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仕事が忙しくまだ投稿は不定期になりそうです…。
申し訳ありません。
そこからの一華さんの行動は早かった。
どうやったのか知らないけれど、あっさりと田村先輩の妹さんを保護して連絡してきたのだ。
その速度、実に僕たちが一華さんと別れて鴻野家に戻るまでの間にという短い間だ。
時間を掛ければ数珠丸たちの襲撃があるかもしれず、そうなれば意味がないと言っても、こんなに早いとは思わなかった。
『妹さんは三弥のところでくつろいで貰ってるから心配いらないわ。あいつ、あれで女の信頼を得るのが上手いのよね』
鴻野家の黒電話の受話器から流れる一華さんの声は何故か不満気な感じだが、三弥さんのあの朴訥とした雰囲気と誠実さを感じさせる物腰から、それは納得行く感じだ。
『一応話を聞いてはみたんだけど、あの娘はほとんど何も知らされていないわね』
それは予測できた話だった。
何も知らない方が本人には幸せだろうし、その方が余計なことをしでかさない分、安全でもあるからだ。
『ともかく、こっちは心配いらないから。貴女は貴女でしっかりやりなさい』
「ありがとうございます」
一華さんとの通話を終えて、僕はすぐさま黒電話のダイヤルを回す。
相手はコール一回で出やがった。
『砂城だ。黒峰か?』
「はい黒峰です。でもこれ、鴻野家の電話なんだけど」
僕だと決め打ちした応答の砂城に呆れ返りながらも、用件を口にする。
「田村先輩と連絡を取りたいんだ。彼の妹さんを、例の三弥さんのところで保護したから」
『三弥のところ? ということは首尾良く行ったわけか』
「うん。これに対する田村先輩の反応を見たい。出来れば直接」
『では事実は伏せた上で、黒峰が直接伝えたいことがあるという風に呼び出しを掛けよう。それでいいか?』
「ありがとう」
『お安い御用だ。しかし、そうなると会う際には用心がいるな』
「分かってる。清奈にはついててもらうし、真也にも隠れてついてきてもらうつもりだよ」
『ならば良い。俺も合流するとしよう。ではまた後で連絡する』
ここからは迅速に、かつ細心に動く必要がある。
田村先輩がシロであれクロであれ、数珠丸が彼を無視して動く可能性は常に存在するため、襲撃には常に備えておかなければならない。
数珠丸が余裕たっぷりなら僕たちが散々警戒して疲れ切ったところを狙う、なんていう戦術を取る可能性もあるけれど、あのときの行動と僕に向けた憎悪の感情の凄まじさを見るに、到底そんな自制は利くようには思えない。
やがて砂城から連絡が入り、まだ日が暮れる前に日之出高校で田村先輩と会うことになった。
「では、行きますか、伊織さん」
「気をつけろよ。俺はおまえたちに尾行がついてないか確認しながら行く」
数珠丸を相手取るということは、死ぬ可能性があることを意味する。
そんな死地にも清奈と真也は何の躊躇いもなくついてきてくれるという事実は、僕に取っては何物にも代えがたいほどに嬉しいことだ。
そしてそれは、絶対に数珠丸には負けられないという決意にも繋がる。
「よし、行こう」
僕たちは細心の注意を払いながら、学校への道を歩く。
ここで一番怖いのは、数珠丸単騎による奇襲だ。
数珠丸以外の気配なら大抵は捉える自信があるものの、五剣が本気で気配を消しているのを察知できる自信は流石に無い。
それでも奇襲の直前の気配なら捉えられるだろうが、五剣を相手に初動の遅れは命取りだろう。
今日まで襲撃が無かったところを見ると数珠丸もなにがしかの準備を整えていると思われ、それは単騎特攻の可能性を低いものと見ることができる。
そうは言っても相手は格上、無警戒のところに奇襲を掛けられた日には、一撃であの世行きは間違いない。
神経をすり減らしながらも、道中何事もなく学校に到着する。
「田村先輩はもう来ているみたいですね」
最近、気配を探るのが上手になってきた清奈が、教室の方に目をやって言う。
僕も玉響による察知ですでに把握しているが、教室にはどうやら田村先輩と砂城の二人がいるようだ。
後ろをついてくる真也の気配も特に乱れがないところを見ると、尾行も特になかったらしい。
校門をくぐり、校舎へ入ると静かな校舎に僕と清奈の足音が響き渡る。
人気の無い学校は、どうしてもこう、どこか非日常を感じさせるものがある。
現状はどう考えても非日常なのは間違いないのだが。
「来たか」
教室には常と同じく落ち着き払った砂城と、それと対照的に憔悴した田村先輩の姿があった。
「俺に話だそうだけど……呼び出しはなるべく控えてくれないか。数珠丸をごまかすのが難しくなる」
「うん、それなんだけど」
電話での打合せ通りに、中身は聞かせずに田村先輩を連れてきてくれたようだ。
こちらを見ている砂城にうなずきつつ、僕は今回の目的を果たすことにした。
「妹さん、こっちで保護しましたよ」
「え……?」
どんな些細な違和感も見逃さないよう、集中して田村先輩を見る。
僕だけでなく、隣にいる清奈も、先輩の後ろにいる砂城も集中しているはずだ。
「ほ、本当かい!?」
「うん、一華さんにお願いして、ね」
「ど、童子切……!? い、いや、それはどうでもいい。本当なんだな!? あ、ありがとう……!」
僕を拝むようにして涙を流す田村先輩の様子は真情に溢れており、僕をほっとさせた。
隣の清奈も、先輩を挟んで向かいにいる砂城もそう感じたようだ。
暗くなりつつある教室内に、しばらく彼の嗚咽が響く。
やがてそれが止んだのは、日がほとんど暮れ、残照が僕たちの顔の見分けをかろうじて付けさせるくらいの頃になってからだった。
「悪い、取り乱した。……本当にありがとう、黒峰さん。茨木さんも、砂城も」
お礼を言ってくる田村先輩。
彼の願いも覚悟も本物であったことは本当に良かったと思う。
妹を助けたいと願う彼の姿は、同じく妹を持つ清奈にとっては他人事ではなかっただろうし。
ただ……やはり彼の動向は数珠丸には筒抜けだったようだ。
「来た」
校舎をカバーするように広げていた玉響に、誰かが入ってきたのが感じられたのだ。
僕の言葉に、砂城と清奈の顔に緊張が走り、隠れていた真也もこちらへと走ってくる。
田村先輩も事情を察したのか、表情を引き締めた。
「数珠丸の襲撃か!?」
「うん、グラウンドに出る。ついてきて」
「済まない、役に立てなかったようだ」
謝る田村先輩を促して教室を出る。
数珠丸ほどの相手になると、コンクリートの壁を背にしていても安心できない。
それに教室だと机や椅子がどうしても邪魔だし、色々壊したときに後始末が面倒だ。
それらを考えると、どうせなら不意を打たれない開けた場所で迎え撃つ方が良いという判断にならざるを得なかった。
走って教室を出た僕たちを追うように、学校内に侵入してきた気配たちもグラウンドへと進路を変える。
彼らがこっちの気配をつかんでいるということであり、一般人ではないという証拠だ。
「気をつけてくれ。数珠丸の奴には危険な子飼いの手下がいる。襲撃なら確実に奴と一緒に来るはずだ」
走りながら田村先輩が数珠丸側についての情報をくれた。
それによると数珠丸には腕の立つ剣人の手下がひとりいるとのことだ。
過去に重大な不祥事を起こして表向きは剣人会に粛正されたはずの人物であり、そこを数珠丸が自分が粛正したことにして匿い、駒として手に入れたのだと言う。
彼は表立っての数珠丸の部下ではなく、裏で秘密裏にいわゆる汚れ仕事を引き受ける役どころであるらしい。
「名前は都賀不比人。実力は五剣に迫ると言われていたほどらしい」
すでに五剣のひとりが相手だというのに、それに迫る実力者がいるというのは有り難くない話である。
だがそれに文句を言ったところで、現実が変わってくれるわけでもない。
それに、こちらに向かってきている気配の数はもっと多い。
手練れらしい気配が二つの他に五つ、併せて七人ほどの気配がある。
手練れの気配のうちの一つが、その都賀という人物だろう。
もうひとりは数珠丸と思いたいところだが、確認するまで油断はできない。
「来たぞ……!」
薄暗いグラウンドの中央まで出ている僕たち目掛けて走り寄ってくる集団を確認し、僕たちはそれぞれ抜刀する。
先頭にいるのは数珠丸と見覚えの無い男だが、身のこなしから見てあれが都賀だろう。
ともあれ、数珠丸が正面から来たのは有り難い。
「一瞥以来だね、黒峰」
見栄なのか何なのか、平然とした声を掛けてきた数珠丸だったが、その瞳の憎悪は隠し切れていない。
そして隣の都賀と思しき男は、見た目は優男といった風情だったが、僕と清奈を見る目がねっとりとした感じで気持ち悪い。
彼らの後ろの五人に至ってはあからさまな好色を浮かべた視線を無遠慮にこちらに向けてきており、僕よりも視線に敏感になっている清奈がぶるりと体を震わせたのが分かった。
「来るまでに随分と時間が掛かったみたいだね。鼻は治ったみたいで何より」
「おまえ……!」
軽い挑発に簡単に怒気を閃かすあたり、僕に鼻を折られたのはプライドの高い彼にとっては拭いがたい屈辱なのだろう。
このまま怒りに我を忘れてくれれば良かったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「挑発に乗るな、数珠丸」
前に出ようとした数珠丸を隣の男が制止する。
その彼は慇懃に僕たちへと頭を下げて見せた。
「都賀不比人と言う。そちらに恨みはないが、数珠丸に味方することで利があるゆえに助太刀する。悪く思うな」
「利?」
「ああ」
僕が手にする桜花を見た都賀の目が光る。
「おまえの刀。先代三日月が遺したというそれを貰い受ける。現物を見るまでどうかとは思っていたのだが、どうやら期待以上の刀のようだ」
「……」
またひとつ、負けられない理由が出来た。
確かにこの刀を欲する者は多いだろう。
だが、お師さんの化身とも言える桜花を、こんな奴の手に渡すなどという冒涜はとてもじゃないけれど、許せるものではない。
「それと、そちらの女の身体もだ」
「っ!?」
そう言って清奈を見やって都賀が浮かべた笑みは、まさに醜悪の一言。
普通にしていれば優しげな顔が、何をどうすればここまで歪むのか。
「見目が良いとは聞いていたがこちらも期待以上だ。おまえのように身持ちが固そうな女が組み伏せられて、その強気な美しい顔が絶望に歪む様を想像するだけで滾るわ……!」
「不埒、というのも生温いようですね。あなたごときの思うようになると思ったら大間違いだということを教えて差し上げます!」
黙っていれば楚々たる美人である清奈だが、いくら何でもここまで直接的な欲望をぶつけられたことはないだろう。
だが、さすがに都賀の悍ましさに顔を歪めてはいるものの、一歩も退く様子はない。
元々メンタルごんぶとな子だというのもあるが、最近の稽古でめきめきと腕をあげているという自信もあるのだろう。
実に頼もしい。
「出来ればそちらの身体も賞味したいところだが、おまえは数珠丸の獲物だからな」
僕の方にも欲望に満ちた視線を向けてくる都賀だったが、真也と砂城が前に出てきて視線を遮ってくれた。
「馬鹿が。貴様が今宵味わうのは己の血の味だけだ」
「まったくだ。清奈も伊織も、おまえらなんかの好きにはさせない」
危うく鳥肌が立つところだったので助かった。
賞味とかいうな料理じゃないんだぞこの野郎。
都賀は興味も無いようで二人を無視したようだが、さすがに砂城と面識のある数珠丸の方は無視するわけにもいかなかったのか声を掛けてきた。
「砂城か。もうひとりは知らないけれど。君たちに用はないよ。大人しく立ち去るんなら見逃してあげるけど?」
そう言い放った直後に、数珠丸はわざとらしく田村先輩の方に顔を向けた。
「ただし雅人、おまえはダメだ。俺は裏切り者は赦さない」
「何が裏切りだ、清正。おまえに約束を守る気など最初から無かったくせに」
「それは心外だなぁ」
田村先輩を嬲るかのように底意地の悪い笑みを浮かべる数珠丸に、砂城が空気を読まない一言を叩きつける。
「そもそも寝言は寝てから言え、数珠丸。俺が愛しい女を見捨てて立ち去るような腑抜けに見えるのか、貴様は」
「はあ?」
いつものように余計な言葉が含まれていて、僕は内心で頭を抱えた。
先ほどまでの感謝の気持ちを返してほしい。
一瞬何を言われたのか理解できずに困惑した様子だった数珠丸は、次の瞬間に笑い出した。
「あはははは、そうか、君はそいつのことが好きなのか!」
「その通りだが?」
……そろそろ戦力減を覚悟してでもあの口を黙らせるべきか。
「それは可哀想にねぇ。その女は今日、ここで死ぬ。後ろの奴らに嬲られた挙句に、生きながらに喰われることになるだろう。君はその様を何も出来ずにひとつ残らず目撃することになる」
目に狂騒の熱を加える数珠丸。
その聞き逃せない一言に、真也が反応した。
「……喰われる、だと?」
普通、人は人を喰わない。
ましてや、現代日本においてはなおさらのことだ。
だが数珠丸は言い間違えたわけではなく、そして僕たちはその可能性を低いながらもゼロではないと予測していた。
五剣のひとりともあろう者が本気でそれをするとはあまり考えていなかったのだが、それは僕たちの甘さか。
そう、現代日本において人を喰らう存在はただひとつ。
「まさか、おまえ」
「その通り。その女は、こいつら鬼人に喰われて死ぬのさ!」
数珠丸の後ろに控えていた五人が、一斉にその本性を発露した。




