62
お待たせしました。
ぼちぼち再開します。
更新頻度はまだちょっと乱れそうです。
段ボール箱との戦いが終わらない……!
「実を言えば私が連華の本拠を知ったのは偶然なのだ」
剣人会本部に隠されていた地下通路の闇の中。
そこを進む間、沈黙に耐えられないということでもないのだろうが、新良木が話し始めた。
「あやつは実に用心深い。私が意識的に放った密偵はすべて音信不通となったが、たまたま私と連華が会っているところを見たことのある常陸出身の女中が、地元であの女を見たことがあると言い出したのだ」
日頃の行いと言うには素行が悪すぎる相手なので、これは悪運と言うべきか。
「そこからさらに慎重に探って、ようやく拠点らしきところを突き止めたのだ。詳細な場所は到着までは秘密にさせてもらうが」
「まあ、そうだろうな」
ここで全部喋ったら、一刀さんがそのまま斬り掛かるだろうし。
「移動には多少時間が掛かる。ヘリなどで乗り付けるわけにも行かぬゆえ、車での移動となる」
「……車ん中でてめえと長時間一緒ってのはぞっとしねえが」
「奇遇だな、三日月。私もだ。黒峰伊織と二人きりというのであれば望むところなのだがな」
「断固として断る」
狼と羊とキャベツのゲームじゃあるまいし、百パーセント襲いかかってくることが分かり切っている狼と、誰が好きこのんで二人きりになるというのか。
「残念だ。さて、そろそろ抜けるぞ」
地下通路を抜けると、そこはガレージになっているようだった。
闇に慣れた鬼人の目には、そこに大型の乗用車が置いてあるのが見えた。
採光窓から入るわずかな星明かりしか無いにも関わらず、はっきり見えているという事実にちょっとした違和感を感じる。
「運転はてめえにして貰うぜ?」
「分かっておる。心配ならば刀でも突き付けておけば良かろう」
新良木が壁際のスイッチを操作すると、ガレージのシャッターが軋む音を立てながら開いていく。
「乗るが良い……む」
新良木が元来た方を向く。
一刀さんも僕も、同時に気付いてそちらを見る。
たった今僕たちが通ってきた通路の方から、人の気配がする。。
振り返ると、懐中電灯らしい灯りがこちらへと近づいてくるのが見えた。
「追っ手か……?」
「待った」
微妙に殺気を漏らす新良木を、僕は制止する。
剣鬼となって鋭くなっている耳に、聞き覚えのある声が届いたからだ。
気配は二人で、他には感じられない。
少し待っていると、全力疾走をしている真也と砂城の姿が見えるようになった。
「真也、砂城先輩」
「間に、あった、か」
二人とも盛大に息を切らしており、随分と無理をして走ってきたようだった。
剣鬼でない彼らは夜目が利かないようで、僕に懐中電灯を向けてきたので眩しさに顔をしかめる。
「おま、また、無茶して」
「待つから、とりあえず息整えて」
待つという言葉が効いたのか、口を噤んだ二人の息が整うまでの間に、これまでの経緯を説明する。
「こいつと一緒に連華のところに行く、か。本気か?」
「うん」
あっさりうなずいた僕に、どうにか息を整えたらしい真也が、頭が痛むかのようにこめかみを押さえた。
「殺され掛けたのを忘れたわけじゃないよな」
「そりゃあね」
死ぬかと思った上に筋断裂寸前まで行ったのだ。
忘れるはずもない。
「こやつが貴女を狙うのを諦めたわけでもないのだろう?」
「ついさっきも狙いは僕だって言ってたよ」
二人のことなど気にも留めぬといった様子の新良木を睨みながらの砂城の質問にも答える。
普通に答えただけだというのに、真也と砂城が揃って深いためいきをついた。
「なぜ今、連華のところに行くのだ? 正直、リスクばかり高くてメリットがまるでないと思うのだが」
確かにいかに一刀さんがいるとは言え、根本的には敵である新良木、明らかに規格外な連華、そして未知数だが連華より強いと思われる鬼神という三名を相手取るのは、厳しいという状況を通り越して無謀と言える。
もっと研鑽を積んでから連華に挑む方が勝算が高くなることは言うまでもない。
不明である連華の居場所にしても、例え彼女が居場所を移したとしても、時間を掛ければ探り当てることも可能だろう。
ヒントのある無しはそれだけ大きい。
しかもその時には新良木と連華が争って弱体化している期待だって出来る。
それでも、今、このタイミングで行かなければ出来ないことがある。
「諦めろって。説得できんなら俺がとっくにしてる」
説得する気配すら無かった一刀さんの言葉に、二人は揃って諦めの表情を浮かべた。
何だろう、僕が悪いんだろうかこれ。
「ついてきてえなら勝手にするといいが、てめえの身はてめえで守んな。それができねえってんなら残れ」
「分かった。行く」
「黒峰が行くというのに残るなど考えられんな」
二人が即座に付いてくる意志を固めたのを見て僕は口を挟む。
「危険だけど?」
「おまえが言うな!」
二人だけでなく一刀さんにまで口を揃えて怒られた。
理不尽な。
* * *
車の中での時間は実に消耗する時間だった。
まず体格の問題から僕の位置は後ろのシートの真ん中となり、砂城と隣り合わせだったこと。
助手席の一刀さんと運転席の新良木の殺気のぶつけ合いから、それによって散漫になる運転に対する注意。
新良木の僕に対するセクハラ発言に激昂してつかみかかろうとする砂城を、隣が僕だったためにやむなく止めたり。
ついでに山道に入って乗り心地も最悪。
分かってはいたけれど、何というギスギスした空間か。
車内で問題を起こさなかったのは、僕以外には真也だけだった。
「到着だ」
新良木から言葉を聞いたときに嬉しくなったのって、これが初めてではなかろうか。
停止した車から順次外へと出る。
夏らしく蒸し暑く、濃い草の匂いの混じる風が吹き付けるそこは、小高い山となっていた。
「ここに連華が潜む神社がある」
「神社?」
「そうだ。星神を祀る古いものと聞くが」
星神と言えばまつろわぬ神と言われるものだった気がする。
鬼神と共通するものがある、というか鬼神自身のことなのかもしれない。
ハチが八幡神であるように、鬼神もまた名前があるのだろうし。
「行くぞ。連華相手ではいつ気取られるか分からぬ。油断はするな」
雑草が伸び放題の山道へと分け入る新良木の後ろを、僕たちは付いていく。
虫の音のする中、草をかき分けながら進む。
十分ほど進んだ時に、不意に僕たちを重苦しい重圧が襲った。
まるで物理的な圧迫感すらも感じさせるそれに触れるのは初めてだったが、僕にはそれが何なのか理解出来た。
「連華の、殺気……!」
「気付かれたか」
その僕たちの言葉に応えるように、前方の闇から滲み出るように、着物姿の女の姿が浮かび上がった。
「人ん家に土足で上がり込むような真似しはるとはなあ」
その顔には以前のような笑みは無く、かといって怒りも映してはいなかったが、そこから発せられる鬼気は、まるで深さすら分からない深淵を覗き込んだかのようだった。
「一応理由を聞いとこか? 新良木はん」
「世話になった。……そういうことだ」
「へえ」
底冷えする声を出した連華は、僕たちの方を睨めつけた。
「それに荷担する言うん? 三日月」
「……そういうつもりじゃねえんだけどな」
一刀さんが歯切れ悪く言って、珍しく困り顔で僕を見る。
つまり、ここは僕に預けてくれているのだろう。
その僕が何も説明していないから、一刀さんには状況が分からないということだ。
「次遭うたら殺す言うたえ、ハチの遣い走り」
以前に連華と戦ったときは、相手が本気を全く出しておらず、遊びのようなものだった。
当然、そこには殺意も何も無い。
僕を殺すのは少し目障りな羽虫を叩き潰すような感覚だったはずだ。
その連華が、今は息をするのも憚られるほどに濃密な殺気を放っている。
そんな殺気を向けられているという事実に身震いを禁じ得ないが、今は萎縮している場合ではない。
「覚えてる。でも、殺し合いに来たわけじゃない」
ここから先の言葉は、慎重に口にするべきだ。
タイミングを誤れば、連華と新良木の両方が同時に敵に回ることだってあり得る。
僕は連華と新良木の両方から等距離になるように位置するよう意識しながら、口を開く。
ここから話すことは、新良木を敵に回すことであり、そして連華に受け入れて貰えるとは限らないことだ。
「あなたの目的と、僕の目的の摺り合わせに来たんだ」
僕の言葉に連華は不快そうに眉を顰め、そして新良木は怒りに顔を歪めた。
「どういうつもりだ、小娘」
「僕とあなたは味方同士じゃない。あなたがこちらを利用するのは自由だけど、僕があなたを利用することもあるってことだよ」
新良木は最終的にどう転んでも僕にとっては敵でしかない。
だが連華は違う。
連華がどう出るかは分からないが、僕と彼女には落としどころが存在する。
それこそが、新良木から抜け落ちていた視点。
「摺り合わせられるようなものなん? それ」
そして、今でなければならなかった理由は、やはり新良木の存在。
連華と言えども一刀さんに加えて新良木、そして僕と真也と砂城の三人組という五剣級の戦力三つと同時に戦うのは厳しいはずだ。
さらに何故かは未だ分からないが、連華は自ら本気で戦うことは避けたいと思っている節がある。
それらを裏付けるように、連華は対話に乗ってきた。
「僕は可能だと思ってる。まず、確認だけどあなたの目的は、半ばほどはすでに達成出来ているんじゃ?」
「なんでそう思うん?」
「剣人会の事実上の解体。これで鬼人が組織的に狙われることがなくなったから」
「えろう頭回りはるんやねえ」
言葉は褒め言葉だが、その眼光はまさに射抜くと称すべき殺気が籠もっている。
正直この会話をしながら新良木を牽制するのは無理があるが、察しの良い一刀さんが代わりにやってくれている。
ここで新良木を野放しにすると、僕か連華に襲いかかってくる公算が高いので、助かる。
「剣人会は解体された。これは覆らない。だから、摺り合わせというのはこの先の話」
「……ええやろ。聞きまひょか」
どうにか連華を交渉のテーブルに引きずり出すことに成功したようだ。
第一関門はクリア。
「それで、あんたはんからの提案は?」
「その前に、あなたにも手札を晒してもらう必要があるよ」
「ふうん?」
ハチの遣いということがあるのか、連華は僕に対して当たりがキツい。
あまり下手なことを言うと襲いかかってきそうなほどだが、一応聞かねばならない。
「あなたが何を望んでいるのか。それが聞けないと、落としどころが探れない」
実のところ、黄昏会の目的と、連華の言動から大体は察している。
でもそれが見当違いだったり、それ以上のことを望んでいたりする可能性もあるので、予断は禁物だ。
「さっきので半分、言うたってことは大体分かってはるんやろ? まず、あんたはんが考えた落としどころを先に言いや。そこからうちが答えるよって」
新良木もこの場にいることだし、やはりそうそう口にはしないか。
答え合わせはしてくれるようなので、こちらから手札を晒していくことにする。
「それじゃ、簡単に。新しく作られる剣人会では、理由なく鬼人を殺すことを罪とするようにする」
「な……!」
一刀さん、真也、砂城はもちろん、新良木までが絶句する。
「そんなに変かな? 普通、人は人を勝手に殺したら駄目でしょ? 普通の状態に近くなるだけだよ」
「だが、人を喰う鬼人はどうするのだ」
「それは理由があるよね」
抑止力としての剣人の存在意義まで無くしてしまっては、意味がない。
そこを残しても多分大丈夫なのだが……。
「どうかな?」
確認の意味を込めて連華を見る。
「悪ぅはないなぁ」
果たして連華はうなずいた。
「ただ、あんたはんにその権限があるとは思えへんねえ。絵に描いた餅じゃ意味ないと思うんやけど?」
「うん、そこは三日月である一刀さん、童子切の一華さん、長老の慈斎さんと鹿島さんにお願いすることになるけど」
「どうなん?」
名前の挙がった中で唯一この場にいる一刀さんに、連華が話を振る。
「うるせえ爺共で残ってんのは、そこにいる色ボケ爺だけだからな。出来んじゃねえの? 大典太あたりがうるせえだろうが、説得は可能だろうよ」
そもそも、一刀さんは確認するまでもなく僕寄りだ。
なにせ鬼人最強と名高い安仁屋さんとお友達なわけだし。
「……おまえは鬼人と共存できると思っているのか?」
色ボケ爺呼ばわりされた新良木は、さすがの面の皮の厚さで平然と僕に問いただしてきた。
それは根源的な問いでもあり、僕はそれに対する答えを用意していた。
「人によるよ」
「……なに?」
それは曖昧なようで、僕にとっては剣人となってから今までの体験のすべてを加味した答えだった。