2 異次元ハイティバイン
バースと口にした少年。
転移はまだ理解できたが、新単語の登場で、なんだそれはと風翔と麻子の頭に疑問符が浮かび上がる。
「バース?何だそれは?」
またも風翔が問い返す。
「あの、君は誰?転移ってどういうことなの?」
続けて麻子も質問を投げた。
「質問が多いな」
少年は肩をすくめ、見方によっては辟易したような態度を見せる。
「えー、君らは元いた次元バースからこのハイティバインに来たんだろ?」
知らない単語が追加注文されて悩みの渦中にいる2人は顔を見合わせている。
その反応を見て、やれやれといった仕草を見せる少年。
「ああ、バースだとわからないか。そうだな。こっちじゃ世界はここだけだけど、あっちでは、人間は地球っていう星とやらに住んでいたな」
1人で納得した様子で呟いているが、何とかわかるよう説明してもらえなくては話が進まない
ので風翔は噛み砕いた説明を希望した。
「ま、待て待て待て。地球なのはそうだけど、いろいろ言い回しがわからない。もっとわかりやすく出来ないか?」
この希望を受けた少年はというと少しの間の後、顎に手をあてて唸り、風翔を指差して発言する。
「バースってのは君らが住んでいる地球がある次元。で、ここはハイティバインという次元」
言葉の後半に差し掛かった辺りで指を地面の方に向けて言い終えた。
「君たちは次元転移したんじゃって話だよ」
そして再び転移の単語を言い放つ。
「次元転移……」
その次元というのがイマイチ飲み込めず、風翔が理解しようと考えている中、麻子が少年の発言内容からあまり信じたくない事実を追究した。
「ここは地球じゃないってこと?」
そう。
少年の説明からは、バースとは地球がある次元で、ここはハイティバインという次元でバースではないと判断出来るのだ。
「うん」
説明してくれた者から即答が返された。
「信じられるか」
当然のように風翔が驚きと戸惑いを足して2で割ったような顔をする。
地球でない。
しかし周りの景色は地球にある日本の町並みと何ら変わらないのだ。
到底信じられるような話ではない。
「そいつは君ら次第だ」
だが信用云々はどうでも良いらしい少年はどうするかは自分で決めろと言いたいらしい。
そして服のポケットから4つ折りの紙を取り出し、風翔に手渡して来た。
「質問に答えたのは初回サービス。最後にこれあげるよ」
受け取り、それを開く。
麻子も風翔の隣に近づいてそのメモを覗きこむと、地図とどこかの位置が明記されているようだ。
「これは?」
麻子が顔を上げて問う。
「そこに書いてある教会に行ってみなよ。君らみたいなのに最初のレクチャーをしてくれるシスターがいるからさ」
簡単に言えばこれ以上の説明はそのシスターにぶん投げただけである。
「あのな…」
若干呆れた様子の風翔。
「僕は商人。これ以上は情報料をいただくよ」
最初からおちゃらけた姿勢を崩さない少年がそんなことを宣ったので、ただではえ意味不明な状況の中、冷静さを少し取り戻していた風翔も呆れから徐々に怒りを覚え始めていた。
「ふざけてんのか?」
平静を取り繕ってはいるが、それでも拳を握ってしまう。
一方で少年は全く意に介していない様子。
「さっきも言ったけど質問に答えたのは初回サービスだったんだ。君らみたいなのを見かけたら僕はシスターまで仲介するんだよ」
少年は、風翔たちのような別次元から来た様子の者たちにシスターを紹介する役回りで、説明等の詳細はそのシスターの役割であるようだ。
「あと、目がやる気になってるけど、君じゃ天地がひっくり返っても僕に触れすらしないよ。素人の人間とエクゼッターじゃ差がありすぎる」
追加でそんな発言。
どうやら、少年視点では、風翔は完全に格下に見られているらしく、さも当然とでも言いたげな見下しと、また、エクゼッターという謎単語が出てきて理解が及ばず怒りは増す。
「何言ってんだお前…」
今にも飛びかからんとする生徒に、麻子が彼の右手を掴んだ。
「巴くん、目がおかしいよ。落ち着いて」
制止し、冷静になるよう求める。
まだ子供の彼に意味不明な状況下で冷静になれとは酷な話。
麻子自身冷静とは言い難いが、現状、右も左もわからないままいざこざを起こすのは控えた方が良いということは理解していた。
増してや相手は見た目年下の少年だ。
揉め事が起きれば周囲から敵視されるのはこちら側だろう。
「…………」
風翔もそんな教師の眼差しを見て、頭が少し冷えたのか、握っていた手を解く。
「落ち着いて、ます」
まだ怒りは収まらないが、頭に血が上っていては会話にならない。
何とか、落ち着けようと、麻子に答えると同時に自分に言い聞かせる思いで口に出した。
その様子を見ていた少年はあっけにとられたような顔をしている。
「なんだ。意外に冷静じゃん。殴り掛かってくるかと思ってたよ。ご褒美に更にサービスしてあげるよ。ほい」
風翔が、他人の助けを得たとはいえ自分を押しとどめたことが意外だったのか、
少年は何処からか麻袋を取り出し、中から何かを2つ引っ張りだして別次元組に手渡した。
「?」
頭に疑問符を浮かべながら麻子は受け取ったものを確認する。
どうやら菓子パンのようだ。
同じものを風翔も受け取ったが、彼のものは貼られている値段シールが剥がれかけており、剥がれたシールの端に何かが貼り付いていた。
「これは?」
「見りゃわかるだろ?菓子パン2つ」
「じゃなくてこのパンのシールについてるチップみたいなヤツ」
シールの端についている小さな赤いチップを指差して見せる。
「んー?」
それを確認した少年はハッとしたような顔つきになった。
「あ、これ、こんなところに!菓子パンしまってた袋に入ってたのか」
どうやら無くしたものだったらしく、見つけられて喜ぶ姿を見せてくれる。
「それは返して」
風翔としてもシールについて来た謎のチップに興味はないため少年の要望に従ってシールから剥がし、手渡そうとした。
「ただし素手で触らな……あ…」
彼が動作をするのとほぼ同時に少年から注意が飛んだが時すでに遅く、風翔がチップに触れた瞬間だった。
「うわ!」
チップは触れた指先から身体に吸い込まれるように侵入してしまう。
「え!?」
麻子も不測の事態に驚愕の声をあげた。
「あーあ。やっちゃった」
それを見て少年が頭を抱える。
だがわけのわからないチップが身体に入ってきた風翔はそれどころではない。
「何だよ!?身体に吸い込まれたぞ!」
あり得ない現象にチップが入った指や腕を振ったり掴んだり凝視したりと忙しく動き回る。
わちゃわちゃする男を呆れ顔で見る少年は口を開いた。
「それ、そういうものなんだよ。カースチップ。現在だと一枚で2億はくだらない代物」
そういうもの。
つまり、触れば身体に入ってしまうものということだ。
名前もカースチップというらしい。
しかしだ。
風翔と麻子にはそんな台詞より、後半の、このチップの値段が強く頭に刷り込まれた。
「……え?」
「は?」
前者が風翔で後者が麻子だ。
両者共に余りの高値に思考が停止し、次に、まず後者が我に返った。
「と、とと、巴くん!今すぐ出して!」
2億円の品だ。返却しなければ2億円の債務を貸される可能性がある。
「言われなくても!」
同じく我に返った前者も何とかチップを取り出そうとジャンプしたり腕を入念に触ってチップを探っている様子。
「いや無理だろ。一度入れば取り出せない。とっくに身体に組み込まれてるよ」
だが、少年がその行動の無意味さを説いた。
「………」
「………」
2人が目の前で全てを失ったような顔になる。
「そんな悔やんでも悔やみきれないみたいな顔されてもな」
頭をガリガリ掻いて、少年はどうしたもんかなといった様子。
「だいたい損害被ったのは僕なんだけど。2億とか大損害だよ。どうしてくれるの?」
ぐうの音も出ない少年の問い。
麻子は絶句し、風翔は何とか言い訳を口にしようとする。
「いや、その……」
しかし都合の良い言い訳など出はしない。
ただ、非常に高額な品を自分の体内に取り込み、返却不可にして少年に多額の損害を与えた事実だけがあり、どうあっても言い訳が出来ない状況下におかれていた。
「……ま、間違えたの僕だし、右も左もわからないヤツらにいきなり金返せも酷だし、そもそも金なんて無くても、僕は死なないしね」
こんな時に多額の債務まで被るのかと、半ば絶望しているのを確認した少年は今のように発言する。
「その、ごめんなさい」
頭を下げたのは麻子。
因みに麻子としては少年の、死なないという台詞が気になったりしたが、今は問える状況でもなかった。
「いいよ。商人って肩書きと生活がしたいだけだし、金云々は僕にとっては必要無いものだったりもするしね。ま、いずれ何か別の形で返して貰いたいけど。次会ったら覚悟しときな」
それに対し、少年が軽い口調で2人にそこそこのダメージを与える台詞を吐く。
「菓子パンで腹ごしらえしたら、シスターの元へ向かうと良い」
そう言って背を向ける。
「すまん…」
少年の小さな背中に、風翔が頭を下げる。
「へいへい」
手だけで答えを返し、そして少年はニヤついた顔だけを風翔たちに向ける。
「僕は商人ニャク。今後遭遇したら返す返さないは置いといて、是非ご贔屓に。君たちに対しては最高のぼったくりでそこそこの商品を提供するよ」
とんでもない文句を言い残し、ニャクはフッといなくなってしまった。
目の前から突然消えたが、2人も超常的な事態に慣れ始めていたこともあり、特に気にはしなかった。
そんなことより、2億の品を無為にし、なお気にしないと語る少年に感謝をしなくてはならない。
「……返そうね。ちゃんと」
「はい」
麻子の言葉に、風翔も頷く。
取り急ぎ、まずはお金を稼いで、少しでも彼に返せる手筈を整えたいところではあった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は手掛かりを求めて出発です。