49
ようやく最終話までの道筋が付けられました。
もう少し掛かりますが、頑張ります。
この恐るべき敵を前に、僕と清奈は抜刀して構える。
「……それが平蔵の変じた刀か」
桜花を目にした新良木は、僕の持つ刀について聞き及んでいたらしい。
「ふん。あやつらしくもない、優美な姿だ。あやつが鴻野以外の弟子を取った、というのを聞いた時も俄には信じられなんだが……おまえがどれほど奴に愛されていたのかが分かるな」
普通それは褒め言葉なのだが、この男から出てくる言葉は毒に他ならない。
何故なら、それを踏みにじることこそが男の望みなのだから。
「それは力量からも分かる。私が今のおまえと同等の力量に至ったのは二十歳を過ぎてからだったろう。それに対鬼流は伝えることが難しい流派だ。おまえを見出した平蔵はさぞや小躍りしたことだろうな」
「あなたは……後継を育てることなんて、考えなかったんだろうね」
「然り。左様な暇があるのならば己のことに費やした方が良い。そしてそれは報われた。このように」
毛筋の先ほどの油断もしていなかったにも関わらず、新良木はするりと僕の間合いへと滑り込む。
「……っ!」
肩口を狙って繰り出された突きを、かろうじて桜花で受け流す。
前に清奈の間合へ入り込んだ縮地のような動きを覚えていなければ、捌けなかったかもしれない。
「ほう。しかしどれほど耐えられるか?」
面白がっているように、いや、実際に面白がっているのだろう。
新良木は間合いと方向を微妙に変化させつつ連続攻撃を仕掛けてくる。
その狙いはすべて急所を外しており、まるで猫が獲物をいたぶっているような赴きだが、僕はそれらにかろうじてついていく。
「はははは、良く躱す! さすがは気配に敏い対鬼流よな。では次は――」
言いかけた新良木は、見もせずに背後へと刀を突き込んだ。
「ぐぅっ!?」
「清奈!?」
それは背後から斬り掛かろうとしていた清奈の太腿へと深々と突き刺さっていた。
「大人しくしておれ。抱く前に死体になられても困る」
「誰が……!」
かろうじてまだ立っている清奈だが、足に深手を負った以上、もう身動きは取れないだろう。
「血止めを、清奈! 僕ならまだ……!」
「まだ、なんだ?」
位置は玉響で把握しているというのに、気付いたらすでに背後から声がした。
躊躇なく前へと倒れ込むように前転。
道衣の肩口が切り裂かれる感触がして、背後からの突き込みを回避したことを悟る。
「悪あがきに過ぎん」
そう、新良木の言う通りこれは悪あがき。
背後からの攻撃を回避したまではいいが、後に残るのは体勢を崩した僕と、それとは対照的にゆとりのある新良木だ。
けれど、僕にはここから先がひとつある。
玉響に集中。
新良木は先ほどから僕を生かして捕らえたいがために、急所への攻撃を一切していない。
それだけの力量差があることの表れでもあるが、それだけにこの前転が終わって屈んだ体勢への攻撃方法は限られる。
(ここだ!)
格上の相手でも、手筋を限定してしまえば動きを読むことは可能なことは、過去の戦いで証明されている。
果たして読み通りに、そのまま背後から肩口を狙ってきた新良木の動きを読み取り、僕は加速する。
立ち上がり、前に足を踏み出しつつ体を入れ替え、新良木と向かい合う。
そして刀が伸びきった新良木の腕へと斬りつけようとして。
「え」
新良木の鋒が、僕の左肩口に押し当たっていた。
加速はしたのだから、新良木の動きそのものは読んだ通りのはず。
まさか、加速した僕の動きの『起こり』を読み取ってさらに変化したのか。
いずれにせよ、その先はもはや決まっていた。
肩口に刃が埋まる嫌な熱さが僕を襲う。
「いっ、ぐぅ!」
「良い動きだったが、それに対応できぬ私ではない」
新良木の声がした瞬間、熱さがいきなり毒を伴う溶岩へと爆発的に変化して、意識が一瞬真っ白になる。
「ぎぃっ!?」
「色気の無い悲鳴だな」
僕の肩口に突き込んだ刀を、新良木がさらに捻って抉ったのだと気付いたのは、自分の喉が無様に悲鳴を上げた後だった。
「伊織さん!?」
そんな僕の姿に、信じられないような声をあげる清奈。
痛い、だけじゃない。
多分、もう左腕は使い物にならない。
右腕一本で桜花を振るい、新良木の腕を斬り落とそうとするも、捻った刀をそのまま引き抜かれて回避された。
「まだ反撃するだけの精神力が残っているか。これで心をへし折るつもりだったのだがな」
「ぐ、ぅぅぅぅ」
あまりの痛みに声が抑えきれない。
体に刺された刃を捻られるなんて経験、さすがにしたことがなかった。
これだけの痛みは、あの熊に左腕を噛まれた時以来だろうか。
痛みに耐え、隙を見せないためにも歯を食いしばって新良木を睨み付ける。
「良い顔だ。端正な顔が苦痛に歪み、それでもなお抗う意志を覗かせる。それを無理矢理組み敷くことを考えるだけで堪らぬわ」
醜く顔を歪めて舌舐めずりする新良木。
甘かった。
清奈のサポートがあってなお、援軍が来るまで持ち堪えることすら出来ないとは。
左肩から流れ出る血で道衣がどんどん重くなっていくのが分かる。
もう、立っていることすら長くは出来ないだろう。
「清奈、逃げて」
「嫌です!」
歯を食いしばるようにして押し出した言葉に、即座に否定が返ってくる。
嗚呼、清奈ならそう言うんだろうって分かっていた。
「……厳しいなぁ、清奈は」
「当たり前です。勝手に諦めないでください、伊織さん!」
本当に、清奈は強い。
この期に及んでなお、諦める気はないのだ。
こんな良い娘を、こんな下衆の毒牙に掛けて良いはずがない。
「分かった。……ありがと、清奈」
桜花を片手で上段に構え直す。
僕に残された、戦える時間はもう多くない。
一剣必殺。
我が全身全霊を掛けてそれを成し遂げてみせる。
それで命が尽きたとしても、それが成れば僕の勝利だ。
「……ふん」
僕たちの気迫に警戒が必要だと感じたのか、慎重に構えを取る新良木。
いかに気迫が漲ろうと、新良木に力量で圧倒されている僕にひとりでそれを成し遂げるのは難しい。
だからこそ、挟み込むようにして同じく気迫を漲らせて構えている清奈の存在が大きいのだ。
新良木としては清奈を先に無力化してしまいたいところだろうが、さすがにそれは僕に対する隙になる。
逆に僕を先に片付けようとしても、死を覚悟した僕に多少でも抵抗されれば清奈の付け入る隙と成りかねない。
ここはいかに新良木と言えども、簡単に動ける場面ではないのだ。
「良かろう。その挑戦、受けて立つ」
新良木の体から、殺気が初めて陽炎のように立ち昇る。
今まで僕たちを捕らえようとして殺さないよう手加減していた新良木が、この一合は自らを殺し得ると判断してそれをやめたのだ。
もはや余分な言葉などない。
来るその時まで、己を限界へと研ぎ澄ますのみ。
張り詰めた時はほんの数瞬に過ぎなかった。
「おおおおっ!!」
わずかな揺らぎ。
それは新良木がわざと見せた隙だと理解しながら、僕はまっすぐにそこを目掛けて桜花を振り下ろす。
果たして、新良木は予定調和と言わんばかりにそれを受け流し、そして背後から突きを入れてくる清奈の刀をも切り払わんとする。
読み通り。
「む!?」
桜花を自分の刀で受け流した新良木だが、その刀がほんの少し横へと流れたのだ。
今日、一華さんに教わった、自らの受け流しによって相手をコントロールする技。
一華さんはそれを『流理』と呼んでいたが、あれは受けのみに使える技というわけではない。
受けに使った方が効果が高いということであり、難易度としては相手の行動さえ分かっていれば、攻撃で使う方が低い。
教わったばかりの僕がこれを使うことが可能なのは、相手の行動が確実に読めている、攻撃の時のみ。
その効果は見た通り、ほんの少し刀を逸らすだけ。
だが、今はそれで良い。
「はあああっ!」
刀が逸れたことで生まれたほんの一瞬の隙。
そこに体ごと飛び込んできた清奈の刀が、新良木の背中へと突き立つ。
「ぐあっ!?」
硬い鬼人の体、清奈の刀が刺さったのは半ばまでで、悲鳴を上げた新良木が強引に体を捻ったことで折れた。
それは新良木が初めて見せた綻び。
「ひゅっ!」
間髪を入れず、新良木の首筋へと刃を走らせる。
肉と骨を切断する手応え。
だが、それは。
「がはっ」
「伊織さん!」
悲鳴のような清奈の声。
左腕を切断され、その首筋に半ばまで桜花を食い込ませながらも、新良木は僕の首筋をその右腕でつかんで吊り上げていた。
「やってくれおる……。左腕を使えなくしておいたのは正解か」
新良木の言う通り、僕が両手で桜花を振るえていたなら、左腕でガードされようが首を飛ばすだけの威力があったはずだ。
右腕一本ではどうしても威力は下がる。
「ぐ……うううっ」
「大人しくしておれ」
桜花を引き抜いて喉をつかむ右腕を切り落そうとしたが、どうやっているのか力を込めても抜けない。
それどころか狙いを看破されて首を絞める力を強くされる。
鬼人が本気で力を込めれば、僕の首なんて簡単に握り潰されるだろうからこれでも手加減はしているのだろうが、地面に足の着かないこの状況では気休めにもならない。
逃れようともがいても、それは新良木に取っては抵抗にすらなっていないようだった。
呼吸が儘ならず、視界が赤く染まっていく中で、刀を手放してしまったのをぼんやりと知覚する。
「伊織さんを離しなさい!」
「それは出来ん相談だ。ことにそちらに援軍が来たようだしな」
清奈の後ろへと視線を投げた新良木の目は、こちらへと駆け寄ってくる五名の人影を捉えていた。
「……一期一振だけでも厄介だというに、三日月まで来ていたか」
忌々しげに新良木が唸る間にも、その五名は清奈の横に並んだ。
「無事か、清奈」
「はい、真也さん。でも、伊織さんが」
援軍としてやって来たのは一刀さん、春樹さん、真也、砂城、そして神奈だ。
新良木が場所を移すと言って歩いている間に、携帯でこっそりとメールをして呼んだのだ。
一刀さんまで来るとは思っていなかったが。
だが、現状では僕が足を引っ張ってしまっている。
「おい、黒峰を離せ!」
「断る。おまえたちこそそこから動くな」
砂城の言葉に、吊り下げていた僕を肘から先の無い左腕で首を抱え込むように持ち直し、右腕をフリーにする新良木。
動けるのならばここで暴れてやりたかったが、絶対的な酸素不足に僕の体は言うことを聞かない。
「おまえ……何モンだ?」
「新良木です。新良木賢造」
「はあ!?」
清奈の言葉に、尋ねた一刀さんのみならず、全員が目を剥く。
砂城だけはあの神奈の査問会のときには居なかったが、新良木の名は知っていたようだ。
「新良木って、あの枯れ木爺か!?」
「くく……口が悪いな三日月。だがその通りだ。枯れ木のようだったあの新良木賢造がこの私だ」
「……一体何に魂売ったんだ? あのおばはんか?」
「さて、な」
肩を竦めて韜晦する新良木だが、それは一刀さんの癇に障ったようだった。
「ふん。なら、腕ずくでも口を割らせてやるぜ。てめぇが手負いだろうと関係ねぇ。ついでに言っておくが、俺に人質なんぞが効くと思うなよ」
「だろうな。おまえはそういう男だ、三日月。厄介極まりない」
新良木が万全の状態ならともかく、今は左腕が無く首筋にも桜花を食い込ませたままだ。
鬼人なら再生も傷の修復も出来るだろうが、一刀さんを相手にしながらそれを行うのは難しいだろう。
「だから、こうしよう」
右腕で懐から何かを取り出した新良木はそれを口に含み、左腕で拘束したままの僕のおとがいをつかんで無理矢理口を開かせる。
そして自分が口に含んだものを、僕に口移ししてきた。
ぬめりとしたナメクジのような感触と共に、口の中いっぱいに血の味のような何かが広がった。
「んんんん!?」
新良木を振り払おうとするのだが、まだ体に力が入らない。
含まされたものを吐き出そうとしたが、蛭のように僕の口を塞ぐ新良木の舌がそれを許さない。
あまりの嫌悪感に動かないはずの体がびくんと震え、全身が総毛立つ。
「貴様ァ!!」
激昂して飛びかかろうとした砂城は、僕の喉に添えられた新良木の手に力が込められるのを見て歯軋りしながら踏みとどまる。
それまで呼吸を制限され、力を失っていた僕の体がその蹂躙に屈するのに時間は掛からなかった。
含まされたものを僕が嚥下したのを見て、新良木はようやく僕の口を解放する。
「くく、血の味というのも乙なものだな」
出来れば自分の口に手を突っ込んで吐き出したかったが、拘束が解けていない以上、僕に出来るのは弱々しく咳き込むことぐらいだった。
飲み込んだ喉と胃が焼けるように熱い。
「どういうつもりですか。新良木老」
「紅仁散をこの娘に飲ませた」
「紅仁散……?」
「私が鬼人に成った薬、といえば分かるか?」
「な……!?」
春樹さんの絶句は、僕も含めてその場にいる者全員の代弁だった。
「この娘が鬼人になれば、私と同類ということだ」
同じような薬『デモン』のときに聞いた話では、己の欲望を発散させなければ鬼人となることはなく、欲を抑えれば死ぬしかない。
この紅仁散がデモンと何が違うのかは分からないが、その基本的な特性は変わらないだろう。
「そしてこの娘が鬼人とならないよう抑えたいのであれば、三日月と一期一振、双方の力が必要となるだろう」
「てめぇ」
相手を殺すことなく鬼人となるのを防ぐのであれば、暴れる相手を取り押さえることなく、延々と相手をしなければならない。
元が一般人であってもそれは大変なことだった。
剣人が元となっている者であれば、それはもっと厳しいことになるだろう。
そして新良木は邪悪な笑みを浮かべる。
「この紅仁散はとても強い効果を持つ。そしてこの娘も強い。簡単に抑えられると思うな」
首に食い込んだままだった桜花を引き抜いて足元に投げると、新良木は僕から手を離し、後ろへと数歩退がる。
「この娘を見捨てるというのなら追ってこい。そうしたところで、私に勝てるとは限らぬがな」




