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迷宮日誌③ 〜死地に揺らめく子守唄〜  作者: ケット・C・ニャンガード
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眠らせる者、眠る者

俺の知るところでは、本来"奇跡"は尊い生命を守るため、神から一時的に授けられる力である。


この迷宮において、生命を脅かしたり奪ったりという役はもっぱら"魔術"の専門分野であった。


だが呪われし迷宮の中にあって、治癒や守護の術のみで生き残るには限界があった。


やがて"奇跡"を用いる僧侶や冒険者達は研究や修練を重ねることで、一つの裏技へと到達したのだ。


"反語"と呼ばれる技法(テクニック)。"奇跡"に分類されながらもどこか邪悪さを感じる呪言に近い禍々しい類のものである。


治癒の祈りの恩恵を反転させることで、その人体の血脈を破壊したり、呼吸を乱し窒息させるという所業が聖職者達にも行使できるようになった。迷宮ならではの祈りの発展形とも言えるだろう。


ただ、スゥの起こした即死の"奇跡"は俺の知る"それら"とは明らかに毛色の違うものだった。


振り返ってみれば、突然迸った激しいいかづちは恐ろしく強烈な一撃であったが、それでいて神々しささえ感じられるようなものだった。


信仰の対象にも大きく影響していたのかもしれない。


"グングニル"というのは聞いたことのある槍の名前だ。どこかの神話に登場する槍のことだったろうか。ゲームなどでも登場する機会が多く、強力な槍の代名詞だった気がした。


また、名乗りによれば彼女の名はどうやら"スバーバ"と言うらしい。スゥというのは、俺のようにニックネームのようなものなのだろう。



































再び氷漬けにでもなったかのように微動だにしない巨人達の間を悠然とスゥが進んでいく。


そして胸を穿たれて、膝をついた巨人のリーダーへと歩み寄るとスゥは槍を置き、両脛の鞘からそれぞれの剣を抜いた。


「介錯は要るかな。」


その太く逞しい首を落とすには、いささか刀身が足りるかどうか。




「…いや。いらねぇ。」


巨人は虚ろな眼差しでわずかに彼女を見ると、どこか遠くへと視線を戻しながらこれを拒んだ。


「そうか。ではこのまま見送ろう。」


スゥはカチャリと二振りの剣を同時に納めた。






「…なぁ。」


声を振り絞り、巨人が問いかける。



「…この上には何がある。」




"上"というのは上層のことを指しているのだろうか。階層と階層を繋ぐ大穴には縄梯子以外にも間隔を開けた大きな窪みが目についたことがある。あるいは彼らも縄梯子を使うのかもしれないが、下層からやってきたということなのだろう。



スゥはびっしりと煉瓦によって塞がれた天井を見上げると、澄んだ声でこれに答えた。




「この上には空があり、天井がない。昼間はどこまでも青く澄み渡っていて、そのへんの灯りなんかよりもよっぽど明るくて眩しい太陽という光がある。夜になると太陽は沈んで真っ暗になり、代わりに月や星という宝石のような無数の光が夜空に瞬く。それはーーー












































ーーーそれは、君達が目指すに値するものだよ。」


巨人はどこかうっとりと満足そうな表情を浮かべ、静かに目を閉じた。


「…そうか。…無念だ。」


「あぁ。ゆっくり眠るといい。」


大きな体が崩れるようにして倒れかかる。スゥは小さな体でこれを支え、寝かせるようにしてその巨体を横にした。



アレクシアの咳込む音が戻り、「大丈夫ですか。」と"静寂"によって治癒を断念していたパストアが祈りを再開する。


スゥは槍を手にすると再び、巨人達の間をツカツカと歩きながらこちらへと戻ってきた。


不思議と敵意の感じられない最期のやり取りを目の当たりにし、誰一人として攻撃の雄叫びをあげることはなく、腕を振り上げる者もいなかった。


「彼等は追っては来ないだろう。お嬢、歩けるかい?ケットくん、今日はこれくらいで帰ろう。私達の寝床が土の中になってしまう前にね。街のどの馬小屋よりも酷い寝床さ。」


普段の明るい調子を取り戻しながらスゥが帰還を進言する。俺達はそれに従い、街へと戻ることにした。


巨人達は遺体の元へと集まり、悲しみに暮れている。


アレクシアの傷が回復したのを確認し、俺達は巨人達を残して部屋を後にした。




































未踏の地があれば、人は進む。


この迷宮にしてみれば、上だろうと下だろうと、あるのは進む方向の違いだけだ。


俺達が下層へ下層へと駆り立てられるのはなぜなのだろう。


王国の号令。街の平和。酒場の依頼。金の為。生活の為。元いる世界への帰還の為。


どれももっともらしい目的だが、どうやらもっと根本的なものに突き動かされている。


それは恐らく、探求心や自己満足といったような、突き詰めれば極めて単純な欲望なんだと思う。


死地を進み行く自分達に、もっとちゃんとした理由が欲しくって、それらしい何かを適当に付け足しているだけなのだ。


迷宮に潜む魔物達が一枚岩なのか、そうでないのかは置いておいても、好奇心から地上を目指す者達がいても決して不思議なことではないのだと、そう考えながら帰路についた。

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