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剣人  作者: はむ星
青年篇
74/113

38

ちょっと仕事が忙しくなってきたため、投稿がズレることがあるかもしれません。

ご了承ください。


なるべくずれないよう頑張ります。

 対数珠丸用の特訓をしながら過ごす夏休みまでの日々は短いものだった。

 まさに光陰矢のごとしといった月日での稽古は濃厚で充実したものだったと思う。


「なぜ俺が黒峰と組む訓練がないのだ?」


 終業式も済んだ放課後の寮の食堂。

 人もおらず閑散としたそこで、アホなことを抜かしているのは例によって砂城だ。


「あんたと二人で行動することなんて、ない!」


 今その場にいるのは僕と真也、そして清奈と砂城のいつもの四人。

 長期休暇ということもあって他の剣人たちは終業式が終わるとそそくさと実家へと帰ったようで、気配察知の範囲を広げてみても寮内には他の人の気配はない。

 砂城もさっさと帰ればいいものを。


「そうとも限らんぞ」


 大真面目な顔をした砂城が、こちらに歩み寄ろうとして三メートルの決まりを思い出したのか、律儀に立ち止まる。


「確かに鴻野と茨木は幼少より黒峰と一緒に稽古を積んできて息が合うことは分かる。俺ではそれには一歩及ばぬだろう。一緒にいることが一番多いのが茨木であることも確かであろうから、彼女との訓練を重視するのは最もだ」


 いちおう言っていることは真面目なようなので、大人しく聞いてはみる。


「だがだからこそ、相手も分断してくる可能性はある。その際に俺がいたときに、組む訓練をしたことが無いのはいかにも不味い。そうは思わないか」


 あれ、本当に真面目だ。

 しかもなんか的を射た意見のような気がする。

 感心していたのに、砂城はなぜかしかめっ面になった。


「揃いも揃ってなんだ、その、おまえがまともな意見を言うとは思わなかった、とでも言いたげな顔は」


 確かにそんな顔つきをしていた真也と清奈の二人と顔を見合わせる。

 僕も似たような顔だったのだろう。


「おまえが伊織に関してまともな意見を出した試しがなかったからな」

「ええ。まあ、動機はいつもと同じで、単に伊織さんと一緒にいたいからみたいですけど」


 真也がさらっとひどいことを言って、清奈がこくこくとうなずきながらさらに傷口を広げる。

 まあ、意見がまともでも根底は変わってない、と。

 安心したような安心できないような。

 いや、安心できない。


「だが一理あろう!」


 そこで胸を張る砂城。

 いっそ清々しいと言ってやってもいいんだけれど、こんな下心満載な奴と一緒に訓練をして大丈夫なものだろうか。


「無論訓練となれば三メートル以内に近づくこともある、というか大体そうなるだろうが、不必要には触れないことを誓おう。どうだ」

「あー……」


 確かに剣術の稽古、しかも連携の訓練ともなれば近づかないわけには行かないし、体が触れ合うことだって頻繁にある。

 何となれば、二人で互いをカバーし合おうとすれば、隣り合わせ、背中合わせになるのが必然だからだ。


「考えましたね……」


 言葉とは裏腹に砂城に白い目を向ける清奈。


「どうします、伊織さん。一応筋は通っているんですが、下心は明らかです」

「茨木、俺は間違ったことは言っていないぞ」


 自らの正当性を主張しつつ、下心の有無については言及しない砂城。


「うーん」


 ただまあ、今まで付き合ってきてこの男が約束は守る、ということは僕も理解している。

 なら、いらないことをしないよう約束させれば問題はないんじゃないだろうか。

 僕と清奈が分断されてフリーなのは砂城だけ、という状況は実際に有り得ない話ではない。


「それじゃ、不必要に近づかない、不必要に触れない、話すときはやっぱり三メートル離れる。この三つを守ってくれるならやろうか」

「おお。やる気になったか。そうか」


 にこにこ笑顔の砂城に早まったかという気になったが、すでに言ってしまったものは仕方ない。

 覆水盆に返らず。


「では早速やるとしよう。黒峰も夏季休暇の間は鴻野道場に逗留するのだろう?」

「あ、うん」


 寮に留まることも出来るのだが、数珠丸に狙われているというのにひとりになるのは自殺行為だと言われたし、自分でもそう思う。

 よってその選択肢は自動的に消える。

 五剣に狙われていることを知っていて、巻き込まれたとしても大丈夫な場所となると、僕の知っている限りでは鴻野道場しかなかった。

 春樹さんは、数珠丸は無駄を嫌うから鴻野道場を襲う真似はしないだろうとも言っていたけれど。

 一期一振たる春樹さんと五剣である数珠丸では数珠丸の方が格上ではあるが、いかに数珠丸でも春樹さんに楽に勝てるわけではない。

 本来の標的である僕を狙うという目的からすれば、春樹さんを巻き込むのはあまりにも割に合わないと言えるのだ。


「今年は俺もちょくちょく寄らせてもらうが、こういうことは早めに取り掛かった方が良いからな」


 連携の訓練は、本来かなり長い期間を掛けて行う。

 僕と真也と清奈は幼い頃から一緒に切磋琢磨してきた経験があるから、お互いが何を得意としていてどういう動きの癖があるかなどを熟知している。

 それがベースにあるため、この二人との連携は短い期間でもかなり高いレベルまで持っていくことが出来た。

 砂城とはそれほど長くは訓練出来ない上に元々お互いの動きを余り知らない。

 ならばそれぞれの動きの癖などを摺り合わせていくくらいが丁度いいだろう。

 それだけでも攻撃時にどうすれば巻き込まずに済むか、回避の際に相手の邪魔にならずに済むかは分かるようになる。


「分かった。じゃあ真也と清奈もお願い」


 連携の訓練をするなら、敵役がいた方が練習になる。

 ついでに真也と清奈の連携も練習できるので一石二鳥とも言える。


「分かった」

「はい」


 真也は淡々と、清奈はどこか嬉しそうにうなずく。

 僕たちは人気ひとけの失せた敷地内を連れ立って歩いて、剣人専用の道場へと向かった。


「それにしても、あの数珠丸に喧嘩を売るとは。それとなく警告したつもりだったのだがな」


 珍しく砂城が僕に向かって尖った声を出す。

 まあ、それだけ馬鹿なことをしたということなので、批判は甘んじて受けるしかない。

 もう一度あの時に戻ったとしても同じことをするのは間違いないのだから。


「ごめん。でもあれで放っておくとか、さすがに無理」

「ふむ……まあ、いたしかたあるまい。そういう貴女だからこそ好ましいのだからな」


 ため息をつく砂城。

 それはいいけどその言い方は鳥肌が立つので止めて欲しい。

 彼なりに褒めてはくれたんだろうけど。


「さて、では陣形だが」


 道場で二対二で向き合い、それぞれに基本的な動きや配置について話し合う。

 僕と砂城は基本的には隣り合って戦い、僕に砂城が合わせる形で行くことにした。

 本来なら余裕のある方が合わせるものであり、現時点では腕が上である僕の方が砂城に合わせるのが普通だ。

 だが、今回に関しては数珠丸が確実に僕を狙うことが分かり切っているため、砂城の方に余裕があると判断できる。

 この判断は砂城と僕で一致した。


「よし、では始めよう」


 正面からの場合、前後に挟み込まれた場合、時間差で援軍が現れた場合などを想定して模擬戦を重ねていく。


「ふっ!」


 仮想数珠丸として斬り掛かってくる真也と斬り結ぶ。

 相手が格上である想定のため、防御八攻撃二くらいの割合で動く。


「やあっ!」


 そこに後ろから攻撃してくる清奈に思わず反応しそうになる。

 もちろんそれには砂城が対応したが、玉響で周囲を把握しているにも関わらず、彼を味方だと認識できていない証拠だ。


「注意が逸れているぞ、伊織!」


 もちろんそんな隙を見逃してくれる真也ではない。

 ここぞとばかりに攻め立ててきて、たちまち僕は劣勢に立たされる。

 最近の清奈との特訓で気配の察知も身に付けてきているのか、こちらの動きに付いてくるのが速い……!


「はあっ!」


 袈裟斬りは防いだもののそのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。


「黒峰!」


 それが集中を乱したか清奈と対峙していた砂城が僕へと注意を逸らし、そのまま清奈に胴への一撃を決められる。


「うーん、やっぱりまだまだかぁ。確かにもっと練習しないと駄目だね」


 今回の稽古の趣旨からしてそのまま二対一をやる意味がないので、その時点で僕も真也も力を抜く。

 今の攻防は、完全に僕と砂城のチームの負けだ。


「済まん、黒峰」

「いや、今のは伊織が悪い」

「うん、もともと僕の方がヘマしたから」

「そうは言っても、砂城先輩もそんなに簡単に動揺したらいけないと思いますよ」


 やはり実際にやってみないと分からないことは多い。

 その後も色々とパターンを変えて訓練を続け、夕方頃にはなんとか連携して動くのも様にはなってきた。


「まあこれなら使えなくはない、かな」

「そうだな。連携とまでは行かなくても、お互いに邪魔はせずに済むはずだ」


 連携で一番何をしてはいけないかと言って、お互いの邪魔をするのが一番よろしくない。

 拙い連携では足を引っ張り合って自滅するのがオチなのだ。


「ふむ、今日は充実した稽古だったな」


 非常に満足そうで心なしか顔がつやつやしている砂城と対照的に、僕は結構へばっていた。

 慣れない相手と連携したこと、真也たちの腕が上がっていて捌くのに苦労したこともあるが、やはりペアを組んだのが砂城だったことが大きい。

 なるべく気にしないようには努めていたものの、常に砂城が近くにいるのはやはり気疲れしたらしい。

 砂城自身はきちんと約束を守って、不要には触れてこなかったし、話をするときはやはりちゃんと三メートルをキープしているのだが。


「大丈夫ですか、伊織さん」

「なんとかね……」


 気遣ってくれる清奈にひらひら手を振って、タオルで汗を拭う。


「ではまた鴻野道場で会おう」


 道場のモップ掛けを済ませた砂城は、そう言った後で表情を真剣なものに改めた。


「気をつけて帰れ。ここで数珠丸が仕掛けてくることもあり得るからな」

「うん、注意して帰るよ」

「奴もこっちの動向をある程度把握しているだろうからな」


 それは僕もそう思っていたが、何やら砂城には確信がありそうでそこが気になった。

 首を傾げて砂城の方を見る。


「むう。あざといな黒峰」


 そんなつもりはコンマ一ミリほども御座いませんが。


「冗談だ。その氷のような目つきはやめてくれ。ともあれ、あいつにもどうしようもないことだから言わずにいたのだが」


 前置きしてから砂城はそれを口にした。


「鴻野は知っているだろう? 同じ三年の剣人の田村雅人たむらまさとは」

「ああ、もちろん」

「あいつが数珠丸の従兄弟であることは?」

「な……」


 絶句したところを見ると、真也は知らなかったのだろう。

 もちろん、僕も清奈も知らなかった事実だ。

 でも考えてみれば、数珠丸の本名は田村清正たむらきよまさ

 田村という名前自体はそこまで珍しいものじゃないけれど、どっちも剣人ということを考えれば繋がりがあるのはおかしい話じゃない。


「だから数珠丸はあいつから俺たちの動向について聞き出しているはずだ。田村を責めるなよ。逆らいようもないはずだからな」

「成る程な……。だからあいつの前ではこの話題はしなかったのか、おまえ」

「ああ。それにあいつ自身、数珠丸のことは嫌ってる。それでも強要されればどうしようもなかろうよ」


 言わずにいた代わりに細心の注意は払って田村先輩の前でその話題はしなかったらしい。

 知らないことは喋りようがない、ということだろう。

 砂城の端倪すべからざるところだろう。

 この辺りの気配りが誰に対してでも出来ればとても良い人になれると思うのだが、それを彼に求めても無駄なことは短い付き合いながら分かっている。


「まあな。そういうわけで、こちらが夏休みに入ったこと、黒峰が鴻野道場にいることなどは確実に把握されていると考えた方が良い」

「そのへんは隠しても詮無いことだしな」


 少し調べれば誰にでも分かることでもある。

 逃げ隠れするならその情報は秘匿するべきだが、現状僕が選んだのは迎撃だ。

 数珠丸が愚直に僕だけを狙ってくるのならその選択肢もアリなのだが、奴は僕が見つからなければ神奈、清奈、真也たちに害を加えようとするかもしれない。

 短い対面ではあったけれど、そういうことをしかねない人物だというのが僕の評価だ。

 何回か思ったんだけど、五剣の選定って人格は考慮されないんだろうか……。


「そういうわけだ。黒峰が気をつけていれば、いかに数珠丸と言えども不意打ちはできん」

「分かった。気をつける」


 道場でそのまま砂城と別れて女子寮に戻って着替えを済ませ、あらかじめまとめてあった荷物を持って部屋の外へ出る。

 清奈と真也の二人と一緒に鴻野道場へ帰るのだが、そこで女子寮の入り口に誰かひとりがいる気配を感じ取った。

 入ってくる気配がないところをみると男子のようだが、真也は校門で待つようなことを言っていた。

 他に気配がないか探ってみたが、感知範囲内には清奈とその気配以外にはいないようだ。

 念のために清奈を呼び、少し離れた位置から入り口を窺う。

 最悪の可能性として数珠丸であることも考慮した上でのことだ。


「あれ」


 そっと覗くと、そこには見知った顔、というか先ほど話題に出していた顔があった。

 警戒はともかく、こそこそする必要はなくなったので相手の前に顔を出す。


「済まない、黒峰さん。言えた義理ではないんだが、助けてくれないか」


 焦燥した顔の田村雅人先輩がそこにいた。

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