7 神という存在
「随分根本的なことを聞きますね」
少年の問いを受けたシスターは無表情のまま眉間を抑える。
彼女の言う通り根本的な話だ。
別次元やら次元転移やらの前の、そもそもの話である。
「次元について、ですか。そうですね」
口元に指をあてて少し考え彼女は手を広げて述べた。
「ここでいう次元とは、世界を人体に置き換えた場合の、臓器といった感じです」
何故か世界を人体で表現するシスター。
「あなた方は、人体を流れる血管を通るように、次元と次元の間を抜けて、こちらに転移したんですよ」
あまり気分の良い例えでは無いが、イメージは出来た。
「……臓器…」
ただし風翔的には表現があまり好きではない。
「他に何か?」
まだあるか問われるが、もう思いつかなかった。
「………いえ、知りたいことは知れましたし」
少年がお辞儀する。続けて隣の女性も頭を下げた。
「というか、今の話、ニャクも知ってるんですよね」
良く考えたらニャクが最初から説明してくれていれば赤と黒の化物を見たり、あの森であんな苦労をせずに済んだのだ。
「はい」
質問に即答されてニャクに対し風翔は呆れ半分怒り半分みたいな顔をみせる。
「何であの時説明しないんだあいつ」
愚痴をボヤく少年に目線を移し、シスターは答えを差し出してくれた。
「ニャクは世界中を回る商人。そしてあなた方のようなバースからの転移者を見つけると、私たちに仲介するんです。その場で説明しないのは、商人である彼が説明している間に別の地域へ行く時間を無駄にしないためです」
そうすることで他の転移者も早期発見につながるとのこと。
「そして仲介を受けた私たちが説明を行うのです」
今この状況はそれということだ。
「私たちってことは、他にもいらっしゃるんですか?」
素朴な疑問だが、重要だ。
ここにしか居ないなら説明してもらうにはここに来なければならない。
海外だったら無一文の転移者がシスターに会うのが極めて難しいといえる。
「私のような解説シスターは世界中にいますよ。あなた方は私の近くに転移しましたが、地域や国が違えば別のシスターと会っていたでしょうね」
どうやら杞憂らしい。
「大変ですね。ずっとここで説明を?」
シスターが風翔を見て答えたので、風翔も目線を合わせて聞いてみた。
「していますね。87年目になります」
予想外の回答が来てしまう。
どうみても87歳には見えない。
つまりは……。
少年が答えに行き着いたタイミングで麻子が切り出す。
「あの、ひょっとしてシスターさんも」
言い終わる前に、返事がなされた。
「私もエクゼッターですよ」
再び絶句する風翔。
麻子も唖然としていた。
こんなすぐ近くに、神がいたのだから。
自分たちは神様に教えを乞うていたことになる。
「なったのは22の時ですから、60年はここにいますね」
更に話し手からはさらりと衝撃発言が飛ぶが、聞き手側はつっこまない。
「なるんですか?」
目の前の神に対し麻子が真顔で問いかけていく。
「そうですね。元は人間ですが、ある時ふとなりました」
本来人間から神になったなんて話は驚愕すべき内容のはずなのだが、転移に巻き込まれ、神を前にした2人は感覚がマヒしていることもあってか、大した驚きが出てこない。
「そんな簡単に?」
出たのは風翔のそんな質問。
「大気中にはエクゼッターの力が舞っており、稀に生物、鉱物、果ては現象などに作用してエクゼッター化することがあります。私はその典型例ですね」
早い話、大気中の力により、稀に唐突に神様になれるかもしれない世界なわけである。
実際なったらどんな気分なのか想像も出来ないが、周りより優れて、飛べたりする素晴らしい気持ちにでもなれるのだろうか。
少年が空想を広げている中、自分の肌を見た麻子はシスターと見比べて、羨ましそうな声を
出した。
「60年……若いままですね…」
彼女にとってはそこが重要らしい。
「エクゼッターって若いままなんですか?」
詰め寄るように聞く麻子にシスターはあっさり答えた。
「はい。先ほど申し上げましたが、命が無限なので、生まれる、または変化したら最後、老いることもなく永遠に生き続けます」
これを聞いた麻子は、しかし身を引いてなんとも言えない気分になった。
改めて言われて、理解する。
それは不老不死ということだ。
死の恐怖を常に感じる有限の命を持つ人間にとってなんと羨ましい話だろうか。
若いままでいられる。
憧れではあるが、同時に現世の苦しみをずっと感じ続けるのはどんな気持ちなのだろうかとも考えたのだ。
希望と絶望が入り混じったような不老不死。
若いという上っ面な話に詰め寄った自分が恥ずかしくなる。
「どれだけ衰弱しても、どれだけ傷つけられても、死ぬことはない」
しかしシスターは苦もなく、何てことの無いように話を続ける。
「極論、人間に必要な呼吸、食事、睡眠も必要無い。それが、無限に生きる神と呼ばれる不死の種族エクゼッターです」
ここまで聞いて、風翔はニャクがお金が無くても死なないと言っていたのを思い出した。
つまりお金で食べ物を買ったりしなくても問題無いということ。
食べる必要が無いということ。
僕は死なない。
あれは本当に死なないから出た言葉だったのだ。
「あの、永遠に生き続けるというのは、辛かったりはしないんでしょうか?」
ふと湧いた苦しみ続ける恐怖。
大したことの無いように話すシスターはどう感じているのか。
聞かずにはいられなかった。
「辛い?さぁ、よくわかりません」
この返事と、彼女のここまでの様子から、麻子はあることを悟ってしまう。
感情の起伏が無いシスター。
もしかしたらエクゼッターになると永遠の生の中で苦しまないために感情を失うのではないか。
苦しいと思う感情が無ければ苦しみは無い。
説明するためにここで永遠に存在するだけ。
聞くだけなら大したことの無いように感じるが、実際にやれば苦痛でしかない。
しかしそれを苦痛と思わない。
感情が無いから。
そうだとしたら、エクゼッターになるなど御免被る。
隣の少年に目線を移し、自分に問いかけた。
自分は永遠に生きるより、喜びや悲しみを経験しても、感情を持って、命の限り生きたいと。
「他に何か?」
首を横に振る2人を見て、シスターは立ち上がる。
そして何処からかホワイトボードを取り出してこんなことを宣った。
「ではまず、あなた方は今後、サクヤを探しつつ琥珀の魔女を探すことになるわけですが、
道筋を改めて把握しましょう」
ポカンとするバース組を放ったらかしてホワイトボードに何やら書き込むシスター。
出来上がったのは地図だった。
「ここが今いる東土という島国です。ここから海を渡り、ローレシュア大陸を経由、
更に海を渡り、オーロランド王国まで向かいます」
唐突に始まった目的の再確認レクチャーに頭を真っ白にしていた風翔。
その横では眉間を押さえて必死に展開について行こうとする麻子がいる。
「よろしいですか?」
主に頭真っ白の方に目を向けるシスターの問い。
「あ、はい」
確認事項に間違いはないので向けられた方は頷いておく。
「大丈夫です」
眉間を押さえていた方も問題は無いことを告げる。
さて、ここでふと少年が気づいた。
「でも、飛行機使えば簡単にいけるんじゃ」
というものだ。
しかしこれには致命的な問題がある。
それを理解している者が反応し、指摘を行った。
「私たち、この国の人間じゃないから乗れないんじゃないかな。パスポートみたいなのも
無いし」
海外に行くにはパスポートがいる。
こちらの次元でも、元にした次元バースが海外旅行にパスポートを必要とする以上、パスポートに相当する物品が無くては他の大陸には行けないはずなのだ。
「それだと船にも乗れないですよ」
現実を直視した風翔は更にそんな事実に諦めを通り越して無表情になってしまう。
「小舟でどんぶらこどんぶらこしますか?」
しまいには馬鹿げた提案を口にする。
「それは転覆して終わる気がする」
どうしたら良いかを考え、ああでもないこうでもないとうんうん唸る男女を見てシスターが助け船を提示した。
「国籍もありませんからね。とりあえずは華山共和国行きの船に乗っては?」
お読みいただきありがとうございました。
何やら方法はありそうですね。