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お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!!

作者: ソウブ




 カチ、カチ、カチ、カチ。

 マウスを一定の間隔でクリックしていく。

  

 電気を点けていない、卓上のディスプレイだけが光源の自室で、腰を痛めない座り方を心がけながら椅子に座っている。 

 ディスプレイ上には二次元美少女が存在し、俺に幸せと楽しさをくれていた。


 その世界で起こる出来事は楽しい。

 その世界で生きる人たちは綺麗だ。容姿も、心も。

 二次元美少女が笑いかけてくれる。

 かわいい。楽しい。かわいい。楽しい。 

 コーラやサイダーにファンタグレープをキーボードの横に常備し、クリック、クリック。コーラを飲む。


 今、かなりいいシーンに入った。物語が佳境に入った。

 感情が動かされる。まさに、感が動している。感動。


「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!!」

 

 ドンドンドンドン!!!!


「うるせえ!!!!! 今いい所なんだよ邪魔すんな!!」


 妹の(かな)がドアを執拗に叩き続ける。

 今頃いつものように黒髪ツインテールをブンブン振り回していることだろう。

 俺は美少女ゲームが好きだ。この世界を楽しむ時間だけは誰にも邪魔されたくない。


 ドンドンドンドンドンドン!!!!!!


 ヘッドホンをつけて音量を上げた。 

 マウスをクリック。物語にのめり込む。


「お兄ちゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんッッ!!!!!」


「うるせえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」





 お兄ちゃんと遊ぼうと思ったのに、部屋に入れてくれないから自分の部屋に戻ってきた。


「お兄ちゃんがデレてくれない!」

「くっそおおおおおお!!」


 今までも考えてはきたけど、そろそろ本気でお兄ちゃんを振り向かせる方法を考えないと!

 どうしたら! 

 どうしたらいいんだろう! 


 机の上にあるメモ帳を開く。筆箱からシャーペンを取り出した。

 お兄ちゃんが使ってるやつと同じやつだ。

 兄妹という壁を越えさせなくちゃ。

 とっくの昔にわたしは飛び越えてるけど、お兄ちゃんはこっち側にまだ来てくれていない。

 こっちに来させることができる何か。


「ううううんんんんんん!! わかんない! 何かないのおおおおおおおお!」


 一人じゃ思いつかない! 

 こういうときは、友達に頼るに限るよね!


「携帯! 携帯!」


 ベッドに放られていたスマホを手に取り、ポチ。

 友達のあやめちゃんに電話を掛ける。

 プルルルッ。プルルルッ。

 出ない。

「出ない!」

 LINEで呼びかけてみた。

『なに?』

 返事来た!

『なんで電話に出ないの!!』

『かなちゃん電話だとうるさいからだよ』

『そうなんだ!』

『うん、そうなの』

『相談があるんだけど!』

『その前にいい?』

『なに!!!!!?????』

『文章なのにうるさい。めっちゃうるさい。なんでそんなにエクスクラメーションマーク多用するの?』

『エクスクラメーションマークってなに!!!!』

『その文末につけてるやつのことだよ!』

『これ!←』

『そうなの! ごめんね!』

『難しい言い方してごめんね。イキりたい年頃だったの。エクスクラメーションマークでイキってごめんなさい。感嘆符とか、むしろビックリマークでよかったよね』

『ビックリマーク!! それならわかる!』

『うん、よかったね。わかってくれて嬉しいよ』

『それで相談なんだけど!!!』

『うん、もう好きなだけビックリマークつけて。うるさくてもいい。元気に育ってほしい。むしろうるさいのが心地いいよね』

『お兄ちゃんを落としたい!!!!!』

『直球だね。狂気に満ちてるよ。いつものことだけど』

『何かいい方法ないかな!!』

『うーん。血のつながった兄弟だからね、かなり難しい。私が無闇にアドバイスしてもうまくいく保証はないよ』

『それでもいい! 取っ掛かりが欲しいの!』

『やっぱりかなちゃんの想いが本気だって確信させることじゃないかな』

『なるほど!』

『そのうえで、アピールする』

『うんうん!』

『かなちゃんの良さを、かわいさを、推しに推していくんだよ』

『おせおせだね! 具体的にはなにかあるかな!?』

『例えば料理ができる女の子とか男の子に好まれるよね』

『わたし料理できない! いつもお兄ちゃんに作ってもらってる!』

『論外だったね』

『お兄ちゃんの料理美味しいんだよ!』

『よかったね』

『でも作ってみるね!』

『やめとけ』

『何事もチャレンジが大事だよ!』

『もう止めないけど大惨事になる予感しかしない』

『大丈夫大丈夫!』

『これほど不安な大丈夫は初めて見たよ』

『それで他には!?』

『他にも家事とかできる方がいいかもね』

『あ、それなら結構できる!』

『おおー、と思ったけど兄弟ならそれぐらい毎日見てるかな。一緒に暮らしてて家事してる姿を一切見ないなんてことないよね』

『そうだった!』

『改めて考えてみるといつも一緒にいる兄弟って新たなアピール難しいかもね』

『うう~ん、どうしたらいい!?』

『とりあえず遊園地にでも誘ってみたら? よさげなところあるよ。丁度今夏休みだし』

『ほんと!!? 教えて教えて!!』

『あと童貞を殺す服着よう』

『どういうの!?』

『今夏だし、やっぱ白ワンピースかな』

『よしきた! 白ワンピース持ってる!』

『もう、あれだね』

『あれってなに!!?』

『当たって砕けろ』

『当たって砕ける!』

『お前の好きを信じろ!』

『信じる!!!』

『今日はもう眠いから寝るね』

『おやすみ!!!!!』

『おやすみ』

『水分補給しっかりね』

『おっけぃ!』


 あやめちゃんから送られた遊園地のURLを開いて調べる。

「よし、やるぞー!」

 明日、お兄ちゃんは、恋に落ちるだろう!





 感動作の神ゲーをプレイし終えた翌日。


 朝。早朝ではないけど結構朝。

 妹がめっちゃこっち見ながらリビングを掃除している。


「今日は俺の当番だったはずだけど」

「いいの! わたしにやらせて!!」

 こっちに視線を逐一向けながら、いつもより丁寧()つ素早く掃除を片付けていく(かな)

「わたし今掃除してるよ!!!!」

「見ればわかる」


 奏は掃除を早々に片付け、洗い終えた洗濯ものを干していく。

「わたし! 今! 洗濯してる!!」

「だから見ればわかるわ!!!」


 家事をこなした奏は。

「今日はわたしに料理させて!!」

 そう言った。じゃない叫んだ。


「ウェエエエエエエエエエエエエエエエエイ! うぇええええええええええええええい!!!」


 キッチンから奇声が聞こえる。

 戦々恐々としながらダイニングのテーブルについて待った。


「完成!!!!」

 奏がどでんと俺の前に料理を置いた。


「何で蟻入ってんの」

「蟻は酸っぱいって聞いたことあるし、酸味が効いていいかなって」

「よくねえよ! なんで虫入れるんだよ!」

「うおう」

「うおうじゃねえよ! あとこれはなんだ!」

「だんごむし!」

「ふざけんな!」

「だってだんごむしは食べられるって聞いたから。だんごむしを称えよって言ってたし」

「誰だその頭のおかしいやつは」

 だがとりあえず一口スプーンで(すく)って食べてみた。

「甘っ!? なんだこれ」

「チョコレートだよ!」

「この料理の名を言ってみろ」

「チャーハン!」

「なんでチャーハンにチョコ入れちゃったの?」

「だってわたしチョコレート大好きだし」

「それで入れちゃったのかー」

「カレーにチョコレート入れるといいっていうし」

「これチャーハンだけどね」

「ごはん類料理だから似てるでしょ!」

「全然違うだろ!」

 スプーンで掬ってチャーハンもどきとすら言えないモノを奏の口に持って行く。

「食べてみろ」

「わーい! お兄ちゃんからのあ~んだ!」

 パクッ。

「うおええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

「早くトイレいけ!」

 奏は口を抑えながらダッシュ、ドタドタと足音響かせながらトイレに飛び込む。

 何とかトイレには間に合ったようだ。


 俺は奏の料理ともいえない料理を完食した。

 奏がトイレから出てくるまでに朝食を用意する。 

 フレンチトーストやサラダをテーブルに並べていると奏が戻ってきた。


「あ、朝ごはん~!」

 満面の笑顔。ツインテールが踊る。

「落ち着いてから食べろよ」

「うん!」

 

少し休んでから奏は朝食を()り始めた。 

「やっぱりお兄ちゃんの料理の方がおいしいね!」

「そうか」

「わたしのなんて汚物だったもんね! というかわたしが汚物だよね!? 死んだ方がいいよね!!?? 死ぬね!!!」

「ネガティブになり過ぎだろ!」

「おいしいー!」

 奏は本当にいつも、美味そうに食べてくれる。

「ごちそうさま!」

 パンッッッッッッッッッッッッッッ!!!!! 手を合わせる音。

「飯ぐらい静かに食べ終えられんのか」 

 手を合わせる音がデカ過ぎる。


「お兄ちゃん、遊園地に行こう」

 唐突な言葉だった。

「いつ?」

「今!」

「今!?」

「あやめちゃんに教えて貰ったんだ! ここ! ここ! ここの遊園地凄く楽しそうでしょ!!」

 スマホの画面をめっちゃ見せてくる。俺の顔に押し付ける勢いで。というか押し付けて来てる。

「鬱陶しい!」

「ね、いこ?」

 小首を傾げてツインテールが揺れる。

「いや、俺はギャルゲーやりたいから家から出ないぞ」

「なんで!!??」

「こんなクソ暑いなか外になんて出られるか」

「そんなこといわないでえええええ!!」

「泣くな泣くな」


 本当にいつまでたっても子供っぽいというか。

 結局、押し負ける形で外出が決定した。


「着替えてくるね!」

 奏はドタドタと二階の自室へ着替えに向かった。

 しばらくしてまたドタドタと下りてくる。

「お兄ちゃん!!」

 俺の目の前に飛び込んできた。

「どう!? どう!?」

「なにが」

「この服! かわいい!!??」

 真っ白なワンピースだ。

 全体的にちっこい容姿で、丸っこい顔な奏。クリクリとした瞳をこちらへ向けるロリロリしい我が妹。

 黒髪ツインテールを揺らして、可愛らしく優しい笑顔だ。

「かわいいよ」

「えへへへへ」

 ふにゃりと笑う。


 外に出た。

 暑い。

 日傘を指した。


「お兄ちゃん女の子みたい―」

「うるさい男でも暑いんだ」

「わたしも入る―!」

「暑いくっつくな。日傘の意味がない」

「わたしも暑いんだもんー!」

「自分の傘とって来いよ」

「めんどくさいー!」

「まだ家の前だぞ! たった数メートルを面倒がるな!」

「お兄ちゃんと相合傘したいー!!」

「ツインテールを振り回すな!」

 

 また押し負けて傘に二人で入りながら歩いて行く。

 遊園地は近くの駅から電車で五本くらい先にある。


 駅が視界に入ってくると、店や人が多くなってきた。  

 キョロキョロ。

 奏はキョロキョロ色々な店に目移りしている。

「キョロキョロするなツインテールがくすぐったい」

「わたしのツインテール気持ちいい?」

「話聞いてたか?」

「うりうりー!」

 ツインテールを押し付けてくる。

 あ、いいにおい。

 確かにいい感触。

 でも暑い。

 暑すぎる。


 電車の中はクーラーがガンガンに利いていて涼しかった。


 電車を降りて、しばし歩くと、遊園地に着いた。


「遊園地に着くまでが長すぎる……」

 もうすでに結構疲れた。

「遊園地といったらジェットコースターだよね!」

「俺待ってていいか?」

「だめ!!」

「えぇ……」

 奏に無理矢理引っ張られていく。

 ジェットコースターに乗った。

「ううぇえええええええええええええええええええいっっ!! ふぉっふぉおおおおおおおおおおおお!! ふぁひゃあああああああああああああああああ!!! キエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!! ショアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! エ゛エ゛ーイッッッッッ!!」

「悲鳴と奇声を履き違えるな」

 なんだかんだ、乗ったら乗ったでスカっとした。


「次はお化け屋敷入ろっ!」

 お化け屋敷の内部は暗かった。当たり前だけど。

 ハンマーを振り回す男に追われた。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 なんか物騒なこと呟いてる。

 俺と奏は全力疾走で逃げていた。

「あれ確実に殺しに来てるよな!」

「あはははははははっ!!! おばけだーーーーーーー!!」

「こんな時にくっつくな!」

「あはははははははっっ!!」

「なにがおかしい!」

 空振ったハンマーが床を砕いた。

「あぶねえ! 訴えてやる!」

 ハンマーをブンブン振り回しながら猛追してくるおばけ、もとい遊園地スタッフ。

「ただで済むと思うなよ従業員!」

「あははははは!!」

 全力の逃走の末、ようやくお化け屋敷のゴールから出た。


「ひどい目に遭った」

「面白かったね!」

 奏は元気そうだ。

「よかったな……」


「次はメリーゴーランドに乗りたい!」

「俺は恥ずかしいから乗らない」

「乗るの!」

「乗るのか……」

「一緒に乗るの!」

「わかったよ」


 メリーゴーランドの順番が回ってくる。

 奏が白馬に跨った。


「お兄ちゃんわたしの後ろに乗って!」

「はいはい」

「抱きしめて!」

「いやだよ」

「抱きしめてくれないと落ちる! むしろ今すぐ落ちる! 飛び降りる! 複雑骨折して頭蓋骨割れて脳漿(のうしょう)飛び散らせる!!!!」

「わかったから落ち着け!」

 後ろからぎゅっと抱きしめる。

 周りに他人もいるのに。

 羞恥心が刺激された。

 メリーゴーランドが音楽を鳴らしながら回り始める。

「ねえねえ王子様?」

「王子様じゃないけどなんだ」

「わたしのこと好き?」

「嫌いだったらここに来てないかもな」

「女の子として好き?」

「世迷言を」

「これだけ女をアピールしてるのに~~~~!」

「どこがだ!」

 奏が密着してる尻をぐりぐり押し付けて来た。

「これもう絶対入ってるよね!?」

「入ってない!」

「入れて!」

「入れるか!」

「バレないから!」

「バレるしバレなくてもしない!」

「入れてよおおおおお!!」

「恥じらいって知ってるか?」

「このまま逃避行しようよおおおお白馬にも乗ってるんだからさあああああああ!!!」

「これは本物の馬じゃない!」

「やだやだやだやだ好きになってえええええええええええええええ!!!」

「暴れるな!」


 アトラクションを遊び歩き、時間は過ぎて行く。


 昼食時になった。


 遊園地内の冷房の利いた食事処で昼食を摂る。

 奏と向かい合わせで二人掛けの席に座った。


「はい、あ~ん!」

 奏は一口大に切ったハンバーグにフォークを刺してこちらに向けてくる。

「なんだ、それは」

「あ~んさせ合いっこしよ!」

「やだよ。店員も他の客もいるだろ。いなくてもやらないが」

「朝はやってくれたじゃん!」

「あれは違うだろ!」

「お兄ちゃんが食べてくれないー! 出されたもの食べないとかお店に失礼だー!」

「やめろ変な誤解されるだろ!」

「ごめんなさいごめんなさい叩かないで殴らないで首絞めないで骨折らないで殺さないで殺さないで」

「やめろやめろやめろやめろ! 俺がDVしてるみたいじゃないか! 変な目で見られてるだろ!」

「ふへへへへへ」

 ふにゃりと笑う。

「たばかったなこの野郎」

「野郎じゃないよ女の子だよ」

「ああそうだな……」

 この妹ほんと疲れる……。

「おいしいね! お兄ちゃん!」

「まあな」

 奏と食べる食事処のちゃんとした料理は、美味かった。


 店から出て。

「お兄ちゃんクレープ食べたい!」

「今飯食ったばっかりだろ。(にわとり)か?」

 奏はクレープの売店を凝視している。

「甘い物は別腹なのー!」

「わかったわかった、わかったからツインテールを振り回すな」

 クレープを二つ買って一緒に食べた。


 夕日が世界を支配する。

 つまり夕方だ。

 もうそろそろ帰宅した方がいいか。

 そんなことを考えながら歩いていたら。

 遊園地の中のゲームセンター、その店頭に俺の好きな原作美少女ゲームのアーケードゲームを見つけた。

 しかも最近開始した限定の特殊筐体(きょうたい)だ。

 こんな所で見つけられるとは。


「やりたい」

「すごく目がキラキラしているね!」

「やりたい」

「やっていいよ!」

 財布から百円硬貨を取り出し投入する。

「わたし応援する!」

「ああ、一緒にやらないか?」

「じゃあやる!」

 もう一つの投入口に奏も百円を入れ、2Pとして画面に入ってきた。


 このゲームは二次元美少女がアイドルをする音ゲーだ。だがこの特別筐体はそれに特撮ヒーローを合わせたトチ狂った限定コラボなシロモノだ。

 アイドルの踊りに合わせてヒーローが後ろで踊り、四方八方から湧いてくる敵に攻撃を放っていく。

 高速でアクロバティックに。

「画面シュール過ぎない!???」

「いうな」 

 タイミングよくボタンを押したり連打したりしていく。

 でも、なんだか、いつもより難しい。

「いや速すぎだろ」

 流れてくる譜面が速すぎる。

 GAMEOVER

「なんだこのクソゲー!」

 バンッッ!!

「台パンはだめだよ!!!」

「すまない」


 一ゲームが終わるとカードが貰える。

 美少女やヒーローが写っていて、それぞれレアリティや効果がある。

 いきなり欲しかった美少女レアカードが出た。

「うおっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああやったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああううぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」

「お兄ちゃんはしゃぎすぎ!!!!!!!!」


 



 お兄ちゃんは夢中になってゲームを続けた。

 もう何回連コしたか覚えてない。

 わたしは疲れたから少し休憩。そんなにお金も使えないし。

 思う存分楽しんでほしい。

 だからいつまででも待つよ。

 でもお兄ちゃんもお金大丈夫かな?

 使ってるんなら大丈夫だと思うけど。

 わたしはお兄ちゃんを信じてるから。


 ぶるるっ。体が震える。

 おトイレ行きたくなってきちゃった。

 あやめちゃんのいう通りにちゃんと水分補給してたからね。


「ちょっとおトイレ行ってくるねー!!!」

「そんなこと大声で言うな」


「ふー」

 お花摘みを済ませたら、お兄ちゃんの元に戻ろうと歩き出す。

「ねえ」

 声を掛けられた。

 振り返ると、知らないお兄さんがいた。

 髪を金色に染めて、浅黒い肌に、耳と鼻と唇にピアスをはめているザ・不良みたいな人だ。

 ちょっと盛り過ぎたテンプレみたいでドン引きしちゃう。

「君一人? かわいいね。俺たちと遊ばない?」

「セリフもテンプレだ!」

「あ?」

 ドスの利いた声。

「あ、ごめんなさい……」

 ……怖い。

「ねねねね遊ぼう?」

「そうそう楽しいから」

 不良さんは一人じゃない。似たような容姿の男の人があと二人いる。

「……わたしお兄ちゃんと一緒なんで! 大丈夫です……」

 踵を返して逃げようと。

 肩を掴まれた。


 ――嫌な記憶が刺激される。


「ひっ」

 怖くて恐くて、必死に振り払った。

「わっ」

 突き飛ばす形になってしまい、不良さんが尻餅をつく。

「いってえな。おい」

 怖い声。

 怖い怖い怖い。

「ねえ、痛かったんだけど? これは遊んでもらわないと治らないわー」

 三人に囲まれる。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 ――――。


 いやな、きおく。



 教科書が切り刻まれた。

 机が酷い言葉で彫られていた。

 椅子にボンドが撒かれていた。

 下駄箱に画鋲が詰まっていた。

 トイレに顔を突っ込まされた。

 ゴキブリを口に入れられた。

 女子が主導でやっていたけど、男子も助けてくれなかったし、時にはそれに加担していた。

 お兄ちゃんには知られたくなかった。

 わたしがこんなことになっていて、お兄ちゃんはどう思うだろう。

 そう考えると酷く怖くなった。

 その時は、思考が袋小路に入っていた。

 それでもまだ耐えられた。ギリギリ耐えられた。でも。

 ある日。

 誕生日にお兄ちゃんからプレゼントされたぬいぐるみを、目の前で引き裂かれた。

 目に映るものが最初信じられなかった。

 それは、それだけは耐えられなかった。

 すべてが落ちる様な感覚が広がった。

 こんなにも簡単に人は絶望させられてしまうのだと知った。 

 軽い気持ちが人を絶望させるのは簡単なんだ。


 ――――。 

 

 目の前の人たちは昔を思い出させる。


「おいおい震えてんじゃん」

「か弱く怯えてかわいいな。でもあんまり怯えさせるなよ」

「ママかパパにでも助け呼ぶか~?」

「煽るなよ」


 お母さんもお父さんもいない。

 小学生の頃事故死した。

 親戚は生活支援だけはしてくれるけどあまり会おうとしてくれない。


 二人だけで生きてきた。


 お兄ちゃんと、ずっと二人で生きてきた。


「そろそろ遊んでくれないと酷いことしちゃうかもしれないよ?」

 わたしはイジメられていた。

 でも。

 あの時。

 あの時は。

 あの時から。





 ゲームが一段落した。

 一息吐く。

 意識がゲームへの集中から戻ってくると気づいた。

 奏、遅いな。

 流石に遅すぎる。

 迎えに行こう。

 でも、なんか。

 ただ遅くなってるだけではない気がする。

 以前と同じような感覚。

 俺のシックスセンスが光る。第六感が(うな)る。

 妹センサーが警鐘を鳴らしていた。

 奏に危険が迫っている。

 あの時はまだ鈍くて気づくのが遅くなった。

 でも今なら。

 今は、あの時とは違う。


 走り出す。

 全力で。 

 ダッシュ。

 ダッシュダッシュ!


 見えてきた。

 人気のない、遊園地の中でも死角になっている場所で。

 奏がパリピドキュンに絡まれている。

 今にも泣きそうだ。

 いや、もう涙が出ている。

 震えている。

 怯えている。

 許さない。

 そんなことは許さない。

 奏が悲しむことだけは、絶対に許さない。


「俺の妹になにさらしてんだあああああああああああああああああああああああああ!」

 飛んだ。跳躍。飛び蹴り。

 ドロップキックを奏の目の前の不良に喰らわせた。

「ぐああああ!?」

 不良はぶっ飛んでいく。

「奏! 大丈夫か!」

「お兄ちゃん!」


 



 お兄ちゃんが、助けに来てくれた。

 やっぱり、お兄ちゃんはわたしにとっての光だ。





「奏は下がっていろ」

「うん……!!」

 最初の混乱に乗じて、奏を連れて一緒に逃げた方が良かっただろう。それが賢い選択だ。

 だが、逃げ帰っても妹の心には傷がついたままになる。遊園地での出来事が楽しいことだけで終われない。

 それは、駄目だ。

 奏には、いつでも幸せでいてもらう。


「なんだお前はァ!?」

「俺はこいつの兄貴だ」

「兄貴だあ?」

 ガンを飛ばして今にも手を出してきそうなパリピドキュン。

「勝負だ!」

 俺は逃げない。

 奏の前で逃げたりしない。

「上等だゴラア! おい、やっちまうぞお前ら!」

「「おう」」

 かくして、無駄な喧嘩が始まった。


 俺は真正面から突っ込んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 顔を殴りつける。

「ぐっ」

 ピアスだらけのドキュンは怯んで後退した。

 他二人に挟まれる。

 殴った後の隙を二人に突かれ殴られ蹴られる。

 衝撃。痛み。痛い。

 俺は倒れた。


 ……。

 俺は弱い。

 当然だ。自室でPCの前にばかり座っている男の身体能力なんてたかが知れている。


「お兄ちゃん!」

 だが即座に立ち上がる。 

「奏! 俺は最強だぞ! 無敵で、絶対に負けないからな!」

「うん!!」

 俺は倒れてはいけない。

 奏の前では絶対的に強い存在でいなければならない。

 それが、俺が以前誓ったことだ。


 突っ込む。

 殴る。

 殴られる。

 倒れる。

 立ち上がる。

 突っ込む。

 殴る。

 殴られる。

 倒れる。

 立ち上がる。

 突っ込む。

 殴る。

 殴られる。

 倒れる。

 立ち上がる。




 お兄ちゃんは何度も立ち上がる。 

 無敵のヒーローだ。

 でも、すごく痛そう。

 わたしは今、見てるだけ。

 昔も、なにもできなかった。

 だけど今なら。

 勇気を、少しだけでも振り絞れるかもしれない。

 わたしは変わったんだ。

 元気な女の子を演じている内に、本当にそうなれた。

 友達もできた。

 わたしも、今なら戦えるはず! 

 恐怖を振り切って、飛び出した。


「お兄ちゃんをいじめるな!!!」

 お兄ちゃんを殴っている不良に突進した。

 突き飛ばされる。

 転んだ。

 痛い。

「奏!」

 わたしには力が無い。

 でも、わたしもお兄ちゃんみたいに。

 強く、強く、なれたら。 

 何度も、突っ込んでいく。

 お兄ちゃんと一緒に。




 奏が戦っている。

 そんな光景は、初めて見た。

 いつも俺が守って来たから。

 奏のその姿は今までで一番輝いていた。

 俺は、突き飛ばされて転んで擦り傷を負う奏を、止めることができなかった。

 だって、あんなにも晴れ晴れとした表情をしているのだから。


「んー? これはなんだ?」

「あっ、俺のレアカード!」

 ポケットから落ちた、さっき手に入れたばかりの美少女レアカードが不良の手に渡っていた。

「気持ちわりいな」

 ぐしゃ。 

 俺の大切な美少女カードが折られた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。許さねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 我武者羅にタックルして拳を放ちまくった。

 それでも俺よりガタイのいい三人の成人男性相手だ。ボコボコにされる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「おにいちゃああああああああああああああああああああああああああああああん」

 俺たちは立ち上がり続け、立ち向かい続けた。

 

 そうして。

 少しして。


「なんだこいつら……気持ちわっりい……」

「こいつらやべえよ」

「もう行こうぜ……」


 不良たちは恐れをなして逃げていった。


「見たか奏! お兄ちゃんは勝ったぞ!」

「さすがお兄ちゃん!!!!!」

「いや、俺たちの勝ちか!」

「わたしたちの絆の勝利だね!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「うおおおおおおおおおおおお!!」


 視界の向こうから、遊園地のスタッフがやって来るのが見えた。

 幾ら死角になっているような場所でも、流石に騒ぎ過ぎたか。


「もう夜も近いし、帰るか」

「うん!!!」

 奏は、とても満足気な笑顔をしていた。


 家に帰って来た。

「今日は楽しかったか」

「うん!」

 奏は終始曇りない笑顔をしている。

「それでわたしのこと好きになってくれたかな!!??」

「なにいってんだ。いつ俺が奏を大切じゃないといった」

「異性として好きかってきいてるの!!」

「今日は眠いからもう寝るか」

「寝ないで!!」

「あれだけ馬鹿騒ぎしたからな。今思うと本当に頭おかしいとしか思えない」

「夜ご飯は!」

「知らん知らん」

「作ってよー!」

「インスタント食え」

「作ってよー!」

 作って寝た。





 お兄ちゃんが作ってくれた夕食を食べる。

 チャーハンだ。

「おいしい!」

 食べ終わった。

 満足。


「は、まだ答え聞いてない!」

 わたし、お兄ちゃんに女の子として好きになってもらえたのかな。

「…………」

 眠い。

「わたしも寝よ」

 今日はお兄ちゃんと騒いで、わたしも結構疲れた。

 自室に行くため階段を上る。

 階段を上ってすぐのドアがわたしの部屋に繋がるドアだ。

 その一個向こう側のドアがお兄ちゃんの部屋。

 お兄ちゃんの部屋の前に立つ。

「お兄ちゃん、大好き……」

 そっと囁く。


「お兄ちゃん!!!!! だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいすき!!!!!!!!!!!!」


「うるさい! 早く寝ろよ! 暑いからって腹出して風邪ひかないようにな!」

「えへへへへへ」





 誕生日にお兄ちゃんからプレゼントされたぬいぐるみを、目の前で引き裂かれた。

 目に映るものが最初信じられなかった。

 それは、それだけは耐えられなかった。

 すべてが落ちる様な感覚が広がった。

 こんなにも簡単に人は絶望させられてしまうのだと知った。 

 軽い気持ちが人を絶望させるのは簡単なんだ。

 涙が溢れた。

 ただ大声で泣くことだけは耐えて、それでも涙は絶え間なく流れて行く。


「かなああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 声が、聞こえた。

 いつも聞いている声。

 いじめっ子たちとわたしの間に滑り込んでくる人影。

「奏をいじめるな!!」

「……誰だよ」

「俺はこいつのお兄ちゃんだ!!!」


 お兄ちゃんの後ろ姿は、とても力強くて、頼もしくて。

 わたしの意識に、光が差した。

 お兄ちゃんの心は輝いている。

 光。

 光。

 光。

 わたしに希望を灯す、圧倒的な光。

 正に、救いの光だった。

 その瞬間から、お兄ちゃんは。

 わたしの生において、最高最強のヒーロー。

 唯一の、かっこいい異性。

 そんな存在になった。


 いじめっ子を追い払ったお兄ちゃんは、言った。

「プレゼントなんてこれからも幾らだってくれてやる」

「いじめられても、何度でも俺が守る」

「だから、いつでも、いつまでも一緒にいるから大丈夫だ」

「泣いてたら、笑わせてやる」

「ずっと幸せにするよ」

 

 お兄ちゃん……。

 お兄ちゃん……!

 お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!!

 お兄ちゃん……大好き……。






 

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