第四話 あるディストピアでの一日
― 会社倒産から数日後
あー、ハロワの求人票見たけどろくな仕事がない……
失業保険を貰いつつ、俺は仕事を探していた。ザンナーシュバリエがやられた結果、もう何と言うか、どこも景気が悪いらしく、いかにもな『使い捨ての労働者求む』みたいな求人しか出てない。
俺は近くの電話ボックスに入ると、鮮やかな緑色の公衆電話の受話器を上げて10円硬貨を入れ、うちの電話番号をダイヤルする。
「父さん、ごめん俺。いまろくな求人が出てないよ。とりあえずハロワに顔出してりゃ失業保険は貰えるからもう帰る」
受話器から聞こえる、親父の声は無慈悲だった。
「何言ってるんだ。もう選り好みしているような場合じゃないだろ。せめて一件、面接の日取りを今日中に決めてこい」
冗談じゃないや。俺は即座に受話器を置くと、ガチャンという情けない音を立てる。……俺が持っている切り札になりそうなものは会社からひそかに持ち出した機密資料だけ、でも、公開する方法が問題だなぁ……俺が内部告発……もう『内部』はないけど、そんな事を起こしたところで、この糞田舎の糞惑星では『和を乱す者』として扱われ、どこの会社からも門前払いになるに決まってる。あるいは他の惑星へ移住すればいいかもしれないが、1000万円にもなる他惑星への移住にかかわる諸費用、そしてマンションの賃貸料、その他生活費の事を考えるとあまりに閾が高すぎた。奨学金を背負っている以上、さらに借金を上乗せするわけにはいかないのだ。
人生八方ふさがり。もう俺は、この惑星に骨を埋めるしかないんだろうなぁ。
それでも同級生の大半、貴族に売るための農産品を作らせられている大半の庶民より俺は恵まれた立場にいるのは間違いなかった。彼等はいわば奴隷だ……その彼らの生産物を主に取り扱う商社に勤めていた俺がいう事でもないが、連中は貴族たちの言っていることをただ実行するだけの人生を送っている。
結局、俺は一旦家に戻った。
「全く、結局何も決めずに戻ったのか」
親父……高風ケイゾウはこの星に住む大半の庶民と同様、農家である。
「失業保険の期間が過ぎたら、俺の後を継ぐ準備をしてもらうぞ。それが嫌ならさっさと面接を受けろ」
宇宙プラスチック製……この惑星の生活用品の大半は、宇宙農場での廃棄物を再利用して生産されたこの素材で出来ている……の、木目調に塗装されたちゃぶ台を叩きながら、親父は俺に最後通告をした。
「まあまあ父さん、そこまでにしておいて。お昼ご飯にするわよ」
ガス台の上の鍋が蒸気を上げる。……炊事やお風呂を入れるときに使うガスも宇宙農場製だ。そして、宇宙農場そのものは形式上帝国政府、実質上は星系の貴族による共同所有となっている。俺達の今の暮らしは宇宙農場なしに成り立たない。
「ほら」
茶碗に盛り付けられた、米型に成形された食糧ペースト。この惑星、いやほとんどの惑星で、本物の食糧を食べられるのは貴族だけだ。人々は貴族に育てた農産物を売りさばき、その代金から税金を支払い、残った僅かな金で生活している。……そして、そんな貴族達からのありがたい施しがこの宇宙農場製の食糧ペーストだ。
「……」
そして何より嫌なのは、その事に疑問を持っている人間が、俺の周囲では知る限り、ただ、俺一人だけだという事だ。
お昼ご飯、一汁一菜(全て食料ペーストを加工、成形したものだ)のつつましい食事が俺と親父の前に並べられる。
「いただきます」
……会話はない。未来への希望はあの船、ザンナーシュバリエと共に沈んだのだ。俺が務めていた会社の占めていた農産物の交易分野も、これからはより発展している隣の惑星、セケトから他の商社が乗り込んできて取り扱うようになるだろう。そこに俺の居場所があるかどうかは正直微妙である。
……ぶっちゃけた話、こうなる前に会社を買収してくれていたら俺も穏当にそっちへ移籍できたんだがなぁ……やはり、天候に出来合いが左右されるカブやニンジンといった作物は安定した収入源にならないと、向こうの連中も考えていたと見るべきだ。最も、誰かが交易を取り仕切らなければならない以上、これからは連中も出張らない訳にはいかなくなるだろうが。
昼食が終わってしばらくして、俺はあてどなく家を飛び出した。とにかく、親と一緒の空気を長くは吸いたくなかったのだ。
歩き続け、気づいた時には町の近くの高台へと昇っていた。
「あんなに遠くに、惑星首都が見える……」
崖の上から見通す地平線近くに、立ち並んだビルの群れがまるで芥子粒のようにかすかに見える。あそこでは真っ当な食糧も売っている。通信機器も、ゲームも売っている。ただ、俺達の、庶民の給料ではとても買えない値段で売り出されていた。携帯電話のような無線通信機器に至っては実質上、貴族しか取得できない資格が購入に必要だという。俺達が買えるのはせいぜいブラウン管テレビ位だ。
「まあ、馬上槍試合はガス抜きなんだわな」
ブラウン管の向こうに見える白熱の世界。それは、飼い犬たちを主人がリード付きで散歩に出かけさせる、まあそんなようなものなのだ。本当の自由、本当の娯楽はそこには無いことを、俺は大人になって知ってしまった。
「……」
そういえば、昔、近所の赤毛のお姉さん……今から思えば、あれが俺の初恋だった、あの人がよくこの高台から地平線に見える惑星首都を見通してたっけ。今じゃあの人もどこかの貴族の愛人になって、あの摩天楼の中に居るって話だけど。
俺は一瞬、彼女の影を追っていた。……そしてその影は、今そこに、俺が立っている崖のすぐそばに実体をもって存在していた。
ここ数回くらーい話になるけど、大丈夫かな……