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まだちょっと不定期が続くと思います。
申し訳ありません。
平池市はそれなりに栄えていて、中でも人通りが多いのが駅前だ。
そこのコーヒー店で待ち合わせの約束をしていた僕は、清奈と一緒に店内へと入った。
いつもなら道着姿の僕が割と注目を集めてしまうのだが、今日は元からそこにいた人たちに注目が集まっていたのでこちらへ投げられる視線が少なくて済んだ。
そうは言っても今からその注目を集めている集団へと声を掛けなければならないのだが。
「あら。こっちよ」
その中で一際注目を集めていた美女が思いっきり僕たちの方へと手を振ったせいで、店内の視線が一斉にこちらに突き刺さる。
あまりの圧力に思わず回れ右して出て行きたくなったほどだが、それではここまで来た意味がない。
仕方なく二人してそちらへと歩いて行く。
「こんなにすぐ連絡をくれるなんて思っていなかったわ」
五剣のひとりである戸根崎一華さんはやたら嬉しそうに僕たちを席へと招いた。
剣華隊の人を何人か連れてくるとは言っていたが、一華さんの他に二人の女性が席についていた。
一華さんもそうだけど、そのお二人も華やかな美人でこの席に店内の注目が集まっていたのも無理はない。
「こっちの都合なのにわざわざ来てもらって済みません」
「いいのよ。貸しがあればあなたたちを勧誘しやすくなるから、こちらとしては大歓迎」
これだからこの人に借りを作りたくなかったのだが、それは今更言っても始まらない。
「紹介するわね。こっちは私の剣華隊で情報関係を担当してくれてる二人。薄野真矢と三枝文子」
薄野さんは一華さんよりもスポーティな感じで、パンツルックに装飾品も最小限と動くことを重視している印象だ。
三枝さんは優しい笑顔が印象的な女性だが、目の前にラップトップ端末を置いているところから、情報処理が役割だろうか。
僕と清奈も自己紹介し、席に着く。
「それじゃ早速本題に入りましょうか」
そう言ってくれたので、僕は一応確認の意味で経緯を説明する。
経緯については予め伝えておいたし、一華さんは僕と数珠丸の確執の原因となった場に居たわけだから、すでに理解はしてくれている。
「それで、田村雅人の動向を知りたいんだったわね」
「はい」
僕がうなずくと、一華さんは三枝さんの方に目を向けた。
「文子、最近の数珠丸の動向は?」
「確かに田村雅人に接触した記録があるわね。何が目的かまでは分からないけれど」
「他には?」
「最近、数珠丸が警戒レベルを上げてて、なかなか監視に苦労しているみたいよ。何度も見失ってるわ」
「へえ。もう真っ黒もいいところね。でも中身が分からないのは困るわね」
数珠丸が警戒しているのなら、監視は命懸けになってしまうだろう。
それを避けるために見失ってしまうのは仕方のない話だ。
「それじゃ切り口を変えましょう。さっきの伊織さんの話だと、その田村くんの妹さんが本家に質に取られているわけよね」
「そう聞いてます」
「まず、それが本当かどうか、ね。どう?」
確かにそれが嘘なら、最初から田村先輩はグルということになる。
しかし話を振られた三枝さんは首を縦に振った。
「それは本当みたいですね。田村本家に分家から女性がひとり、出向させられているようです」
カタカタとキーボードを叩く三枝さんは手慣れた様子で、もはや文明の利器の恩恵に浴しなくなって久しい僕には、何をしているのか分からないレベルだ。
「それについての情報はどう? 真矢」
「ああ、周囲に確認した上で本人にも話をしてみた」
薄野さんはさらっと言い放ったけれど、一体どうやったんだろうか。
どういう組織か分かっていなかったけど、剣華隊って怖いところなのでは……。
「本人は建前上のことしか聞かされていないようだ。盆の行事の手伝いに出された、という認識しかなかった。ただ、田村本家の使用人の話では、盆の行事はするらしいが手伝いが必要なものではないらしい」
「やはり数珠丸の意向という線が強いわけね。そこまでは合ってるけど」
「ああ。それでも田村雅人が黒峰嬢をハメようとはしていないという保証にはならない」
田村先輩が僕を積極的に罠に掛けようとしているとは思えないが、数珠丸怖さのあまりに逆らえないでいるということは考えられる話だ。
彼の妹が人質に取られていることがほぼ確定だとしても、それをもって田村先輩を信じるわけには行かないのだ。
そう思っていたら、一華さんが大胆なことを言い出した。
「田村雅人が味方かどうかってどう調べても分からなくない? いっそのこと、その妹さんをこっちで保護して彼の反応を見た方が早いと思うんだけど」
「えっ」
僕と清奈が声を上げたのに対して、薄野さんと三枝さんは慣れているのか顔色すら変えなかった。
言い方はオブラートに包んではいるけれど、それはこっちで妹さんを人質に取るも同然のことだ。
「別に危害を加える気なんてさらさら無いけど、悪いことしてる人たちって相手もそういうことをするって思っちゃうからね。妹さんが助かったのに彼が困る素振りを見せるならクロ、そうじゃないならシロ。そう思っていいと思うけど、どう?」
「そこまでやってもらっていいんです? 田村本家と数珠丸に完全に敵対する行為だと思うんですけど」
「私、数珠丸の奴は嫌いだし、女の子を人質に取るような家に遠慮なんていらないし」
うわ、目が据わってる。
「それに、貴女に貸しを作る絶好のチャンスだし、ね?」
いや、ね?って言われても。
そうは言っても、それにさえ目を瞑れば僕の安全度が増すし、田村先輩の妹さんの安全も確保できる良い案ではある。
欠点は一華さんたちが田村本家と数珠丸に敵対してしまうことだけど、彼女たちはそのリスクは認識した上で提案してきている。
「それじゃひとつ条件を呑んでくれたら、その案、受けます」
「条件?」
「田村先輩と妹さんに、危害を加えないこと」
必要がなければ一華さんはそんなことはしないだろうが、五剣たる彼女は必要となった際にはそれを躊躇わないはずだ。
ただ、その必要な場合というのが、今回は僕に関わってくる可能性がある。
例えば、妹さんがこちらの人質になっているのを認識しているのに、それでも数珠丸に逆らえずに田村先輩が僕に危害を加えてくる場合などだ。
「あら、信用ないのね」
「いえ、むしろ信用してるゆえの条件です」
こちらの味方となってくれた一華さんは、どんな非情な判断であろうと、そのためなら下すだろうから。
これは一華さん本人というよりも、五剣や元五剣という立場にある人たちを見てきた結果の判断だ。
「ふふっ、やっぱりいいわ、貴女。剣の腕だけじゃなくて頭も回るのね。いいわ、その条件は呑みましょう」
ちょっと寒気がするけど、この条件は必要だったはず……と思いたい。
隣りにいる清奈にひっつこうとしたら、清奈は違うところ――こちらの席に近づいてくる男たち――を見ていた。
「やあ、お姉さんたち。女性ばかりでお茶しててもつまらないだろ。あっちで俺たちと話でもどう?」
実のところ僕はナンパに対する対処がうまくない。
嫌悪感が先に立ってしまうのと、大抵は先にその気配を察知して逃げるのであまり対処した経験がないのがその理由で、僕がやると角が立つので清奈が一緒にいるときは大体彼女に追い払って貰っていたりする。
清奈は声を掛けられることが多いせいか、結構手慣れたものだ。
ところが。
「失せろ、下郎」
薄野さん、どこの時代劇の登場人物ですかあなたは。
これじゃ角が立つなんてどころじゃなく全力で殴りに行っているも同然だ。
口に出したのは薄野さんだったけど、三枝さんの視線も負けず劣らず冷たい。
「なっ……!」
いきなりなご挨拶に金魚のように口をぱくぱくさせるナンパ男。
ナンパそのものを悪だなどと言うつもりはないし、彼のファーストコンタクトに落ち度があったとも思わないが、ひたすら相手が悪かったということだろう。
何か悪かったとするなら彼の運が悪かったとしか言いようが無い。
「失せろと言ったのだが。耳が聞こえないのか」
一華さんは面白い見世物が始まったとばかりに、にやにやと性質の悪い笑みを浮かべてそれを眺めているので抑止力としては期待できない。
清奈と僕が唖然と眺めている間にも、事の次第は容赦なく進んでいく。
「真矢、彼らは随分と頭が悪そうよ? もうちょっと分かりやすく言ってあげた方がいいんじゃないかしら」
「これ以上ないくらい分かりやすく言ったつもりなのだがな」
ため息をつく薄野さんに、ようやく再起動した男が茹で蛸のように顔を赤くして怒りの表情を浮かべる。
「てめぇ……黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって」
うん、本当に。
これで相手が男なら彼も表に出ろとか言えたんだろうけど、言動が男前でも薄野さんは見た目も歴とした女性だ。
男も手を出す気配は無いところを見ると、良識ある若者なのだろう。
そろそろ可哀想になってきたので仲裁に割り込むことにする。
「あの、こっちの人が済みません。でも僕たちそういうのは間に合ってますんで」
「あぁ? もうそういう問題じゃねえだろうが!」
手を出さない最後の理性だけは保っているようだが、もう完全に頭に血が昇ってしまっているようだった。
どう収拾したものかと思案していると、いきなりぬっと巨大な壁が僕たちと男の間に割り込んできた。
「俺の連れがどうかしたか」
響きのいいバリトンが、その壁から発せられる。
見ると二メートル近い巨漢が、いささか天井に気を遣った様子でそこに立っていた。
「な、なんだてめぇ」
圧倒的な存在感の巨漢に男が虚勢を張るが、明らかに怒気がしぼんだ様子が覗えた。
「俺の連れに何か用かと聞いている」
巨漢の声は落ち着き払っていて威圧の意図は見られなかったが、それに返って男は気圧されたようだった。
「い、いや。何でもねぇ。邪魔をした」
男が引き下がって仲間のところへ戻るのを見届けた巨漢がこちらを向く。
その巨漢を見上げた一華さんが、口を尖らせた。
「これからが面白いところだったのに」
「一華の悪趣味に付き合うつもりはない。用があるから呼んだのだろう」
そう口を開いた巨漢は、席につきながら僕と清奈を一瞥した。
先ほどから周囲の男たちの視線を集めていた席についたことで、彼らの羨望の視線を浴びたものの、巨漢は一切それに頓着した様子はなかった。
「黒峰伊織と茨木清奈だな。噂は聞いている。戸根崎三弥だ」
「あ」
結局そのときはお世話にならなかったので直接会うことは無かったのだが、神奈の騒動のときに待機してくれていた砂城の知人がこの人のようだ。
「その際はお世話になりました」
「お礼も言わず仕舞で失礼しました」
「構わない。紅矢には借りもある」
僕と清奈が頭を下げると、手を振りながら三弥さんは穏やかな顔でそう言った。
見たところ二十代前半と言ったところか。
短く刈り込んだ黒髪に浅黒く焼けた肌で、剣人ではないとのことだったがかなり筋肉が付いている。
刀匠という話なのでやはりそれには力がいるのだろうが、身のこなしを見るにそれだけでもなさそうだ。
「あら、知り合いだった?」
「いや。共通の知人がいるだけだ」
「ああ……あのいけ好かない赤毛」
一華さんが見るからに不機嫌そうに言ったところを見ると、過去に何かあったのかもしれない。
「まあいいわ。それで来てもらった用件だけど」
「ああ。人を匿う、という話だったか」
「ええ。女の子をひとり」
何か連絡をしている気配はなかったから、一華さんは最初からそういう流れになると判断して予め三弥さんを呼んでいたのだろう。
砂城も神奈を匿う先として三弥さんのところを考えていたようだし、そういうことに向いた立場なのかもしれない。
「構わないが、数珠丸本人からは守りきれんぞ」
「本人は彼女にご執心だし」
一華さんが僕を指し示すと、三弥さんは同情に満ちた視線で僕を見た。
「おまえも妙な男にばかり好かれるようだな」
やめて、そんな精神ダメージ入る自覚を促す言葉は!
思わずテーブルに撃沈する僕。
背中をさすってくれる清奈の気遣いが暖かい……。
「まあ、さすがに奴と紅矢を並べるのは紅矢に対して失礼か。ともあれ、俺の役割については理解した。しかし、彼女の手伝いはいらないのか?」
僕の方を見て三弥さんが一華さんに問いかける。
だが一華さんは首を横に振った。
「黒峰さんが剣華隊に入ってくれるなら私が出るけど、そうじゃない以上はけじめがね。私も暇というわけじゃないんだし」
「うん、それに、数珠丸に自分の意志で喧嘩を売ったのは僕だから」
どうしても数珠丸に勝てるビジョンが見えないのなら恥も外聞もなく一華さんに泣きつくのもアリだが、そうならそもそも喧嘩を売るべきではないし、泣きつくであればそれはそれで相応のことをすべきだ。
これは元々僕が始めたのだから僕が片付けるべき案件であるし、勝算はちゃんとある。
それを高めるためにこうして行動しているのだ。
縁を縋って色々お願いしてしまったが、これ以上の迷惑は掛けられない。
「ほら、いい顔でしょ?」
「成る程。紅矢が夢中になるのもうなずけるな」
いや、そこで砂城の名前出されても困るから!?




