5.insignia
カシラはトムをジッと見つめた。
そして低くざらついた声で訊く。
『お前歳はいくつだ?』
『……え、あ……三歳です』
『名前は? 何と呼ばれている?』
『トムです。トム……ジョードです』
『何だ? そのジョードってのは。お前は人間のつもりか?』
子分たちがワハハと笑う。
『……いえ、違います』とトムは俯いた。
カシラは表情を変えない。
『トムよ。お前のことは以前から見ていた。老いぼれの犬とよく一緒にいるだろう?』
『は、……はい』
『今日は何故ここに呼ばれたかわかるか?』
『……いえ』
『何故〝人間〟と暮らす? 何故一緒にいるのだ?』
カシラの問いに戸惑うトム。
『……何故って、ビンセントさんに拾われて……それからずっと、いつも、一緒だから。あそこに居たいから……』
するとカシラがぐぃっと詰め寄った。
トムはすくんで一歩引いてしまう。
『居たいからだと? ……おい、トム。おれが誰だか何も知らんな。おれに対してそんな答えが通ると思うのか!』
トムは息を呑んだ。
『おれはなぁ、人間が……奴らが大嫌いなんだ。人間を信じるな! あいつらはおれたちの敵だ!』
カシラ率いる野生軍団は総勢百二十匹。
生来の野猫もいれば人間に捨てられたものも。
カシラは後者の方だった。
彼の人間に対する怒りは深く、留まるところを知らない。
その右目十字の傷は軍団の印。憤懣のシンボルだ。
群れの平和を守りながら、見果てぬ解放の時を待っている……それがカシラという雄だ。
ビンセント・ジョードのもとで何不自由なく暮らしているトムにとって、カシラとの対面は衝撃だった。
その容姿と大勢を従えたその風格、のしかかる恐怖よりも、人間との暮らしを否定されたという困惑の方がトムを苦しめていた。
『トム。お前はまだ青二才で何もわからんかもしれん。だがよぉく見ておけ、人間というものを。奴らの身勝手さを。奴らの卑劣さを。今にわかる。そのうち必ず見えてくる』
『ぼくにどうしろって……そんな』
『人と暮らすな。気にくわん』
『ビンセントさんは優しい人だよ……』
『これは忠告だ。お前が痛い目に合わんようにな』
『……嫌いって気持ちは何も生まないって……アルフレッドじいちゃんが』
『うるさいっ! キサマ生意気な』
声を張り上げるカシラ。
トムに対する猫たちの非難。
トムは小さく屈み込んだ。
『カシラ、ヤキ入れましょうや! こいつムカついてきた!』
『黙れ、もういい! トム。おれの前から失せろ。……サブ、このガキを帰してやれ』
『カシラーー……』
『こんな奴に無駄な力を使うんじゃない。おれの用はもう済んだんだ……』
……その夜、ビンセントの家。
ぼんやりと床を見つめているトムにアルフレッドが近づく。
腰を下ろし、ふさふさの尻尾でトムの気を誘うが、トムは反応しない。
いつもならコテッとひっくり返って戯れるのに。
アルフレッドは言った。
『黒猫に会ったんじゃろ?』
『えっ?』
『〝カシラ〟に何か言われたのか?』
トムは目を丸くしてアルフレッドを見た。
『え、どうして? 何で知ってるの? そうだよ、そのカシラに……会ったんだ』
『奴と、奴らの臭いがプンプンしておるもんな。わしの鼻が教えてくれた』
『カシラって何ものなの?』
『ただのヤクザもんさ』
アルフレッドは困った目で返す。
『人間を信じるな……そう言われたろ?』
『う……うん』
『それがあやつの信念じゃ』
『ぼくは言ったんだ。ビンセントさんは優しいんだって』
『それでいい。トム。何も気にするな。わしらはビンセントさんを慕っておる。それでいいんじゃ』