第六話 天才少年の指先
カサンドラと意気投合した俺は、まずは彼女と自分の身柄をナイトロードへ移動するという難題に取り組み始めた。
「カサンドラ、とりあえずその服じゃ目立って仕方がない。着替えよう。俺のお古でいいなら家から持ってくる。一時間ほどで帰ってくるよ」
「う、うん」
高台を降りた俺は一旦家に帰り、親父とお袋に惑星首都へ行って職探しをするからしばらく留守にすると報告した上で着替えを持ち出す。……そして、残りの内部資料もだ。
「今から行って、宿が見つかるか?」
もっともな疑問だが、
「どうにだってなるさ。失業保険の期限が切れるまでには家に戻ってくるよ」
「健康には気を付けなさいよ」
「どうせペースト食しか買えないさ」
この時の俺にどうして分かるだろう。これが、この二人と家族として交わした最後の会話になるなんて……
とにかく、ナイトロードへさえ渡れれば作戦を実行できる。俺は高台へ戻った。赤銅色の髪のお嬢様は、幸いにして俺がいない間に姿を消したり自殺したりはしていなかった。
「お帰り、高風さん」
「ケイジでいいよ、俺もカサンドラって呼んでるし」
「分かったよ、ケイジ……ところで、着替えるのはいいんだけど、どうやってナイトロードへ渡るの?」
当然そこは疑問だろう。ここは商社マンの腕の見せ所だ。
「……惑星首都の方にちょうどいい知り合いがいるのさ。ともあれ、ついて来てくれ。それとも、惑星首都に戻るのは嫌か?」
「……少しね。でもまあ、ケイジと一緒ならいいや」
カサンドラは不思議と、俺とウマが合うらしい。同行を承諾してくれた。
わざと、町中から少し離れたバス停で首都行のバスに乗る。出来れば、誰かと一緒に居るところを親父たちに知られたくはないから。
惑星首都につく頃には、恒星マーカンタイトは地平線へ沈みつつあった。
「さてと、23番マンホールはっと……」
ビルの谷間を進む俺とカサンドラ。多くのビルの入り口には自動人形のガードマンが立っており、一定の身分証……まあその多くは貴族でないと取得できないものだ、それを提示しなければ立ち入る事すら出来ない。そんな、ビルの谷間にある一つのマンホール、監視カメラの死角になっているそこに俺の尋ね人はいるのだった。
マンホールの蓋を開けると、すえた匂いが周囲に充満する。
「臭い……」
さすがにカサンドラは抵抗がありそうだ。
「暗いから気を付けろよ」
俺たちはマンホールのそこに続く梯子を、一歩ずつ踏みしめながら降りる。
……下水道の管理通路まで降りると、俺はカサンドラを連れ東へ向かい歩き始めた。突き当りにあるドアには『管理要員以外の立ち入りを禁ず』という張り紙がなされていたが、
「管理者はトラだ」
と俺が暗号……キーワードを言うとひとりでに開く。
ドアの奥には、壁に設置されたモジュラージャックにコードの繋がった、小さな携帯コンソールを触る一人の少年が佇んでいた。
「なんだいあんたか。アポ位メールでとれるだろ」
「それが、会社が倒産して情報機器の一切は没収された」
俺が両手を広げたジェスチャーを見せると、少年は深々とかぶったハンティング帽をあげ、笑いながら俺達に目を向ける。
「倒産、倒産か!せっかく僕の作ったシステムがあっても、社長が無能なら生かせないんだな」
会社で使っていたコンピューターのシステムは表向き、専門の業者にインストールを頼んだ形になっているが、実際にそれを構築したのはこの一人の天才少年、ジャッキー=クラークだった。
「不可抗力だ。他惑星に委託すれば輸送コストも爆上がりだし、ザンナーシュバリエがやられた時点でどの道運命は決まってたよ。きちんと自壊プログラムが作動したから、ジャッキーの事は外部には漏れていないはずだ」
「外部にはぁ……?あんたが後ろに連れてるその子はどうなんだよ」
「……」
その子……男装したカサンドラをジャッキーは即座に女の子と見破ったらしい。
「ふん、まあいいや。それで、僕のところに直接足を運んだからには、尋常な用事ではないだろう。とっとと用件を言え、ケイジ」
「俺とこの子……そして出来れば、お前の分のパスポートIDの確保」
「僕もか?……不可能じゃない。不可能じゃないんだけど……僕をどこへ連れていく気だ」
そもそも、本来パスポートIDの取得は相当な時間と費用が掛かる。その管理システムに侵入して俺達のIDを偽造するのは並大抵のことではない筈なのだが、彼にとっては侵入そのものはお茶の子さいさいらしい。なんでも『システムを作る側もマンパワーが足りなくて、セキュリティホールをまともに見つけられない状態』なんだとか……言っている事の半分も理解できないが。
「惑星ナイトロード」
俺が目的地を言うと、ジャッキーは『えー』という言葉を表情で形作った。
「まああんたとは長い付き合いだ、どんなところでも行くけど……そこに何があるってんだ」
「決まってるだろ……ザンナーシュバリエだよ」
俺が言った言葉の意味を、ジャッキーも理解したのか、
「オイオイ本気で言っているのか」
「何も正面からハッキングしてほしいって言ってるんじゃない。お前にやってほしいのは船内のシステムの書き換えだ」
「……ふーん……ま、面白そうだから一肌脱ぎましょ。お嬢ちゃんもよろしくな」
一回り下の年齢に見えるジャッキーに『お嬢ちゃん』と呼ばれたのがあまり心地良くないのか、カサンドラは小さな頷きだけを返した。