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ひゃあああ、投稿セット忘れてましたああああ。
遅れて済みません。
「良く来てくれたわね」
童子切である一華さんとの約束の日の当日。
指定された住所へとたどり着いた僕と清奈を出迎えてくれたのは、機嫌の良さそうな笑顔を浮かべた一華さんご当人だった。
平池市から三駅。
田舎の三駅は大きく、時間にしておよそ四十分、距離にして大体五十キロ。
海にほど近いようで、駅に降り立った瞬間から潮の匂いが漂っていた。
「心配していた襲撃もなかったようね。田村家の方の護衛も、特に以上は無いみたいよ」
稽古の日までの二週間の間、あの妙な男の襲撃が懸念点だったが、男の影がちらつくこともなく、僕は療養とイメージトレーニングに専念することが出来た。
田村先輩の方にも数珠丸が現れるようなことは無かったようで、一安心だ。
「今日はお世話になります」
「こっちも楽しみにしてたから。でも、剣華隊の稽古は温くはないわよ?」
「望むところです」
気合い十分の清奈が、ぐっと握り拳を作って意気込みを示す。
それを見た一華さんが、微笑ましいものを見るような笑顔を浮かべて僕たちを促した。
「ふふ。それじゃあみんなに紹介するわね。ついてきて」
一華さんが僕たちを招き入れた先は、駅から徒歩五分のところにある、鉄筋五階建てのビルだった。
入るときに見えたビルの名前が「剣華ヒルズ」だったことに一抹の不安を覚えていると、その様子を見て取ったのか一華さんが不敵な笑みを浮かべた。
「お察しの通り、このビルは私の所有物よ」
「……お金持ちなんですね」
「ええ。五剣ってそれなりにお金が入るものだけど、うちはさらに元々資産家だから」
動作の節々に品を感じさせるとは思っていたが、一華さんは実際にブルジョワな人だった。
このビルすべてが一華さん個人の持ち物なのだとすると、この中には剣人関係の、それも剣華隊の人しかいないということなのだろう。
活動費とかも考えると、どれだけお金が必要なのか想像も付かない。
「一階は事務所、二階が応接間と食堂で、三階が道場よ。四階は住み込みの子たちの部屋ね。家賃は取ってるけど」
なお五階はフロアすべてが一華さんのプライベートルームなのだとか。
オーナーならさもありなん。
二階の食堂では料理人とかも雇っており、パーティーなどを開くときもそこで行うことが多いのだそうだ。
今回は道場に用があるので、エレベーターで三階へと向かう。
「道場は第一道場と第二道場に分かれているけど、今日使うのは第一道場。ここよ」
エレベーターを降りた一華さんは、横に第一道場という名前のプレートが掛かった重厚な扉を開く。
ビルの敷地面積の半分をぶち抜いた広々とした板張りの道場で、剣華隊のメンバーであろう女性たち数十名が思い思いに鍛錬に励んでいた。
そこに入っていくと、まず最初に入っていった一華さんに喜びと憧れの視線が寄せられ、次にその後ろの僕たちにかなり遠慮のない、値踏みするような視線が集中した。
「はい注目」
大きな声では無かったにも関わらず、一華さんがそう言った途端に剣華隊の面々は一斉に稽古を中段し、彼女へと向き直って姿勢を正した。
「本日、出稽古に来てくれた黒峰伊織さんと、茨木清奈さん。みんな仲良くしてあげて。でも手は抜かないようにね」
「はい、一華様!」
全員が一斉に、声を綺麗に揃えて返事をする。
まるで軍隊のようなその様は、集団戦における練度の高さを窺わせる。
僕と清奈はすでに及び腰だ。
やっぱり僕たちは剣華隊ではやっていけないと思う……。
「それじゃ、とりあえず実力を見せてもらわないとね。まずは私が相手を……」
「いえ、それはなりません、一華様」
剣華隊の中でも大分地位が高そうな、見るからに腕の立ちそうな女性が、嬉々として木刀に手を伸ばした一華さんを止める。
薄野さんや三枝さんとは違って、武よりの側近なのかもしれない。
やる気満々だった一華さんは、それを遮られてあからさまにふくれっ面になる。
なんかこういう顔してること多いな、この人。
「やはり、まずは下の者からでしょう」
「……無駄だと思うんだけどなー。涼子たちが思っているよりずっと強いよ? その娘たち」
口を尖らせる一華さんには構わず、涼子と呼ばれたその女性は僕たちの前まで来て一礼した。
「お初にお目に掛かります、お二方。舘下涼子と申します。以降、お見知りおきを」
年齢は一華さんと同い年くらいだろうか。
茶色に染めたセミロングの髪がよく似合う、スレンダーな美人さんだ。
そう言えば美少女を集めるのが一華さんの趣味だと一刀さんが言っていたけど、確かに剣華隊にいる人たちは全員、アイドルにでもなれそうな美人ばっかりだ。
クラスメイトの水科あたりが知ったら片っ端から口説いて回りそうだけど、彼の命がいくつあっても足りないだろうから永遠に教えることはないと思われる。
「剣華隊には訓練過程がいくつかありまして、最初に実力を測ってからどの過程の訓練を行うかを決めております。あなた方はお客人ですが、我々の訓練に参加される以上は、この決まりには従って頂きたく」
「あ、はい」
決まりだというのならそれに従うのはやぶさかではない。
反感買っていいことなんて何もないわけだし。
僕と清奈がうなずくと、舘下さんは満足そうに笑顔を浮かべた。
「大変結構です。剣華隊は上から順に百合組、牡丹組、菫組、蒲公英組と分かれています。まずは蒲公英組の代表とお手合わせ願いましょう。蒲公英組は見習いのような者たちです。剣華隊は精鋭ですので、訓練について来れない者はここより先に進むことはありません」
舘下さんが満足そうなのは結構なことなのだが、一華さんがずっと不満そうに口を尖らせているのは構わないのだろうか。
僕たちがちらちらと一華さんの方を見ているのに気付いたのか、涼子さんが苦笑を浮かべた。
「一華様は気に入った娘を連れてくるとすぐ自分でお相手をしたがるのですが、それをすると貴女方が後で居心地が悪くなります。他の隊員たちが嫉妬しますので」
小声でそっと囁いてくれた舘下さんだが、その目が笑っていない。
つまり、嫉妬する隊員には舘下さんも含まれる、ということらしい。
とは言え予め教えてくれるのだから、親切な方だろう。
「そういうことなので、ご面倒でも下位からお手合わせ願っております」
「わかりました」
別段否やはない。
彼女が意地悪で言っているわけではないし、剣華隊のレベルを知る良い機会でもある。
組織の中で強い人が強いのは当たり前だが、むしろその中で下位に含まれる者の強さで組織そのものの強さが計れる、と思うのだ。
蒲公英組は見習いのようなものと言っていたから、ここでは菫組の人たちの強さを重視すべきだろう。
「高位まで勝ち抜いた場合は個々で戦ってもらいますが、中位までは二対二でお願いします」
黄色い糸で名前を刺繍した名札を付けている娘が二人、道場中央に進み出る。
道着は全員白に紺袴と清奈と同じようだが、名札の布地は白、刺繍の糸の色は花の色と対応しているみたいなので、紫の糸が菫組、赤の糸が牡丹組、白い糸が百合組なのだろう。
舘下さんの付けている名札を見ると、百合組だけは糸が白いので名札の布地は黒く、特別感を出しているようだった。
牡丹組までが中位で、高位とは百合組のみを言うとのことだった。
いずれにしても、知らない人、初めての環境での稽古は、僕にも清奈にも良い刺激になる。
「じゃ、頑張ろ、清奈」
「はい、伊織さん」
* * *
「こ、こんなはずじゃ……」
目の前で息を切らせている舘下さんの手には、すでに木刀はない。
その手にあるはずの木刀は、今は僕の足元に転がっていた。
百合組筆頭とのことなので当然腕が立つのだが、その強さは今の真也と同等くらいのようだった。
つまり、百合組のナンバーツーと戦っている清奈も。
「はあっ!」
かなり苦戦はしたようだったけど、相手の木刀をたたき落として無事勝利したようだった。
「剣華隊が……涼子様と佳奈様が負けるなんて……」
呆然としている剣華隊の面々だったが、一華さんが手を叩くと我に返った。
「はいはい、結果は結果。いい勉強させてもらったと思いなさい?」
一華さんは剣華隊のみんなの顔をひとりひとり見ながら、言葉を紡いでいく。
「黒峰さんは先代三日月の弟子だし、茨木さんは一期一振の弟子で、彼女たちは小さい頃から一緒に稽古してきたのよ。下手をすれば貴女たちよりも剣術に携わってきた年数は長いわけだし、弱いわけないわよね」
「……」
「でも貴女たちは自分が剣華隊だということに驕って、彼女たちを舐めた。結果がこの有様なわけだけど、申し開きはある?」
「……ありません」
項垂れつつも舘下さんがはっきりと答え、他の娘たちもそれに続いたが、ひとりだけ様子が異なっていた。
「ですが、お姉様」
まだ若い、僕たちと同じくらいの年頃の娘が、納得行かないといったように口を尖らせる。
赤い糸で名前が刺繍されているということは、牡丹組の娘なのだろう。
「その人が涼子お姉様とそこまで差があるようには見えません。最初からお姉様が相手するほどではないと思います!」
「ふーん?」
短い一言だったが、一華さんの言葉にその娘はたちまち顔色を青くする。
「ま、いっか。どの道今から立ち会うわけだしね」
もはやその発言をした娘を一顧だにすること無く、一華さんは爛々と光る目を僕へと向けた。
「疲れてない? 貴女なら大丈夫だとは思うんだけど、一応、確認」
「大丈夫」
元々そのつもりでペース配分していたし、舘下さんも実力はともかく、対鬼流を良く知らないらしくてあまり駆け引きも必要無かったため、体力は十分に温存できている。
そしてここからは精神的にも互角でなければならない。
意図的に言葉を敬語ではなく、普通の口調に戻す。
「さすがね。じゃあ心置きなく」
当然のように抜刀する一華さんは、真剣で立ち会いをする気のようだ。
手にした刀は細身ながらも造りがしっかりしており、かつ砂城の持つ刀とよく似た作風に見えた。
多分、三弥さん渾身の作なのだろうと思われた。
少しでも強くなりたい僕としては、真剣での立ち会いは望むところ。
こちらも抜刀すると、桜花を見た一華さんの目が細められた。
「それが先代三日月が残した刀? 美しいわね。一刀が欲しがったのも納得だわ。けど、あのマッチョに似合うとは思えないけど」
「下手の手に渡したくなかったって」
「成る程。確かにあいつらしい理由だけど。そうね、私が勝ったらひとつ、お願いを聞いて貰える?」
この期に及んでそういうことを言い出すとは思わなかった。
桜花を寄越せとは言わないと思うけど、剣華隊に入れくらいは言いそうな気がするので警戒しながら切り返す。
「聞けることなら、いいけど」
「そんなに無茶なことじゃないわ。三弥に、一度その刀を見せてあげて欲しいの」
「……一華さんのお願いなら、勝負に関係なく見せてもいいけど?」
「それじゃせっかく作った貸しが消えちゃうじゃない」
僕にとってある意味命よりも大事な桜花は、ただ見せるだけでも相手を選ぶことになる。
ましてや刀匠に見せるとなるなら、手に取らせる必要もあるだろう。
それは僕にとってはかなり敷居の高いことではあるが、さすがに桜花を譲れとかいう要求に比べれば譲歩の余地があることには間違いない。
それが分かっているからこその、一華さんの条件だろう。
僕の本気を引き出すためでもあるかもしれない。
案外、貸しを消したくないというのが大部分を占めるのかもしれないという疑惑も、この人相手だと消せないのだが。
「分かった。いいけど、僕が勝ったときもひとつ、お願いを聞いて貰うけどいいかな?」
「あら、何かしら」
「僕が勝ったら、刀匠としての三弥さんを、清奈に紹介してあげて」
今まで見た三弥さんの作品は、砂城の刀と一華さんの刀の二振だが、どちらも遣い手のことを良く考えて造られた刀だと思える。
僕にとって桜花以上の物は存在しないので刀を頼むことはないが、もし造ってもらうとするならば三弥さんが良い、と思うくらいには良い刀なのだ。
まだ良い刀を持っていない清奈と真也に是非、と思っていたりする。
ここで男の名前を出すと大変なことになりそうなので、まずはレディファーストで清奈から。
もっともこれだけの刀を打つ刀匠である以上、こだわりがあるだろうから無理強いをする気はないし、ただ働きなんてもっての外だ。
だからこその紹介というお願いだ。
「ふふ、あなたに気に入って貰ったと知ったら、三弥も喜ぶわね。造ってくれるかどうかは三弥次第だけど、それでいいなら」
「もちろん」
ちらりと清奈の様子を窺うと、意外な話の成り行きに目を瞬かせていたが、一華さんの刀から目が離せなくなっているところ見ると悪い気分ではなさそうだ。
よし、ならばあとは僕が頑張るのみ。
「それじゃ商談成立ね。要らないと思うけど、念のため言っておくわね」
吹き付ける剣気がその先を物語っていた。
無論、こちらだってそのつもりで、今日ここに来たのだ。
「油断したら、死ぬわよ」
五剣、童子切との命懸けの手合わせが始まった。