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16.cast a long shadow
ビンセントはわかっていた。
自分の死期ぐらい、診てもらわずともわかっていた。
吐血して、病院に運ばれた。
末期の癌だった。
ずっと前からわかっていた。
退院して、ビンセントは店をたたんだ。
向かいに聳え立つ巨大なNOEAの影が彼の小さな家屋を覆っている。
とっくに看板を下ろした隣りの花屋の主人とも、金物屋の親父とも、もう長く会っていない。
裏の市営アパートもいよいよ取り壊されるという。
朝日の当たらなくなった家を、トムとアルフレッドはとても寂しがった。
誰も来なくなったパン屋の影を、ビンセントは悲しく見つめた。
九月の涼しい朝。
ビンセントは机の引き出しから一度揉みくしゃにした名刺を取り出し、広げた。
それはニック・オルソンの名刺。
酷く咳をしながら杖を置き、ゆっくりとロッキングチェアに腰掛ける。
小さく歪んだ番号をなんとか読み、受話器に手を……。