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剣人  作者: はむ星
青年篇
94/113

57

引っ越し作業で遅れました。

5月までこの状況が続きそうです。

 軽口は叩いたものの、実際にポカする確率が高いのはどっちかといえば僕の方に決まっている。

 三日月として経験を積んだ一刀さんに、僕は遠く及ばない。

 だから、慎重に行くことにする。


 物陰から鬼人牢のある建物を確認すると、目視でも見張りが二人。

 玉響で探ると、建物内には全部で五人程度の人物がいるようだ。

 そして見張りの二人を監視するかのようにそちらへと注意を向けているらしい人物がひとり、向かいの建物の二階にいるのが分かった。

 悟られずに鬼人牢内に入るには、まずその人物を排除せねばならない。


(こっちの建物にはそんなに人はいない、か)


 建物は古いものの、カードキー程度のセキュリティ設備は導入されている、ということだった。

 だが、それを突破できるだけの権限を持つカードを一刀さんと僕は受け取り済みだ。

 読み取り機にカードを押し当ててロックを解除し、

中へと滑り込む。

 人気ひとけの無い建物内を階段で二階まで登ると、ぶつぶつと何やらぼやく調子の男性の声が聞こえてきた。

 そちらへ進んでいくと、角にある扉の閉まっている部屋で老人が独り言を言っているようだった。


「……今さら若返って何になる。自分の価値観を人に押しつけるでないわ。だというのに断っただけでこんなところに閉じ込めよって」


 扉の前まで来ると言葉の内容も判別できた。

 気配からしてもひとりのようだが、扉はどうやら独房の扉のように外から鍵が掛かる仕組みのようで、中の人は閉じ込められているらしかった。

 ただ、この中の人が見張りの二人を監視しているらしいことは確かだし、囚われている二人の安否が気がかりな以上、あんまりのんびりもしていられない。


「残念だな。この扉は鍵が無ければ内側からも開かん。ああ、忌々しい。外から誰か開けてくれんものか」

(げっ)


 その言葉と意識は完全に僕に向けられていた。

 可能な限りは気配を消していたつもりだったが、扉の向こうの老人はそれを易々と捉えるだけの力量があるようだった。

 独り言のような形を取ったのは、何か他に警戒すべきことがあるのだろうか。


(えーっと)


 扉を開けようにも鍵は無い。

 仕方ないので桜花を取り出し、ラッチごと鍵を切断して扉を開ける。

 中には紋付の羽織を着た見覚えのある気難しそうな老人が、頑丈そうな格子の嵌まった窓の前にある椅子に座っていた。

 確か、査問会の時に見た長老のひとりだ。

 僕の姿を見た老人は驚いたように目を見開いたが、その立ち居振る舞いに隙は見られない。

 その目の前の机には無線機のようなものがあり、折しも、それから声が流れ出る。


『異常はないか、鹿島』


 鹿島と呼ばれた目の前の老人は、目で僕に黙っているよう合図してから通話のスイッチをオンにした。


「やかましい。さっきから何も無いと言っておろうが」

『定時報告というものも理解できんのか。貴様も我々に賛同して若返っていれば、理解力も上がったものを』

「ふん、若返って猿のように盛っておる馬鹿共が言うことか。よもや貴様、儂が好きでこんなことをしておるとでも思っているんじゃなかろうな」


 何とも心温まるやり取りだが、老人は僕に自分が置かれている立場を教えるためにやっている様子でもある。

 何せ異常は目の前にいるというのに、何も無いと言い張っているのだ。


『貴様、あまり調子に乗るなよ。家族がどうなっても構わんというのか?』

「まるっきり悪役の台詞だな、俵田」

『黙って聞いていれば良い気になりよって……!』


 査問会の時も聞いた台詞だ。

 若返っても性格は変わらないらしい。


『貴様の孫娘を鬼人牢に放り込んでやっても良いんだぞ。さぞかし見物であろうなあ?』

「貴様……!!」


 声に殺気を滲ませる老人だが、通信機越しではそれも意味が無い。


『貴様の立場は分かったか? 分かったなら大人しくしていろ』

「……とにかく異常なんざない。用も無いのに話し掛けてくるな」

『ふん。まあこっちもこれから忙しい。しばらく連絡を断つが、見張りはきちんとしておけ。孫娘が大事ならな』


 通話スイッチから手を離した老人は、親の仇であるかのように通信機を睨みつけていたが、やがて僕にジェスチャーで部屋から出るようにと示してきた。

 いちおう通話スイッチはあるようだが、何らかの細工がされていることを警戒しているのだろう。

 僕が廊下へと出ると、老人は部屋の外へと出てきて扉を音を立てずに閉めた後で、僕を隅の方へと招き、小声で詰問してきた。


「それで、何者で何の用だ。今の剣人会は伏魔殿もいいところだぞ。特におまえのような若い娘が近づいていい場所じゃない」


 苦虫をまとめて噛み潰したかのような顔をした老人は、今の状況を快く思っていないことは確かなようだった。

 実際に閉じ込められていたわけだし、敵対する必要は無いかもしれない。

 あの通信機が常に会話を流している可能性を警戒して、僕も声を低めて答える。


「僕は黒峰伊織。あなたが見張っている場所に囚われてる人を助けに来た」

「黒峰……? そうか。おまえが平蔵の養女か」


 年長の人たちにはお師さんの名前はいまだに影響が大きいようだ。


「新良木がおまえに執着していると聞いている。そしてそれを撥ね返している、とも。確かにこうして直に見ると、その若さでその強さは規格外。さすがは平蔵の薫陶を受けただけはある」

「新良木はお師さんに嫉妬していたって言ってたよ」

「そうだろうな。当時、あやつに嫉妬しなかった剣人はおらん。この儂、鹿島六郎かしまろくろうも含めてな」


 苦笑した鹿島老人は、刹那、昔を懐かしむような目をした。

 ……鹿島?


「ひょっとして、孫娘って鹿島美祈さん?」

「む……? 知っておるのか」

「同級生。あんまり接点は無いんだけど」

「そうか……」


 何事かを思案するような顔でつぶやいた鹿島老は、鋭い目を僕へと向けてきた。


「確かおまえは剣鬼の査問会のときにいたな。今の事の次第を知っているのだな?」

「神宮親子と鴻野家と同じくらいには」

「ほう、慈斎と三日月、そして一期一振もおまえの味方か」

「うん」


 うなずきながら僕は一刀さんとの会話を思い出していた。

 長老部にもまともな人がいないわけではなく、その中で一刀さんがある程度信用している長老というのが、鹿島老だったはずだ。


「あなたはここで何を?」


 それはここだけの話ではなく、今の剣人会で何をしているのかという意味合いを含めたのだが、鹿島老はそれを正確に汲み取ったようで、軽く肩を竦めた。


「若返った奴らに老体では敵わん。奴らの邪魔をできんよう、ここに閉じ込められた上に、ついでに雑用に働かされているといったところだ。刀も取り上げられているのでな」


 よほどの怪力でもない限り、この格子の付いた窓や鍵の掛かった頑丈な扉は得物無しでは壊せないだろう。

 一刀さんあたりなら刀が無くても壊せそうな気はするが、あの人は真の意味での規格外だ。


「それに、先ほどの会話を聞いたなら分かると思うが家族を質に取られておる。おまえの手助けは出来んぞ」

「見て見ぬ振りか八百長してくれればそれでいいけど」

「そこでおまえに頼みがある」


 さっきから考えてたのはそのことだろう。

 何を言い出してくるのかも、この流れから推測は容易だ。


「家族を僕に保護して欲しいってこと?」

「いや、美祈だけで構わん」


 鹿島老の身寄りは息子夫婦と、その子である美祈さんの三人で、奥さんには先立たれているとのことだった。

 そして息子さんはそこそこ腕が立つ上に遠方に住んでおり、実質的に人質に取られているのは孫である美祈さんだけらしい。


「我が孫は剣人としての才能こそあったが、剣の才能は良くて中の上と言ったところ。剣鬼には対抗できん」


 確かに鹿島さんは稽古にあまり熱心ではなく、現状の腕前は僕の知っている剣人の中でも下から数えた方が早い。


「美祈は今、この本部にいる。他ならぬ儂をダシにされてな」


 鹿島老に犯罪嫌疑を被せ、その潔白を証明するために出頭させられているらしい。

 もちろん根も葉もない嫌疑であるのだが、鹿島さんを本部に来させるためだけの細工なので、凝ったことをする必要はないということだろう。


「おまえはあの新良木にも対抗できるのだろう?」

「五分とは行かないけど」

「十分だ。このままでは遠からず奴らは必ず暴走する。そうなってしまえば奴らの安全保障などに何の意味もない」


 なんだかんだ言って孫煩悩(?)な人のようだ。


「儂が力及ぶのであればおまえに頼むまでもない。だが若返った新良木は儂が命を賭してもなお届かん」


 声音は冷静そのものだが、その顔は悔しげに歪んでいる。


「おまえが美祈の安全を誓ってくれるのであれば、儂はおまえを身命を懸けて手助けすることを誓おう」

「安全は誓えない」


 僕の言葉に鹿島老は顔を歪め、肩を落とす。


「僕だって負ける可能性は低くないから。それで良ければ、尽力はするよ」

「おお……! では」

「ただし、条件がひとつ」


 僕の言葉に鹿島老は訝しげな顔をした。


「身命は懸けなくていいから、僕たちと一緒にここを出て、その後は力を貸してくれないかな」

「ふむ。残って撹乱をしようかと思っておったのだが」


 それ、完全に命が無いルートですよね。

 鹿島さんとはあまり付き合いが無いけれど、それでも身内を犠牲にして助かって喜ぶような性格ではないことくらいは知っている。


「僕は今回、やることがある。そちらはどうしても優先させなきゃいけないから、美祈さんのことは後回しになるよ。それより、あなたが美祈さんを保護してここを脱出する方が安全だと思う」

「ということは、騒動を起こす、というのか?」


 鹿島老はだいぶ頭の回りが早い人のようだ。

 僕がここに潜入しているということ、そして見張りである自分を無力化しに来たことから、そういう推測をしたらしい。

 もちろん、合っている。


「うん。あの見張りたちのいる建物に、一華さん……童子切の部下が囚えられてる。僕の役目は彼女たちを助け出すこと」

「確かにそれも騒動にはなろうが……」

「それだけじゃない」


 鹿島老の懸念は分かる。

 若返った長老たちには敵わない以上、混乱に乗じて逃げ出そうにも長老全員の気が逸れるくらいの騒ぎが必要となる。


「俵田はその一華さんを呼び出した。何をするつもりかは分からないけど、ロクなことじゃないのは確かだ」

「俵田が童子切を……? ふん、あの豚め、良い歳をしてまだ諦めてないのか」

「諦めてない?」


 何か因縁があるらしい。

 僕がそれを尋ねると、鹿島老は鼻を鳴らしてうんざりした声音で言った。


「あいつは見て分かる通り俗物だ。そして俗物が欲するのは常に金と権力。童子切と親しいならば、戸根崎家が資産家であることは知っているだろう。そして、剣人会において頂点と言っても良い五剣のひとりでもある」


 そういうことなら、一華さんを手に入れれば二つとも手に入るわけだ。

 まだ、と言ったところを見ると、以前に何かやらかしたようだ。


「成る程。ともあれ、僕たちはそれを阻止しに来たんだ。一華さんは部下を囚えられているから大人しくしてる。だから僕がその軛を外す」

「それでも足りん。童子切の強さは認めるが、他の長老たちはともかく、新良木が出てきてしまえば取り押さえられてしまうだろう」

「うん、だから一刀さん……三日月が来てる」

「なに!? ここに来ているのか。そうか……それは凄まじい騒ぎになるだろうな」


 長老のひとりにここまでの認識をされている一刀さんは、それで本望なのだろうかと余計なことが頭を掠めたが、今はそれどころではない。


「剣華隊の本拠地は知ってる?」

「剣華ヒルズとかいうビルだろう。知っている」

「騒ぎに乗じて美祈さんを助けたら、そこに避難して。春樹さん……一期一振と、慈斎さんが守っているから」

「……恩に着る」


 かなり時間を取ってしまった。

 薄野さんと三枝さんの状態を考えれば、少しでも急がなければならないのだ。


「それじゃ、僕はこれで。……気をつけてください」

「おまえこそな。平蔵を悲しませるような真似はするでないぞ」

「はい」


 この人はお師さんをどのように見ていたのだろう。

 後で聞かせて貰えれば、僕の知らないお師さんを知ることが出来るのかもしれない。


(それは後のお楽しみとして……)


 まずは目先の二人の見張りだ。

 だが、この二人の見張りは随分とやる気が見られない。

 あくびはしているし、あまりに隙だらけで偽装でもしているのかと思ったが、そういう気配も無い。

 斬り捨てるのであれば、二人ともに気づかれないうちにやってしまえるだろうが、彼らが利用されているだけなのであれば殺すわけにも行かない。

 そして、普通の人間であれば気絶させるのは容易だが、もし鬼人であったりした場合はそれに耐えてしまう。

 人間なのか鬼人なのかはここからでは分からないため、今考えられる最善の策は、二人をすり抜けて中に向かうことだ。

 二人の注意の逸れるタイミングを測っていた僕の背後で、がしゃんと派手な音が聞こえた。


 見ると、鹿島老の居た部屋にあった通信機が、窓ガラスを突き破って投げ捨てられていた。

 当然ながら、見張りの二人は驚いてそちらを見た。


(チャンス!)


 剣鬼となって飛躍的に強力になった脚力に物を言わせて、注意の逸れた見張り二人の横をすり抜ける。

 どうにか気づかれずに入り込めたようだった。


(ありがとうございます、鹿島老)


 彼もこれから美祈さんを助けに行かねばならないというのに、危険を押して僕の手助けをしてくれたようだった。

 無事を祈りつつ、僕は鬼人牢の建物へと入っていった。

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