死地
「アレックス…!」
チャンスが慌てて仰向けになったアレクシアへと駆け寄り、水薬を振り掛ける。
『大丈夫か!?』
「…息はあるみたいだ…!」
チャンスがアレクシアの兜の口元に耳を欹てて呼吸を確認した。
甲冑を着ていたとはいえ、彼女にとっては致命的な一撃が直撃したようだった。ツユクサの水薬一つの効能では命はまだかなり危険な状態かもしれない。
『パストアさん!』
「わかりま」
一瞬、周辺に嫌な空気が吹き抜けたような気がし、それをかすかに感じ取ったと同時にパストアの返事が不自然な途切れ方をした。
返答の直後、パストアはアレクシアへと駆け寄り、祈りを捧げる。その光景にもどこか違和感を覚えた。いや、仕草には何一つ問題はなかった。本来あるはずの、何かが足りない。
「パストアさん…?」
チャンスが真横で必死に祈りを捧げるパストアへと疑問の表情を投げかける。やはり何かがおかしいのか。
祈る様子を凝視しながらチャンスが声を張り上げる。
「…ケット!パストアさんから声が聞こえない!」
パストア自身も驚いた様子で、祈りを中断した。
チャンスは急いでアレクシアの兜をはずす。
遠めに見ても、アレクシアの意識はあるようだった。苦痛の表情を浮かべながらも弱々しく何かを伝えようとしているようだった。
「…アレックスもだ!…声と…音!音もしてない!!」
チャンスが横たわったアレクシアを支えながら混乱した様子で叫ぶ。
『パストアさん!とりあえずポーションを!』
パストアは大げさに頷き、鞄から水薬を取り出しアレクシアに飲ませた。
無事に水薬を飲み終えたアレクシアが口を大きく開けながら身体を前後に数度揺らす。
普通ならばそれを咽ると現すのだが、そうであるならば、けほっ、とか、こほっ、とかそういうアレクシアが発するはずの音が聞こえない。
「ケットくん!そっちはどうなってる!?お嬢は大丈夫なのかい!?」
スゥが巨人の攻撃を躱しながら大声を発した。
反撃を開始した巨人達との前線はスゥとシルバが受け持ってくれていた。
囲まれすぎず、近づきすぎず、防戦一方というわけでもない。絶妙な位置取りと立ち回りで持ちこたえてくれていたが、さすがに後方の俺達のやり取りに異変を感じ取ったようだ。
いま生きていることだけを"大丈夫"と言うのであれば、"大丈夫"だ。
しかし、俺はこの迷宮に足を踏み入れて以来、俺達パーティー全員が最も死に近い状況に追いやられていることを理解しはじめていた。
そしてそれは、決して"大丈夫"と言える状況ではなかった。