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未来コミックス

作者: 雲乗リュウカン

 博士から呼び出しがかかったのは、ちょうど原稿作業がひと段落したときだった。

 変わった発明品の自慢ばかりしてくるから普段は理由をつけて断ってるけれど、今回は気分転換がてら行くことにした。大事な取材先には違いないし。

「おぉ、よく来てくれた! ついに完成したぞ!」

「うわっ、あの、落ち着いてください、博士」

 邸宅のドアが開くやいなや、内側から伸びた手が僕の腕を掴んで中に引きずりこんだ。引っ張られた勢いでたたらを踏む僕のそばで博士は、完成した、完成した、と老齢のわりに軽快なステップを踏んでいる。

「で、どんな駄作ができたんです?」

「失敬だな! 今回は本当にすんごいのだぞ!」

 怒りはするけど、今までのが駄作というのは認めるところらしい。

 鼻息荒く、博士が発明品を僕に突きつけた。見たところ、頭にかぶって使う物のようだった。かぶると、細長いケースのような黒い機構がアイマスクみたいに目を覆うかんじになりそうだ。

「これが何だか、わかるかね?」

(バーチャル) (リアリティ)のヘッドセットですか?」

「そう思うだろう。しかし見えるのはバーチャルじゃないぞ。漫画だ。それも未来のな」

 は? 未来の漫画とな。

「意味わかんないんですけど」

「このケースの上部に作家の毛髪を入れるだろ。すると、その作家の描く漫画の、今はまだ描かれていない先の話をどんどん表示してくれるのだ! あたかも、何年分も先の単行本コミックスをまとめて買って読むようにな!」

 何年分も先って……。

 つまり、雑誌で読める最新話より先の話を、何十話も読めたりするってことだろうか? 事実だとしたら未来を覗き見るなんて所行、今の科学力を凌駕している。

「それ本当マジですか……? さすがに信じられないんですが」

本当マジだとも。自分の漫画で実証済みだ」

 得意げに博士がA4用紙を見せつけてくる。

 大量の数式の殴り書きに混ざって四コマ漫画があり、コマの中で棒人間がコミカルに踊っている。

「適当に描いたこれだが、この一話しか描いてないにもかかわらず、この機械ではなんと三話目まで表示されたからな!」

「三話目まで? 何年分も表示してくれるんじゃないですか?」

「未来のわしが飽きて、そこで描くのをやめるんだろう。しょせん、実験用に描いただけだからな。そこで君を呼んだわけだよ。現役プロ漫画家の君を!」

 博士の期待に満ちた視線を感じる。

 ははーん、なるほど。僕の描く漫画で性能を検証し、あわよくば先の展開を知りたいってわけか。

 漫画家である僕もまた、一人の漫画好きだ。好きな話を好きなだけ読んでいきたい欲求はあるし、理解できる。

 しかし、しかしだ。あの漫画は僕の血と汗と涙の結晶だ。時間を費やし、技術を注ぎ込んだ、生きる糧だ。安売りはしたくない。

 博士は作中に登場する機械仕掛け(ギミック)の考証なんかもしてくれる、いわば協力者ではあるけれど、線引きはきちんとしなければならない。

 覚悟を決めて、僕は博士の次の言葉を待った。

「君と同じ雑誌に『海賊王に俺はなる!』って漫画が連載されてるだろう? その作者の毛髪を採取してきてくれんか」

「いや僕の漫画じゃないんですか、そこは!」

 思わずつっこんだら博士が「え?」と驚いた。甚だ解せない反応だ。

「だって君の漫画はつまらんし。先を知りたいとも思わんし」

「あなた一応、僕の協力者ですよね⁉︎」

「頼む! 『海賊王に俺はなる!』の続きを孫に見せて喜ばせたいんじゃ!」

 なんという優しいおじいちゃんな動機。いや、そういうのはどうでもいいんだ。

「あのですね、面白いとかつまらないとかじゃないんですよ。その機械ガジェットの性能実験は博士の四コマでしかできてなくて、数年先のものが本当に表示されるかは未確認なわけでしょう? その検証を僕の漫画でするんじゃないんですか」

「ん……?」

 土下座しかねない勢いだった博士が、はたと思い至ったように眉を上げた。

「すっかり忘れとった」

「失礼を承知で言いますけど、あなたそれでも科学者か」

「気がはやっただけだわい。いやしかし助かった。いざ孫に見せたときに全然表示されとらんかったら怒られるからな。わしのためにすまんの。毛髪を一本もらえるか」

「べつに博士のためってわけでもないんですけど」

 最初から読む気も持たれてなかったのが悔しいというか。断るつもりだったのに結局渡しちゃったよ、髪の毛。

 博士がケースに僕の髪の毛を収めながら「君の漫画、たしか最新話は第二十二話だったな」と呟いた。合ってる。つまらんとか言ってたけど把握はしてるのか。

「お? おぉ、これは──」

 ヘッドセットを装着した博士が興奮した声をあげた。

 それ以降は無言で、たまに頷いたりしながらヘッドセットの横のボタンをぽちぽち押している。あれでページ送りしてるのかな……というか本当に僕の漫画があの内側で表示されてるのか? 僕がまだ描いてないぶんまで、本当に?

 博士はだいぶ真剣に読み入っているようだ。つまらんとか言ってたわりに、さっと検証だけするんじゃなくてきちんと読んでくれるのか。最初は読ませるつもりなかったからちょっと複雑だけど、悪い気はしない。

 と思ってたら、博士が大きく息を吐いて、おもむろにヘッドセットを外した。

「あの、どうでした?」

「うむ。君の漫画、あと十話で終わるぞ」

「はぁ⁉︎」

 検証結果がすごく聞きたくない形で返ってきた。

「終わるって、そんな……ちょっと見せてください!」

 ためらうように博士がヘッドセットを持つ腕を引く。残酷な現実を僕に見せたくないとでも言うつもりか。

「思ったんだが……作家が自分の未来の作品を見るのってどうなんだろな。タイムパラドクス的なサムシングに引っかからんかの」

「他人の作品を勝手に孫に見せようとしてる人が今さら抱く葛藤じゃないんですよ! いいから貸してください!」

 半ば奪い取るように僕はヘッドセットを装着する。

 目の前に広がる画面。そこに映っているのは本当に僕の漫画だった。

 ページを操作していく。まさに今日、原稿がひと段落した話がきちんと漫画になっている。次の話はまだネームすら描いてない。なのに漫画になっている。

 そして第三十二話の最終ページ。主人公が最後の戦場に向かうという状況で漫画は完結していた。ラストの大きなコマには『ご愛読ありがとうございました! 五島ごとう先生の次回作にご期待ください!』と雑誌みたいなアオリ文があった。五島は僕のペンネームだ。

 打ち切り。

 漫画家なら誰もが忌避する単語が僕にのしかかった。

「なんだ、その、あまり気を落とすな」

 知らず膝を折っていた僕の頭の上から、言葉を探しあぐねているような博士の声が降ってきた。

「不人気で打ち切りになったとはかぎらん。君が犯罪で逮捕されたり、事故で死んだりしたせいで連載中止となる可能性もある。悪い方にばかり考えるな」

「悪い例ばかり挙げて言うことですか!」

 慰めの言葉はいらないけど、そんなこと言うくらいなら慰めてほしい。心血注いで作ってきた物語があと十話で終わってしまうなんて……

「たった十話……担当からは何も聞かされてないのに……」

「そういう告知がいつされるのかわしは知らんが、今頃、君の家の前で担当さんが暗い顔して立っとるんじゃないか?」

「ちょっと黙っててくれませんかねぇ? あなた一応、僕の味方でしょうが」

「いやしかし、君は凄いと思うぞ」

 僕の頭からヘッドセットが取り外された。見上げれば博士がまた装着していた。

「終わってしまうとわかっても描き切るんだからな。なかなかできることじゃないぞ」

「……そんなの、当たり前ですよ」

 プロなのだから。打ち切り宣告されたって投げ出したり、半端に終えるわけがない。

 約束された期間まではきっちり描き切る。

「当たり前、か。たいしたもんだ。わしが同じ状況だったらもう描く気などなくなっとるだろうし、そうなると、ここに表示されとる漫画も消えとっただろうな」

「無責任なことはできませんから……え?」

 なんか今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

 描く気がなくなると表示も消える、ってことは──

「もしかして、僕次第で内容が変わるんですか?」

「そりゃそうだとも。たとえば、わしが今から君の利き腕をへし折るとするだろう? すると君は続きを描けなくなり、表示されとる漫画は全部なくなる」

「不穏な例え話はやめてくれません?」

「わかりやすかっただろう? わしの四コマも最初は五話あったんだが、ちょっと面倒くさいと思ったとたんに三話に減ったからな。まったく未来というのはよくブレよる」

 よくブレるのか……。

 確定した未来を見たんだと思ってたけど、そういうことなら。

「博士……三十二話目の次の話、見たくないですか?」

「さっきも言ったが、君の漫画はべつに先を知りたいとは思わんな」

「がっつり読んだくせに! いや、そういう意味じゃないんですよ!」

 あの機械で見た漫画の内容を、これからの僕次第でもっと面白いものに変えられるなら。

 そして読者アンケート結果で順位を上げていけたら。

 打ち切りの未来を回避できるかもしれない……!

「博士、僕は諦めませんよ。とことん抗って、漫画を描き続けてやります!」

 立ち上がって、僕は真っ直ぐ博士に宣言した。

 僕の本気っぷりが伝わったのか博士は機械を外すと、真剣な眼差しで僕の手を強く握ってきた。僕も熱く握り返す。

「よく言った。わしも応援しているぞ!」

「はい!」

「ところで、『海賊王に俺はなる!』の作者の毛髪をだな」

「今その話は遠慮してくれませんかね」


 ──それからは目まぐるしかった。

 物語をもっと面白くするため、僕はなりふり構わなかった。

 暗い顔で仕事場に来た担当を立ち直らせ、議論を重ねた。

 アシスタントたちに頭を下げて、描き上がった話を何度も描き直した。

 そのかいあって作品は徐々に雑誌内での順位を上げていった。

 そしてしばらく経ち、たしかな手応えを提げた僕は博士の研究室をまた訪れた──

「おぉ! 君の漫画、前にはなかった新しい話が表示されとるぞ!」

「本当ですか!」

「『五島先生、待望の新連載』!」

「打ち切り回避できてない‼︎」

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