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第一話 〜宣戦布告〜

ある程度は史実になぞらえているつもりですが、設定上の不手際や間違いなどがあれば、各話を挟んで説明させていただきますので、どんどん指摘してください。

 その日、ウェセックス王国の首都“ウィンチェスター”では、国王エグバートの50回目の誕生日を祝うため、盛大な祭が行われていた。


 誕生祭を大々的に祝うのは、何も王を随喜させるばかりではない。


 そもそも七王国時代というが、正確には100以上の国家が乱立する群雄割拠だった。


 ただし、それら一つ一つが独立しているのではなく、戦争や経済、あるいは結縁上の関係から、支配する側と隷属する側とに分かれていたにすぎない。


 七王国とは、そうした国家の中でも、最も代表視された勢力なのである。


 この事実は、そのまま互いを牽制する隣国に対する“自分たちの国はまだまだ充分な余力があるぞ”という姿勢を印象付けたい思惑が、競い合うように漂っていることを浮き彫りとしている。


 なぜならば、自国の国王の誕生日を祝うだけの余力がない国は、そのまま現在の経済状況を隣国に露呈することになるからだ。


 あの国は誕生祭が例年より控え目だった。もしや、経済が国庫を圧迫してはいまいか。


 あの国は誕生祭をしなかった。民の生活も穏やかではない。外面は裕福に見えても、内情は瀕死であったか。


 ―――ならば。


 こうした行事の一つにも、各国の状況を推し量る材料となっている時代である。


 その中でも特に気の抜けぬ誕生祭に、例年以上に盛大に、しかも国王の演説まで謳われるとあっては、今年のウェセックス王国もやはり国庫は充実しているのだと諦めていた国が多かったのも、無理からぬことだった。


 あるいは、それこそが窮鼠であるのだと考えた国もあった。


 例年よりも豪勢な祭には、大なり小なり必ず意図がある。ウェセックス王国の財政が苦境にあるからこそ、誕生祭はあえて金をかけ、隣国の鋭気を挫く意図があるのではないかと。


 しかし、事態は彼らの予想を遥かに上回っていた。


 ウェセックス王国の国王が描く青写真は、彼らの希望を根本から覆す内容であったのだ。


 ―――時刻は昼の二時を回る。


 この時間に行われる予定である、例年にない国王の演説は、晴れて節目となる50歳の誕生日を迎えたからだと誰もが思って疑わなかったし、事実、半分はそうだった。


 首都ウィンチェスターに構えた城の門前。


 大広場に集まった群衆を前に、彼―――ウェセックス王国国王、エグバートが現れた。 その雄大な背中を、彼は幾度となく見守り続けてきた。


 清々しい空と眼下の城下町を、豁然と一望できるバルコニーに立つ一人の男。


 いつものように朱色のマントを翻し、下意の喝采を一身に浴びながら、男は先ほどまで徹夜明けの雑務に追われていたとは思えぬほど快活な笑顔で手を振っている。


 男―――エグバート王の背中の、蓋世の気力に満ちた威風を誇らしげに見つめながら、彼は気配なく近付いてきた宮廷魔術士長に振り返ることなく声をかけた。


「コーンウォールの戦況はいかがですか」


「お主が率いた近衛騎士団が、ウェアールどもの前線を突破してくれたおかげで、万事順調じゃ―――」


 言いながら、嗄れた声の主は足音一つ立てずに彼の隣りへと肩を並べた。


「―――何より、あの“蛇”が下賤なヴァイキングどもの大将を暗殺せしめたことが大きい。

 南方の水軍が壊走した隙にコーンウォールに強襲をかけ、本陣はすでに瓦解しておる。

 大勝の報告も時間の問題じゃろうて」


 ウェセックス王国は、ブリテンの中でも最南部にその勢力を伸ばしていた。

 特に、ウェセックス王国の西に勢力を構えるドゥムニア王国コーンウォールとの軋轢は深く、現在では数年前から南部全域に出没していたヴァイキングと結託し、徹底抗戦の膠着状態に陥っていたのである。


 七王国時代のブリテンでは、大きく二つの人種に分けることができる。


 一つは、前ローマ時代よりブリテンに定住していたブリトン人。


 そしてもう一つが、5世紀ごろにブリテン島に侵入したアングロ・サクソン人である。


 ブリテンに渡ってきたアングロ・サクソン人は、先住民であったブリトン人を支配し、各地に小王国を築いていく。これが後の英国の礎となり、彼らの言葉が英語の基礎となるのだが、逆に土地を追われたブリトン人は辺境に追い詰められる結果となる。


 中には降伏するブリトン人もいたが、勿論ながらドゥムニアのように抵抗する者もいる。


 アングロ・サクソン人は、そうした抵抗するブリトン人のことを“ウェアール(隷属者)”と呼んでいた。


 ちなみに、その言葉がやがて“ウェールズ”の語源となるのだが、それはまた、別の話である。「そうか…。ならば、これで後方の憂いは消えたのだな。…我が主も、さぞお喜びになるだろう」


 言葉とは裏腹に、彼の表情がわずかな翳りを帯びていることに宮廷魔術士長は気付く。

 だが、それについて老魔術士は、あえて深く言及しない。


 このブリテン島でも三人しかいない“聖騎士”の称号を持つ彼―――スレインが、あまり好戦的な性格ではないことを知っているからであり、同時に戦場で散った同胞たちの死が、彼の心に哀悼の嘆きをもたらしているからだった。


 宮廷魔術士長イングラムは、目の前で演説を始めた国王を見やる。


「今日、私は晴れて50回目の誕生日を迎えた!

 こうして皆の前に立てるのも、私を慕ってくれている仲間と民に支えられているからであり、この場を借りて改めて礼を言いたい!

 ―――ありがとう!」


 バルコニーの手摺に両手をつき、深く長く頭を垂れる国王の姿に、大広場はしんと静まり返った。

 皆が、片言も聞き漏らすまいとして耳を傾けている。


「皆が祝い、皆が笑顔で迎えてくれたことに今、私は心から感謝している…!

 オファに追われ、一時はカール大帝の下へ亡命するまでに至ったこの身を、諸君らは温く歓迎してくれたのだ!

 その私が王になった!

 オファの傀儡だった先王ベルトリックは神の裁きによって地獄に墜ち、彼の子息を越えた私の即位は、単に、諸君らの民意であると今まさに実感しているところである!」


「“蛇”、ただいま帰城いたしました」


 かけられた背後の声に二人が振り返ると、そこには黒衣の少年が略式に跪いていた。


 身体の線は細いが、その実、贅肉を淘汰した筋肉を潜める体である。

 顔立ちも、陽の下にあっては異性が視線をやろうほど整い、鮮やかな影が輪郭を際立たせて、なお美しい。


 その、自らを“蛇”と名乗る少年に、直属の上司たるイングラムが口を開いた。


「蛇か。此度の任務、真に大義であった。…して、戦況はどうか」


「ハッ。コーンウォールにおける我が軍は昨夜、ヴァイキング壊走に連動した強襲作戦を展開し、敵ドゥムニア王国軍を撃破。

 ならびに、ドゥムニア王は我が軍の和平協定受諾を名言し、我が王国に対する無条件の全面協力を確約いたしました」


 それは、事実上の降伏勧告であった。 だが、さしものドゥムニア王国も自軍の総力を五分の一にまで減衰させられては、一溜まりもないというものだろう。


 彼らに残された戦力は、王都守備部隊のみなのだ。


 ここで降伏し、民の命を守り抜いた国王の判断は、敵ながら称賛に値する英断であると言うべきだった。


 スレインとイングラムは互いに顔を見合わせ、聖騎士は王の下へ行き、老魔術士長は蛇に向き直った。


「スレインよ。今回のお前の働きは、我らが王とこの国に多大な貢献をもたらした。

 今はしばし羽を休め、次なる任務に向けて休息を取るがいい。

 ―――そなたの姉も、お前に会いたがっておるのだからな」


「ハッ。―――イングラム様、ありがとうございます」


 床に視線を伏せたまま、しかしどこか喜々とした蛇の返答に、イングラムは鷹揚にして頷いた。


「お前の働きに、私も鼻が高いというもの。

 だが、次の会戦はそう遠くない。いつでも動けるよう、しっかりと準備を整えておけ」


「ハッ。…では、失礼いたします」


 敬礼した少年は、そのまま通路を引き返して角を曲がる。


 イングラムがその背中を見届けると、背後の声が一際、大きくなった。


「民よ! 我が民よ!

 たった今、我が下に神の意思とも言うべき天啓が届いた!

 かねてより膠着していたドゥムニア王国軍がついに敗退し、我らが軍門に下ったという報せである!」


 イングラムは、王への報告を終えて戻ってきた聖騎士スレインに向き直った。


「ギリギリではあったが全ては予定通り、か」


 スレインは頷いた。


「そして、ここからが本当の戦いとなる。中部のマーシア王国を倒さない限り、ブリテンに平和は訪れない」


「正しくは、マーシアの王宮に棲まう怪物をじゃがな。

 …まったく、我が王も偉く高い理想を掲げてくれたものよ」


 いつも綽々とした態度で馴染むイングラムの珍しく弱気な発言に、スレインは苦笑した。


「しかも、あの国には、聖騎士最強の“剣聖”までいる始末。

 お主とワシでは、ちと荷が重いわ」


 王の演説が佳境に入る。それに気付いた二人は、どちらからともなくエグバート王の背中に視線を向けた。


「しかし、ブリテンはいまだ戦争の闇に包まれ、ヴァイキングの略奪を招いている!

 それは、罪深い過ちである!

 我々は、戦争の愚かしさを全ての人に教え、語り継いでいかねばならない!」「陛下の理想は素晴らしい―――」


 スレインがそう呟く夢物語は、しかし、自らも内に秘めていた悲願であった。


「―――平和な世界のため、その実現に向けて動き始めた王のため、私はいかなる弊害をも切り裂いて行かねばならぬ。

 たとえそれが…、かつての恩師であろうとも」


 その確然たる覚悟に敬意を表し、イングラムは鼻を鳴らした。


「…フン、ワシも端から覚悟の上じゃ。

 あの魔人を倒す代償に老いぼれの命一つとは、まさしく破格。

 聖騎士のお主と我らが王が健在する今じゃからこそ、…今しかできぬからこそ動かねばなるまいて」


「イングラム殿…」


 王が、高らかに宣言する。


「我々は、この数百間、覇王ツェアウリン以前より対立と覇権の推移を繰り返してきた!

 いつ果てるやもしれぬ戦いに人々は疲弊し、豊かな緑は焼き払われた!

 父を失い、母を失い、兄弟を失い、子を失い続けた、この数百年…!

 その悲しみも怒りも、我々は決して忘れてはならない!

 将来の我らが子らに、決して禍根を残してはならないのである!

 ゆえに私は宣言する!

 争いの歴史に終止符を打つため、人々が真の平和を取り戻すため、今わたしはここに、その諸悪の根源を匿うかの国、マーシア王国に対し、宣戦布告をする!」


 眼下に集う民が一斉に沸騰した。


 歓声と喝采が宙に轟いて熱意を流す。


 王は満面の笑みを浮かべて、人々に手を降り続けている。


「陛下は、この永き戦乱のブリテンで画時代的な統一を果たそうとしている。

 あの方を、あの方の理想を、失うわけにはいかないのだ」


 スレインの言葉に耳を傾けながら、イングラムは王の背を見続けていた。


 後に、アングロ・サクソン七王国の覇権を握る王の伝説が始まったこの瞬間、闇が孕むその胎動の中で、密かなる悪魔は健やかに成長していた。


 ―――しかし。


 それに気付いた者は、誰一人としていなかった…。

更新はできる限り早くしたいと思っています。ここまで読んでいただいた方々を落胆させぬよう、精一杯がんばりますので、よろしくお願いします。

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