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ハイティバイン~The Blave to exceed~  作者: 天とう
第1章
9/25

8 示された道

 ホワイトボードに東土とローレシュア大陸を結ぶ線を引き、線の先に華山共和国と記入する。

 位置的に中華人民共和国にあたる国のようだ。

 更にシスターは東土のある1点に黒い点を付け、ホワイトボードを裏返してその拡大図を書き込む。


「ここから少し東に行くと粗末な海岸があり、ローレシュア大陸東南地区、華山共和国の都市の1つ、紫法海淵線(デスロシーサイドライン)に着く船が出ています」


 教会のイラストから少し離れた位置に海岸を描き、そこを丸く囲むと、再びホワイトボードを

 裏返して華山共和国の海に面した位置に紫法海淵線と記す。


「この船は身分証明も必要無く乗れるんです。ただ、その分危険ですが」


 シスター曰く、紫法は無法都市と呼ばれる危険地域。

 件の船はそこと東土の海岸を行き来する違法な船舶。


 それ故身分確認は無いが所持品検査も無いので犯罪者が多数乗船し、当然のようにナイフや拳銃が持ち込まれるためかなり危険な旅になるらしい。

 その代わりに審査も無く簡単に大陸に出ることができるとのこと。


「そこから、大陸を切るように走るパブリックゾーンというどの国にも属さない道を行けば、無国籍の不審人物でもローレシュア大陸を抜けることが可能です」


 どうやらこのハイティバインには、国に属さない公共地というものがあるようで、

 ローレシュア大陸にはこのパブリックゾーンが横断しているため、ここを通れば他国に入国する審査も無い。

 もちろん大陸は巨大なため時間はかなりかかると言われた。


 それについては容易に想像出来る。

 バースでも、仮にユーラシア大陸を徒歩で抜けるとしたらどれだけ時間がかかるのだろうか?

 考えたことの無い人間にはわかりはしない。


「ただ、この船は東土政府の目を盗んで運行しているので、乗船料が高いです」


 これも当然といえば当然だ。

 国の法に従っていないのだから勝手に決めているのだろう。

 そして、この料金といった金銭面が非常に問題だった。


「えっと、お金が無いんですけど」


 麻子の自信なさ気な言葉は事実。

 2人は身と服だけでこちらに転移しており、金が全く無い。


「よく考えたらお金無いと飯もヤバイですよね」


 風翔が今更のようなことを吐く。


「そうだね。大陸に渡るのも大陸横断するのも良いけど、旅の最中はお金が必要だし、食べ物が無いと餓死しちゃう」


 つまるところ、何もできないということになる。

 異次元であろうと、お金が必要なのだ。


「あの、この話つんでません?帰る前に死にますよ?飢えで」

「それは…」


 事態は困窮していた。

 無一文である以上、今後の生活は間違いなく詰んでいる。

 大陸を抜けるだけで何十日とかかるはずだ。

 その間、飲まず食わずでサクヤの元までたどり着くのは不可能。

 希望から絶望に落ちた人間がだいたいするように表情が消えた転移者たちに救いの手を差し伸べるように、シスターは口を開いた。


「手っ取り早くお金を稼ぐ方法ならありますよ。この近くに鉱山洞窟があります。そこにある鉱物は大抵良い値段で売れるので、それを持って来ていただければ私が資金を調達してきますが、どうでしょう?」


 要は無いなら作れという話。

 売れるものを掘り出して金に変えろ。

 あっさり言うがそう上手くいくものか?

 風翔が唸ると、シスターは追加攻撃のごとく更にげんなりする言葉を紡ぐ。


「もちろんノロイも出ますが、避ければ問題ありませんし、こちらも差し上げます」


 そんな簡単に言ってほしくないと風翔が願う。

 何がもちろんだ。

 出てほしくないのだ。


「何ですか?これ」


 差し出されたノートは麻子が受け取り、パラパラとめくってみる。


「私お手製のノロイ図鑑です。詳細と対処法も載せてあります」


 ご丁寧に名前まで記載されている。

 イラストもあり、割と手の込んだ仕上がりになっていた。


「う、うーん。鉱物……」


 とはいえ風翔には森で見た怪物がいると明言された洞窟に行けるほどの勇気は無い。


「大丈夫かな…」


 麻子も不安を見せている。


「あの、シスターさんにも一緒に来てもらえたりは?」

「拒否します。私はここから動きたくないので」


 不安だった彼女の希望は即答で拒否されてしまう。

 更に、シスターは淡々とこう言い放つ。


「なお、食事の提供についても明日以降は料金を払っていただきますので、あなた方はお金を手にするために動くしかありませんよ」


 感情も無く、あっさりと無情な言葉が耳を貫いた。

 異次元に無一文で放り出され、右も左もわからない中、必死にたどり着いた場所で「金が無いなら出て行け」に等しい文句を浴びせられ、風翔は怒りを収められず、拳を机に叩きつける。


「なんだよそれ」


 同時に椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、吠えた。


「いきなりこんなことになって理不尽にも程があるじゃねーか!」


 殴りかからんとする彼をあくまで平静に努めんとする麻子が制止し、腕を捕まえて、暴走を抑えようとする。


「巴くんおさえて!」


 言われた方は、それでも怒りが収まらない。

 こんな事態になってから、訳もわからない理不尽を堪えた。

 しかし、齢17歳の少年の理性など、大したものではないのだ。

 ここまでで抑えていた何かが爆発したようにどうしても目の前の無情な存在を殴り飛ばしてやりたくてたまらない。


「私が何故あなた方を手伝ったり養わなくてはならないのですか?」


 感情が荒れる人間に、不意に冷徹な視線と全く感情の無い声がやけに明瞭に響いた。


「本来私のいる教会に必要ない食事を無償で提供し、必要な情報を無償でお伝えしました。これ以上を望むなら、今後あなた方の次に来る人間に出す食事や後の教会運営のため、相応の金銭を出すのは当然でしょう」


 確かに、知りたいことは知った。

 食事ももらえた。

 見ず知らずの人間にそうまでするだけでも十分好意的といえる。


「……そ、れは…」


 間違っていないので風翔は押し黙ってしまう。

 しかし怒りは収まらない。

 何故こんなことになったのか。

 誰のせいなのか。

 行き場を失った怒りで頭が沸騰しそうだった。


「町に戻って身分証無しで出来るバイトとか、探してみる?」


 ほぼ不可能だが化物がいる洞窟よりマシな提案が麻子から流れてくる。

 その方が良いかもしれない。

 ところが、次の理不尽が降ってきた。


「少し悪い知らせを。この東土は情報社会のため、町にはいたるところに監視カメラがあるんです。国民や入国者は全て登録されており、登録が無い者をカメラが捉えると不法侵入者として、面倒な連中が捕まえに来ます。町に戻れば即お縄です」


 どこまで辛い目にあえば良いのか。

 ここに来て、不法侵入者扱いまでされるらしい。


「ちなみにあなた方は既に捜索対象みたいですよ。あなた方が起きる少し前に警察が来ました。一度目ですからあなた方を隠すために適当にあしらいましたが、次からは庇う対価も出して欲しいです」


 酷い話に聞こえるが、教会サイドから見れば当然の条件である。

 押しかけた方にも言葉にされた今、それは理解できる。


「それはそうですが、町に戻っていたら大変だったので、先にその情報は欲しかったです」


 麻子は洞窟に行くにしても、一度町に戻って行かずに済む方法も探すつもりでいた。

 もし知らずに戻りでもしていたら逮捕されていたと考えると、教えておいて欲しかった。


「聞かれませんでしたので」


 一切感情無い答えが飛んでくる。


「っ!」


 なんとなく、目の前にいる人間でない存在に、恐怖を覚えた。

 自分たちを助けたりするつもりはなく、役割をこなしてやっているという、明らかな見下しを感じていたのだ。


「あなた方が町に戻る選択を視野に入れていたので、戻ればどうなるかを好意で伝え、流れでお話ししたまで」


 つまり、偶然その話が出ただけ。でなければ話す気も無かったということ。

 麻子が押し黙ってしまい、風翔は人の形をした人外に鋭い怒りを向ける。


「随分殺気立っておりますが、私は求められた説明をしただけ。そして説明のためにいるのです」


 が、その怒りは説明するだけのエクゼッターには意味を成さず、やれやれと肩を竦められてしまう。


「務めを果たしているだけであり、望みが叶わないことに腹を立てるのはやめていただけますか?」


 理解はしている。

 この神と認知されている種族が役目を全うしているだけで、悪気が無いことは。


「わざわざ私は資金を作る情報まで伝えています」


 しかしこの言い方がかなり神経を逆なでしてくるのだ。

 風翔が拳を握りしめて、それでも耐えている中で、なお挑発的な物言いが続く。


「更にあなた方が町に戻るのは難しいと考えたからこそ最初から、鉱石を採って来てくだされば資金は私が調達するとお伝えしました」


 もう限界だと、少年が拳を振り上げ、麻子が止めようとした瞬間、強い殺気が2人の動きを止め、その場に硬直させた。


「赤の他人にこれだけ好意に接している相手に、失礼極まりない態度、この場で神罰と称し、あなたを殺しても構いませんが?」


 目は据わり、シスターはいつの間にか風翔の横にいた。

 神は隣の人間の首に指を当てて、無情な眼光を向けてくる。


「大変失礼をいたしました。どうかお許しください。彼の無礼は、私が責任を取ります。ですから、彼への罪に恩赦をいただけませんでしょうか」


 途端、麻子が風翔の襟首を掴んで自分の後ろに回す多少乱雑な位置変更を実演し、シスターに頭を下げた。


「先生……」


 それを見て、風翔はあっけにとられ、頭が冷える。


「あの殺気でも動くとは、案外肝が据わっていますね。あなたは」


 シスターとしてはかなり強めの警告の意を込めたようだが、麻子の、生徒を守る意志が勝ったらしい。


「………まぁ良いでしょう。子供はそんなものですからね。しかし少年よ、感謝はしなさい。その者が進言しなければ、私は気まぐれであなたを殺していたかもしれないのですから」


 それに免じて何もしないでおくことにした。

 腕に傷をつけるくらいはしても良いかと考えたが、今更面倒なので控えた。


「……はい」


 そして、少年はまた、守られたことに、自身の愚かさと、非力さを痛感するのだった。


「では、今日は解散しましょう。引き続き、明日までは客間をお貸ししますので、ごゆっくり」


 シスターは、さっさと出て行き、なんとも殺伐とした空気だけが、室内に残っていた。




 シスターが好意で明日までは無償で泊めてくれるらしく、風翔と麻子は説明が行われた部屋の隣、先ほどまで寝ていたこの教会に1つしかない客間で休むことになる。


「さっきは、本当にすみません。ありがとうございました」


 まず土下座。

 麻子に手間をかけさせたこと、命を守ってもらったこと、これらに関してきっちり謝罪と感謝を述べた。


「い、いいよ、土下座なんて。気にしないで巴くん。私は大人だし」


 対して、麻子はあまり気にはしていない。

 守ると決めたのだから、当然のことをしただけなのだ。


「言ったでしょ。私が守るから。辛い時は私を頼ってね!」


 拳を握って自分は強いアピールをする。

 守られてばかりの風翔は男として、これで良いのかと考えてしまう。

 守られる立場ではなく、守る立場になくてはならないはずだ。

 にもかかわらず、何もしていない。

 ただ喚いているだけだ。

 情けなくなった。


「巴くん?」

「え?あ、何です?」

「大丈夫?浮かない顔だよ」

「気にしないでください。大丈夫です」


 あげた顔が沈んでいたせいで更に心配をかけてしまったらしい。

 平静を取り繕い、風翔は話題を明日のことに切り替えた。


「それより、明日はどうしますか?」

「うーん、どうするといっても、洞窟に行くしかないんじゃないかな。採ってきたら金銭に変えてくれるってシスターさん?様?が言ってたし」


 結局選択肢がない。

 シスターが提案した方法で金を手にし、大陸へでなければ帰る手がかりも掴めないのだ。

 若干シスターをさん付けのままで呼んで良いのか、神様として様付けすべきなのか、麻子には悩みどころである。

 一方シスターに不信感すら抱いている風翔は呼び捨てで構わないのではないかと感じていたりする。

 身近すぎると、神といえど神聖な気持ちにならない。

 加えて、エクゼッターは神扱いされているが、信仰されているかは不明だ。

 単に死なないから神とされているなら、敬意を示す対象として扱いづらいというのが

 正直な意見だった。

 そんな神からのお告げは洞窟で金になる石を採ってこいというもの。


「鉱物採集……」


 やったことは無いので僅かながら好奇心が湧く。

 しかし、悪魔扱いされている怪物がいると明言されてしまっては、やる気はでない。

 遭遇したらやり過ごす。

 そもそも極力遭遇しないようにする。

 これがベストなのだ。


「はっきり言って、他に方法を探したいんですが…」


 それでも心が逃げたい気持ちをあらわにしてしまう。


「そうだね。私も同意見。だけど、思いつかないし、あまりこの国には長居しないほうが良いと思う」


 麻子も同じ気持ちだったが、シスターの話から自分たちが既に不法侵入者としてマークされている以上下手な行動で捕まりなどすれば帰還は絶望的になりかねないことを理解していた。


「多少危険でも、早めにお金を作って国を出るべきだよ」


 よって、彼女の覚悟は決まっていたのだ。


「……そう、ですね。わかりました」


 それを聞いて、風翔も同意した。

 不本意であっても、麻子が決めたなら、反対する気はなかった。


 そして考える。

 もし何か起きたら、先生が危なくなったら、自分はどうすれば良いのか。

 少年の迷いは何の結論に至ることも無く、ただ夜が朝に向け、静かに過ぎていった。

お読みいただきありがとうございました。

次回はお金稼ぎでピンチに!?

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