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剣人  作者: はむ星
青年篇
92/113

55

舌の根も乾かぬうちにまた遅れました……

 昨日の今日ではあったが、僕たちが連絡を取ると一華さんはすぐに次の日に時間を作ってくれた。


「昨日別れてすぐに襲撃があったなんてね」


 剣華ヒルズの二階にある応接室の一室で、僕は一華さんと向き合っていた。

 一華さんの両隣にはいつものように薄野さんと三枝さんがいるが、僕の方はひとりだ。

 清奈は一緒に来たがったのだが、負傷したのが足であることもあって、今後の戦力のことを考えると静養に徹してくれた方が良いという判断で留守番となった。


「それで……その男の正体があの新良木、ね。俄には信じがたい話だけど。どう、文子?」

「それなんですが」


 三枝さんは操作していたラップトップ端末の画面を僕の方に向けてきた。

 その画面には、新良木の写真が映っていた。

 ただ、その写真はモノクロで、それも経年劣化した写真を画像として取り込んだもののようだった。


「ひょっとして、新良木の若い頃の写真ですか、これ?」

「……やっぱり合ってるようです、お姉様」


 誰とも言わず見せた写真を、僕が判別したことで信憑性が増したらしい。

 まあ、あの枯れ木のような老人の姿からこれを判別するのは無理だろう。

 それにしても、こんな画像とかどこから手に入れてくるんだろうか。


「それに、少し前から新良木老が行方不明になっているという噂が出ています。長老部はそれに対してなんの動きも示していないのですが」

「もし、黒峰さんたちの懸念が当たってるとすれば?」

「動きが無いのは当然ということになります。その場合、長老部が全員不在ということになりますから」

「もしそれが事実なら、由々しき事態ね」


 僕たちの懸念が当たっているならば、長老たちは新良木と同じく紅仁散によって剣鬼となった可能性がある。

 長老のほとんどがそうなったとするならば、剣人会はすでに黄昏会の手の内と言っても過言ではない。

 顎に手を当てて考える一華さんは実に様になっているが、その表情が固いのは当たり前だろう。


「すぐに調べて。ただし、慎重に。こうなった以上、誰が敵で誰が味方なのか、はっきりさせる必要がある。頼むわよ、真矢、文子」

「かしこまりました、一華様」

「すぐに取りかかります、お姉様」


 敬愛する|一華さん(お姉様)に頼りにしていると言われたことで気合いが入ったのか、臨戦態勢と言った風情で二人が即座に部屋から出て行った。

 言われてすぐさま動くあたり、やはり有能なのだろう。

 ただ、相手があの新良木である以上、一抹の不安は残る。


「それと、数珠丸が死んだって話」

「あ、はい。一刀さんが」


 同じ五剣であったからか、数珠丸の死には一華さんも無関心ではいられなかったようだ。

 一刀さんも、引導を渡したときには何やら思うところがあるような様子だった。


「あいつがやったなら仕留め損なってるなんてことはないわね。ほんと、色々ともったいない奴だったけど」


 少し黙祷した一華さんだったが、あっさりと気分を切り換えたようだった。


「数珠丸が死んだなら、田村くんの妹さんの護衛は引き上げて良さそうね」

「はい。ありがとうございました」

「どういたしまして。それで、今後の話だけど」


 今回来た目的は、この返事を貰うためなので聞き漏らすまいと姿勢を正す。


「ちゃんとした返答は調査の結果が出てからになるけど、基本的にはそちらに協力するわ。剣華隊にとっても他人事じゃないわけだし」


 剣華隊という所帯を抱える一華さんだが、動く時はとにかく早い。

 一華さんを絶対的なトップとする組織であることもあるのだろうが、その一華さんの判断の早さがその速度を生み出している。


「助かります」

「そんなに強かったの? あの爺」

「はい」


 もし新良木が剣華隊を狙った場合、一華さん以外では絶対に太刀打ち出来ない。

 どれほど性根がねじ曲がっていようと、その実力は本物なのだ。

 僕はそう説明する。


「それだけじゃなく、一華さんでも良くて・・・五分、と言ったところです」

「ふうん……どちらとも剣を交えている貴女が言うのなら、間違いなさそうね」


 五剣のプライドを傷つけないよう少しオブラートにくるんで言ったが、一華さんは僕の言いたいことを正確に理解したようだった。

 剣人の家に生まれ、元五剣であった男が半世紀以上に渡って積上げた修練が、その全盛期を上回る鬼人の力を裏打ちしたのがあの男だ。

 一華さんも五剣である以上は奥の手もあることだろうし、絶対に負けるとは言わないが、普通に戦えば技量と力で上回る方が有利なのは自明の理である。


「で、どうやってそんな奴を撃退したのかな?」


 一刀さんが数珠丸を相手していた以上、新良木を撃退したのは彼以外の人物ということになる。

 頭の回る一華さんがそこを突っ込んでこないわけが無いのは分かっていた。

 ある程度付き合ってきて一華さんが悪い人ではないことは分かっているが、重要な秘密を明かせるかというと、少し躊躇いがあるというのが正直なところだ。

 だから先に春樹さんや一刀さん、そして砂城とも相談した。

 結論として「僕と清奈の判断に任せる」ということだったので、清奈とも話し合ってこうなったときの答えは決めておいたのだ。


「撃退したのは色々な要因があってのことですけど、直接の原因は」


 椅子を引いて立ち上がった僕は、鬼人としての脚力を使って一華さんの後ろへと回る。

 彼女は僕を見失いこそしなかったものの、その速度は想定外だったらしく驚いた顔をしていた。


「見ての通り、僕が神奈と同じく剣鬼になったことです」

「どういうこと? いえ、そうなっているのは今のを見れば分かるんだけど」


 敵意は無いことを示すために席に戻る僕に、一華さんは疑問の表情を向ける。

 確かになぜ僕が剣鬼と成るに至ったのか、その経緯を説明していない。


「詳細は話せませんが、僕は新良木に紅仁散という薬を飲まされました。DSって薬は知ってます?」

「ええ。鬼人を作る薬とかいう話だけど」


 さすがに情報に強い部下を抱えているだけあって、その辺りは抜かりがないようだ。


「あれの強力なものなんだそうです」


 紅仁散が鬼神の血だという話は、ハチの話をした人たちにはしてあるが、ここで言うつもりはない。

 ハチの存在を伏せている以上、相手をいたずらに混乱させるだけだし、神様が関わっているなどと言おうものなら普通信じて貰えない。


「確か、あの薬は欲望の衝動を発散させることで効果が出るものだったと思うけど……?」

「そこが詳細を話せないところです」


 前提を知っていれば当然聞きたくなるポイントだが、そこに触れるにはハチの存在を避けて通れないため、口を噤むしかない。


「ただ、僕は清奈たちに顔向け出来ないことはしてません。それだけは言えます」


 僕のその言葉に、一華さんは目を細めて口を不満そうに尖らせた。


「まだ信用してもらえてないのねー。お姉さん悲しいわー」

「いや、鬼人であることを明かすくらいには信用してるんですけど……」

「冗談冗談。まだ付き合いも浅いのにそこまで信用してくれて嬉しいわ」

「色々お世話になっているのもありますけど、そこは一華さんの人柄です」

「ふふ、鬼人になっても黒峰さんは変わらないのね。安心した」


 そうやってふわりと微笑む姿は、同性である僕でも思わず見惚れるくらいに美しい。

 お茶目でもあり、包容力もあり、そして確かな実力を持つ彼女に付いていく人が多いのもうなずける。


「それにしても、あの爺は今の貴女でも勝てないほどなの?」

「撃退くらいなら出来ると思うけど、勝てるかって言われると、微妙なところですね」


 剣鬼となった僕の力と速度が上がったとは言っても、そこでようやく新良木と同じ土俵に乗ったというだけの話だ。

 そこから先は積上げた修練が物を言う。

 新良木の怖ろしいところは、その修練が普通ではあり得ないほどのレベルにあるところだ。

 一刀さんや一華さんのような若くして五剣に登り詰めるほどの人たちであれば、天性のセンスで勝ち目を見出せるかもしれない。

 だが僕のように愚直に修練を積上げていくしかない者の場合、それは大きな壁となって立ちはだかる。


「でも、それは僕だけなら、です」


 僕だけでは勝てなくとも、そこに仲間が加われば勝てる。

 それは昨日の戦いでも勝てこそしなかったが、新良木をあと一歩のところまで追い込んだことが証明している。


「成る程ね。とすると私もひとりじゃ危ないか。剣華隊のみんなにも、ひとりで出歩かないよう通達を出さないと」

「そうしてくれれば」


 長老部の老人たちが全員、新良木みたいだとは思いたくもないが、中には似たようなのもいるかもしれない。

 その場合、最も狙われる確率が高いのは、一華さんを筆頭に美人揃いの剣華隊だ。


「何かあったら連絡ください」

「ええ」


 一華さんと別れて鴻野道場に戻ると、そこには出て行くときには居なかった人物が数人居た。


「おお、伊織よ。査問会以来だの」


 慈斎さんのその変わらない笑顔にほっとする。

 変わらないと言えばすぐさま近寄ってきてお尻を触ろうとしたので、さっと距離を空けて回避する。


「むう。腕を上げよったな……」

「親父様、そいつはやめろっつったろーが」

「挨拶のようなものであろうに」


 そんな挨拶はありません。


「じゃれ合いは後にしてもらおう」


 以前よりは穏やかな気配になったものの、相変わらず堅苦しい雰囲気を纏っているのは、五剣のひとり『大典太』こと金本敦だ。

 春樹さんの連絡を受けて、こちらへと来たのだろう。


「先ほど聞かせられた話、到底無視出来ることではない。新良木老と数珠丸が剣鬼と化し、あまつさえ長老部までもが鬼人と成っている恐れがあるなど、剣人会の長い歴史をひもといてもあり得ぬほどの失態だ」


 そう言って金本さんは僕の方もじろりと睨めつけた。


「貴様が剣鬼と成ったことも聞いた。一期一振と三日月が問題無いことを保証するとは言っている……が、ひとつ確認させて貰おうか」


 片腕を失ってもなお、その大典太として威圧感は失われていない。


「貴様は剣鬼でありながら鬼人を敵とするのか?」

「ううん。僕の敵は鬼人じゃない」


 その答えに金本さんの目が針のように細められる。

 ごく自然に、いつでも抜刀できる体勢になったことが分かる。


「では貴様は鬼人に与する者か」

「それも違う。僕が敵とするのは僕の大事な人たちを害する人たちだけ。そこに剣人と鬼人の区別は無いよ」

「ほう。ではそれをどう証明する」

「この間の戦いでそういう意志は示したと思ったけど……?」


 問い返すと、金本さんは鼻を鳴らして首を横に振った。


「あの時の貴様はただの剣人だった。今は剣鬼であろう」

「そういうことか。うーん」


 考え込む。

 つまり、金本さんは僕が人であった時と変わらぬ証を立てろと言っているわけだ。


「同じ剣鬼である神奈が、査問会の時から不祥事も起こさずに暮らしていること、やはり同じ剣鬼である新良木と敵対してることとかあるんだけど……」

「口では何とでも言えるな」

「うん、だから僕の証は立てられない。代わりに僕が鬼人に与していない証なら立てられるよ」

「言ってみよ」


 金本さんも僕自身の言葉の証を立てるのは難しいと考えていたのか、あっさりとうなずく。


「黄昏会の熊埜御堂連華。彼女に僕は敵視されてる。そして、その敵視は僕が鬼人になったって解けはしない。鬼人に与したいと考えても不可能な状況にある」

「確かに敵視されていたな。だが鬼人となってもそのままであるという言葉を信じよと?」

「そいつは俺と一期一振が保証するぜ、大典太」


 一刀さんが僕と金本さんの問答に口を挟んだ。


「理由についてはてめえにゃ言えねえが、俺と一期一振はきちんと聞いてる。その上での保証だ」

「……よかろう」


 金本さんはようやくうなずいて、矛先を納めてくれた。


「今が危機的状況であるということは理解した。して、いかにしてこれを乗り切るつもりだ?」

「まずは儂を除く長老たちが本当に全員新良木に付いたかどうかの確認だの」


 慈斎さんがしかつめらしい顔をしながら、懐から取り出した扇子でとんとんと掌を叩く。


「遺憾ながら、大部分は新良木の誘いに乗ってしまったのではなかろうかと考える」


 儂は人生に満足しておるゆえそれに魅力は感じぬが、と前置きして慈斎さんは言う。


「やはり、年寄りにとって若返ることが出来るというのは強烈な誘惑となろうな。それに抗って残るはひとりか二人か……だが、その残った者も無事には済むまいて」


 新良木は自分に従わない長老は害としか判断しないだろうし、連華は剣人会を潰せるならば、その手段の如何を問わないだろう。


「今、剣華隊の人たちが独自に調査を始めてるけど……」

「危険だな」


 一刀さんが顔をしかめる。


「新良木の爺が油断ならねえのはもちろん、他の長老共も無能ってワケじゃねえ。やぶ蛇になりかねねえぞ」

「では私も出向こう。我が配下は調査はもちろん荒事にも長けている。話を聞いた以上は調査を優先し、好んで藪をつつく真似はせぬと誓おう」


 電話ではなく直接呼ばれた意味を正確に理解していたらしく、金本さんは一刀さんと春樹さんを見やりながらそう言った。


「じゃあそっちは任せたぜ。俺は一華んとこに行ってくる。伊織、おまえも来な」

「分かった。春樹さん、慈斎さん、ここをお願いします」


 二人がうなずいてくれたのを確認して、僕と一刀さんは鴻野道場を飛び出した。

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