52
一日遅れました。
申し訳ありません。
(姉さんたちは、私が守る)
頼れる相手である一刀、春樹はそれぞれの相手で手一杯。
真也と砂城もそれぞれのサポートに集中しており、姉である清奈は足を負傷して動けない。
そして、伊織もまた動かない。
この場で動けるのは神奈だけ。
新たに現れた三人の鬼人は、何故か伊織や清奈には目もくれず、神奈の方へとやってきた。
「……?」
好都合ではあるが彼らの真意が分からずに内心首を傾げる神奈だったが、その訳はすぐに彼ら自身の口から語られることになった。
「やれやれ、喰っていい奴の中に女がいて助かったぜ」
「まったくだ。男の、それも剣人の肉は筋張ってて不味いからなァ」
「食ったらいけない奴に女が二人も含まれてるって、殺生だよな」
どうやら彼らは人を喰うタイプの鬼人のようだ。
それも女性を好んで喰らうようであるが、伊織と清奈は新良木の獲物として認識されており、その対象として禁じられているのだろう。
その二人以外で、この場にいる女性は神奈だけ。
つまり、目の前の鬼人たちは捕食対象に群がってきたということになる。
清奈や伊織にちょっかいを掛けられない分、神奈としても都合は良い。
「さあて、お嬢ちゃん。覚悟はいいか?」
「覚悟? 何の」
ここにいるのは以前の、鬼人のなりそこないにすら怯えていた神奈ではない。
姉である清奈を傷付け、そして一度は姉とも慕った伊織を殺そうともした。
その過去を償おうと言うのであれば、弱いままではいられない。
彼女なりに精進を重ねてきたのだ。
「もちろん、生きながらにして喰われていく覚悟だ。俺たちはおどり喰いが好みなんだよ」
「普通、そんな覚悟しない」
「そりゃそうか。じゃあ覚悟はしなくていい。ただ、泣き叫べ」
神奈が抜刀するや、男たちは一斉に飛びかかってきた。
神奈から見て右の中肉中背の男は刀を振るう右腕を押さえるように動き、真ん中の大男はこれ見よがしに顔を狙った右ストレート、左の背の低い男は低い姿勢から足を刈るように回し蹴りを放ってきた。
打合せも無しにそれぞれ狙う場所が見事にばらばらなのは、彼らが連携に慣れている証。
受ける側としては同時三カ所への攻撃を捌く必要があり、ひとつでも攻撃を受けてしまえば後は怒濤のように畳みかけられるだろう。
剣鬼である神奈にとっても、容易い攻撃ではない。
神奈が選んだのは、右の男への迎撃。
一度後ろに軽く跳び、そして急速に右へと廻り込む。
「ちっ、予想より速えぞ、おい!」
神奈の動きの速さに男が叫ぶが、それは彼女にとってもだった。
男は動きに反応して向き直り、神奈の振るった刀を右腕で止めることさえしてのけたのだ。
反応されたのはともかく、腕すら斬り落とせなかった驚きに軽く目を瞠りつつ、神奈は足で攪乱すべく加速する。
男たちが清奈や伊織を狙うならば足を止めて戦う必要があったが、そうでないならば自らの長所を活かさない手は無い。
「俺が足を止める。止まったら適当なとこに喰らいつけ!」
どうやら三人の中で一番素早いらしい、背の低い鬼人が神奈と併走を始める。
この時点で大体の彼我の力量差を神奈は見て取った。
ある程度の力量を持つ鬼人であるようだが、一対一であればまず負けない相手だ。
だがそれは油断しなければ、という前提が付く。
つまりは確実に勝てるくらいには神奈の方が上だが、絶対的な差があるわけではないということであり、今のように相手が複数であれば不利であるというのもまた事実。
特に神奈が相手に勝っているのは主に素早さであり、一度捕まってしまえば則敗北に繋がりかねない。
「硬い」
何度か斬りつけ、手傷は負わせているものの、致命傷を与えるには至らない。
鬼人たちはどうやら防御を主体とした戦闘スタイルであり、神奈と比べて戦い慣れている感じがあった。
「そこだ!」
動きを観察していたのか、しばらく手を出さずに併走していた鬼人が、攻撃の直後に間合いを外そうと後ろへステップした神奈へと肉薄。
焦った神奈がそれでも腕をつかみに来たのを躱そうとするが、鬼人はそれにかろうじて追随して道衣の袖を捕まえる。
「うっ!?」
「おぉら捕まえたァ!」
歓喜の声を上げて鬼人はそのまま力任せに神奈を振り回し、地面へと叩きつけた。
「がはっ!?」
「神奈を離しなさい!」
清奈が踏み込み神奈を捕まえている鬼人の腕へと刀を振り下ろすも、傷ついた足では本来の威力を発揮できない。
刃はその腕の半ばまで食い込んだものの、断ち切るまでには至らなかった。
「痛ッ!? このアマ!」
鬼人が清奈を蹴り飛ばす。
かろうじて引いた刀で受けたものの、清奈は踏ん張りが効かずに倒れ込む。
「姉さん!」
「てめぇは自分の心配をしな!」
清奈の攻撃によって多少の隙が出来たためそこで起き上がったものの、道衣の袖をつかんだ手は離れていない。
神奈は自分の腕では相手の腕を切り落すのは難しいと判断して、つかまれている道衣の袖を切り払う。
その判断自体は正しい、が、それによって動きが一呼吸遅れたのも間違いの無い事実だった。
「遅ぇ!」
「がっ!」
後ろから別の鬼人が神奈の後頭部へと拳を叩き込む。
相手が死んでも構わないという容赦の無い全力の一撃。
かろうじて前へと体を倒すことで直撃は免れたものの、脳震盪を起こした神奈の視界が歪み、平衡を保っていられずに倒れ込む。
「ひゃはぁ!」
さらにもうひとりの鬼人が、歓声を上げながらジャンプし、神奈の腹を全体重を掛けて踏みつける。
いかに鬼人となった神奈と言えども、成人男性が全体重を、しかも勢いをつけた状態で一点へと掛けたならばその腹筋が耐えられるわけもない。
苦悶の声すら喉までせり上がってきた胃液に塞がれ、神奈は激しく咳き込んだ。
「隙だらけだぜ、っと」
「あがっ!?」
ばきん、と音がした。
刀を離さずにいた右腕を、鬼人が踏み砕いたのだ。
「自分で言うのも何だが、鬼人は回復力が高ェからなァ。こうやって砕くと、ちったぁ時間が掛かるって寸法よ」
言いつつ、今度は左腕を踏み砕く。
「あああ……っ!」
「女子供の苦悶の声っつーのはいつ聞いてもそそるよなァ」
「神奈!」
妹の苦痛の声に、自らの傷が開くことも構わずに立ち上がろうとした清奈だったが、鬼人のひとりが即座にその水月へと蹴りを入れる。
「あぐぅっ!」
「すっこんでな。てめぇを殺せば俺らが殺されるが、別に顔さえ傷つけなくて五体満足なら、手出しできねえってわけじゃねえんだ」
吹き飛び、地面に蹲って咳き込む清奈に自分たちを害する力は無いと判断したのか、鬼人たちは三人ともが倒れ伏した神奈を取り囲む。
伊織は棒立ちのまま、清奈は倒れ、春樹と一刀、真也と砂城はそれぞれの相手で手一杯。
「さぁて、そろそろ頂いちまうか? そろそろ我慢の限界だ」
「ああ、俺は右足を貰うぜ」
「それじゃ俺は左手だ」
戦いに身を投じる以上、死ぬ覚悟は常にしておかなければならない。
それは神奈も自覚していることだ。
しかし、それは生きるために足掻くことを否定するものではない。
「ぐうっ!」
腕は動かなくとも、まだ足は動く。
神奈は右足をつかみに来た鬼人の顎を蹴り上げ、左手をつかもうとした鬼人から逃げるように体を回転させる。
「ちっ、諦めの悪い……!」
だがその足掻きは当然ながら鬼人の怒りを買った。
顎を蹴られた鬼人が、サッカーボールを蹴るように神奈の小さな頭を蹴り抜く。
首が折れるかと思わんばかりの衝撃に、神奈の意識が白く遠ざかっていった。
(姉さん……伊織姉……)
* * *
一刀と数珠丸の戦いは超高速戦とでも言うべき様相を呈していた。
剣鬼となって得た速度を利して攻める数珠丸は圧倒的な手数を誇ったが、一刀はそれを捌き、要所では数珠丸をも上回る速度で反撃を叩き込む。
それに苛立った数珠丸がさらに速度を上げるも、一刀はそれに食らいついていく。
「いい加減死ねよ一刀!」
「はっはァ、てめぇとの戦いがこんだけサマになってんのは初めてだってぇのに、おちおち死んでられるかよ」
手数を比べたときに数珠丸の方が多いのは、一刀が速度についていけていないからではない。
数珠丸の得意技は先読みによる相手への返し技。
彼が五剣に選ばれた理由のすべてと言っても過言ではないその天性の先読みは、三日月たる一刀を相手にしても有効に作用する。
一刀はそれを理解しており、数珠丸が返し技を使えないタイミングを見計らって反撃を行っているのだ。
(これは、手を出す余地は無いな)
一刀のサポートに当てられた砂城は、その人外の速度で繰り広げられる戦いを見て、そう結論付ける。
それは二人の戦いに手を出せないというだけであって、砂城のやることが無いという意味ではない。
「また、か」
春樹と真也の親子と交戦している新良木から飛んできた何かを、砂城は己の刀で撃墜する。
「鴻野、攻めが足りんようだぞ」
「分かってる!」
鴻野親子は苛烈に攻め立てているが、老練の新良木はわずかな隙でも己の物としてしまう。
間隙を縫っては刀を振って、一刀へと何かを飛ばしてくる。
それを刀で受けた砂城の感覚では、これはどうも斬撃をそのまま飛ばしているのではないか、という感じだった。
鎌鼬などではない証拠に、刀で受けると周囲には影響を及ぼさずにそのまま消えるのだ。
万が一これを通してしまっても、一刀であれば対応は出来るだろうが、今の数珠丸相手であれば隙は少ない方が良いに決まっている。
結果として、砂城は気を張ったまま一刀と数珠丸、そして新良木の動きに注視している状態だ。
「どうした、一期一振の銘が泣くぞ」
右腕一本で刀を縦横に操り、春樹と真也の二人を相手取ってびくともしない新良木は、目の前の二人よりも数珠丸と戦っている一刀の排除を優先していた。
隙を見ては剣鬼と化してより新たに得た力、『飛刃』を一刀へと飛ばすが、小癪にもサポート役の小童がそれをことごとく阻んでいる。
出来れば受けられれば消えてしまう飛刃ではなく、離脱して一刀へと向かいたいが、それはさすがに目の前の二人が許さない。
挑発をしてみたが春樹はまったく動じる様子がなく、新良木は内心で舌打ちしていた。
「真也」
「はい、父上」
短いやり取りだけで意思の疎通を済ませた二人は、何かを仕掛けることを決めたのが気配が変わった。
それまで継続的な攻撃を仕掛けてきていたのだが、それが止まる。
(ふむ)
飛刃を飛ばすには十分な間隙であり、多少無理をすれば離脱も可能かもしれない。
だが、新良木はその場に留まり、飛刃を飛ばすこともしなかった。
それをしても砂城に阻まれ、かつ多少とは言え隙を相手に見せることになるからだ。
何より、対峙している気配が新良木に予断を許さなかった。
「行きますよ、新良木老」
つぶやいた春樹がゆらりと前へ出る。
一期一振たる春樹が修めている流派は鬼留流。
シビアに間合いを捉える流派であり、一期一振と呼ばれるほどの者が間合いを「捉えた」際には必殺と言っても良い技を繰り出してくる。
対応する手段としては常に間合いを外してやることであり、相手の得意とする間合いで戦わないことである。
手練の鬼留流の遣い手は己の得意間合いを、必殺の一撃を繰り出すまで相手に感づかせないことに長けている。
ただ、それは相手が初見の場合のみの話である。
今までずっと剣人としては味方であり、かつ立場の上だった新良木は、春樹の戦いを見る機会が何度もあった。
春樹の得意間合いは十二分に把握している。
「来るが良い。五剣に在った者とそうでない銘入の格の違いを見せてやろう」
迫る春樹の後ろで、その小倅が大上段に構えて集中していることも承知。
何やら大技を準備しているのだろうが、鬼留流における大技は新良木の知るところ。
大上段に構えるとなれば、絶妙の間合いで一撃にすべてを賭ける『絶妙剣』、もしくは間合いを狂わせ、次に繋げる『陽炎』あたりか。
鬼留流の絶妙剣は決まれば新良木とて躱しようが無いが、それには途轍もなくシビアな間合いの取り方が要求される。
あのような年端のゆかぬ小倅に叶う技ではない。
ならば、残るは陽炎のみ。
恐らく陽炎と、小倅の次の攻撃は陽動、続く一期一振の剣こそが本命のはず。
するりと伸びてきた鋒を新良木は寸の見切りで躱す。
体勢を崩さず、最小限の動きでと行ったそれは、正解ではあった。
「ぬっ!?」
寸で躱すのは体勢を崩さないため。
そして体勢を崩さないのは間髪を入れず反撃するため。
だがその反撃は空を切った。
「陽炎だと!?」
後ろの小倅がやるはずの技を、なぜ春樹が遣ったのか理解できず、刹那動きを止めた新良木に春樹の白刃が迫る。
「小癪な!」
それを受け切る新良木。
だが、受けたということは動きが止まったということ。
「真也!」
春樹の叫び、そして当の真也から発せられる鬼気迫る剣気に、新良木は己の見当違いを悟る。
「いぇええええい!!」
裂帛の叫び声と共に、真也の対鬼流『空断』が新良木へと振り下ろされた。




