47
またしても遅れました……っ! orz
一華さんは軽く構えただけに見えたが、踏み込もうとしたときに気付いた。
隙がまったく無いのだ。
ごく普通にあるように見えた隙はすべて彼女の誘いで、毛先一筋ほどの綻びすらもそこには無い。
「ふふ、気付かなければすぐに終わってたんだけど」
艶然と微笑む一華さんは、自分から動く気は無さそうだ。
これが真剣勝負であるならば僕も仕掛けたりはしないのだが、これは手合わせ。
自分の向上のために行っているものなのだ。
挑戦者は先手あるのみ。
(とは言え、無策で仕掛ければ返り討ち。どうにかして崩す必要がある)
待ち構えている相手を、こちらから攻めて崩す方法はいくつかある。
相手の意表を突くか、対応速度を上回るか、読み合いで先を行く、などが考えられる。
そのどれも五剣を相手に成功させるのが難しいのは分かり切っているが、実現可能性の話をするならば、意表を突くしかない。
しかし強い相手とは例外なく経験値が高く、様々な手を知っているがゆえの対応の幅がその強さの源泉のひとつとなっている。
生半可なものではあっさり対応されて終わりだろう。
「……」
息を吸い、刀を『鞘』に納めて、いつでも抜き放てるように前傾姿勢を取る。
「へえ」
目を瞠る一華さんへと、僕はじりじりと間合いを詰めていく。
居合とは己の攻撃に関する情報を、とことんまで隠蔽する技術だ。
基本は相手へと柄を向けることによって、刀の長さを隠すことから始まる。
刀の長さが分からないということは、攻撃間合が分からないということだ。
間合が不明であれば、いつ攻撃するかというタイミングをも隠すことが可能となる。
そして隠蔽できるのはそれだけではない。
抜刀するときに鞘を角度を手首の捻りのみで変えることで、斬りつけの向きすらも変化させることができる。
手首の捻りは抜刀と同時に行われるため、それを事前に読むことは不可能に等しい。
先ほど桜花を見せたので、間合については大体は把握されているだろうが、駆け引きは可能だ。
やがてじりじりと間合いを詰めた僕が、桜花の有効射程へと到達する。
静まりかえった道場に痛いほどの緊張が張り詰めるが、僕はそれに感応せずにさらに前へと出る。
「……?」
かすかに訝かしげな顔をした一華さんだが、すぐに僕の狙いに気付いたらしい。
だがその時にはすでに、僕はあと一歩進めば素手の間合の距離まで近づいていた。
ここまで近づけば、もはや刀は振りにくい。
一華さんが自分から仕掛ける気が無いという事実と、『鞘』に刀を納めてしまえば素手になれる剣人の利点を利用して、僕はそのまま留まって素手の戦いを仕掛けられるか、それを避けるために下がって居合を受けるかという二択を迫ったのだ。
「流石ね!」
一華さんが選んだのは後者だった。
力が無いということだったから、つかみ合いになる可能性のある素手の戦いは忌避したのだろう。
そうと決めたなら、一流は躊躇い無く動く。
だがそれは、今まで自分から動く気配を見せなかった一華さんが、初めて見せた隙でもある。
「はあっ!」
下がる一華さんに合わせて僕は刀を抜き放つ。
大毅流に居合の技は無いが、真剣を持たされた時に散々稽古はやらされたのだ。
この技も僕の身の内に入っているもののひとつ。
選んだのはオーソドックスな横一文字の抜き打ちだが、狙うは下腿部。
下がりながらでは守りにくい場所だ。
だがそこは流石に五剣と言うべきか、一華さんは下がりながらも上体を残して右足の前を払うかのように刀を回し、僕の抜き打ちを受けきった。
(簡単には行かないか、けど)
せっかく守勢に回らせたのだ。
この好機を逃すわけには行かない。
上段に構えた桜花を振り下ろす。
さらに下がりながら斬り下ろしを外した一華さんに、鋒を下段に向けたまま手首を返し、刃を向けて身体ごと突っ込む。
このまま大毅流『龍落』へと繋ぐ。
「なかなかの思い切りだけど」
突っ込んできた僕の刀を、一華さんはただ躱すでなく、受け止めるでもなく受け流した。
いや、これはただの受け流しじゃない……!
「くっ!?」
まるでそれに導かれるかのように体が流れる。
一華さんの注文通りに体勢を崩した僕は、次の龍落へと移行することが出来ない。
だが、ここで決めに来るのなら。
玉響に集中する。
果たして一華さんはとどめを刺すべく、首筋を狙ってきた。
加速には成功、だが体勢を崩したことで一華さんの攻撃を避けるのに手一杯だ。
どうにか間合いを外した僕に驚いたような視線を向けた一華さんは、しかし面白そうに微笑んだ。
「それが一刀の言ってた動きね? なるほど、急激に動きが速くなるのね、面白いわ」
「一華さんの方こそ」
驚いたのは僕の方だ。
単なる受けにみせて、自らの望んだように相手を動かす技なんて初めて見た。
一刀さんと互角に戦えるということは、彼に対しても同じようなことが出来るということだ。
とてつもなく高度な技なのだろうが、この一部でも盗むことが出来たなら、僕の戦術は大幅に広がる。
特に数珠丸のような相手とは、とても戦いやすくなるだろう。
「ふふ、私の技に興味を持って貰えたようで何より。それに、私とこれだけ戦える腕に最適な戦術を考えることのできる冷静さ。ますますうちに欲しくなったわ」
それはお断りしてるはずです。
「けど、今の攻防は私の勝ちね」
一華さんの言葉に僕はうなずく。
切り札を切って、それでも僕は防御しか出来なかったのだ。
「それじゃ、ここまでにしときましょ」
刀を納める一華さんに合わせて、僕も納刀する。
残念だけど清奈に新しい刀を造ってもらうのは、別の機会を待つことにする。
「それで、どう感じたかしら?」
先ほど反発した牡丹組の娘を見ながら一華さんが問うと、彼女はなぜか僕の方を尊敬に満ちた目で見ていた。
「お姉様とあそこまで戦えるなんて凄いです! 伊織お姉様と呼んでもいいですか!?」
「はい?」
一体彼女に何があったというのでしょうか。
あまりの展開に僕の脳がついて行けずにフリーズする。
「環、貴女の方がひとつ年上よ。ほら、困ってるじゃない」
「す、済みません! で、では伊織さんと」
「う、うん。それなら」
「矢部環と言います。是非、環と呼んでくださいね、伊織さん!」
テンション高いけど悪い人ではなさそうだ。
けど、ついて行けそうにはない。
「彼女、自分より強い人をお姉様と呼んで慕う習性があるの」
「習性って」
動物じゃあるまいし。
でも最初に反発したのは舘下さんを慕っていたからだ、ということは分かった。
やっぱり悪い人ではないのだろう。
その慕う対象に僕が含まれたというのは、釈然としないものがあるけれど。
「それじゃ、次は茨木さんね?」
* * *
「今日の稽古は実りあるものになったわね。ありがとう。二人のお陰だわ」
稽古の後、僕と清奈は五階の一華さんのプライベートルームに招待されていた。
隊員たちがいると話しにくいこともあるだろうから、という心遣いらしい。
実際には環さんにくっつかれて困っていた僕への救済処置のようなのだが、どちらにしても有り難いことなので感謝である。
「こちらも実りある稽古でした。ありがとうございます」
僕が一華さんの技に興味を抱いたのを知って、色々と教えてくれたのだ。
今日明日に出来るようになるものではないが、基礎となる考え方などはしっかりと覚えた。
修練を積んでいけばそのうち可能になるだろうし、その考え方だけでも応用が利く。
「それで、三弥さんに刀を見せるのはいつに?」
「あ、呼んだからもうすぐ来るわ」
行動が早いのは一華さんの特徴らしい。
「それにしても、黒峰さんが戦えるのは分かってたけど、茨木さんもかなりやるのね」
先ほどの手合わせで、清奈はかなり善戦したのだ。
僕と戦っているときの一華さんの手の内を良く見て、頭の中で自分ならどう攻めるかという組み立てを行っていたらしい。
結果としては一華さんに完封されたものの、自分にある力という武器を利用して攻めるスタイルに、一華さんは多少手こずったようだった。
そうやって感想を交わしていると、インターホンが鳴った。
「いきなり呼び出すな。こっちにも都合があるぞ、一華」
この剣華ビルはそのように建てたのか、天井までの高さが十分にあるため、三弥さんの巨体でも縮こまる必要が無いようだ。
のっそりと現れた三弥さんは、多少低い声で一華さんに文句を言う。
「あら、そんなこと言っていいのかしら。せっかく先代三日月の残した刀を見る機会を貰ったのに」
「なに……!」
ぎらりと目を輝かせた三弥さんが僕と一華さんを交互に見やる。
さすがというべきか、随分と興味があるみたいだ。
剣人の遺す刀は人の打ったものではないが、それでも参考になるところがあるのだろうか。
「良いのか」
「約束したので」
うなずいて、桜花を朱鞘ごと取り出して両手で捧げ持ち、三弥さんへと差し出す。
三弥さんはごくりと喉をひとつ鳴らしてから、膝をついて僕から桜花を受け取った。
「拵えも素晴らしいな。豪華というわけではないが、良い仕事がしてある」
「それは慈斎さんの見立てです」
「成る程、慈斎老か。さすがに良い職人を知っている」
三弥さんは慈斎さんに含むところは無いのか、手放しで鞘を褒める。
「では、拝見する」
三弥さんは厳かに桜花の鯉口を切って、まっすぐ鞘から抜いた。
白銀の刀身が露わとなって、三弥さんは息を呑んだ。
「これは……見事な……」
ため息すらついて、三弥さんは食い入るように桜花を眺めている。
その三弥さんを見て、一華さんが満足そうにしているのが少し微笑ましい。
「どう? 三弥。最近少し悩んでたみたいだから、良い気分転換になったでしょ」
「気分転換どころの話ではないぞ、これは」
刀身から目が離せないのか、ためつすがめつしつつ、三弥さんは弾む声で返答した。
桜花を扱う手には十分な注意と敬意が込められていて、僕も安心して見ていられる。
「いや、堪能した。感謝する」
たっぷり五分以上は桜花を眺めていた三弥さんだったが、若干名残惜しげに鞘に納めて、僕に返してきた。
自分で打つだけあって、本当に刀が好きなのだろう。
「それにしても、なぜ俺にこの刀を見せてくれたのだ?」
「約束だったから」
一華さんと交わした約束について、三弥さんに話す。
「成る程。おまえはその歳で一華と戦えるだけの腕があるのか。確かにその刀の持ち主に相応しいな。そう言えば、刀の銘を教えて貰えるか?」
「桜花」
「良い銘だ。ふむ……」
腕組みして目を閉じた三弥さんは、何やら抑えきれない感情を持て余しているように見えた。
「おまえとしては一華との約束を果たしたに過ぎないだろうが、今日ここで桜花を見せてもらったことは、俺にとって意義が大きい。最近、鎚を取る手に躊躇いがあったのだが、今は打ちたくて仕方ない」
そう言って目を開いた三弥さんは、ちらりと清奈を見てから、一華さんの方に確認するような目を向けた。
「こちらの娘も一華が腕を保証できるのだったな?」
「ええ。今は黒峰さんに及ばないかもしれないけど、そのうち同じ域には到達するくらいにはね」
「ならば」
大きくうなずき、三弥さんは僕へと向き直って笑みを浮かべた。
「おまえの望みも叶えさせて欲しい。桜花は優美で女性に良く似合う。その桜花に触発された俺の刀も女性が持つのがふさわしいだろう」
「え。いいんですか?」
「そうさせて欲しいのだ。俺は刀が打ちたい。おまえは友の刀が欲しい。利害が一致したと言って良い。剣術が漫然と修行しても身にならぬように、刀も遣い手のイメージ無くして良い刀にはならないからな」
それは道理ではあった。
道具であればその利用目的、そして遣い手のことを考えなければ、良い道具足り得ない。
「で、でも材料費だけを考えても、安くはないのでは」
清奈の懸念にブルジョワである一華さんはひらひらと手を振った。
「そんなの考えなくていいわよ。どうせこいつ、鉄から自分で作るんだし。コストなんて手間賃だけよ」
本来ならその手間賃こそが何よりもお金の掛かるところだ。
職人の腕の安売りは問題だけれど、三弥さんの申し出は安売りではなく、どちらかと言えば彼自身の職人としてのプライドの話になる。
それなら、僕が口を挟むようなところではない。
「ありがとうございます、三弥さん。是非、お願いします。ね、清奈?」
清奈は少しまごついていたが、やはり良い刀は魅力的だったのか、結局は三弥さんに深々と頭を下げた。
「お手数をお掛けしますけど、よろしくお願いします。三弥さん」
「ああ、任せておけ」




