腰に光を
【第 黙十三回 黙考県酒美野花火大会】のビラを観て、俺は頭を抱えている。別に打ち上げ花火をどこから見ようかと悩んでいる訳ではない。下から見ようが横から見ようがどちらでもよいのだ。「打ち上げ花火」という単語だけで最近公開されている例の映画を連想させるのはよくないぞ。でも、下からか横からかで結末が変わるってしまうかの如く、この決断次第で俺の未来は大きく変化することになるだろう。
花火大会には、小学校から今に至るまでずっと交友を保っている連中―――たしかアスカとシーと、シアンと、あとリヒテルと、"俺"もいると思うんだけど、ソイツらと一緒に行く約束をしていた。それも一ヵ月も前からだ。何せ、俺たち全員で揃って花火大会へ行くのは今年で最後になるかもしれない。俺たちはもう高校三年生。同年代の面々はとっくに就職だの進学だのと既に進路の方針をある程度は固めてきている。それと、俺たちの住んでいるところは黙考県の中でもかなり田舎なポジションに分類される場所なので、就職とか進学を選択するのであれば、実家引き継ぐとかでもない限りは基本的に黙考県の都市部に移り住むこととなる。現に、一緒に花火大会へ行くうちの三人は既に黙考県の都市部へ移ることを決めている。そんな俺も、ここを離れて違う地で生活しようと考えている。―――引っ越すんでも同じ県内なんだから別に会えるだろ、とか思った奴、いるだろ。確かに、その気になれば会えるさ。たとえ違う県だろうが府だろうが都だろうが道だろうが、何なら違う国だろうがよ。だが気軽に会えるとは一度も言っていない訳で。現に俺たちの住んでいるところから都市部への距離は北海道でいうと、函館から網走くらいまでかな。それくらい遠い。あ、わかりづらい?まぁだいたい大阪から東京くらいの遠さよ。これはさすがに気軽に会うのは無理っしょ?それも大阪~東京間と違って黙考県、都市部以外じゃ電車なんか通ってないから、全部車で移動しなきゃいけないしね?ね??無理だよね??無理でしょ???無理だと言え????……え、いける?!それも気軽に会える?!え、時間に余裕ある系?それともお金に余裕ある系????え、お金分けてくんない????お金余裕あるんだよね????お金よこせ?????? ここから先はお互いの道を歩むこととなる故、この花火大会は恐らく、少なくとも俺たちの"10代の夏"の最後の想い出となる。だから、その最後はアイツらと一緒に過ごしたいって思った訳。そう思ってたの。昨日までは。
それは昨日の夕方頃。正確には16時45分53.25秒頃。俺は冷房の効かない暑苦しい部屋でいつものように日課である"ドキッ!?全裸で正拳壁突き"2時間セットを割引価格でオーダーしました。メガネが曇っていたのでよくわかりませんでしたが楽しめたと思います。予想外の結末に感動しました。言い訳を考えることができません。傘を持って行こうにも微妙な天気がここ最近は続いているので本当に悩みものですよね^^;
数時間後、俺は夕食を済ませ、またしても部屋にこもり相も変わらず冷房の効かない部屋で全裸のまま瞑想をしていた。そして瞑想中に「アイス味のクリームソーダが出てきたらおいしいのになぁ」と思っていた矢先、スマンホホから『クリムゾン・レイド!』(※通知音です)が流れ出した。要するに何かが届いたって訳だ。何だろこんな時間に、もしかして急に体調崩したとか都合悪くなったとかで行けないとか言い出すんじゃないんだろうなぁ……そんな感覚だった。でもメッセージの受信先を見て、そんな軽々しい感覚はぶっ飛んでいった。
そう、何をかくそうメッセージの送り主は俺の憧れの人で、とても大事な人。―――個人情報漏洩防止のため、仮に"あの人"と呼ぶ。"あの人"―――同じ中学、同じ高校で俺の1個先輩。そして俺と同じバスケットボール部。中学も高校も。"あの人"への最初の印象はというと、身長も高いしスッとしてるし、誰にでも気配りできるし爽やかで、かと思えば練習や試合には誰よりも人一倍ストイックでアツくなるしで。ほんと魅力全開だなぁオイ、こりゃ俺が関われる場面ねえなオイ、といった具合だった。まさに高嶺の花。ショーケース越しの綺麗なアクセサリー。ラーメン屋の看板。でも共に部活で切磋琢磨するにつれ、"あの人"への感情は羨望から気づけば憧れへと変わっていった。まぁ何はともあれ、"あの人"のことを「意識」してた。
そうする内に、俺がそういった感情を持ち合わせていることを"あの人"も察知したのか、次第に俺の面倒を"あの人"が見てくれる頻度も多くなった。どうしても苦手意識が残ったままだったテクニックの練習にずっと付き合ってくれたことがあった。克服できた時の"あの人"の喜び様は、ちょっとばかりオーバーアクションではあったかな。あと、試合で惨敗した後に悔しくて悔しくて一人で裏で泣いていた時に声をかけてきて、俺の泣き言をずっと聞いてくれたこともあった。良い時も悪い時も支えてくれた"あの人"。気づけば部活以外でも帰り道で一緒になることも増えていった。その流れで連絡先も交換し合った。―――憧れとは別に、それ以上の特別な何かが芽生えてくるのを感じていた。でも、その感情を"あの人"に対して露にすることも、告白することもなかった。そしてそのまま"あの人"は高校を卒業し、今は故郷から遠く離れた(とはいえ黙考県内ではあるが)都会で働いているのだという。"あの人"に対して告白できなかったのは、―――別にむちゃくちゃ後悔しているワケではないけれど、―――それでも、モヤモヤはずっと残るばかりだった。―――ということはむちゃくちゃ後悔しているということなんだと思う。ごめんね、言うこと二転三転もしちゃってね。
意識してながらも、その想いを伝えないまま時間ばかりが過ぎていくんだろうと思っていただけに、"あの人"から、それも唐突にメッセージが送られてくるなんて。俺はすぐさまウィ●ペディアの利用者ページの会話欄へアクセスし、メッセージの内容を確認した。
「ハゥ・アー・ユー????」
書かれていたメッセージをまさに↑に無編集のまま抜粋した。そりゃあ、思ったよ。マジかよ、って。
しかし、なけなしの返答をしたところ結局最初の挨拶(?)は"あの人"なりの冗談だという。"あの人"の意外な一面を見られてちょっと面白かったな。そしてそれから、互いの近況を話し合ったりもした。俺の進路どうなってんのとか、"あの人"がどんな仕事してるのかとか。にしてもまさか、俺の進路概要と"あの人"の仕事内容がやや似たりよったりだったりしてるの、何だか奇遇ね。プロの悪鬼を目指してる俺が憧れてる"あの人"が、まさか幾年のエリート悪鬼と共に仕事してるだなんて。俺も頑張らなくちゃ。……だなんて会話をしてるうちに、"あの人"が突然
「実を言うと今日、帰省しててさ。明日花火大会あるじゃん?出来れば、一緒に行きたいんだけど、どうかな?」
だなんてメッセージを送ってきた。
これは友達の数がそこまで多くはなかった俺に対するちょっとした気遣いなのだろうか?……いやでも、俺が小中高から共にヤンチャしている連中の存在は"あの人"だって知っているはず。すると何だ?花火大会に行きたいけどぼっちなのはイヤだから無理矢理にでも俺を誘おうという魂胆か?……これがもし事実だとしたらNとOだけのたった二文字だけの明快かつ強烈な返答を送りたいところだが、そうはいかないのが今回のケースであって。あれか?フラグか?俺が"あの人"に想いを伝えることができなかった事に対する、伏線回収、的な?……いや伏線ってそういうことじゃないよな。ともかく、こう……
Oh dear......
おーでぃーァ......
おでぃおでぃ
おーでぃ
おでぃ
お〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛〒゛
俺は衝動のあまり、スマホを壁にぶん投げた。壁を突き破って閃光を放つなんてことはなかったが、壁にぶち当たったスマホは大きな爆発音と共に木端微塵と化したのだった。そこから一睡もせずに陽は昇り、午前から午後に変わり、気づけば陽は西へ大きく傾いていた。それでもまだ、俺は今日行われる花火大会のビラを見て、頭を抱え込んでいるという訳。そう、打ち上げ花火をどこから見るかという話ではない。誰と見るか、という話。(でも実はこれ、例のアレと同じだったりするんだよな……)
そんな訳で悩みながらあーだこうだ、ついでに『ドラゴンクエストⅪ』とかもやりながら考えていたら、気づけば部屋の時計を見ると17時30分。ここで花火大会を一緒に観る"予定"の連中との待ち合わせ時間を思い出し、そろそろ家を出ないと間に合わないことに気づく。仕方なしに支度を始める。さすがに全裸で向かうのはアレなので花火大会へ行くための服を着て、スマンホホをポケットにしまい急いで駅へと向かった。"あの人"への返事は、まだしていなかった。
花火大会の会場の最寄り駅に着いた俺は、さっそく待ち合わせの場所へと向かう。集合場所は河川敷近くの公衆トイレだ。かなりギリギリの時間で着いたので、俺は急ぎ足だった。走る走る。うえり。まだまだ河川敷まで距離があるというのに、既に屋台が立ち並んでいる。ただでさえ遅刻寸前だからいちいち屋台に目をかけることはしないのだが、どういう訳なのか、たった1つだけ、目にひっかかったものがあった。【電球ソーダ】。いったい電球ソーダてのが何だったのかはわからなかったが、ともかくその単語が気になって、急ぎ足だったのにも関わらず、足を止めてその屋台をただ眺めていた。もしかしたら、去年まで人気だった光る綿あめの後釜ポジションなのかな?そんな考え事をしているうちに、屋台で売り子してた婆ちゃんが俺に近づいてきた。
ちなみに婆ちゃん、どんな外見だったかというと……
………書くのもダルいしなぁ
………なんか、画像で似たようなのって見つからないかな。どう、ある?
あー、そうそう。こんな感じこんな感じ。……てか似てるなぁ。よく見つけてきたね(笑) そんな訳で画像のような婆ちゃんが俺に
「おやおや、電球ソーダに興味があるようだねぇ……。これはねぇ……」
と切り出して、延々と電球ソーダの発端とか諸々を聞かせてくれた。全部聞き流してたけど。そして婆ちゃんが「そろそろ花火も打ち上がる頃だし出来れば1ついかがかねぇ」とか言い出したあたりで我に返ったので、テキトーにぺちゃくちゃ言ってから急いで向かおうとした。けど、婆ちゃんも手強かった。
「まぁまぁお待ちお待ち、融合するだけだから。融合するだけだから。」
「いや融合てワケわかんねえし。」
「それでこれにゃねぇ、実は不思議な力もあってねぇ……」
話をしたがる婆ちゃんと話を切り上げたがる俺。ある程度きたところで、「これはもう買わないと一向に放してくれなさそうだな」と悟った俺は、なけなしの小遣いで電球ソーダを買った。お釣りを渡す時に婆ちゃんはこんなことを言っていた。
「ところで、ストローについてるちっちゃい電球。ピカピカしててオシャレでしょう?飲み終えても大事にとっておき。それにね……何かあった時は、電球に光が集まるように唱えなされ。きっと、ためになるよぉ……」
よくわからないけど、俺はそのことを頭の片隅に置いといて、超駆け足で待ち合わせ場所へと向かった。
【―――電球ソーダを1個お買い上げになられた若者が走り去る様を見て、婆ちゃんが一言↓】
俺は走る。走る。陽はほぼ沈んでいるとはいえ、この時期に全力疾走は暑い。汗はダラダラ。心臓ドクドク。仕方なく電球ソーダを一気に飲み干す。にしてもこれ、本当にデカい電球……っぽい容器に飲み物(炭酸飲料)と氷入れただけなのね。それで600円とか、いい商売っすねぇ婆ちゃん。まぁでも、もしかしたら容器を用意するのにエゲつない費用と時間をかけたのかもしれない。そう考えると、頭ごなしに600円を否定するのは良くないことなのかもしれない。そんなことを考えているうちに、ようやく俺は待ち合わせ場所 a.k.a 河川敷近くの公衆トイレに着いた。すっかり全身は汗でビショビショ。そういや飲み干した電球ソーダの容器はまだ持ったままだった。汗まみれでデカい電球を持ってるというヴィジュアルをこれから待ち合う友人に見られるのもイヤだったので、そのままどこかへ棄てようとしたが、俺は何故か婆ちゃんの言葉は忘れられなくて、ストローについてたちゃっちぃミニ電球だけをベルトの腰部分につけて、容器自体はどっかにぶん投げた。俺の投げた容器は、見てはいないからわからないけど、凄い加速で閃光を放って空を舞っていったような気もしなくはないけど、そんなことは気にしない。願わくばいつぞやの街丸ごと壊滅だなんて大災害が起きなければよいのだが。
なんとか公衆トイレ前で屯していた友人たちを会うことができた。待ち合わせ時間は既にオーバーしている。
「ごっ、ごめん……ついっ遅れちゃってっ…グヘェ……」
ゼェゼェと音を立てながら汗だくの状態で謝罪しているのだけれども、友人たちはというと……すごい引いているムードが漂っていた。確かに、すごい量の汗だから、引くのはわからなくもない。でも、なぜそこまで引くのだろうか……。遅刻した身分だから偉そうなことを言う資格はないのはわかってはいるが、少しばかり気になってしまった。―――が、その真相はすぐにわかるのだった。
「い、いや、いいんだけど……てか、めっちゃ濡れてるね、全身……」
「てか、シャツ着ないまま外に出たのね。あなた下だけを履いたままよ。」
俺は怪訝な顔を浮かべながら、自分の身体を見る。何ということだ、考え込みすぎて、下だけを履いて上半身は何も着ないまま外に出てしまったのだ。何たる失態。なぜ今の今まで気づいてこなかったのか。しかも、汗のせいで下の服も濡れちゃって、何だかアレやらかしたみたいですっごい恥ずかしい。うーわっ、はっず。めっちゃはっっず。俺は気恥ずかしさと戸惑いと、愛しさと切なさと心強さと、部屋とYシャツとキッチン。1LDK。公衆トイレの中へ駈け込んでしまった。
「えっ、ちょっとメル?!」
「いや無理もないよ……メル結構ウッカリやさんなところあるから……」
「そのくせ恥ずかしがりやさんなんだよなぁ。何であんなミスを……」
「まぁ、しばらく放っときましょ……」
俺は個室トイレにこもり、どうしようどうしようと頭を抱える。さっきまで自分ん家で頭を抱えたばかりなのに、まさか外出先まで頭を抱えることになるだなんて。これは恥ずかしい。どうすればよいのか。上半身は裸だし、それに汗まみれだし、下も変な感じに濡れていて、こいつは確実に嫌な視線を浴びるハメになる。きっと花火でも上がってくれれば問題ないのだろうが、それまでの間がマジキツい。……てかこんな挙動しちゃったからこの後友人たちと花火大会行くのもすごく気まずい。バリキツい。……そういえば、"あの人"に返事をせぬまま花火大会を迎えてしまった。ああもう、諸々やり直したい。ケバブ食べたい。別に人生一から~とは言わないけれど、せめて家を出る前くらいに……
―――そんな時、俺はふと思い出した。600円もした電球ソーダを買った時に、お釣りを渡す婆ちゃんから言われたあの言葉。
「―(中略)―何かあった時は、電球に光が集まるように唱えなされ。きっと、ためになるよぉ…――」
正直信じてないけど、どーいう気分なのか、試してみたくなった。人は冷静でなくなると、こんな非現実的な解決案にも縋ってしまうのだ。という事でレッツトライ。
―――それにしても、腰につけているちっこい電球にどう光が集まるように唱えればよいのだろうか。―――というか、何をどう唱えればいいのだろう。そういった大事なことを、婆ちゃんは何も教えてくれなかった。もう、しっかりしてよ!仕方なく、腰の電球に光が集まってくれそうなことを言うことにした。――何だろう、腰の電球に、光が集まりそうなワード。―――腰に集まれ……は違うか……―――こ、腰に……―――腰に……光を……―――的な?
何となくダメもとで思いついた言葉 a.k.a 呪文を俺は思いっきり叫んだ。
「腰にッッッ!!!!光をッーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
―――腰につけていたミニサイズの電球に、町中の灯りが吸い込まれるッ!そう、電球ソーダのストローについてたあの電球はッただの電球ではないのであるッ!!やがて電球はまばゆい閃光を放ち、辺りは一面真っ白になった。どこからか、謎の声が聞こえてくる……
―――「我は救世主。愚かな人類を抹殺する使徒也」―――
次第に、俺の意識は遠のいてゆく…………
―――――― Goodbye universe ――――――
―――――― Hellow world ――――――
【第 黙十三回 黙考県酒美野花火大会】のビラを観て、俺は頭を抱えている。別に打ち上げ花火をどこから見ようかと悩んでいる訳ではない。下から見ようが横から見ようがどちらでもよいだなんて語りかけたところで、そういえばこんな事を前にも話したことがあるような気がしてきて、俺はふと記憶を呼び覚ます。
―――あれ、俺さっきまで、河川敷のトイレにこもってて……あれ?
気づいたら汗はすっかりひいているし、何より今いるのはまさに自分の家だ。そして全裸のまま。時計を見ると17時00分。……ふむ、そうか。ここで俺はある確信を持つ。
―――婆ちゃんの言っていたことは本当だった。あの電球は、すごい力を持っている。
そう、俺は、タイムワープしたのだ。恐らく、俺が誤った選択肢をとってしまった"最古"の地点。これすなわちまた違う道を選べるという訳で。ここで元の俺なら『ドラゴンクエストⅪ』をプレイして30分を潰すのだろうが、今回は慎重に考えることにしたのだった……
―――そんなコンセプトの、詩集です。
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詩集:腰に『光』を
著者:小司 光
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―――そんなコンセプトの、漫画です。
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著者:微酔 孫
参考URL:https://matome.naver.jp/odai/2139087889660694701
俺は高校生の小司 光。こっちは酔った中年のおっさん。
「カーーッ、せっかくの花火大会だってのに神々が闘ってらあ!」
中年が酒の勢いのままに宙へ向かって飛んでいく。花火大会では酔って星になる者も多く見られるが、それこそせっかくの花火大会なのだからド派手に打ち上ってほしいと願っている。俺はおっさんの遺品であるカルパスを食みながら天空にそびえたつ(そびえたってはいない)トランクスをなんとなしに眺めていた。
荒天中止のアナウンスが流れ、会場にはしらけ切ったムードが充満していた。空からは神々の肉の断片が飛び散ってきて、見物客は神々の闘いを眺めながらしぶしぶ帰路につく。運悪く血液を直接浴びた見物客のひとりがその余波に耐えきれず、心象世界を解き放って宙へと飛んで行った。
「おっさんは飛んだぞ、お前はどうだ」
どこかから声が漏れ聞こえてくる。そこらじゅうに撒き散らされた神々の汚染の影響からか、心象世界が徐々に現実へ溶け込んでいっているのかもしれない。
不思議と羨ましさを覚える。俺はいつだって何かを下から眺める機会が多かった。優秀な友人、優秀な同期、優秀な先輩。俺が俺自身の無能感にノックアウトされる前になんとかしなきゃいけない。
最後になにかでかいことを成し遂げたのは一体いつだ?
俺の、俺たちの高校生活はこれで最後だというのに?
思えば全てが光に包まれた二年前のあのときから、俺の人生にはスヌーズが掛かりっぱなしだったんだ。
引き延ばされるまつ毛のイメージが脳裏をよぎる。まるで俺の人生だ。
肝心なことから背を向けて、だらだらとスヌーズが鳴りっぱなしのままこんなにも長く伸びてしまったまつ毛。俺はそんなまつ毛に甘えていたんだ。
いつまで他人の目なんか気にして1LDKに閉じこもってるつもりだ。
お前の人生いつまでスヌーズ掛かりっぱなしになってんだ。スマンホホだとか、トランススだとか、そんなもん全部かなぐり捨ててお前の全裸を解き放って見せろよ。腰の光がなんだ。何回、何十回、何百回やり直したってなあ、お前の生き様は変わりゃしねえんだ。惨めでしみったれた1LDKのトイレからは逃げられねえんだよ。だからお前はトイレの中心で己の魂を叫び続けることを受け入れるしかねえんだ。
もうスヌーズなんてやめろ。タイムリープも、リセットも、メタ視点も、ハロー、グッバイ、神々、何もかもを過去にしてみせろ。お前はもう逃げたりなんかするな。見ているばかりの打ち上げ花火はもうやめだ。
熱にうかされたような顔で、気が付けば打ち上げ台の近くまで来ていた。俺は青山で買ってきたうっすらストライプの入った喪服を着る。それからネクタイをキュッと絞めてようやく観念した。色々あって愉快だったが、ここでお終いだ。俺は過去の俺と決別をしなければならない。魂の禊ぎ。全世界に向けた俺の卒業式。俺の魂の全裸を受けてみろ。警備員の制止を振り切り、額に珠の汗を浮かべながら必死に発射台まで駆け寄る。
これはすべての神に挑む物語だ。
「腹を括れ!! 打ち上がるぞ!!!」
腰の光が強く反応する。
このまま宇宙まで飛んでいけたらいい。
そうしたら宇宙より万感の愛をこめて叫ぶんだ。
「黙考県立叫野高等学校、卒業生代表挨拶ゥゥゥーーーーーーー!!!!!」
全世界に遍在する黙考県立叫野高等学校の生徒が見守る中、俺の、最初で最後の卒業式が始まった。
(※黙考県立叫野高等学校は秋季入学制度を導入しているため、卒業式は8月に行われています)
―――そんなコンセプトの、挨拶です。
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詩集:ババアは云った。「腰に『光』あれ」。
著者:小司 光
わたしはそっと卒業アルバムを閉じた。『こんなコンセプトのうんちゃら』、というのは当時何かをキメていたわたしたちが、当時流行っていた『こんなコンセプトの〇〇』という漫才をパクって始めたものだ。
そう、もうテレビにも出てこないあいつら。干されたのかな。
20頁も用意された寄せ書き欄に埋め尽くされた詩、漫画、よくわからないサムシング、エトセトラを読んで居た。どれも学生生活の楽しい日々を綴ったものだ。よくわかんない。あの楽しかった花火大会の思い出が卒業アルバムの最後から滲み出てくるようで、わたしはなんとも言えない気持ちになる。当時、同じバスケ部だったわたしの友達……吹上明日香(アスカ)、清水杏子(シアン)、城崎光瑠(リヒテル)……決してうまくもなく、朝一番で練習するようなガチ勢じゃなかったけれど、一緒にするスポーツは、楽しかった。あ、他の道場人物はでっちあげです。
まあ、あれですよ、単純に部活を楽しんで居たんですね。エエ。
と、このタイミングで Very Important thingsを思い出す。それは決して思い出してはイケナイことだった。
「おぉぉあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁいぃぃえぇぇえぇぇえぇぇあぁぁあぁぁ……!!」
衝動的に頭を壁に打ち付け、自らを傷つけても記憶を消そうとする首を、わたしは自由のきく両手で押さえて止める。気まずさと正気を天秤にかけたら間違いなく気まずさがマッハで下に落ちるレベルだ。
衝撃(Sudden Shoking Encounter)によって呼び覚まされた太古(10年前)の記憶が、体を焦がし、汗となって額を駆け抜ける。わたしは戦慄し、悶え、絶望に震える、膝から崩れ落ちる。
体が熱い。あまりの衝撃に訳が分からなくなったわたしの喉から戦慄の慟哭が噴火のように溢れ出る!!!
「これェェェェ……おんなじやつ、友達ン奴にも書いちゃったんだあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁ!!!!!!!」
追憶する『叫』はベランダの侵入者(のら猫)を突き落とし、棚の埃を舞い上げてスターダストに変え、あちらこちらの壁で乱反射され、めっちゃヤカマしいが、そんなの関係ねぇ!
はぁ、はぁ……
超強烈だ……
なんてもんを残してくれたんだ過去の俺!!!!!
だが、同時に、こぼれ落ちる一枚のChild’s days Memory がわたしの心をすくい上げる。
あの日々の想ひ出で闇の瘴気に耐えつつ、この中学校の卒業アルバム特有のやたら多い寄せ書きページを歯を噛みしめながらめくる。
一枚めくるごとに、ガラスの少女時代の闇の魔術が心臓にダイレクトアタックをかましてくる。だが、それと同時に、冥いこの部屋で氷漬けになって居た心の隅の思い出が、あたたかい鼓動と共に溶けていくのを感じた。
そう、あれは10年前、熱い夏の盛りの真っ最中での出来事であった……
23回目の夏を迎えたわたしは今、思い出している。最近見た夏、ちょっと前に見た夏、もっと前に見た夏……七里ヶ浜の夏、片瀬の夏、どこだか分からない片田舎の夏、そして異世界の夏……自分のでない色々な夏。そして、わたしは思い出す。それは、黙考県の『13回目の夏』
そこは、澄んだ空で目を凝らせば星が見えた。まだ日が沈んだばかりで、夕日を縁に残した空の下には、大勢の人が集まっていた。しばらくたって、空に花火が上がり、空を朱に、翠に、藍に染めていく。
何を話したかは覚えていないので、カメラはずっと遠景を映し出していた。
やがて、スクリーンの人物は何やら話し始める。男の子の方はすこし不機嫌そうな感じにそっぽを向いている。女の子の内、一人は苦笑いしながら男の子に話しかけている。ひとりはりんご飴に夢中だ。それで思い出す……
……
神との壮大なバトルは、あの日のリヒテルとシアンの喧嘩だったんだね〜〜。
で、たしか、場所はねぇ、川沿いの、フラヮ〜がたくさん咲いてたとこや。
屋台で、最後の一個になった赤い電球ソーダを欲しいなと思っていたが、玩具くさいものを民の前で買うというハズカチさと葛藤しながらも、どう切り出そうかと考えていた隙に、シアンが
「おじさん、これ一個〜〜」
って掠め取ったのだ。まあ、それだけなら良かっただろう。そこでシアンが挑発っちゃったもンだから
「フッザケンナ!!! ハァ〜〜???」
とキレた次第だ。
ちなみ、彼はキレるとなんか甲高い声になる。
そういえば、あの【第 黙十三回 黙考県酒美野花火大会】は、不幸なことに火災事故を起こしてしまった。幸いけが人もなく、無事に消火されたのだが、火元は不明の原因不明の家事であったそうだ。この不思議な出来事が発生した原因はUMAだとか、いや、あの屋台の怪しい感じの婆さんは、実は地元の有力なシャーマンで、花火大会のどんちゃんちゃん騒ぎに紛れフラリンと狐火を引き寄せて居た説とか、そんなんをアスカがふざけて言っていた。
だが実際問題、あの火災事故の影響は世論に大きく響き、爆発事故の危険性もあったなどと識者などを中心に激しく糾弾され、【第 黙十四回 黙考県酒美野花火大会】は未だに催されて居ない。
それ以来、あいつらにもあって居ないのだ。
あの花火大会が俺たちの絆だった。
机ん上のやりかけのドラゴンクエストXXIをほっぽって、わたしはPC(ぴーすぃ〜)を広げる。
メールは、書けない。何かが、とどかナィ。
ぼんやりしていると、ふと、突然、テレビがパッと点く。テレビのテロップには緊急地震速報。
遠く異国の出来事だ。きにすることはなにもない。
この闇に、光は似合わない。面白いものなんぞ何もないだろうと、テレビを消そうとしたそのとき、箱の中の連中が騒ぎ始める。
「アニメ見てると腹が減るよネェェェェ!!!
ってなワケで、アニメを見るときに一緒に食べると美味しいおやつランキン! 行って見ようカァ〜〜!!!」
「第3(すぁん)位ィィィィイイイ!!!」
でれでれでれでれ♪(ドラムロール)
……
デン!(オーケストラヒット)
「ポテトゥィーヤみそ味!」
「みそ!?」
「ポテトゥィーヤって、こうアレな……味がしっかりしててェ、おいCですよねぇ〜〜ウフフ」
「みそっていうのがイイんですよね。ポテトゥィーヤはニッチな味もしっかり作りこんでてね、エエ、これがンマィんですわ」
「ハイ」
「アニメを見るときに一緒に食べると美味しいおやつ
第2(ぬぅぃ)位ィィィィイイイ!!!」
でれでれでれでれ♪(ドラムロール)
……
デ ェ ン!!(オーケストラヒット)
「ンめぇ棒!!」
「お〜」
「さくさくっとして、んマインですよコレ。手を汚さず食えるってのが円盤に優しいっすね」
「ホットドッグ味、いいですね〜。噛んだ瞬間口に広がるジュースィーな味。」
「でも、これ ピーー の肉が使われているって噂ですよ?」
「そんなの肉球も一緒だよ。きにすんな」
「ハイ」
「アニメを見るときに一緒に食べると美味しいおやつ
第1(いㄘ)位ィィィィイイイ!!!」
でれでれでれでれ♪(ドラムロール)
……
デデデェン!!(ねっとりオ ー ケ ス ト ラ ヒ ッ ト)
「バンビーチョコってウンマぃですよね。なんというか、なんか小粒でカワイ〜〜〜Foo↑↑↑」
「やっぱね、最近のアニメは甘いシーン多いですからね。甘いものが食べたくなるんですよ」
「じゃあ〜〜辛いシーンはぁ、辛いものが食べたくなるんですか〜?」
「そうっすね、ボクはいっつも激ラーメン食べてますね」
「ハイ、いじょうでございまぁす!!」
………
……
…
狂ったように陽気な謎のエンディングマーチとともにふと我にかえる。
時刻はもう朝に近い。 もう寝たほうがいいだろう。 わたしには、明日があるさ。
布団に向かおうと体をぐるっとターンしたその時だ。
〜〜 自分を解放しろ!!! 〜〜
聞きなれない声が背後から迫る。脳髄に響き渡る声……小学生が体育館で演奏する行進曲のような歪さだ。
声、声なのか……
一体誰なの……びびったじゃないの!
いつもならピーーーっと音がなり、白とかマゼンダとか、原色っぽい色がしましまにならぶあの画面になっているハズ……なのに……
おそるおそる振り返ると……
(๑╹ω╹)
うおっ、びっくりした。 振り返るとそこに、おぼろげにいる……! だっだれなんだ……!!
(๑╹ω╹)
(๑╹ω╹)<ㄘい
(๑╹ω╹)<ㄘいㄘい
(๑╹ω╹)<ㄘいㄘいこのまま〒゛エエんカ?
(๑╹ω╹)<ㄘいㄘいこのまま昔の思い出に浸っ〒、そん〒゛くすぶっているだけ〒゛エエんカ?
そうだ……今のわたしはDreamer of Dreams。しかし、そのままではいられない。ずっといたいけど、いつかは、そういうものから、心を解き放たなければ、ならない……ことは……わかっている……
(๑╹ω╹)
(๑╹ω╹)
(๑╹ω╹)<そうや〒゛。きづいているなら、エエんや〒゛。
(๑╹ω╹)<これからは、がんばってㄘいㄘいするんや〒゛
ブゥンという音とともに、テレビは消えた。一体何だったんだろうか。
ふと、気が緩む。気づいたら超腹が減っている。
腹減った……
で、出ちゃったんよ、黙考県。ずっと引きこもっていた黙考県。
いままでずっと住んでいた、面積6畳分くらいの、ㄘいさなㄘいさな『黙考県』から……
外はまだ真っ暗だった。なんとなく、昔の友達に会いたい気がした。こんなに狭い空の下。彼らは今……何をやってるのだろうか。
闇の書を抱え、『国外』へと出る。
並行世界のわたしなら、昔の┣モダチを探しにいく旅が、これから始まるんでしょうかね。
##########
「うーん、一体花火大会はどうなったんだ」
俺が目を覚ましたのは夕暮れの川の土手だった。周りには人っ子一人いない。
最後の記憶は確か俺とあの人が一緒に花火を横から見ていたところだ。あれからどうなったのだろうか? 先輩も、花火大会の観客も屋台もすべてなくなっていた。
全く音のない世界だった。黙考県は騒がしく平和な世界だった。電球は空を飛んでるし憧れの先輩は汚物丸出しトランクスで闊歩してるしメシアはよく体調悪そうに肉片を飛び散らせていた。だが今の黙考県は静かで不気味で奇妙な世界だ。
待てよ、メシアとはなんだ? それに加えてなんだか知らないまつ毛が長すぎる人の記憶が沸きあがってきた。メシアとまつ毛の長すぎる人が人知を超えた争いをしている記憶もある。自分が見たこともない記憶に現れる人々はいったい何者なのか。友達、友達なのだろうか。分からない。だけどきっと、この夕日の向こう、黙考県の向こう、外の世界には俺が見つけるべき答えがある。そんな気がしていた。
何もわからないまま、俺は歩み始めた。その腰にあの時買った電球を携えて。
川を越え夕日の沈む下流へと進んでいく。
「待ちな! 黙考県の外に行くならアタシも連れて行ってもらおうか!」
桃太郎の犬みたいなノリで俺を呼び止めたのはやたらまつ毛の長いニンジャじみた人だ。たしか覚えのない記憶の中でメシアと戦っていた。
「あなたは黙考県の外に何があるのか知ってるのか?」
「何かあるかもしれないし何かないかもしれない。アタシはそれを確かめに行きたい。アンタは何が目的なのさ?」
「まつ毛の人と同じかな。答えを探しに行く」
「答えね。まあいいでしょう。とにかく黙考県の先は何があるか分からない。一緒に行ったほうが良いだろうさ」
半ば強引についてきたまつ毛の人と一緒にさらに下流へと下っていく。思えばアスカやシーたち以外の人と一緒に行動するのはとても久しぶりな気がする。というか長いまつ毛がピシピシ当たって痛い。無駄に長いし前見たときより伸びてないか? 横幅1.5メートルくらいある気がする。
しばらく二人で歩くと前方に奇妙な人影が見えた。頭部が二つ見える。あれは……
「眠い……死ぬほど眠い……」
あれはメシアだ。特に呼んでも居ないのにどうして降臨しているんだろう。というかサイズが小さい。前に見たときは背が高くてスッとしている先輩よりはるかに大きかったが今では人間大のサイズだ。首は相変わらず二つあるが。
「メシアテメー生きてやがったのか殺す!」
まつ毛の人が勢いよく飛び出してく。
「アァ!? ろくに名前も決まってねえやつがこの救世主にたてついてんじゃねえ!」
「ちょっと待てまつ毛の人!」
ここで殺し合いをされては困る。とっさにまつ毛の人のまつ毛を掴むとまつ毛の人が「エゲーッ!」と叫ぶ。尋常ではない力に引っ張られ俺の手からまつ毛がすり抜けていき、そのまままつ毛の人はきりもみ回転して地べたに激突した。
俺の脳裏によぎる予感。メシアも俺と同じなんじゃないか?
「メシア、俺達と一緒に来ないか」
「は? なんだこいつ」
俺たちはまだ何も見つけちゃいない。この黙考県の中でいつまでも花火を見ているだけだった。だけど俺達にも選択の時が来た。このまま黙考県のことも外のことも何も知らず黙考県の一部として生き続けるのか、破滅を覚悟で新たな世界を見つけに行くのか。俺は何も知らないまま生きていたくない。たとえ外の世界を知った先がこれまでと変わらなくても、それを受け入れた上で生きていきたいのだ。
「お前もこの黙考県だけでくすぶっていたくないだろう?」
「ケッ、我はクソみてえな人間に叩き起こされずゆっくり寝られればそれでいいんだよ」
「うるせ―ぞクソメシア! てめえが来ないと話が進まないんだよさっさと来い!」
「おぼめッ」
いつの間にか復活したまつ毛の人の地獄突きが肋骨の間あたりに炸裂しメシアがよくわからないうめき声を上げて倒れた。右の頭が気絶して左の頭が悶絶している。器用だ。
「メル、行くぞ。そいつ持ってこい」
まつ毛の人はメシアを踏みつけながら進み始めてしまった。ついでと言わんばかりに踏みつけられたメシアが哀れだ。この二人が揃うとどうしてこうバイオレンスになるんだ。メシアの運搬を押し付けられた俺は右側の翼を掴んで引きずりながらまつ毛の人を追いかけた。
「というかメシアは何でこんな体縮んでるんだ」
「スヌーズが体に悪すぎたんだよ。体の負担が大きくなると体積が縮みがちになるだろ?」
どうやらメシア界ではスヌーズの回数によって体積が上下するらしい。しかしずいぶんと川を下ってきたが中々終わりが見えない。いつまでも続いているかのようだ。
「……黙考県て狭いようで結構広かったんですね」
「聞けよおい愚かな人類抹殺するぞ」
「そうだねぇ、住んでる町といっても自分が住んでるあたり以外って意外と知らなかったりするしな」
「まつ毛さんこの辺の人なんですか」
「まつ毛さんてなんだテメー」
「我救世主愚者為人間抹殺ノ使徒也」
まつ毛さんとメシアと話していると初めてあった気がしない。まるで昔からいる同郷の友人のように話せた。アスカやシーたちは何をしているんだろうか。元気にしてるかな。
ぼんやりと考えていると先頭を歩いていたまつ毛の人が止まる。何事かと俺も足を止めてまつ毛さんの後ろからのぞき込む。
そこには学ランを着てやたらハイテンションで跳ねまくっている人がいた。
「ちょうどいい、桃太郎よろしくアイツも仲間にしようぜ」
まつ毛さんが挑戦的な顔で提案するが冗談ではない。完全にクスリをキメているか現代社会にやられて電車に飛び込む3分前くらいの挙動の人だぞ。こんな桃太郎伝説にいられるか、俺は鬼が島に帰るぞ!
「おいそこのヤツ。名前はなんていうんだ」
止める間もなく本当に声をかけてしまった。どうしようかとメシアの方を振り返るとさっきの話で完全に拗ねてしまったのか寝てしまっている。全く使えない。今のところメシアは役立たずと足手まといの中間的存在で桃太郎でいう所の桃のヘタと等価だ。
「URUSEEEEEEEEEEEEEEE! 俺は黙考県立叫野高等学校、卒業生代表小司光だぞオラアアアアアアアアアアアアアアアア!」
しまった、触れちゃいけないやつだ。しかしよく考えたらこちらも双頭の救世主の旗の下にロンまつ毛と歩く公然わいせつ罪未遂。あちらが躍動するチャッカマンならこちらは歩くダイナマイトだ。触れてはいけない者同士の禁断の物語がここから始まるのである。
「よし光、お前アタシ達と一緒に来い」
「断るッ!」
始まらなかった。これでよかった。
「おいてめえ!」
まずいこっちにきやがった!
「スヌーズなんてやめろ。タイムリープも、リセットも、メタ視点も、ハロー、グッバイ、神々、何もかもを過去にしてみせろ。お前はもう逃げたりなんかするな」
危ない人タイプかと思ったが評価変更だ。これ金曜深夜の駅で見かける酔っ払いだ。その証拠にそのまま彼は口から説教とゲロをまき散らしきりもみ回転しながら下流へと飛んでいった。
「黙考県立叫野高等学校、卒業生代表挨拶ゥゥゥーーーーーーー!!!!!」
一番前にいたまつ毛の人は当然のようにゲロまみれになり俺たちの進む道もオーロラロードへと姿を変えた。挙句の果てに右手で引っ張っている桃のヘタがもらいゲロのごとく涙を流し嗚咽を漏らし始める始末。今度会ったら口を開ける前に機能してないほうのメシアの頭部を叩き込んでおくか。そう思いふと顔を上げるとまつ毛の人がメシアの頭部を見て、俺と目を合わせた。その眼は確信に満ちたものがあり、民主主義的にメシアの頭部の扱いが決まった瞬間である。
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「あ~アホくせェ。なんでわたしがトモダチのとこに行かなきゃいけないんでェェェエエエ~~~???」
言い訳しておくと一歩は出た、と思う。ちょっと扉を開けて外を見るのを一歩とカウントしてくれれば間違いなく出るはず。確実に出た。
胸を焦がした衝動も一瞬入ってきた陽の光を見た瞬間に鎮火した。薄暗いこの6畳一間の黙考県は快適すぎた。外に出らんねえ。
というか今のわたしは友達のいる場所を知らない。自分から「ISONO~ライン交換しようZ3ェ~」とか言えるタイプじゃないので卒業するとき皆の連絡先を知らないまま卒業してしまった。どこにいるか分からんのに探しに外に出ても徒労に終わることが目に見えている。。
それでもちりちりとくすぶり続ける何かがわたしを動かした。外には出ないけどあちこち黙考県(家)の奥深くにしまい込んだ高校時代の思い出を掘り返す。
「これは……卒業制作とかいって4人で作ったムービーだ。こっちはイツメンで何か絵を描くのが流行ってた時に描いた絵を仕舞ってたファイルでこっちが……」
あれこれ引っ張り出してみるとわたしのなんでも衝動的に集めては捨てられない性分のせいか高校時代の思い出の品は沢山あった。
この中に友達の居場所の手がかりがあるかもしれない。
「この動画は……なんだこれは無が多すぎる」
卒業制作ムービーははずれだった。見るに堪えないお粗末な演技と熱中症でうなされた人間が描いたような脚本がなんともいえない虚無感を醸し出している。
そんな感じで部屋中をひっくり返していたら母親が置いていったHellWorkが出てきてしまった。戸棚のおやつを探していたら塩昆布が出てきたみたいな顔になる。
大体何故人類はこう月何百時間も働くのだ。縄文時代の我々は一日の3分の1以上を机に縛り付けられるために土器を厚くしたわけではない。うまいこと世界をハックして余った時間で娯楽にふけったりずっこんバッコン種の繁栄にいそしむための弥生土器だったのではないのか。
人類と来たら人生の多くを労働に捧げることをステータスにしていて、特に黙考県擁する目本はその傾向が特に強い。人生の時間をどれだけ労働につぎ込んだかを自慢し始める始末だ。外じゃ残業は人類しかしないからとても文化的だとかいう教えがまかり通っているのかもしれん。
人類しかしないことをすると文化的というのなら絵をかいたりスポーツをしたり音楽をやったり家で狐っ娘や息をするように嘘をつく女の子が出るアニメでブヒブヒ言いながらバンビーチョコ食うのだって文化的じゃないか。そもそもなんで生物種のオンリーワンを求めるのか。オンリーワンを求めたがる人類の習性が悪いのだ。アイデンティティがなんだ。本当のアタシ(笑)なんてクソだ。人類だって犬みたいにご主人に媚びていいこいいこしてもらったり猫みたいに気まぐれでチヤホヤされて生きたっていいじゃないか。
人類の先駆者たちが足りることを知らぬのが悪い。技術の進歩による文明の発展や飽くなき金欲を捨てさせ奴らを古代縄文人にすれば人類の総合的な幸福は増すに違いない。胸が土器土器のステキなハニワ人生が待っている。
首を洗って待っていろユダ○人!
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川を下りきった先には夕日に照らされた海と、5メートルはありそうな真っ白な扉だけがあった。何もない海岸の水上にぽつんと立っている巨大な扉は奇妙で、異様な存在感を放っている。
「この扉の先が黙考県の外なのか?」
「分からん。というか普通こんなところに扉なんてあるか?」
「お前救世主のくせに自分の救う世界のことも分かんねえのかよ何のために救ってんだ」
「世界を助けるのに理由がいるかい?」
まつ毛とメシアが軽口をたたき合う。なんだかんだこの川下りでこの二人もちょっと仲良くなった気がする。
3人(二人と一柱か?)で扉のところまで近づいてみる。扉は足首が水中に浸かるくらいの場所に立っていて見たところ押し扉のようだ。。試しに俺が押してみると大きさに見合うだけの重さがあるように感じられた。
「かなり重いなこれ」
「貧弱だな人間。我なら触れるだけで消滅させられるぞ」
外へ通じているかもしれない扉を消滅させられては困るのでメシアにはその辺で左半身浴でもしてもらい俺とまつ毛の人で押してみることにした。
「二人がかりでも全然進まん……普通こういうでかい扉って隣に通用口とか入れるだろ本当にこのサイズの扉常用で置くとか頭おかしいんじゃないのか」
ズリズリと誤差レベルで進んでいく俺達。砂浜の砂とかも引っかかってるんじゃないかこれ。
「おい貴様ら! 後ろを見ろ!」
右半身浴をしていたメシアの声に後ろを振り返るとそこは広がるばかりの黒だった。今まで来た道は全て漆黒の化け物の群れに埋め尽くされ、その化け物たちは俺達のほうへ向かってきている。
「何だアイツら!?」
「おそらくだが、黙考県の外へ行こうとしている我らを引きずり込みに来た世界の闇の眷属だ」
「まずいな。おいメル、お前は扉を開けろ! アタシとメシアで足止めする!」
言われるがままに俺は迫りくる漆黒に背を向け全力で扉を押した。背後で何かが切り捨てられる音と何かが我メシされる音が聞こえる。
「くそ、開けよ、開けってんだよこのオンボロドアが!」
背中を震わせる轟音を受けながらなんとか扉を開けることができた。中の様子を見る暇もなく、振り返れば既にかなりの悪鬼たちが侵攻してきていた。見渡す限りもはや世界そのものが真っ黒になってしまったかのようだ。
「二人とも、こっちへ飛び込め!」
「遅いぞ愚かな人類!」
どでかい我メシをかますとメシアは猛然と扉へ飛んできた。その後にまつ毛の人も続く。そしてはいよって来る悪鬼。あの悪鬼共はそれほどスピードはないらしく二人とはみるみる距離が離れていった。これなら何とか逃げ切れそうだ。
メシアが水平運動で扉に入った。続けてまつ毛の人が扉にたどり着く。
「扉を閉めろ! おい貴様なにをしている。さっさと入れ!」
メシアが叫ぶ。まつ毛の人は扉の目の前で止まっていた。
「まつ毛の人、早く入らないと化け物が」
「そうしたいのはやまやまなんだがね……」
まつ毛の人は入ってこなかった。いや、入ることができなかったのだ。なぜなら……
「ま、まつ毛の人のまつ毛が引っかかって!」
「まさか伸ばしすぎたまつ毛がここでアダになるとはね……」
まつ毛の人はまつ毛が引っかかって扉に入ることができなかった。
「まつ毛の人! 今助けるぞ!」
俺達は必死でまつ毛の人の手を引っ張るが鋼のごとき堅さのまつ毛はしなることなく引っ掛かっておりとてもじゃないが通りそうもなかった。
「諦めるな! 足を持ち上げろ! 綱引きの要領で体重をかけて一気に引き込むぞ!」
「いいんだ……アタシはもうここまでさ……ちょっとまって、もういいから、今ものすごいまぶた引っ張られてめっちゃ痛いからやめて、いやほんとまぶためっちゃ裏返ってるからやめて」
「くそ、なんて剛性まつ毛だ! 90度回転させろ、縦にすれば入るぞ!」
「駄目だ! あのときよりはるかに長くなったせいで縦にしても入らねぇ!」
「痛い痛い痛いまぶためっちゃねじれてる痛い」
「どけ! 我がまつ毛を我メシする!」
「やめろ体ごと消えるわ!」
扉の向こうからは無形の闇たちが大挙をなして迫ってくる。
「お前らここはアタシに任せろ! こんなザコ共一気に片づけて追いついてやるからよ! だから引っ張るのやめろまぶた裏返ってるって言ってんだろ!」
「ふざけるな、貴様を置いていけるか!」
メシアが叫ぶ。まさかメシアが真っ先に反対するなんて。でももう俺達には時間は残されていない。闇の眷属たちはどんどん融合を続け今にも扉ごと押しつぶさんと倒れ込んでくるかという勢いだ。
まつ毛の人は足を引っ張る(物理的な意味で)俺達の手を体を光速回転させ振り払うと瞬く間に近くの闇の眷属を切り払った。そしてその辺に積みあがっていた眷属の死体をまとめて扉に叩き込みふさいでしまった
「まつ毛の人!」
「さっさと行けぇ!」
「まつ毛の人……ごめん……!」
「クッ、絶対に追い付けよ!」
俺達はまつ毛の人に背を向けて走り出した。涙は流さなかった。泣いている時間なんてない。黙考県の先へたどり着かねばまつ毛の人の遺志が無駄になる。俺達は進んだ。逃げるためではなく、未来をつかみ取るために。
「へっ、行っちまったね……」
ひとり呟くまつ毛の人。
闇の眷属たちは動きを変え一か所へと集まり巨大な生物へと姿を変えた。それは昔のメシアよりもはるかに大きく、強大で、世界が支えるには大きすぎるものだった。
おそらく、いや、確実に自分はここで死ぬ。だがこの選択に後悔はない。心は晴れ渡っていた。※
「さーて、まぶたの痛みと名前が設定されなかった恨み、晴らさせてもらうぞ!」
俺とメシアはひたすら続く、漆黒の空間に浮かぶステンドグラスの道をひたすら走っていた。いつあの眷属たちが後ろから迫ってくるともわからない。彼女の死を無駄にしない一心で走り続けた。
「一体この道はどこまで続いているんだ。本当に黙考県の外に続いているのか?」
「我にも分からんが道は一つしかない。先に進むしかないぞ。その証拠に……」
メシアが言い切らないうちにステンドグラスの縁から闇の眷属の手が這いあがってきた。こいつらもまた俺達を黙考県へ引きずり込もうとする悪鬼なのだと直感的に分かった。
「また沸いてきやがった!」
「今はまつ毛もいない。我が抹殺する!」
メシアの両手が光ったかと思うと左右から迫りくる黒い化け物が消滅し、消えたそばからまた眷属たちは這いあがってくる。しかし流石メシアのオーバーすぎるパワー、這いよる化け物を全く寄せ付けず先に進む。
正攻法では無理だと判断したか黒い化け物たちは一旦引いていった。
「ふう、とりあえずは切り抜けたか」
「我の力にかかれば造作もない」
「本当に造作もなさ過ぎてまつ毛さんなんで死んだのかわかんなくなってきた」
体力を温存するため歩きながら進む俺とメシア。と言ってもメシアがいるおかげでそれほど緊張感はないが。
ステンドグラスの道は端までくると勝手に光のタイルが浮き上がり道を作ってくれ、少しずつ上に向かっているようだった。
「さっきからこのステンドグラスはなんなのだ。描かれているのは人間のようだが」
「流石メシア、俺は足元を見る余裕なかった」
改めて光のタイルの上から見下ろして見ると確かに人が描かれているように見える。しかもその姿にはどこか見覚えがあった。
「あれは……アスカか……? あっちのはシアンとリヒテルかな? にしてはちょっと雰囲気が違うような……」
「貴様の知り合いか」
「俺の友達。なんで黙考県の出口に俺の友達のステンドグラスが……」
そもそも県外に出るためにあんなでかい扉を通ってステンドグラスと光のタイルの道を通るなんてよく考えれば明らかにおかしい。それに加えてシアンたちの絵。ここには何か黙考県に関する重大な秘密があるように思えてならなかった。
「それについては先に進めば分かるだろう。先に進めればだがな」
そうしてシアンたちについて思案しながら歩いているとメシアが手で制止する。
「あれ、道が途切れてるのに光のタイルが出てこない」
どうしたことかと俺がメシアの後ろから顔を出すといきなり黒い腕が伸びてきた。
「うわっ」
「消えろ!」
メシアが我メシする。無造作に放たれた破壊光線が腕を消し飛ばしたがその光もステンドグラスの端で消えてしまった。全てを消し飛ばし直進する我メシ光線がどうして途切れてしまったのか。
「なるほど化け物どもめ、考えたな」
単体で一番化け物なのはメシアのような気がするがまあこの際それはどうでもいい。つまりどういうことだメシア。
「直接引きずり込むのをあきらめたやつらがこの先の世界を食いつくしてしまったということだ」
「つまり?」
「つまりつまりうるさいぞ便秘か。要はこの先の道が無くなったということだ」
後ろを振り返る。光のタイルとシアンたちのステンドグラスが黒に飲み込まれていく。残るは僕たちのいるステンドグラスだけだ。
「クソッ、何か手があるはずだ! なんかその辺にスイッチがあって踏んだらやたら聞き覚えのある音が鳴って扉が出てくるとかなんかあるだろ!」
「人間」
「まつ毛の人の無駄死にを無駄にするな。絆パワーは最強なんだ、この絶体絶命のシーンだってなんか適当に回想挟むか精神世界の描写が出てきて切り抜けられるに決まってる。ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
##########
「メルちゃーん、友達が来てるわよー」
「うっせえババア! 黙って扉の前に置いとけ!」
母親がいつもの友達いるから降りてきなさい攻撃を仕掛けてきた。どうせ友達なんか来ていなくて「メルちゃんが部屋から出てきてくれてよかったわ~♨」とかしてやったり顔で言うだけだ。私は両手で数え切れるくらいしか引っかかったことがないから分かるんだ。
でももしかしたら今度こそ本当に友達が来ているかもしれない。ちょっと扉を開けてみてみるだけなら引っかかった内に入らないはずだ。もしこれが引っかかったことになるなら私は毎日引っかかっていることになってしまうからそんなはずはない。
よし、行くぞ。開けた瞬間に閉じられる心の準備をして、いやちょっと待て、もし友達がいなかったときの悲しさに対する心の準備もあと
「遊びに来たよメル!」
「本当に探すの苦労したんだから」
「全然連絡しないから死んだかと思ってたぜ!」
勝手に開いた扉の先にはあの花火大会で失ってしまった最高の友が待っていたのだった。
##########
「おい人間起きろ! 人間! メル!」
「ハッ、ごめんごめんちょっと並行世界の俺と精神が交り合ってた。で、とりあえず精神世界にトリップしてみたんだけど、どう?」
「どうもクソもあるか、相変わらずだ」
むしろステンドグラスがジワジワと削られていっており絶体絶命だった。バカな、とりあえず精神世界に逃げ込んでおくと謎覚醒するんじゃないのか。もうだめだ、おしまいだ。友情パワーが最強じゃなかったのか。
「メル、今まで我は破壊することで人類を救済してきた」
「メシア……? いったい何を……」
「だがな、こんな状況になって、我の存在が終わりを迎えるこの時になって案外人類も悪いもんじゃないなと思うようになったんだ」
「メシア……」
虚無が四方から迫ってくる。俺は動けなかった。メシアも動かずただ語り続けた。
「だから最後くらい、我も本当の救世主として人類を導きたくなったッ!」
メシアの体がまばゆい光を放ち空中へ浮遊し始めた。
「メッ、メシアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
「進め、メル!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
閃光、目を開けると闇は消え去り、白い道だけがまっすぐ続いていた。メシアがその存在を代償として作ったんだろう。メシアは光となり人類の進む道を作ってくれたんだ。ありがとうメシア、桃太郎の桃のヘタとか言ってゴメン。ありがとうまつ毛の人、よく考えれば蟹歩きすれば扉通れたしやっぱりあなたは無駄死にだったけどあなたがいなかったら俺たちは一緒に旅をすることはなかっただろう。短い間だったけど俺はあの人達のことを忘れない。
感傷に浸るのもつかの間白い道の両端からまたしても悪鬼どもが沸きだし始めた。絶対的な力を誇っていたメシアが消えたことで強行的に俺を引きずり込もうとしているに違いない。
俺は走った。右手から襲い来る腕を躱し左からくる手をジャンプして避ける。だが着地点には既に腕が待ち構えており俺はその腕に引き裂かれて肉片になった。
―――――― Goodbye universe ――――――
―――――― Hellow world ――――――
閃光、目を開けると闇は消え去り、白い道だけがまっすぐ続いていた。メシアがその存在を代償として作ったんだろう。メシアは光となり人類の進む道を作ってくれたんだ。ありがとうメシア、桃太郎の桃のヘタとか言ってゴメン。ありがとうまつ毛の人、勝手にまつ毛伸ばして勝手に引っかかったあなたは無駄死にだったけどあなたがいなかったら俺たちは一緒に旅をすることはなかっただろう。短い間だったけど俺はあの人達のことを忘れない。
この文脈は二回目だ。俺は覚えている。腰に付けた電球が何度か点滅したような気がした。
そして俺は走り出す。まず右からの腕。これを右に寄りながら屈んで躱し、次の左が届かないところを走り抜ける。しかし道の端に寄りすぎたせいかすぐさま飛んできた腕に右足をもがれそのまま俺は解体された。
―――――― Goodbye universe ――――――
―――――― Hellow world ――――――
閃光、目を開けると闇は消え去り、白い道だけがまっすぐ続いていた。メシアがその存在を代償として作ったんだろう。メシアは光となり人類の進む道を作ってくれたんだ。ありがとうメシア、桃太郎の猿の抜け毛とか言ってゴメン。ありがとうまつ毛の人、よく考えれば蟹歩きすれば扉通れたしやっぱりあなたは無駄死にだったけどあなたがいなかったら俺たちは一緒に旅をすることはなかっただろう。短い間だったけど俺はあの人達のことを忘れない。
俺が死ぬ瞬間、腰に付けた電球が光り俺はメシアが消えた直後の時間へと戻ってくる。何回戻ってこられるのかは分からない。次は間違えない。
走る。屈み、直後に体を投げ出し腕を避ける。着地際に一回転しながら体勢を立て直しまた走る。追いすがる腕の数はどんどんと数を増やしよけきれなくなった俺はまたしてもバラバラになった。
―――――― Goodbye universe ――――――
―――――― Hellow world ――――――
閃光、目を開けると闇は消え去り、白い道だけがまっすぐ続いていた。メシアがその存在を代償として作ったんだろう。メシアは光となり人類の進む道を作ってくれたんだ。ありがとうメシア、桃太郎のおじいさんの股引とか言ってゴメン。ありがとうまつ毛の人、設定があやふやであんまり動かしたくないから早めに消されたあなたは無駄死にだったけどあなたがいなかったら俺たちは一緒に旅をすることはなかっただろう。短い間だったけど俺はあの人達のことを忘れない。
あれから無数の死を乗り越え進み続けた。悪鬼たちとの根競べもここまでだ。終わらせてやる。
俺は未来予知のごとく腕を躱し進み続ける。脳裏には無数の"俺"の死がリプレイのように流れ正しい道を示してくれる。
何分、何十分と躱し走り続ける。どれだけの時間がたったのかわからなくなりもはや無意識で走り続けていることを自覚したときには悪鬼たちの腕はもう追ってきていなかった。
ふと腰のあたりを見やる。すると腰に付けた電球は弱々しい光しか放てなくなっていた。
「グッバイユニバース!ハローワールド!グッバイユニバース!ハローワールド!」
「お前がいなかったら俺は生き延びることはできなかったよ、電球。」
「グッバ……ース……ハ……ルド……」
「電球、お前も、俺達の仲間だったんだな」
「グ……グ……」
電球は光を失い、サラサラと砂のようになって消えていった。
「ありがとう、電球」
足を止めるわけにはいかない。ここでスピードを落とせばあの化け物たちはまた進む道を破壊して俺を追いつめるだろう。俺は走り続けるしかない。
背後から轟音がする。俺は振り返らず走る。おそらく悪鬼共が津波のように押し寄せてきているのだろう。振り返って確認したし間違いない。
地響きはどんどん近づいてくる。なんてスピードだ。いや、俺のスピードが疲労で落ちてきているんだ。駄目だ、もう追いつかれる。
ふらふらと膝をつく俺。目をつぶり死を覚悟する。地響きが消えた。
だが死は訪れていなかった。
「バッドエンドであきらめてんじゃねえ!」
「お、お前は……! 誰!?」
迫りくる悪鬼の壁を食い止めていたのはあんまり見覚えのない男だった。こんな文脈のキャラいたっけ?
「黙考県立叫野高等学校、卒業生代表小司光! 人生最後の力で世界を切り開く!」
「あっ、きりもみ回転ゲロ男!」
そうだ、なんか川沿いの道で酔っ払いのごとく暴れてた小司光とかいう人だ。光は必死の形相で黒い壁を押しとどめている。どう考えても光の体格で抑えきれるものではない。それでも食い止められているのは彼もまた強い心と絆を持っていると感じる。
「行け、メル! 生きて未来をつかみ取れ!」
「名前なんで知ってるの?」
とにかくこんな奇跡は何度も起きない。俺は駆けだした。なんかよくわからんが熱い思いは伝わってきた。若干出てくる文脈間違ってる気はするが彼の死は無駄にはしない。
気が遠くなるほど長い間走った。本当は一瞬だったかもしれない。時間の感覚が消え、道はすでに無くなり真っ黒な空間をひたすら走る。
そして走り続けるうちに小さな何かが遠くに見えた。それに向けて俺は最後の力を振り絞って走った。あれこそが答えなのだと直感的に理解していた。
遠くから見えた何かは台座だった。その上には一冊の本があった。
「これが、俺の答え……」
本を手に取り、読む。そこに描かれていたのは、あまりにリアルで、見たこともない内容で、俺がよく知っている内容だった。
そうだ、俺はすべて、メルという人間が作り出した20ページの黒歴史(思い出)の空想だったんだ。
「やっぱりシーか」
「もう気付いていたんだね」
「君だけが、俺の、いや、メル(もう一人の俺)の物語にいなかったしここに来るまでのステンドグラスにもシーだけいなかった」
俺にとっての物語の自分が俺で、それはつまり俺の物語の自分は俺なんだ。
「こんなものが、俺達の答えだって言うのか……! 俺達はしょせん作り物の世界の登場人物で、俺達の選んできた行動は全て茶番で無意味だったってことか」
「そうだよ。君たちの行動に意味なんてない。だってこの世界は本物のメルが作ったただの作品なんだから」
無感情なシーの言葉が響く。
「小司光も、まつ毛もメシアも電球もhello worldもgoodbye universeも、皆逝ってしまったんだ。もう二度と帰っては来ないんだ」
「やめろ」
「いくら呼んでも帰っては来ないんだ」
「やめろ……!」
「もうあの時間は終わって、君も黙考県と向き合う時なんだ」
「君の旅は終着点へとたどり着いたんだ。全ては決められていた物語で、先なんてなかったのさ」
「YAMEROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺たちの絆パワーを否定しやがって、絶対に許さねえ。絆パワーは最強、ここは絶対に譲れない。体の中から何かが吹き出し肥大化していく。シーはいつの間にか掌でつぶせる程度の大きさに縮んでしまった。
まつ毛やメシアや小司を否定する悪魔だ。危険な悪魔の危険な言動を規制するために俺のボルテージは危険なゾーンへ突入する。よく考えたらシーが縮んでるんじゃなくて俺がデカくなっていた。さよなら質量保存則。そしてさようなら皆さん。これが本当のグッバイユニバース。
##########
「懐かしいねコレ! こんなもの引っ張り出してたの?」
久しぶりに現れた友人達は散らかしっぱなしの黒歴史たちを漁り始めた。
「クリムゾン・レイド!」
「キョピー!」
私の投げたスマホが明日香の腹に直撃する。蹴り飛ばされた文鳥みたいな声を上げて明日香が倒れた。それを見て笑う清水杏子通称シアンと城崎光瑠改めリヒテル。いつかの、私が夢に見た光景が戻ってきたのだ。
それから私たちは昔の話で盛り上がった。黒歴史を垂れ流し合ったことや些細なことで喧嘩したこと、バスケ部で何かしていたこと、花火大会のことも。
「メル、もう絵は描いてないの?」
シアンが私に聞いてくる。
「描いてないよ。こんな黒歴史書いたらもうこれ以上描く気なんて起きねえよ」
「でもさ、この卒アル、ここで終わるのもったいないよな」
否定する私に大してシアンに便乗するリヒテル。この流れは不味い
「せっかくだし何か今ここで続き描いてみようよ!」
さらに便乗する明日香
「おいやめろ」
「そうだなぁ」
「やめろ!!!!!!!!!!!!!!!」
そんなことをいいつつ皆につられて俺もペンを取る。みんなで何かを作るなんて何年ぶりだろう。無性にワクワクして、何でもできるような万能感が俺達を包んでいた。
「メル」
「なんだよ」
「楽しかったよな、あの頃」
「……」
「今は引き籠ってどうしようもないけど、今からでも一歩始めてみようよ」
「無理だ、私はお前らとは違うんだ。もう遅すぎる。私は自室が居心地が良すぎて出られないんだ」
「物語の最後はハッピーエンドじゃなきゃダメって言ってただろ。誰が言ってたか忘れちまったけど」
「見てみろよこの卒アルのキャラ達を。皆イカレポンチのキチガイだらけだけど皆生き生きとしてる。メシアも、まつ毛が長い奴も、小司光も」
「こいつらを見たから、お前も一歩、前に踏み出したくなったんだろ」
あれが一歩判定なのは私たちの中では共通認識らしい。色々と判定の甘い世界だなぁ。
「だからさ」
書き足した卒業アルバムから手を放す。そこには俺たちの絆の証が描かれていた。
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ドン、ドン、と爆発のような音が響く。
「……なんだこの音は」
俺はこの音を知っている。あの夜、みんなで見たあの花火の音だ。俺、アスカ、シアン、リヒテル、そして……。
沸騰しそうな体の熱が収まり世界が収束していく。俺の体は元のサイズへと戻って行った。
あの花火は命の輝き、誰に決められたものでも誰かに作られたものでもない。めぐる世界の中で人と人が触れ合う中で生まれた絆の輝きだ。
俺は答えを見つけた。いや、もう知っていたのだ。ただ気づかなかっただけ。答えは自分の中にあった。
「いいのかい。君がその先に行けば世界は壊れてしまう。救世主も悪鬼も、Hello Worldもgoodbye universeも俺と"俺"も、黙考県そのものが消滅する。ただなくなるだけじゃない。世界から、、黙考県そのものが存在した証がなくなるんだ。初めから黙考県なんてなかったことになり、未来永劫再び世界に黙考県が現れることはない。君はそれでいいのかい?」
「行くさ。向こうの世界の俺は自分の力で仲間を作り、その友情で一歩を踏み出したんだ。俺も、ゆりかごの中にいる刻を終わらせて、自分の生きる道を歩く旅をする刻が来たんだ。それに……無かったことにはならない。無意味なんかじゃないさ。あいつらは俺に色々なものを託していった。だから俺は旅を続ける。俺が旅を続ける限り、あいつらの遺志が俺を突き動かす限り、あいつらは生きて、消えていった意味があるんだ」
「じゃあな、シー」
答えは返ってこなかった。
「お前とのめちゃくちゃな時間、楽しかったよ」
俺は光の中へと歩いて行った。
「そうか……メルは、見つけたんだね。答えを」
「まさか物語の管理者たる僕の手を離れ旅立ってしまうとはね」
「ヘッヘッヘ、だから言ったろう? 物語なんてあたしらや創造主の思い通りになんかならないのさ」
どこか哀しそうなシーへ老婆の声が響く。
「はは、どうやらそうみたいだね。やっぱり君にはかなわないや」
シーの体が光の粒子となって空へと消えていく。
「これで全てが消える。黙考県も、管理者も。もちろん君もね」
「そうあるべきなのさ、あたしたち物語の住人はね」
そうかもね――その一言と共にシーは姿を消した。
「それから、メルがどうなったか。それはまた別のお話で、ね」
そして物語は終わり、旅は続く。
Man reist nicht um anzukommen, sondern um zu reisen.
-Johann Wolfgang von Goethe-