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投稿タイミングが乱れております。
引っ越し準備って大変。。。
「生意気な。女など何も言わずに男に従っておれば良いのだ!」
前時代的と言うにももはや化石化している主張を声高に叫び、俵田が抜刀する。
その動作は三日月はもちろん、自分と比べても随分と洗練を欠いているが、それでも侮って良いものではないことを一華は理解していた。
だがそれは利用すべき隙ではある。
「新良木と違って稽古をサボっていたみたいね」
「黙れ!」
一華の挑発に俵田は簡単に頭に血を昇らせたが、残り二人の長老たちは俵田を正面に押し立てて、こちらの隙を窺っている。
そのひとり、小泉は嫌らしい笑みを浮かべて手にしていた携帯の短縮ボタンを押した。
「残念だ、童子切。こうなったからには二人の命は諦めてもらおう。玩具が減ってしまうが、何、これからおまえという極上の玩具が手に入るのだしな」
「やっぱりそういうつもりだったわけね。本当に下らない」
剣鬼三人相手は五剣と言えども不利だが、一華は臆した様子はない。
「口を閉じろ、童子切。そういう貴様も二人を見捨てたではないか。やはり自分の命が一番だというのだろうが!」
「あなた、そうやって威圧的に怒鳴れば人が萎縮して言うことを聞くなんて思っているみたいだけど、馬鹿でしょう? それが通じるのはあなたより弱い相手にだけ。その人たちにしたって内心ではあなたを嫌うだけなのにね」
「黙れ黙れ黙れェ!」
古来より男は女に口では勝てない。
齢を無駄に重ねただけの俵田では、一華に敵うはずもなかった。
「言葉、ひとつしか知らないのかしら。ああ、頭が悪いんだから仕方ないわよね」
「だぁまぁれぇ!!」
血管が切れるかと思われるほどに青筋を立てた俵田が、間合いを詰めて刀を振り下ろす。
その剣筋は一華から見れば雑で力任せであったが、その力の強さは尋常ではない。
他の二人を警戒する意味もあって受けずに下がる。
刀が深々と床に食い込んだが、俵田はそれを寒天か何かに刺さったものを抜くかのように、易々と引き抜いた。
「叩きのめしてから貴様の部下と同じように身の程を思い知らせてくれる!」
「身の程?」
冷笑、というよりも冷たいものが一華の声に混じった。
「あなたこそ身の程を弁えなさい、老害。新良木に踊らされるだけの無能が、私の部下に手出ししたこと、万死に値する。私が二人を見捨てた? 馬鹿も休み休み言ってくれるかしら」
「きっ、貴様……!」
「落ち着け俵田。三人でや」
一華の横に回り込もうとした長老は、それ以上の台詞を言うことが出来なかった。
破砕音と共に降ってきた何かに、唐竹にうち割られたのだ。
一瞬遅れて鮮血がしぶいて左右に泣き別れとなった体がゆっくりと崩れ落ち、降ってきた何者かが立ち上がる。
「やれやれ、ド三流のくせしやがって苦労させやがる」
「三日月……!?」
残った二人の長老たちが驚愕の声を上げる。
「なぜ貴様がここにいるのだ!? 出入りした報告など無かったはずだ!」
小泉があからさまに狼狽した声でわめく。
「相手が五剣だってのに警戒が足りねえぜ。普通に警備してて俺が阻めるとでも思ってんのかよ。それに若返って感覚が鋭くなったからってそれに頼り過ぎだ。そんなだから天井に潜んでた俺に気づかねえ」
そう言いながら一華の横に並ぶ一刀。
「さて、これでひとり減った、と。先に言っとくが命乞いは受け付けねえぜ」
「ま、待て三日月! こちらに付け! そうすれば望みを何でも叶えるぞ!」
「てめえらに叶えて欲しい願いなんてねえよ。それにてめえら」
ぞっとするような凄惨な殺気が一刀から滲み出る。
「一華を玩具にするだなどと抜かしたな。こいつはてめえらごときが触れていいような女じゃねえんだよ」
獣のようにぎらつく視線に射抜かれた俵田と小泉は、剣鬼にあるまじく息を呑んだ。
「一華。そっちの二人を任せるぜ。俺は残りを殺る」
「……残り?」
そもそもこの場にはその二人しかいないはず。
そう思った一華の疑問だったが、それには別の声が応えた。
「……ふん。腐っても現役の三日月か。不意を打たれたのだからやり返してやろうと思っていたものを」
「新良木!」
一刀が睨みつけていた奥の扉から音も無く入り込んだのは、彼らが最も警戒している相手、新良木賢造だった。
その気配を捉え切れていなかった一華は、新良木の視線を向けられた瞬間にその力量を悟って身震いする。
借り物のような剣鬼としての力のみを誇る俵田など問題にならないほどに、磨き上げられた技量。
こんな化け物に一矢報いたという伊織と清奈は、どれだけの工夫を重ねたというのか。
「やっと出てきやがったか、古狸。後ろで見ているだけたあ良い身分だな」
「俵田たちの懇願でな。童子切は自分たちに欲しいと」
何の感情も見せずに淡々と新良木は自分が今頃出てきた理由を言う。
「童子切も佳い女だ。私が出ては私も抑えを効かせる自信が無くてな。手出しをするつもりは無かったのだが、仲間をこれ以上減らすわけにも行かぬ」
「手駒の間違いじゃねえのか」
「そこは見解の相違だな。三日月、童子切と共に私の仲間にならぬか。もちろん、童子切はおまえにやろう。どうだ?」
その新良木への返答は、正確無比に首筋を狙った抜き打ちの一撃。
それを予期していたかのように躱す新良木。
「そうか。残念だ。では、ここで散るが良い」
「へっ、俺は三日月だぜ。剣人最高峰の力、舐めんなよっ!」
たちまちのうちに始まる激しい剣戟。
その横で一華も剣鬼二人と睨み合いながら隙を窺い合う。
「後悔しても遅いぞ童子切。抵抗出来ぬようにしてからたっぷりと嬲り抜いて、逆らうことなど出来ぬようにしてくれる!」
「それで女を従えられると本気で思ってるあたり、おめでたいというか救えないというか。救う気なんてさらさらないけれど」
一華の剣は後の先、自ら仕掛けることはほとんど無い。
そのことはさすがに知っているのか、俵田も小泉も隙を窺うばかりで仕掛けてくる気配が無い。
「どうしたの? 剣鬼となった長老ともあろう方々が、女ひとりを叩き伏せる自信すらないのかしら」
「挑発には乗らんぞ、童子切。このまま睨み合っていれば、先に疲弊するのは貴様の方よ」
俵田が声を上げるより早く、小泉が言う。
ここにいるのが俵田だけであれば挑発に乗っただろうに、と内心で一華は舌打ちする。
実際、剣鬼二人といつ斬り合いになっても良いように神経を張り詰めているのは、五剣たる彼女にとっても体力を奪われる作業だ。
だが五剣ともあろう剣士の引き出しがひとつだけなどと思って貰っては困る。
一華はゆらりと間合いを詰めてみせる。
「愚かな!」
得たりとばかりに俵田と小泉が挟み込むように斬り掛かる。
だがそれこそは一華の思う壺。
ぴたりと足を止めた一華は、己の刀で小泉の刀を受け、そしてそれを流すようにしながら自らの体も横へと流す。
「うおっ!?」
己を五剣と押し上げた技、流理を用いて小泉の刀をコントロールし、それによって小泉自身の動きをも操る。
体勢を崩した小泉が俵田に体当たりするような格好になったところを、諸共に串刺しにするように刀を突き出す。
「ぐあっ!? 童子切、貴様ァ!」
狙い違わず突きが決まるが、剣鬼二人はそれぞれ体をずらして急所を避けたようだった。
そして鬼人は急所を斬られない限りは死なず、その傷もすぐに癒えてしまう。
「ゴキブリみたいにしぶといわね」
「誰がゴキブリかぁ!」
青筋を立てた俵田が小泉を乱暴に押し退け、一華へと激しく斬り立てる。
それは一華の予想の内。
「私を欲しがるには、力量が足りなさすぎたようね」
流理は受けに回ったときにその真価を発揮する。
俵田の攻撃は、一華にとっては美味しいものに過ぎない。
果たして、受け流された俵田の巨体が大きく傾ぐ。
「さよならね。次はもうちょっとまともな人生を送りなさい」
その首筋に一華が刀を走らせる。
必勝の一撃は、しかし硬質な音と共に阻まれた。
「な……!?」
躱せるタイミングではなかったし、いかに剣鬼と言えども一華であれば攻撃が通せないはずもない。
一華の刀を阻んだのは、俵田の左手、正確にはその袖に仕込まれていた鋼の板だった。
硬質な音は一華の刀がその鋼の板を両断した音。
しかし、それによって威力が減衰した斬撃は、俵田の左腕の半ばで止まっていた。
「おらァ!」
そのままつかみかかってくる俵田に蹴りを入れて逃れた一華だったが、しかしそこまでだった。
「はっはぁ、隙があるぞ童子切ィ!」
後ろから小泉に腰の辺りにタックルを掛けられ、たまらず地面に転がる一華。
そこに馬乗りになるように一華を押さえつけようとする小泉。
「この、離しなさい!」
もともと非力な一華では、剣鬼に力では遠く及ばない。
つかまれた際の外し方もいくつか心得はあるが、剣鬼の力はそんな小手先の技を物ともしないパワーがあった。
たちまち押さえつけられて身動きが取れなくなる。
「やってくれたな……!」
攻撃を防いだものの、左腕に深手を負った俵田が、憎悪の光を帯びた目で小泉に押さえつけられている一華を睨みつける。
「顔に傷を付けるなよ、俵田。萎える」
「分かっておるわ!」
八つ当たりするように叫んだ俵田は、一華の脇腹を抉るように蹴る。
「ぐっ!!」
「はっ、女の癖に生意気だからこういう目に遭うのだ、どうだ、思い知ったか!」
何度も何度も蹴りを入れ、一華がぐったりとなって自分の息が切れた頃にようやく俵田は溜飲を下げたようだった。
「もういいか? ったく、頭に血を昇らせすぎだ。死んだらどうする」
「ふん」
「まあいい。で、どうするんだ」
「当然、約束通り先に貰う」
ぐったりと倒れている一華を見て不気味に舌なめずりする俵田。
まるでその見た目が蝦蟇のようだと思いながらも、俵田に場所を譲る小泉。
少し離れたところで戦いを繰り広げているというのに悠長なことだが、これは新良木の指示でもある。
三日月が来た場合は自分に任せて童子切を嬲れ、と。
それは三日月の集中力を乱すための方策である、と小泉も思ったのだが、その当の三日月はこちらの様子など気にもしないように新良木のみに集中しているようだ。
その事実は新良木にも意外だったようで、多少の困惑がその顔に見られる。
だが、その剣鬼から見ても規格外の剣戟の応酬に割って入る技量もつもりもなく、小泉は喜んでその指示に従っているという訳だ。
(童子切か。楽しみだ)
小泉は自分の番を待つことにして、倒れている一華へと性急に覆いかぶさる俵田を眺める。
布が裂ける音がして、現れた白い柔肌に顔を埋める俵田。
その動きが唐突に止まる。
「が、かひゅ……」
「はあ、ここまでさせないと仕留められないなんて、ヤキが回ったわ」
俵田の喉から噴き出した鮮血にその身を染めながら、隠し持っていたらしい短刀を手にした一華がよろよろと立ち上がる。
立ち上がる姿は力無く頼りない感じだったが、次の瞬間に短刀を閃かせて俵田の頭を斬り落とした。
「貴様……、やられたフリなど卑怯ではないか!」
「別にフリでもないんだけど。それに女に一対二で襲いかかってきて言う台詞、それ?」
執拗に蹴られた脇腹を押さえて顔をしかめる一華。
その足元で、命を失った証拠に俵田の体がさらさらと塵と化していくが、それを見る小泉の目には大した感慨も浮かんでいなかった。
「まあ、いい。おまえが弱っているのは事実。そしてその戦法は二度取れるものではない以上、こちらの勝ちは動かん。それに俵田のお下がりというのも面白くなかったところだしな。丁度良い」
「あなたたち、それしか頭に無いわけ?」
呆れた声で言う一華だが、実際問題としての形勢は最悪と言って良い。
手には短刀のみで、落ちている刀を拾うのは、盆暗な相手とは言え見逃しはしないだろう。
俵田に蹴られた脇腹は肋も数本折れてしまっているが、それよりも打撲の痛みが酷い。
痛みは集中を著しく削ぐ。
ベストコンディション時の動きは望むべくもなく、技を主体とする一華にとってそれは戦闘力の激減を意味する。
(とはいっても)
隣で激戦を繰り広げている一刀を見やる。
これ以上無く集中しているその顔は、すなわち一華が勝つことを微塵も疑っていない証拠。
(まったく。なら、女の意地、見せるしかないじゃない)
一華は持つ唯一の武器、短刀を前に捧げるように構えた。
おかしかった部分を直しました(4/17)