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散々遅れ倒しておりますが、済みません。
引っ越しがありますので次回更新まで少し間が空きます。
ああああ準備が終わらないいぃ……
新良木の言葉に、僕は動きを止める。
黄昏会の首領たる熊埜御堂連華は非常に用心深く、姿を見せることはあっても、どこへ姿を消すのかを見せたことは未だかつて無いらしい。
それは黄昏会の本部というものがどこにあるのか、どころではなく、そんなものが本当に存在するのかどうかすら不明瞭であるということだ。
だがそこでひとつ考えを推し進めると、鬼人側になったとは言え信用のおけない新良木に、連華ほど用心深い者が本当にその場所を教えたかどうか、ということに容易にたどり着く。
「あなたが本当にその場所を知っているかは、疑わしいな。連華があなたを信用しているとは思えない」
「確かに、私は連華本人からはその場所を聞いてはいない」
僕の疑問にも新良木は余裕たっぷりの態度を崩さない。
「だが仮にも長年、剣人会の長老としてやってきたのは伊達ではない。私にも独自の情報網というものはあるのだ」
「俺らから逃れても、大典太が黙っちゃいないぜ。今頃は騒動に気付いて、ここを囲んでいることだろうよ」
「大典太と言えども知らぬことはある。古典的ではあるが、地下の抜け道というものがここにもあるのだ」
本当に古典的ではあるが、有効だからこそ昔から使われているのだろう。
「俺たちには教えても構わないっていうのか?」
「構わぬ。どうせ、二度と使うこともないのだからな」
淡々と言う新良木は、僕たちがその提案に乗ると確信しているかのようだった。
「……あなたの目的は、何」
「別に変わっておらぬ。おまえを手に入れることだ」
つまるところ、僕と連華が争って双方が疲弊したところで乱入して、僕を浚って連華は倒すなり捕らえるなりするつもりか。
そう考えると、皮肉な話だが新良木の連華の居場所を知っているという言葉が、逆に真実味を帯びる。
ただし、目の前にいるのは歳経た老獪な、妖怪にも等しい剣人だ。
その言葉を素直に受け取るわけには行かない。
いくつか質問をする。
「なんで僕が連華の居場所に興味があると思った?」
「おまえが八幡神の御遣いという特殊な立場であり、それを些事は気にも留めない連華が多少とはいえ気に掛けていたからだ。逆説的に言えば、おまえにも連華を気に掛ける理由があると推定できる。一度接触したことは知っているからな」
「僕が八幡神の御遣いって話は誰から聞いたの?」
「連華本人からだ。私がおまえを狙っていると聞いて、そのことを話してきた。連華自身は関わる気はないが、排除できるならしておいた方が良いので好きにしろ、と言われたな」
「連華のいる場所に何がいるかは知ってる?」
「聞いてはおらぬ。が、おまえの存在からある程度の想像はつく。八幡神の御遣いを触れさせたくない何かがいるのであろうな」
新良木の受け答えに矛盾は感じられない。
本人申告の目的を鵜呑みにするのは危険だが、ここを出て連華の元へ向かうのは本当のことだろうと思えた。
「どうするんだ、伊織よ。言っとくが、俺はこいつをここで仕留めた方がいいと思うぜ」
一刀さんの言うことは正しい。
欲望のままに行動する新良木を生かしておくということは被害の拡大を意味するし、そうでなくても僕の身ははっきりと危険になる。
だが、僕としては連華は放っておけない。
戦いたいわけでも倒したいわけでもないが、何を狙っているのか、鬼神の望みは何なのかは知る必要がある。
それ次第では倒す必要も出てくるかもしれないし、連華の僕への態度を見れば、戦いは避けられないとは思うが。
(ただ、そうすることで新良木は何を得るのか)
単純に考えれば、新良木が連華が隠しておきたい場所へと向かえば、彼女の怒りを買うことになる。
いかに新良木と言えども、本気を出した連華を相手に勝てるとは断言できないだろう。
ただ、そこに僕を連れて行けばどうなるか。
新良木を放置して僕に襲いかかってくるということは十分にあり得る。
そこで新良木がどう出るか。
考えられる可能性のひとつは、連華と一緒になって僕を倒しに掛かってくること。
この場合、一刀さんが助太刀してくれたとしても、僕が新良木に勝てる見込みは低い。
但しその後に連華が新良木を見逃すかと言えば、その確率もまた低いだろう。
老練な新良木がそれを考慮していないとは考えにくい。
なら、考え得るもうひとつの可能性。
新良木は僕たちを巻き込んで、連華を倒そうと考えているのかもしれない。
どう考えても新良木は大人しく連華に従うようなタマではないし、連華の方も新良木を信用などしてはいないだろう。
先に手強い連華を僕たちを利用して倒し、その後でまだしも与し易い僕たちを料理する。
そちらの方が、新良木の性格からしてありそうな話だ。
(リスクはある。でも……)
新良木が後者で考えていた場合、それはよく出来た考えのように見えるが、ひとつだけ視野が抜け落ちている。
それは僕が付け入る隙になるはずだ。
「ごめん、一刀さん、一華さん」
謝る僕に、一刀さんは肩をすくめて一歩下がり、一華さんは微笑んでうなずいた。
「案内して」
僕の言葉に新良木は表面上は淡々とうなずいた。
「よかろう。ついてくるがいい」
刀を納めて奥の部屋へと歩き始める新良木。
一刀さんはついてくるつもりらしく、同じく刀を納めながら一華さんへ言葉を投げた。
「一華、その怪我じゃ足手纏いなのは分かってると思うが、ひとりで戻れそうか?」
「問題ないわ。そうじゃないとしても、あなたに送ってもらうのはぞっとしないわね、三日月」
「よーし、憎まれ口が叩けるくらいなら問題ねえな」
一刀さんは落ちていた刀を拾うと、本来の持ち主である一華さんに差し出した。
「ほらよ。戦いは避けた方がいいが、丸腰はまずいだろ」
受け取って『鞘』に納める一華さんに、一刀さんは自分の着ていたジャケットを羽織らせる。
随分と甲斐甲斐しい。
「戻る前に顔も洗った方がいいぜ。職質受けたくなきゃな」
「ふん。あなたこそ黒峰さんをちゃんとエスコートなさいよ」
「こいつにんなモン必要あるかよ」
何か扱いが一華さんに対するそれに比べるとかなり雑な気がする。
いや、エスコートされても困るのだが。
「行くぞ」
扉を開けて短く促す新良木に、僕はうなずいた。
「一華さん、気をつけて帰ってね。何かあったりしたら薄野さんたちが悲しむから」
「分かってるわ。あなたも同じよ。気をつけなさい、黒峰さん」
「ありがとう」
そうして、僕と一刀さんは新良木の背を追うのだった。
* * *
「ちっ、連華め……!」
大典太の銘を頂く剣人、金本敦は乱戦の中、ひとりの鬼人を斬り捨てながら舌打ちする。
鴻野道場を出た後、短い調査でも長老部が黒いと睨んだ金本は、すぐさま剣人会本部を手下で囲んだ。
そこまでは良かったのだが、その直後に剣人会本部の中から出てくる者を襲う一団を発見、その特徴からすぐに鬼人の集団であると割れた。
現在、本部内は蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなっており、すでに鬼人たちは内部へと入り込んでいるようだった。
長老部が懸念の通りだった場合、今ここで一押しすれば剣人会は瓦解する。
そう考えれば、この騒ぎが誰の仕組んだものであるかは明白だった。
「大典太、突入許可を!」
叫んだのは鴻野道場から無理についてきた若い剣人、砂城紅矢だ。
それを隙と見て砂城に突進してきた鬼人を、その隣の同じ年嵩の剣人、鴻野真也が斬り伏せる。
金本は状況を見ながら考える。
鬼人たちは気にも留めないだろうが、剣人は戦っているところを一般人に見られるわけには行かない。
そのためには本部内にさっさと突入してしまうのが一番だが、内部の状況が分からない現在、それにはリスクを取らねばならない。
予想されるリスクとその確率、そしてこのまま外で戦うことのリスクを天秤に掛け、そして判断を下す。
「良かろう。突入だ。先行しろ、砂城紅矢、鴻野真也」
「了解!」
堅物である金本だが、人の機微に全く疎いわけでもない。
この二人の青年が誰を心配してここへとついてきたのかくらいは理解していた。
「突出しすぎるなよ。あの娘ならば心配はいらん。三日月がついているのだからな」
一瞬挙動が乱れたように見えたが、二人は速度を落とすことなく走って行く。
その二人の前に、長老と思しきひとりの老人が姿を現した。
たちまち警戒する二人だが、その老人の後ろから現れた少女に驚きの色を浮かべた。
「君は……」
「鴻野先輩と砂城先輩!?」
そこにいたのは伊織や清奈の同級生であり、真也と砂城にとっては後輩に当たる鹿島美祈という剣人の少女だった。
「知り合いか、美祈?」
「そうよ、お爺ちゃん。学校の先輩」
「そうか。二人とも、現状では警戒するのももっともだと思う。だが儂、鹿島六郎の名において誓う。儂は剣鬼とは成っておらん」
老人の名乗りに、真也と砂城は顔を見合わせてうなずく。
慈斎老の言っていた、新良木の仲間になっていない可能性のある長老こそが、鹿島老だったからだ。
「ふむ……。む、後ろにいるのは大典太か」
「然り。鹿島老よ、ひとつ問う」
威圧感を剥き出しにした金本に、美祈がたちまち怯えた顔になるが、さすがに鹿島老は泰然とした態度を崩さない。
「何なりと問うが良い、友切の長」
「その誓いの証、如何にして立てる」
確かに剣鬼は外見では区別が付かない。
自己申告では信用が出来ないという金本の考えは、この状況では当たり前とも言える。
「我が愛刀、白霞を預けよう。それで如何」
「……っ!」
剣人に取って、己が写し身とも言えるのが愛刀だ。
増して長老ともなろうほど長生きし、また地位を得た男であれば、その刀は生涯の友とすら言える。
未だ愛刀と呼べるものに巡り会っていない真也にして、その申し出は息を呑むほどのものだった。
「……十分だ」
さすがの金本が毒気を抜かれたようにうなずくと、鹿島老は抜刀した刀の柄を真也へと差し出した。
「おまえの刀が一番なっておらん。この先へと進むならばこれを使え」
「いいんですか?」
「構わん。白霞はつい先ほどまで我が手を離れていた。多分、おまえがここに助力に来た相手に救われたからこそ、戻ってきたのだ」
それが誰のことを指しているのか、真也と砂城には理解できた。
「伊織が……」
「そうだ。あれ程の娘が挑む戦いに割って入ろうというのならば、その刀では役者不足だろう。代わりにおまえの刀を借り受けるが」
刀だけでは無論駄目だが、刀の差が場を左右することもある。
新良木に空断を放ったときに、それで負けてしまったように。
ならば、この申し出を断るなどということはあり得ない。
「……お借りします」
押し頂くようにしてその刀を受け取る真也。
「うむ」
うなずいた鹿島老は少し微笑んだように見えた。
「行くが良い。儂と孫娘は大丈夫だ。新良木はともかく、その辺の鬼人に遅れは取らん」
避難場所は伊織から聞いているという鹿島老は、美祈を連れてその場を離脱する。
その背を見送る暇もなく、真也たちは走り出す。
鹿島老が伊織と出会った場所は鬼人牢と言われる場所であり、本部の奥の方に位置する。
彼の話では、伊織は三日月とは別行動をしていたようだった。
「黒峰は童子切の部下を、そして三日月は童子切本人を助けに来ていたという話だった。時間が経っている以上は、黒峰も童子切救出へと回ったと考えた方がいいだろうが……。む」
奥の院と呼ばれる建物から、ひとりの人影が出てくるのを見咎めた砂城が、足を止めてそちらへと向き直る。
「何者か!」
誰何の言葉への返答は、とても嫌そうな声だった。
「誰かと思ったら赤毛じゃない」
「……童子切か」
明らかにサイズの合っていない男物のジャケットを羽織った一華は、顔は血塗れで、かつ盛大にしかめられていた。
「黒峰はどこだ?」
「……あんた本当に噂通り、あの娘にべた惚れなのね。ぜんぜん釣り合ってないと思うんだけど」
はあ、とため息をついた一華だったが、横に真也と金本がいるのを見て気を取り直したようだった。
「助けに来たの? なら、急いだ方がいいわ。三日月が一緒だけど、今、新良木の案内で黄昏会の本拠地に向かっているから。楓の間の奥の部屋の隠し通路よ」
「はあ!?」
なんでそんなことになっているのか、と言わんばかりの二人に、一華は苛立たしげに言う。
「急ぎなさいって言ったでしょう。あいつら、足が馬鹿みたいに速いからもたもたしていたら追いつけないわよ。子細は本人から聞きなさい」
「くそっ、何をしているんだ黒峰は!」
「……ありがとう、童子切」
すれ違って奥の院の中へと走って行く二人を一瞥した一華は、その場に残った金本に視線を移す。
「あなたはどうするの? 大典太」
「知れたこと。友切の為すべきことはひとつ。秩序の維持に他ならぬ」
「もう、秩序も何もあったものじゃないと思うけど」
「確かにな」
苦い顔で首肯する金本に、一華は少し驚いた顔を向けた。
「だが、だからこそ、この場だけでも収めねばならぬ。貴様は戻るがいい、童子切」




