ痕 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーん、今度のつぶらやくんのテーマは偉人の出生か。

 語り継がれる人って、ときどき「マジかよ」って生まれの人いるよね。願掛けに願掛け重ねた末から、夢のお告げ。星が腹に飛び込んだとか、ファンタジーな話さえ残っていたりする。

 僕はこの手の話、偉人の箔つけのような臭いが濃くて、あまり好きじゃない。血筋を重視する考えは古今東西に存在するけど、いくら自分がその末裔だからって、先祖の話を盛って盛って、やたらとひけらかすって「アホじゃん?」と思う。

 自慢したいなら自分自身の働きで勝負すればええねん。なんで先祖に勲章つけて、自分が偉そうにするねん。お前が鬼の首取ったわけじゃないやろ? と疑問があとからあとから湧いてくる。

 一方で、特別な出生には安定した支持層がいるのも確か。選ばれしものには、生まれたときから選ばれたポジションがよく似合う……てね。よくも悪くも、僕たちはそこへ目と心を奪われがちだ。

 そうした命の誕生は、生死に次いで注目しなきゃいけないものがいくつかある。そのうちのひとつについて、僕が聞いた話があるんだけど、耳に入れてみないかい?



 むかしむかしの、ある年のはじめのころ。

 大規模な山火事が起きた。夜中、雲ひとつすらない空のかなたが、まばたきするかのように二、三度光を立て続けに放つと、霊山として知られた山の頂に、唐突なかがり火がともったんだ。

 ふもとからでもはっきりと見える、あまたの火の粉。そこへ煙が加わって、曇りない空をたちまちのうちに覆いつくしてしまった。

 しかし、火の勢いは山頂付近でとどまったまま、広がる様子を見せない。その代わり、長く長く山の上へ居座った。夜が明け、昼を迎え、陽が西へ傾いても、まだ燃える。

 一カ所にとどまり続けているんだ。木にせよ他のものにせよ、限度はある。これ以上何を燃やしているんだと、ふもとの住民がいぶかしく思い出した。結局、山頂をすっかり禿げさせた火事がおさまったのは、落雷より二晩が過ぎてからのことだったという。


 現場を調査した住民たちの報告によると、9割9分が焼け野原と化した山頂付近のうち、わずか1分だけ焼けずに残った白い地面があったという。

 かの霊山には社があったものの、非常にささやかな大きさで、鳥居のひとつもなかった。はるか以前の代の神職が、質素なものを望んだからだろいう。しかし、その無傷の地面は社からかなり離れた地点にあり、単純な燃え残りとは考えづらかった。

 痕を見るに、巨大なムササビが飛膜を広げたような状態だったことが分かる。おとな数人分に匹敵する大きさではあったが。生き物だったとしても、この火事の中で何日もじっとしているなどあり得るだろうか?

 疑問は解けないまま、やがて村で新たな問題が持ち上がった。


 生まれてきた子供の歯が、すでにそろっているという報告だ。

 その子は産声をあげたそのときに、口の中には上にも下にも、かっちりと白い歯が並んでいたらしいのさ。

 最初の10日ほどは母乳を飲んでいたが、かむ力がどんどん強くなり、乳首に痛みを感じるようになってしまう。すぐに食事が、家族と同じものへと変わっていった。

 赤ん坊のうちは、消化する力がまだ不十分。うかつな食事は体調を崩す原因となりかねないが、この歯がそろった赤ん坊についてはどこ吹く風だ。

 まだ固さの残る米が混じっても、顔全体で砕くかのように音を立てての咀嚼。それでいて食べきると「まだ足りない」とばかりの大泣き。そうして新しく飯を用意すると、ウソのように泣き止んで、もくもくと目の前のものをかたしていく。


 それが一人でとどまらなかった。

 その年に、村で生まれた赤ん坊の3割強が、生えそろった歯を持って生まれてきた。一様に大人のような食事を求め、それらを腹下すことなく平らげていく。

 身体の成長も早く、それぞれの赤子が2年とたたないうちに5,6歳の兄や姉に、見劣りしない体型へと育っていた。しかし言葉に関しては、どの子もほとんどしゃべることができず、足もまた弱いようで、床や地面にハイハイしなくては動くこともままならない。

 図体ばかり大きくて……と陰口をたたかれることも増え出し、実の家族ですら赤子たちに気味悪さを覚えだしたころ、最初に生えそろって生まれた赤子に転機が訪れる。


 歯が抜け始めたんだ。

 晩にとろろのご飯を食べたところで、むぐむぐと口の中で停滞させていた赤子が、やがてぷっと吹き出したのが、上下の前歯だった。

 家族は驚くも、まだ赤子は口をもごもごさせている。それからはまるでスイカの種でも出すように、次々と口内の歯たちを皿へあけていく。

 その食事で抜けた歯は、20本を超えた。残りの歯も翌朝を迎えるまでにすべて抜けてしまい、それでいて抜けた歯の後には、いずれも新しい歯の影さえ見えないという異常な事態だった。

 他の歯がそろった赤子の家でも、同様のことが起こる。その日のうちに抜けた歯は、上下大小を問わずに集めて、ざっと数百。いや1000にものぼるといわれたとか。


 この気味悪い事態に、「上の歯は縁の下へ、下の歯は屋根の上へ」など、のんきに放り込もうとは思えない。

 すぐさま焚き上げられる運びとなって、ただちに村の中央へ井げた状に木が積まれ、大きなかがり火の中へ、抜けた歯たちがどんどん放り込まれた。

 するとどうだ。歯をすべて放り込むや、かがり火のてっぺんから一気に灰色の煙がわき出したじゃないか。

 あの山火事を見ていたものなら、そのときの様子にそっくりだと分かる。火の粉をまき散らしながら、周囲の家屋を越えて、頭上の空を覆いつくしにかかる煙、煙、煙……。

 だが今回はその立ち上る煙の途中から、枝分かれしてもう一筋。本流とは違う方向で、天を目指していく軌跡があった。



 ただの煙じゃない。その分流は伸びた先から形を作っていく。

 煙が細まったかと思うと、そこからまたいくつも煙が分かれ、それでいて宙に形を保ったままで伸び続けた。

 それがやがて胴体になり、四肢になり、やがて飛膜を広げたムササビを思わせる姿。あの山頂の焼け残った痕と合致すると、煙の枝はぶちりと途切れた。

 自由になった煙のムササビは、そこに壁があるかのように、かさこそと四肢を動かしながら空中を這っていき、空を覆う煙の向こうへ消えていってしまう。直後、煙もたちまちおさまっていき、かがり火もおのずと鎮まってしまったのだとか。


 赤子たちの歯も、大人顔負けの大食らいっぷりも、すべてあのムササビが空へ還るための布石だったのだろうね。


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