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一日遅れました。
今後も結構不安定になると思いますが、なるべくは頻度を守っていきたいと思っています。
楽しみにしてくださっている方々にはご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありません。
表面上は平穏が戻ってきていた。
数珠丸を仕留めるには至らなかったが撃退には成功し、腕を切り落とすという深手を負わせた。
しかし結局は逃したことで禍根を残したこと。
そして何より、あの不気味な男にどうやら僕は狙われているらしいこと。
状況は色々変わっていたが、やることだけは変わらない。
結局のところ、強くならなければならないのだ。
それには鍛錬あるのみ。
「なんなの、その脳筋な結論は」
僕の目の前でチョコレートパフェをぱくついていた一華さんがジト目で僕たちを見た。
「でも、結局そうなると思うんですが」
見た目は楚々とした大和撫子。
その実は鴻野道場で一番の脳筋である清奈が不思議そうに首を傾げる。
「まあ、間違ってはいないんだけど……にしても、妙なのに目を付けられたのね」
一華さんがスプーンを僕に向けて、案じるような顔になる。
「報告にあった容姿と、腕前からして名のある剣人を当たってみたけど、該当者がいないのよね。もちろん、鬼人にもよ」
一華さんの情報収集能力は僕たちなどでは及びもつかないほど高い。
この間と同じように一華さんの左右に控えている薄野さんと三枝さんは、剣華隊の中でも情報収集に長けたお二人らしいのだが、どうやら一華さんの側近のような立場でもあるようだ。
その彼女たちをもってしても、あの男については何も分からないのだと言う。
「あの男、どこかで見たような気がしてるんだけど……」
「へえ?」
僕のつぶやきに一華さんが興味深そうに顔を覗き込んできた。
「でも、さっぱり思い当たる節はないんです。ごめんなさい」
「そう。じゃあ、その気のせいかもしれないもの、剣人とそれ以外、どっちに関係ありそう?」
「うーん」
そう言われると、三隅村とはまったく関係ない気はする。
そうすると、剣人関係である可能性の方が高い。
「どっちかっていえば剣人関係かも」
「ありがとう。ひとつ収穫だわ」
艶然と微笑んだ一華さんの横では、三枝さんがパソコンに何かを一生懸命打ち込んでいる。
僕たちが喋るたびに何か打ち込んでいるから、書紀みたいなものなのだろうか。
「それはそうと、まだ剣華隊に入る気はない? 今回のその男からも守ってあげられると思うんだけど」
「いや、それは……」
僕と清奈は揃って首を横に振る。
一華さんが嫌いというわけではないけれど、剣華隊のそのノリにはついていけそうにない。
こないだの薄野さんと三枝さんのナンパへの対応もそうだけれど、どうも彼女たちは一華さんに何かあると暴走する傾向があるようだ。
要するに剣華隊って本当に一華さんの親衛隊のようなものに見えるのだ。
「残念ねぇ」
一華さん自身はおっとりと首を傾げるだけだが、薄野さんと三枝さんからは一瞬殺気に近い視線が送られてくる。
「真矢、文子」
軽く窘めるような一華さんの声に、その視線は一瞬で霧散する。
「ごめんなさいね。この子たち、剣華隊の中でも特に私に傾倒しちゃってる子たちだから」
「もちろんです、一華様」
「お姉様が謝ることでは。ごめんなさいね、黒峰さん、茨木さん」
「いえ……」
どこの女学園だろうか。
最初に一華さんを見たときに、宝塚の男役のような雰囲気を感じたのは気のせいではないのかもしれない。
「それはお断りしますけど、借りがあることは自覚しています。何か手伝えることがあれば、いつでも」
「そう。それは嬉しいわね」
にこにこと笑っている一華さんだけれど、何を言い付けられるか分からないこっちとしてはひやひやモノではある。
僕たちにできない無茶を言ってくるような人ではないことは分かっているけど、ぎりぎりのラインくらいは見切って言ってくるような気がするのだ。
「それじゃ、それを楽しみにしておくわ。それと、その男について何かつかめたら連絡するから、そっちもお願いね」
あの男に関する事柄は共有事項となったようだ。
僕にとっては当然マークするべきことだが、一華さんにも気にかかるようだった。
正体不明の鬼人の力を持つ剣人らしい者、となれば剣人であれば誰でも気になるだろう。
「あ、一華さん。男については一刀さんと慈斎さん、それと春樹さんには共有しますが、構わないですか?」
「それってただの確認よね」
多少ジト目に戻りつつ一華さんは言う。
まあ、共有します、と言ってるし実際そのつもりだし。
「まあ、構わないわ。あの助平爺に何が出来るか知らないけど」
一刀さんと春樹さんのことは認めているのか、慈斎さんにだけ毒づきながらも一華さんはうなずいてくれた。
「ありがとうございます」
「それはいいが、あの娘はどうする」
それまで寡黙にじっと口をつぐんでいた三弥さんが、話の切れ目を狙ってぼそりとつぶやいた。
今日は三弥さんが最初から一緒にいるお陰でナンパが寄り付かないので、精神衛生上とても良いのである。
あの娘、とは田村先輩の妹のことだろう。
今は三弥さんのところにお世話になっているはずだ。
「数珠丸を仕留め切れていたなら帰して良かったんだけどねぇ」
「ごめんなさい」
僕は頭を下げた。
協力してくれた一華さんにも、三弥さんにもそれで迷惑が掛かっている。
謝るのは当然だったのだが、一華さんも三弥さんも首を横に振った。
「貴女は凄いわ。邪魔が入らなければ、自力で五剣のひとりを仕留めていたのよ。数珠丸は五剣の中で確かに最も未熟ではあったでしょうけれど、それでも一刀だって無傷で勝つのは難しいくらいの実力は持っているのよ、あれでも」
「うむ。邪魔が入った上で数珠丸を仕留められるのならば、もはや五剣そのものと言って良いはずだ。気に病むようなことではない。紅矢がべた褒めすることなどそうそう無い」
……最後の情報は要らなかった。
それはともあれ、田村先輩の妹さんをどうするかだ。
数珠丸の狙いは完全に僕に定まっているはずだが、それだけにどう暴走するかは分からない。
単なる憂さ晴らしで田村先輩たちを殺すくらいはしかねない相手なのだ。
「別に俺のところで匿うのは構わんが、そろそろ里心が付く頃だ。出来るなら帰してやりたい」
三弥さんって強面なのにこの中で一番気遣い上手のような気がする。
「そうねぇ。確かにこんなごつくて可愛げの無い男のところに、か弱い女の子をずっと置いているのは可哀想なんだけど」
「うむ」
いやそこ、うなずくとこじゃないよ三弥さん。
「そうねぇ……あ、良いこと思いついた」
「……おまえの思いつく良いことは大体悪いことだ」
三弥さんは一華さんのことをよく分かっているのだろう。
指摘を受けた一華さんはふくれっ面をした。
「一華さんと三弥さんて仲良いですよね?」
こそっと薄野さんに聞くと、彼女はなぜか真顔でうなずいた。
「ああ。一華様にとって三弥殿は特別なのだ。一度、側近のひとりが一華様が三弥殿を特別扱いすることに異議を唱えたことがある。男なのにそれは認められない、と」
側近って言い切った……。
「それを聞いた途端に一華様が烈火のごとく怒ったのだ。それはもう、私も含めて誰も止められないほど。最低でも除隊、下手をすれば命すらもないと思われたのだが、それを鎮めたのは三弥殿だった」
「そうなんですか」
どうやら知り合って日の浅い僕たちには測れないほどの、いとこというだけではない絆が二人にはあるようだ。
「そこ、何を話してるかな~?」
「一華様のお願いを聞いてもらいやすくするために質問に答えていました」
はめられた!?
迂闊に剣華隊の人に質問とかしてはいけないようだ。
「ふーん? さすが私の側近」
こっちも側近って言い切った!?
やっぱり剣華隊には迂闊に近づくべきじゃない、と僕は心に誓う。
「それで、提案なんだけど」
にこにこ笑顔の一華さんを前に、僕はまるで蛇を前にした蛙のような心境になっていた
* * *
「一華さんの提案、どうするんです?」
帰り道、清奈がガラガラに空いているバスの中で聞いてきた。
「受けるよ」
どんなことを言い出されるのかと戦々恐々としていたのだが、出された提案は僕にとっても魅力的なものだったのだ。
「清奈はどうするの?」
「伊織さんが行かないとしても、行こうかと考えていたので」
一華さんの提案は僕たちを剣華隊の稽古に呼ぶことだった。
彼女にとって僕と清奈の腕を近くで見る良い機会になるし、さらに距離が近くなるのでそれがメリットとなるということだった。
これを受ければ、田村先輩の妹さんに、少なくとも数珠丸から彼女を連れて逃げ切れるだけの腕を持つ護衛を付けてくれるらしいので、家に帰してあげられることになる。
これは大きい。
そして、僕自身にとっても一華さんの稽古を受けられるのはメリットが大きい。
何と言っても現役の五剣なのだ。
それは清奈もそう思っているようで、興味津々という感じだ。
「あの男は、恐らく数珠丸より強いと思う。今のままの僕じゃ、到底勝てない」
何か、玉響を会得したときのような何かが必要だ。
最低でも数珠丸と互角くらいにはならないと勝ち目がない、と僕は見ている。
強くなるというのは簡単なことではないけれど、あの男は近いうちに来ると言っていた。
あまり、時間はない。
「まずは焦らず怪我を治すことから、ですね」
「うん……」
数珠丸と戦った際に負った傷は深くはないが浅くもない。
特に肩口であるために、肩をよく動かす剣術の動きは厳禁と言っていい。
とても困るのだがこんな事態になるなんて思ってもいなかったので、そこは仕方がない。
なお、一華さんは僕の怪我をきちんと見抜いていて、稽古に来るのは二週間後と設定された。
そのくらいあれば怪我は治るだろうが、それも清奈の言う通りきちんと養生すればの話だ。
正直、焦りを感じるのだが、急がば回れとはこのようなことを言うのだろう。
「その二週間の間にあの男が来た場合は、とにかく逃げましょう」
「そうするしかないよね」
二週間稽古が出来ないのは本当に痛い。
体は鈍らないように走ることで維持するとして、あとはひたすらイメージトレーニングをすることにする。
あの男に勝つイメージはそうそう湧くとも思えないので、その時間がたっぷり取れたのだと前向きに考えるしかない。
鴻野家に帰宅すると、不機嫌な顔の砂城と少し心配そうな顔をしていた真也が出迎えてくれた。
「何もされなかっただろうな?」
「相手女性なんだけど」
「それでもだ。三弥から色々聞いている身としては心配でならん」
ああ、砂城は三弥さんから一華さんについていろいろ聞き及んでいるようだ。
随分と三弥さんと仲が良いらしい。
砂城の刀は三弥さんの作らしいし、三弥さんは砂城に借りがあるって言ってたけど、一体どういう関係なんだろうか。
「何もされていません。今度、出稽古に行くことにはなりましたけれど」
「出稽古?」
興味があるのか目を輝かせた真也だが、生憎と男子禁制を言い渡されているのだ。
「僕と清奈だけね。男はダメだって」
「そうか……五剣との稽古は行ってみたかったんだが」
肩を落とす真也だが、剣華隊のあの雰囲気の中で稽古などしたら動けなくなるんじゃないだろうか。
女性ばっかりだし、あの中に男なんて紛れ込んだらまさに針の筵でしかないと思う。
「……気に入らんが、黒峰の力を上げるには悪くはないな」
「そう言えば、一華さんってどういう戦い方をするの?」
「ふむ。童子切は端的に言えば相手の力を利用することに長けている」
この中では一番剣人会に詳しい砂城は、五剣の戦い方についてはある程度知っているらしい。
「先読みにおいては数珠丸には一歩劣るが、先読みを利用する術においては上だ。力は黒峰ほどもないが、それでも三日月と互角に戦うと言えばその凄さが分かるか?」
「うわ……」
あの、速度も力も人の外としか思えない一刀さんと、僕より力がないのに互角に戦うって一体。
技術の完成度が、僕ではとても太刀打ち出来ないほど高いのだろうと思われる。
流石は五剣のひとり、と言うべきか。
「その童子切に教わるというのは、確かに黒峰にとっては意義の大きい話だ。……茨木は分からんが」
「どういう意味です!?」
多分、この間稽古のときに力で砂城を封殺したのを根に持たれてるだけだと思うよ、清奈。
砂城はどちらかと言うと技巧派で、力は真也に劣るが一般的な男子よりは遥かに力がある。
当然、一般男子よりもちょっと強いくらいの僕よりは力が強いのだが、清奈はその砂城をあっさりと力でねじ伏せるのだ。
外見詐欺にも程があると思う。
「しかし、そうなると俺たちも何かせねばならんな、鴻野」
「ああ、特訓だな。後でメニューを一緒に考えるとしよう」
なんで楽しそうなのか、この剣術馬鹿ども。
ともあれ、僕たちはそれぞれ事態に備えるために動き出すのだった。




