表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣人  作者: はむ星
青年篇
80/113

44

まだしばらく更新頻度が落ち着かないと思われます。

申し訳ありません。

 覚悟とは何か。

 自ら行ったことに対する結果として、何が起ころうともそれを受け止め、受け容れる。

 それは間違いなく覚悟であり、異論を差し挟む余地はない。

 だが、覚悟の形は様々だ。

 相手が殺すつもりでいるというのに、自分が殺される覚悟もなく、相手を殺す覚悟もなく勝てるはずもない。

 僕は数珠丸を殺す覚悟をし、自分が殺される覚悟をした上で戦うことを決めた。


 そして今、覚悟を決めて『鬼門』を放った。


 この覚悟は先ほどの覚悟とは己の心持ちが異なる。

 対鬼流伝承者に脈々と伝えられ、僕が敬愛するお師さんより直接伝えられ、今回の戦いに自ら選び取って修練を積んできた技。

 心より信頼している技に、己のすべてを委ねる覚悟。

 それは重くありながら、歓びすらも伴っていた。


 そんな重圧すらも伴った技を向けられた数珠丸は迫られる選択に、わずかに焦りを見せた。

 そこに差し込むように、僕は『水鏡』に繋がる隙をわずかに生む。


「そこだっ!」


 わずかに見せた隙。

 数珠丸に余裕があれば、それを罠ではないかと疑い『水鏡』を看破した可能性は高い。

 だからこその『鬼門』による布石。

 何を選択しても後が無いと知った数珠丸は、その隙を逃さぬとばかりに空を裂くほどの鋭さで斬り込んできた。


 ここ・・だ。


 いつ切れてもおかしくないほどに、細い糸をたぐるような駆け引きは、ここにその分水嶺を迎える。


(集中……!)


 今、この刹那こそが僕の勝機。

 狙い所が分かっている動きであれば、どれほど速く鋭い動きであろうと、読むことが出来る。

 格上である数珠丸に対し、玉響による加速を確実に使うために僕が苦心して打った布石こそがこれだ。


 数珠丸の速度がスローになり、玉響による加速に入ったことを僕は知る。

 しかしさすがは五剣と言うべきか、その速度はスローになっていてもそれなりに速く、さらに回避しづらい軌道で攻撃してきている。

 この攻撃を完全に回避するように動けば、僕は数珠丸に反撃できずに加速が終わるだろう。

 数珠丸は同じ手には引っかかるはずもないのだから、チャンスはこの一回きり。

 ならば、完全には躱さない。


 気合い一発、僕は前に出る。

 この勢いの斬り下ろしを受ければ、いかに相手の鍔元近くにまで踏み込んだとしても、そのまま体で受ければ致命傷かもしれない。

 刀で受けるのでは数珠丸への反撃が成立せず、チャンスを逃す結果になる。

 完全には躱せずとも数珠丸への反撃は成立し、それでいて自分が死なずに済む選択肢。


「はあああああっ!」


 出来る限り前に出て打点をずらしながらも相手の刀を完全に避けることは諦め、僕自身は数珠丸の刀を持った両腕を狙う。

 交差した瞬間に血飛沫が上がった。


「ぐ……っ」


 左肩に灼熱が走る。

 僕の左の肩口に数珠丸の刀が食い込み、鎖骨に当たって止まっている。

 さすがに五剣と言うべきか、予想よりもダメージが大きい。

 だが。


「ぐああっ!?」


 それと同時に数珠丸が大きく飛び退る。

 そして、僕に刺さったままの刀からぶら下がっていた左手の肘から先が、ぼとりと地に落ちた。


「お、俺の左腕を、よくも……!」


 脂汗を顔中に浮かべ、左腕の傷口を残った右手で血止めするように押さえながら、苦痛に顔を歪めた数珠丸が僕を睨む。

 本当は両腕を狙ったのだ。

 しかし数珠丸はその驚異的な反応と、刀から手を躊躇なく離す思い切りの良さによって右腕を守った。

 かたや僕は致命傷を避けたは良いが、少なくとも肩に刀が食い込んでいる左腕は動かせない。

 お互い使える腕は右腕のみ。

 刀を手にしている分、僕の方が有利か。


「くそっ、使えない奴らめ……!」


 片手を失い、刀も手放してしまった数珠丸は、周囲を見て毒づいた。

 五人いた鬼人たちは砂城に倒され、都賀もまた真也と清奈に敗れ去っていた。

 こちらに被害はなく、数珠丸側は残るは本人ただひとり。

 だが数珠丸には仲間のことなどどうでも良いようだった。


「一度ならず二度までもやったな、おまえ。必ず……必ず、殺してやる!」


 あくまでも自分のことしか考えていない。

 まるっきり悪役の捨て台詞だが、逃がすつもりはない。

 ここで逃がせばこいつは僕だけでなく、周囲に悪意を撒き散らすだろう。

 田村先輩が殺す覚悟を決めるのも、分かる気がした。


「逃げるの? 五剣ともあろうものが」


 僕の挑発に数珠丸は今度は怒りに顔を歪めるが、何も言わずにじり、と後ろへ下がる。

 さすがに状況を読まないほど馬鹿ではないようだ。

 加速を発動させるための先読みは傷の痛みが集中を邪魔して出来そうにないが、鬼人を倒してフリーになった砂城が数珠丸の後ろへと回り込むのが見えた。

 これならそのまま逃げられることはないが、僕の方も傷は浅くない。

 刀が食い込んだままの傷口から、少なくない血が流れ出ているし、ずきんずきんと頭の芯まで響くような痛みがある。


 早めに決着をつけなければならない、と右手の刀を握り直した僕は玉響の範囲に誰かが入ってきたことを感知した。

 恐らく、手練。

 隠す気もなさそうなその気配は、まっすぐにグランドへと進んでくる。

 数珠丸から気を逸らすわけにもいかず、ただそれを待つばかりとなっていた僕の視界に、まったく見覚えのない若い男が現れた。


「ほう」


 睨み合う僕と数珠丸、そして地に倒れ伏してすでに生命のない都賀を見やって、男は面白そうに口の端を上げた。

 それに気付いた真也と清奈が、男がこっちに来られないよう立ちはだかって誰何するが、男はそれに構わずに僕の方を見て口を開いた。


「もっとも未熟とは言え、五剣のひとりを相手に五分、か。成る程、平蔵めが目を掛けただけのことはある」

「な……っ! そいつが汚い手を使っただけだ!」


 数珠丸の抗議を男は鼻を鳴らしてつまらなそうに見やった。


「そんなことを言っているから、おまえはいつまでたっても小者なのだ」


 男の口調に引っかかるものを感じる。

 それに、彼はお師さんの名を呼び捨てにした。

 普通に考えるのなら五剣のひとりだと思われるが、鬼丸が空位である以上、現役の五剣はすでに全員遭遇しているはずだ。

 男は僕へと視線を移すと、欲望の籠もった目で舐めるように眺め回した。

 まるで肌にへばりつくような、その視線の気持ち悪さに思わず身震いする。


「やはり、良いな」


 上から下まで僕を眺めた男は、満足したかのように数珠丸へと関心を移した。

 怒りに顔を紅潮させて叫ぼうとしていた砂城は、男が別のことで口を開こうとしているのを察したのか黙り込む。


「まあ、良い。今日はそこの男を引き取りに来ただけだ」


 数珠丸へと顎をしゃくって事も無げに言う男に、せっかく黙っていた砂城が、今度こそ怒りの声を上げる。


「勝手なことを抜かすな。この男はここで仕留めさせてもらう」


 それを聞いた男は口の端を歪めて嫌な笑みを浮かべた。


「ならば交換条件でどうだ」


 次の瞬間、男は一足に清奈との間合いを詰める。

 まるで縮地のようなその動きに、油断していなかったにも関わらず、清奈は完全に出遅れた。


「ごぶっ!?」


 瞬く間に懐へと入り込んだ男は、清奈の水月に拳を突き込んでいた。

 くの字に体を折る清奈を、男はすくい上げるように軽々と抱き上げて羽交い締めにする。


「清奈!?」


 清奈の隣にいた真也も、それが自分に向けられた意識でなかった分、反応出来なかったようだ。

 思わず男に斬り掛かろうとするが、ぐったりとなっている清奈の体を盾にされて踏み留まる。


「動くな」


 羽交い締めにした清奈の首に男は右手を当てる。

 清奈が抵抗するように、わずかに身じろぎした。


「おまえも動くな。女の細首くらいすぐに縊れるのだぞ。しかし……」


 右腕は万力のように動かさないまま、男はいきなり左手で清奈の胸を服の上から鷲掴みにした。

 清奈が思わず目を見開き、真也が怒りに満ちた叫びを上げる。


「清奈を離せ!」

「動くな、と言っている」


 動くたびに清奈の首を絞めている右手に力が込められていくのが見え、真也は動きを止める。

 それを見て薄笑いを浮かべた男の左手が、清奈の胸元から中に入り込む。


「う……」


 嫌悪に身じろぎする清奈に、冷静でなければならないと念じていた僕の理性が吹き飛び掛けた。

 慌てて深呼吸して、沸騰しそうな頭を冷やす。

 けれど、好きにさせるつもりはない。


「それ以上清奈に何かするなら、数珠丸を殺すよ」

「ふむ、この娘も良い手触りと匂いだ。返したくなくなってきていたのだがな」


 清奈の胸元から手を抜き取った男は、その指先を舐めながら昏い笑みを浮かべた。

 実に気持ちが悪い所作と笑顔の男を睨みつける。

 再び怒りが湧き上がってくるが、冷静にならなければダメだ。

 ぐったりと動きを止めた清奈を羽交い締めにしたまま、男は僕と真也と砂城から等分に距離を取る。


「まあ、良い。私が欲しいのはこの娘ではないからな。その男を引き渡してもらおう。さすればこの娘はこのまま傷物にせず返すとしよう」


 清奈の首をつかんだ手に力を少し入れる男。

 僕は先ほど男が浮かべた昏い笑みに、初めて男が言葉を発した時の口調に対する引っ掛かりと同じものを再び感じた。

 そう、言うなれば既視感。

 僕はどこかでこの男を見たことがなかったか。


「信用しろと?」

「信用出来ぬなら娘が死ぬだけだ。私は構わぬ」


 く、と笑う男の姿には、やはりどう思い返してみても覚えがない。

 けれど、この感覚を軽視して良いように思えない。

 だが今は、それよりも清奈だ。


「……分かった」

「黒峰さん!?」

「ごめん、田村先輩」


 田村先輩の危惧は分かるし、僕だって数珠丸を逃したらどうなるかなんて火を見るよりも明らかなことくらい分かってる。

 それでも、それは清奈の命と引き換えに出来ることではないのだ。

 最悪、数珠丸に対しては後で対策を立てることだって可能なのだ。


「物分りが良くて何よりだ。では、私も我慢をしよう」


 男は数珠丸に対して男の後ろへと回るよう指示する。

 普段なら反発しているであろう数珠丸は、さすがに今の状態で僕たちから逃れるのは難しいと思っていたのか、不満そうな様子は隠せないまでも文句を言わずに言われた通りにした。

 それを確認した男は、その場に清奈を横たえた。

 意識はあるようだが、水月を突かれたことと首を締められたダメージが大きいのか、清奈はぐったりとして動けないようだった。


「これで良いな。だが追ってくれば容赦はせぬ。無駄なことはしないことだ」


 す、と後ろへ下がる男は、その一挙動のみで力量の高さを見せつけた。

 滑らかな、何十年と修行してきたかのような足運び。

 思わず目を瞠る僕に、男は先ほど清奈を捕らえていたときと同じ、昏い笑みを向けた。


「楽しみは後に取っておくことにする。が、おまえは私のモノだ、平蔵の娘よ。覚悟をしておくが良い」


 ぞわ、と全身に鳥肌が立ったのが分かった。

 男から欲望の眼差しを向けられたことは何度かあった。

 それは無遠慮で、確かに身の危険を感じるものではある。

 だがこれは違う。

 この男は僕という存在そのものを、自分という色で塗り替えようとするだろう。

 自分が自分でいたいのならば、恐らく僕は己の全存在を賭けてこの男に抗わなければならない。

 それほどまでに怖ろしい色を、男の目は浮かべていたのだ。


「貴様ごときに黒峰が釣り合うはずもなかろう……!」

「若僧の言葉など一聞にすら値せぬ。近いうちに行く。待っているがいい」


 地面を蹴った男は高く飛翔する。

 人には到底不可能なその高さは、男が鬼人であることを示していた。


「な……」


 あっという間に小さくなっていく人影を茫然と見送る僕たちだったが、清奈が小さく呻いて身じろぎしたことで我に返る。


「清奈、大丈夫!?」


 よろよろと上体を起こす清奈に僕は駆け寄る。


「大丈夫、です」


 青い顔をして自らを掻き抱くようにしながら、清奈はうなずく。

 その白い首にくっきりと残っている赤い跡が痛々しい。


「……」


 横にかがみ込んで、ぎゅ、と清奈を抱きしめる。

 清奈は一度体を震わせてから、僕を抱き返して胸元に顔を埋めてきた。

 小刻みに震える体は、あの男への恐怖に怯えていることを示していた。

 無理もない。

 しっかりしているとは言っても、清奈はまだ高校一年生なのだから。


「もう、大丈夫だから」


 あからさまに羨ましそうに見ている砂城は無視して、清奈の頭を落ち着かせるように撫でる。

 僕を抱き返す力が強くなるのが分かった。


(それにしても……)


 あの男は何者だったのだろうか。

 鬼人のようだったが、身のこなしからすると武の達人のはず。

 だがおなじ鬼人の武人である安仁屋さんの落ち着いて超然とした雰囲気とは異なり、捉え所のない、不気味だが俗悪すら感じさせる男だった。

 そんな奴に覚悟を迫られたことを思い出して、僕は自分の表情が強張っていくのを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ