第三話 全ての始まり
予定通り、主人公の過去話となります。
― 初試合の1か月半前
俺、そして会社の皆はその日、ブラウン管にくぎ付けになっていた。
俺の会社は恒星間宇宙船に乗せる貨物を取り扱う商社だったから、ザンナーシュバリエの勝敗は会社の命運そのものに直結していたのだ。
今日のエキシビジョンマッチがどうして行われる事になったかというと、もともと惑星ハッカネンが所有していた帝国中央との貨物航路を、相手方の惑星が欲したからだ。ハッカネンの領主であるフェルディナント伯はその場での決闘を申し出ようとさえしたが、辺境の一惑星の領主に過ぎない彼ではより中央に近い相手方はまともに取り合ってくれない。そこで、中央政府にその不当を申し立てて、馬上槍試合での決着をつけることが許されたのだ。
騎士道的な船体を持つザンナーシュバリエに対し、相手方の『ヌル』は二回りも小型の船体だった。真っ黒な、突起も何もない船体は不気味ですらある。
「……頼むぞ、伯爵様」
俺は、星空へのあこがれから奨学金を得て他星系の専門学校へ進学し、恒星間宇宙船の操作手順を学んだ身だった。しかし、この土地……いや、この宇宙において、恒星間宇宙船を所持できるのは貴族階級の人間のみ。まともな就職先を見つけられず、結局故郷へ帰って来て、こうして惑星を出ることのない職業についている……最も、庶民階級の人間は一生を生まれ育った惑星で終わる事も少なくないので、俺は恵まれた方だとも思っているが。
「エキシビジョンマッチ、ザンナーシュバリエ対ヌルのカードですが、どうですか解説の山之内さん。ザンナーシュバリエの方はここ最近の戦績が優れないようですが……」
「んー、そうですねぇ、ヌルは新造船だけにその実力は未知数です。ザンナーシュバリエとしてはここで一勝を上げて、次の最強トーナメントにつなげたいところでしょうねぇ」
「ありがとうございます。……いま、スターティングランプが点灯し両者一斉に発進しました!」
対照的な船体を持つ2隻のエーテルドライブがうなり、ぶつかり合う……
「おーっと、これは!!」
実況のアナウンサーが叫ぶ間も無く、ヌルはザンナーシュバリエの突進をひらりと回避すると、まるで生き物のようにくるりと旋回した。
「馬鹿な、あんな軌道は変だ。物理的には可能でもパイロットがGに耐えられるはずがない」
俺はその光景を見て思わず叫んでしまった。
「インチキだ、インチキだぞこんなの……!!」
ヌルには見たところ、エーテルランスが存在している様子すらない。しかし、次の瞬間にヌルはそれを、粒子砲を発砲し、ザンナーシュバリエの船体が巨大な爆発を起こしたのは確かだった。
「な、なんだこれは……」
粒子砲が消し飛ばしたザンナーシュバリエの装甲部分。ヌルの装甲カバーが開き、4門のレールガンが中から現れた。俺達がこりゃあ不味いと思う間もなく、ヌルはザンナーシュバリエの装甲の破孔へ向かい、それを一斉に発射した。
……今だから思う。あれは、明らかに法律上は禁じられた、コクピットを狙った射撃だった。
爆発。
「ザンナーシュバリエ、動きません!……どうしたのでしょうか、山之内さん」
「あー、……あの位置はコクピットですね。フェルディナント伯は無事でしょうか」
「ともあれ、勝負は完全につきましたね」
会社の皆が絶句していた。……その日のうちに、あの射撃でフェルディナント伯が亡くなった事、航路が相手方の惑星に奪われた事が明らかとなる。……何より、ザンナーシュバリエが稼働不可能なまでに大破した現状では、貨物の恒星間移動自体を他の惑星が所有する宇宙船に委託しなければならない状況だった。
破局は、それから一週間もせずに訪れた。
業務中……貨物の委託手続きを隣の惑星、セケトに依頼している矢先の話だった。俺たちのいるオフィスに、制服姿の男達が何人も入り込んできた。
「なんだなんだ、セキュリティは何をしている?」
男達は名乗った。
「我々は破産管財人から委託された裁判所の者です。直ちにすべての業務を停止し、会議室へお集まりください。この会社のすべての資産は現在、債権者による差し押さえの対象となっております。一切のものに触れないで下さい」
そのまま俺達は会議室に集められ、すし詰めの状態で2時間ほど放置された。
「くっそー……」
分かっていた、分かり切っていたのだ。ザンナーシュバリエが使えなくなった以上、そう遠くないうちにこの日が来るのは。こんなこともあろうかと、俺はいくつかの資料のコピーを家に持ち帰っていた、連中が気づかなければ今後の為の武器になるだろう。なるだろうが……他の会社もザンナーシュバリエの大破によって苦しい状況の中、同業他社への転職はままなるまい。
俺達がすし詰めになっている間に裁判所の連中は会社にある資産の査定を済ませ、倒産に至った経緯が説明された。いずれこの会社は自転車操業だったため、一度でも荷物を運べない便があれば不渡を出すのは必定だったのだ。
こうして俺は、多額の奨学金の返済という債務を背負って、無職の状態で寒空に放りだされた。