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剣人  作者: はむ星
青年篇
79/113

43

ようやく仕事が落ち着いてきました。

ペースを戻していきたいと思います、が。

別の仕事が入りそうです。。。

 双極流とは二刀をもって鬼人を制するために編み出された流派だと、真也は父である春樹から聞いたことがある。

 出自はかの有名な二刀流、宮本武蔵の二天一流よりも以前に遡ると言われるが、剣人に伝わる流派の中では比較的新しいとされている。

 二刀流と言うと両手の刀を自在に振り回すイメージがあるが、実際にはそんな器用かつ豪腕な真似をするのは難しい、というより不可能と言って良い。

 何故ならば実戦剣術である以上、ただ振り回すだけでなく、その斬撃に実際に人を斬り・・・・倒せるだけ・・・・・の威力が必要だからだ。

 斬撃とは腕の力だけで行うものではない。

 土台となる体幹だけで言っても、一キロ以上ある鉄の塊に振り回されないだけのものが必要であるというのに、タイミングもその方向も異なる斬りつけにそんな威力を持たせることは人体の構造上不可能だ。

 自在に、ではなく左右両方の刀を等しく動かすことで力を入れずともその威力を持たせることが双極流の基本とされるが、それは基本であり応用はその先にある。

 その特徴は、左にもった脇差にあると言われている。


「さて、行くぞ」


 左右の刀をそれぞれ中段に構えた都賀は、ずい、と真也へと間合いを詰める。

 再び相手の手の内が未知になったにも関わらず、真也は躊躇いもなく前へと出る。


「死ィッ!」


 間合いに入った途端に二つの斬撃が上から真也を襲う。

 回避して反撃に出ようとした真也だが、わずかに遅れて振り下ろされた左の脇差の鋒に阻まれてタイミングを見失う。


「時間差、か」

「ご名答。シンプルだが、厄介であろう?」


 都賀はぬたりと笑う。


「だがそれだけではないぞ」


 横合いから斬りかかってきた清奈の攻撃を両刀で受け流したかと思いきや、左手が素早く動く。

 慌てて間合いを取る清奈の、その白い胴衣の右袖が裂かれ、じわりと赤い色が滲んでいた。


「大丈夫か、清奈」

「浅手です。しかし、厄介ですね」


 攻撃を受け流して反撃を行うのは剣士であれば誰でも行うことだが、刀というものはそれなりに長いため、その動作には多少の時間が掛かる。

 片手であるならばなおさらだ。

 しかし今の都賀はそれを長さの短い脇差のみで行うことで素早い反撃を可能とし、さらに大刀は受けた状態そのままであることで、反撃の動作を認識しづらくしたのだ。


「双極流が一手『蜃気しんき』。幻惑された者には死、あるのみ。今の一撃は加減したのだぞ。抱くときに手足が欠けているなど、興醒めも良いところだからな」

「どうでしょうか。加減する余裕など無いように見えましたが」

「その気の強さ、堪らぬな」


 睨み付ける清奈の、露わになった白い腕を見て都賀は舌舐めずりする。


「好きにしていれば良い。俺たちが勝つことは変わらない」


 自信に満ちた真也の言葉と表情に、都賀は不快を覚えたのか眉をひそめる。


「ふん……我が双極流、容易くなどないぞ」

「双極流は容易くないだろうさ」


 正眼から上段へと構えを変化させながら、真也はまっすぐに都賀を見据える。


「だが、折角の流派もおまえの心構えが台無しにしている。それを俺の対鬼流で証明してやろう」

「面白い」


 ぎらりと目を光らせ、都賀は真也へと向き直る。

 それは清奈に側面を向けることを意味するが、今の真也は無視できないと感じたようだった。


(上段の構え。であれば全力の斬り下ろし以外にはない。が、そう見せかけて変化を掛けるつもりかもしれん。いずれにせよ、俺であれば受け切れる)


 問題は清奈との連携攻撃を掛けられた場合だが、それも体勢を崩さない限りは問題ないと都賀は判断していた。

 手強くはあるが、それは連携が巧いゆえの強さ。

 連携されたとしても防御に徹するならば受けは間に合うし、間に合うのであれば受け切れない道理はない。

 二人の個々の力量は自身に及ばないと都賀は判断しており、そしてそれは正しい。


「せああああああっ!!」


 果たして真也の一手は正面からの斬り下ろし。

 予測通りの手に都賀の口の端が上がるが、連携するはずの清奈がなぜかそのまま佇んでいる。

 そのことに不審を覚える余裕はなく、気迫に満ちた真也の斬り下ろしを予定通りに受ける。

 そこまでは予定通り。

 都賀に誤算があったとするならば、真也が修めていた流派が対鬼流であったという一点にある。


「な……っ!?」


 受けたまでは良い。

 だが、流せない・・・・

 想定よりも遙かに速く、鋭く、そして重い一撃。


(こいつ、捨て身か……!? 馬鹿な!?)


 攻撃を放った後の回避も防御も一切考えないそれこそは、対鬼流が奥義のひとつ、『空断(からだち』。

 外せば完全な自爆技にしかならないそんなものを、実戦で繰り出す奴がどこにいるのか。

 だが、都賀はそれを受けてしまった・・・・・・・

 この攻撃は流せない。


「ぬううっ!」


 右に力を込め、左の脇差を引くと同時に強引に身体を捻る。

 両手でかろうじて抗っていた圧力から片手を抜けば負けるのは必然。


「ぐああっ!」


 血飛沫と共に都賀の右腕の肘から先が、身に付けていた鎖帷子など無かったかのように切断される。

 肩には鎖帷子だけでなく鋼の板による補強が入っているが、強引にでも身体を捻らなければ、それごと袈裟に斬られていたのは間違いない威力。

 だが、凌いだ。

 目の前には体勢を崩した真也がいる。


「ち……っ!」

「貰ったぞ!」


 歓喜の声をあげる都賀。

 右腕は失ったが、このために左を残したのだ。

 都賀は左手に持った脇差を、目の前で隙だらけになっている真也の心臓目掛けて突き込んだ。

 手応えあり。


「くくっ」


 しかし思わず、都賀の口から笑い声が漏れ出た。

 なんという間抜けだろうか。

 心臓を狙ったはずの脇差は、真也の肩口に刺さったに過ぎなかった。

 己がバランスを崩したことによって。


「貴様の存在を忘れるとは、な。いや、忘れさせられたと言うべきか」


 後ろからの清奈の一撃で右足を太腿半ばから断ち切られた都賀は、バランスを保てずにゆっくりと倒れ込んだ。

 真也が『空断』を繰り出す前までは、都賀もきちんと清奈の動きを警戒していた。

 それが『空断』のあまりの威力に焦り、その対応のみに心血を注いでしまった。。

 真也にそうさせられてしまったのだ。

 清奈が最初に動いていなかったのは、足にも鎖帷子がある可能性を鑑みて、威力を出すために力を溜めていたのだろう。


「双極流より、対鬼流の方が優れていた、ということか……」

「違う」


 都賀のつぶやきに真也は『空断』の反動か荒い息をつきながらも、明快に首を横に振った。


俺の・・対鬼流が、あんたの・・・・双極流より優れていただけだ」

「どういう意味、だ」


 都賀が失った右腕と右足から、少なくない血が流れ出していく。

 放置しておけば死ぬことは目に見えていたが、真也も清奈も血止めをしようとはしなかった。


「双極流は、というより二刀流はどう考えても攻撃的な流派だ。でもあんたはその流派の長所よりも、それを殺した迎撃を主体とした自分の戦い方を過信した。だから、俺の『空断』を受けるなんて真似をしてしまった」


 地に伏した都賀を見下ろし、真也は息を整える。


「俺が躱したら、とかは考えなかったのか……? あれはそうされただけで、貴様の敗北は決まっていたはず、だ」

「俺は、あんたが『空断』を受けると確信していたさ」


 真也の確信に満ちた声に、都賀は目を見開く。


「なぜ、だ?」

「俺の『空断』を躱すなら、斬り下ろしと決め打ちして回避しなきゃ無理だ。そんなに甘い技のつもりはない」


 それは愚直に鍛錬を繰り返し、それを己の糧としてきた者のみが持つ自信。


「けど、カウンターに自信を持っているあんたは見てから動く・・・・・・ことを選んでしまう。結果として受けるしかない」

「……最初から、間違っていたということか」

「あんたの双極流が、俺の対鬼流に負けた事に関してはそうだ。けど、あんたが俺たちに負けた理由は別だ」

「……?」


 血を失い意識が遠くなってきたのか、焦点の合わなくなってきた目で都賀が真也を見上げる。


「教えてやるって言っただろう。あんたは下らないことを考えて戦ってたけど、俺たちはあんたに勝つことだけを考えて戦ってたんだ。こうなったのは当然の結果だ」


 その真也の後ろに寄り添うように立ち、清奈も都賀を見下ろした。


「あなたが最初の『蜃気』で私を仕留めていれば、右腕を失いはしても勝ったことでしょう。でも、あなたはそうしなかった」

「……欲しい物が手に入らぬなら、戦う意味もない」


 ニイ、と死相の濃い顔に笑みを浮かべる都賀。


「だから、あなたは負けたんです」

「ああ、そのようだ。……本気で欲しいと思った女を目の前に、指一本触れることなく死ぬのは……残念だな」

「勝手に残念がっていてください。私の想い人はここにいますので」


 清奈は真也の腕に手を添える。

 かすかに顔を赤くした真也は少しそっぽを向いて頭を掻き、都賀は笑みを苦笑に変えた。


「つれない……女よ……」

「つれなくて結構です。せめてもの慈悲として、介錯は必要ですか」

「……それは、良いな……頼む」


 こうして、ひとつの勝負の決着がついた。


*   *   *


「ほらほらほらぁ!」


 怒りに我を忘れている数珠丸は、途切れ目なく斬りつけてくる。

 その速度はついていくのがやっとだが、我を忘れている分、直線的で読みやすい。

 彼の真骨頂は自ら攻撃することではなく、こちらの動きを読んで裏を書く変則的なカウンターだが、僕からは一切手を出していないことでそれは発揮されていない。

 攻撃を受け流し、躱し、捌いていくうちに、彼の攻撃パターンに一定の法則があることに気付く。

 斬り下ろしの後は突きまたは斬り払い、突きの後は蹴りといったように、必ずではないものの高確率でそのように動く。

 この時点で僕は数珠丸が思ったより冷静であることを知った。


「ちっ、五剣が相手だっていうのに冷静だな」


 僕が気付いたことを悟ったのか、数珠丸は攻撃の手を止めてそう吐き捨てた。


「いくら何でも五剣と呼ばれる相手が、そんな単純なはずないことくらい分かるよ」


 数珠丸は我を忘れて単調になったフリをして、僕の攻撃を誘っていたのだ。

 これに乗ってうかうかと攻撃を加えていれば、僕はもう立ってはいなかっただろう。


「だけどまったく攻撃しないならおまえの勝機はないよ。それは分かってるんだろ?」

「まあ、ね」


 数珠丸への攻撃を成立させることは難しい。

 それは真也に清奈、砂城が僕に加勢したとしても変わらない事実なのだ。

 攻撃を成立させる条件は二つほどある。

 数珠丸の先読みのキャパシティを超える攻撃を繰り出すか、先を読まれても躱せない攻撃を繰り出すか、だ。

 どちらも難易度が高いことに変わりは無い。


「なら、来いよ」


 だらん、と刀を下げて数珠丸は挑発するように僕に言う。

 いや、実際に挑発しているのだろう。

 これに乗るのは時間稼ぎに対してはマイナスだが、好機としては見逃せなかった。

 対鬼流『鬼門』は数珠丸と高速で攻防している最中に繰り出すには、今の僕には難度が高い。


「分かった」


 す、と桜花を中段に構える。

 何度も打ち合って分かったことだが、数珠丸の刀は桜花には及ばなくてもかなりの名刀のようで、神奈にやったように刀自体を破壊することは無理だ。

 だからこそ、最初の予定通りに行く。

 今までの打ち合いで、ある程度数珠丸の呼吸はつかめた。

 それは拍子の極みである『鬼門』を繰り出すのに最も重要な鍵だ。

 僕は気を溜め、数珠丸との間合いを微調整しながら相対した。


 ――ゆるりと前へ出る。

 数珠丸が息を吐ききったと見切った刹那の前進。

 敢えてゆっくりと進むことで相手を迷わせ、選択を強制する技こそが『鬼門』。


「っ!」


 選択を強制されたことに気付いても、どうしようもないのが『鬼門』だ。

 そのまま立ち尽くせば唐竹に割られ、下がれば突かれ、左右に躱せば袈裟切り、しゃがんでも斬り下ろされる。

 そして速度、タイミング、呼吸のすべてが絶妙に決まれば返し技を行う隙すらもない。

 お師さんの『鬼門』に対して安仁屋さんが『落月』で返すことが出来た理由は、このすべてに余裕を持たせない技に対し、『落月』がほんの半歩さがることでその余裕を生む、言わば『鬼門』破りの技だったからだ。

 単に半歩下がるだけでは意味がない。

 半歩下がったときにすべての体勢が整う技だったからこそ、返せたのだ。

 あの武にすべてを捧げたような安仁屋さんをもってしてようやく可能だった技。

 あれと同じようなことを出来るとすれば、お師さんや一刀さんくらいだろう。

 数珠丸は僕よりは強くとも、この二人には遠く及ばない。


 決着を、ここでつける……!

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