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アクセス数が爆発してて何事かと思ったんですが、どうやらどこかでご紹介頂いたようで。
ご紹介ありがとうございます。
長老たちによる会議は紛糾したようだった。
何と言っても神奈が実際に鬼人であることは、数珠丸との戦いによって皆が目の前で確認したのだ。
原則論支持者は剣人の不倶戴天の敵と言っても良い鬼人を、元剣人だから、今は敵対の意志が見られないからと言って見逃して良いのかと主張し、容認派は神奈を処分した際に五剣筆頭が離反する可能性や、将来有望な剣人たち(僕も含むらしい)への悪影響を説いたようだ。
聞いた感じでは平行線であり纏まる要素は欠片も見当たらなかったのだが、意外なことに新良木氏が容認を支持し、それが鶴の一声となって原則論支持者たちは説得されたのだそうだ。
見た感じではあまり良くない印象しか受けなかった新良木氏だが、実は良い人とかいうオチなんだろうか。
そんな単純な話ではないとは思うが。
また、神奈が人を殺していない証拠として例の刀が提出されたことと、傍証としての西木の話のも決め手になったとのことで、証拠集めも無駄にはならなかったらしい。
「とはいえ、神奈には監視が付く。まあこのくらいは許容範囲であろう?」
別室で待機していた僕たちにわざわざ説明に来てくれた慈斎さんが、清奈が淹れた緑茶を旨そうにすする。
「ふう。長々と続いた話のせいで疲れたのう。肩でも揉んでくれんかの、伊織」
そこで一刀さんではなく僕を指名するのが慈斎さんらしい。
別に否やもないので、うなずいて慈斎さんの肩を揉む。
お師さんの肩もちょくちょく揉んでいたので、もちろん本職には及ばないものの、それなりにはお手の物だ。
「おお……力の入れ具合が絶妙だの。一刀にやらせると力任せでいかん。昔やらせたときは肩が破壊されるかと思ったわ」
「昔の話だろ親父殿。今はだいぶマシなはずだぜ」
マシということは自覚があるわけか。
確かにこの人の握力で思いっきりやられたら、肩の骨が砕けてもおかしくない。
「あの後三日ほど肩が上がらんかった儂の身にもなれ。おお、そこそこ……」
心地よさそうに目を閉じる慈斎さん。
一刀さんを指名しなかったのには確固たる理由があったとは思わなかった。
しかしこの状況を黙って見ていない人がひとりいた。
「ちょっと慈斎老。本人が何も言わないからって、女子をこき使わないでくれません?」
「むう。そもそもなんでおぬしがここにおるのだ、一華よ」
意外にも慈斎さんは一華さんを苦手としているのか及び腰な反応だ。
「それはもちろん、伊織さんと清奈さんとお近づきになるためよ」
いやその、そんなキリッとした顔でそんなこと言われても。
同じく困り顔の清奈と顔を見合わせる。
五剣には変わった人ばっかり揃っているらしい。
「相変わらずだのう……。儂が言っても何も聞かぬで、伊織から何か言ってやってくれんか」
「セクハラ爺の言うことなど聞く必要ありませんし」
慈斎さん、一華さんにも何かしたんだろうか。
お尻を触るくらいはしてそうだけど、この人相手にそれをするとか、かなり命知らずの所行にしか思えない。
「僕は慈斎さんには色々お世話になってるから、このくらいは全然問題ないよ」
「甘やかすとつけ上がるわよ。気をつけなさい」
一華さんは女には甘く、男には厳しいタイプのようだ。
僕が許容したので引き下がったが、慈斎さんには棘のある目を向けたままだった。
「神奈のことで、他には何か条件がありましたか?」
清奈の問いに慈斎さんは、これ幸いとばかりに一華さんから顔を逸らしながらうなずいた。
「うむ。まず神奈が何か問題を起こした場合、責任者である春樹が連座することとなる。茨木家は正式に神奈との絶縁を通達してきおったで、茨木家の者、清奈も含めて責は及ばぬが……」
ため息をつく慈斎さんは、茨木家に対して複雑な思いを抱いていることが見て取れた。
まあ、人の親を悪く言いたくはないけれど、僕だってどうかと思う。
絶縁することによって、長女である清奈を守る意味合いがあるのかもしれないが、それにしたって我が子を切り捨てたということだ。
剣人であることは、人の親であることよりも重いとでも言うんだろうか。
顔を曇らせる清奈と神奈に、慈斎さんが軽く頭を下げる。
「済まぬな。だが今の状況を確認しておかねばならん」
そこで慈斎さんは一華さんに視線を戻した。
「一華、悪いが外してくれんか。ここからは身内の話となる。伊織も肩はもう良い。ありがとう」
「分かったわ。それじゃね、伊織さん、清奈さん」
反論もせず、あっさりとうなずいて部屋を出て行く一華さんを見送りながら、僕も清奈の隣に戻る。
この辺りの割り切り方は、色々と秘密の多い剣人ならではと言うべきか。
一華さんが出て行くと、慈斎さんは目で一刀さんに何やら確認し、一刀さんがうなずいたのを見てから口を開いた。
多分だけど、聞き耳を立てている人がいないか、一刀さんに気配で探らせたのだと思う。
盗聴器とかあったら気配では分からないが、会議室に入ったときに一刀さんがごそごそと何かやっていたから、そこも確認済みなのだろう。
「さて、武鬼の指摘にあったこの査問会こそが黄昏会による一手だという話だが、これは正しいと言わざるを得ん」
いきなりショッキングな事実から入る慈斎さん。
「しかし、神奈は査問会による難は逃れた。これは正しいことだし、儂らにとっては祝うべきことでもある。熊埜御堂連華の思惑も、この件に限っては外れたわけだからの」
それでも慈斎さんの表情は晴れない。
連華の思惑が外れたとは言っても、それは表面的な話であり、本質的には何ら影響がないことが分かっているからだ。
「春樹よ、金本からの報告を受けておるな?」
「はい。査問会に影響するような工作は見られなかった、ということでしたが……」
僕たちが事前に聞いていたのはそこまでだったが、何やら続きがあったらしい。
固唾を呑んで耳をそばだてる。
「黄昏会の手のものと思しき者と、新良木老が接触した形跡がある、と。それも新良木老の方から接触しに行った様子だと」
その新良木氏は査問会において、神奈の容認を支持した。
それが何を意味するのか、推測するには情報が足りない。
慈斎さんはそれを予め聞いてはいたようで慌てる様子はなかったが、腕を組んでうなり声を上げる。
「どういうつもりなのかのう」
「分かりませんが、金本は油断すべきではない、と」
「そうだの。しかし、神奈の容認に反対するなら分かるのだが、あやつは賛成した。連華の目論見には賛成しても反対しても問題ないにも関わらず」
慈斎さんの言葉通り、黄昏会の目的が剣人会の解体にあるのであれば、神奈の件は反対されようが賛成されようが影響がない。
むしろ目立たずに狙い通りにしようと考えるならば、賛成しない方が良いだろう。
そこを敢えて賛成したとなれば、何か狙いがあると考えるのが自然だ。
ただ、それが黄昏会の狙いなのか新良木氏個人の狙いなのかすら分からないのは、仕方が無いのだが歯がゆいところだ。
「いずれにせよ長老たちの動向は気に懸けておかねばならん。そちらは儂が引き受けよう」
「黄昏会そのものの動向は詳しく知ることは難しいが、俺と金本で調べておく」
慈斎さんと一刀さんが、それぞれそのように言ってくれた。
剣人会のこともあるから、僕たちのためだけではないはずだが、それでも有り難いことだった。
「そうなると、俺たちはまず目先のことに対処しないとな」
「目先?」
きょとんと真也の言葉をおうむ返しにすると、呆れた顔で見られた。
「おまえ、誰に喧嘩売ったかもう忘れたのか」
「ああ、数珠丸ね」
「忘れるなよ。相手は五剣で、おまえを殺しに来るかもしれないんだぞ」
当然ではあるが、いくら五剣だからといって他の剣人を理由もなく害すれば粛正の対象となる。
過去においては当代最高の五剣であった剣人が、口論の末に相手を斬殺した挙句に粛正に来た他の五剣も返り討ちにしたため、当時の剣人をほとんど総動員して討ち取った、などということもあったらしい。
「ま、あいつもすぐには来ねえだろ。ほとぼりも冷めないうちにやれば、誰がやったかすぐ分かるし怪我のこともある。それに、あいつ小賢しいから襲ってくるにしてもバレないようにするか、大義名分が得られるよう算段付けようとするだろうしな」
呼吸が不完全だと動きは極端に悪くなる。
いくら五剣と言ってもそんな状態であれば、格下である僕相手だろうと不覚を取る可能性は高い。
仮にも五剣と呼ばれる剣人がそんな明白な事実に気付かないとは思えないので、来るとしても鼻が完治してから、という一刀さんの読みは納得行くものだ。
バレないようにするのはともかく、大義名分を得るのは難しいと思うが。
「あいつも学生だし、そうそう暇じゃねえ。来るとすれば夏休みあたりだろ。それまでにあいつを凌駕しろよ、伊織」
「やらないと殺されるかもしれないわけだし、頑張る」
「可能な限り付け入る隙は与えんつもりだが……伊織たち自身が強くなっておれば、それに越したことはないの」
相手は五剣、数珠丸だ。
万全の彼を相手にした場合、春樹さんであっても一対一では勝ち目はあれども分が悪い。
付け入る隙を与えないとは言っても、対処できる人間が限られてくる以上は完璧とは行かないのは当たり前。
そうであれば、狙われている対象である僕自身が強くなるのが、最も対処しやすくなるというわけだ。
そうは言っても強くなるということは簡単ではないわけであって。
「まあ、今の伊織でもそれなりには戦えるだろうが、不利なことは確かだの。あやつの先読みはかなり厄介だ」
「そうだな。伊織は空間把握と先読みを強みにしてるが、その武器のひとつで負けているわけだ。おまえが一手を読む間にあいつは三手先を読む。あの縮地のような動きを使えば対抗できるだろうが、あれも多用はできねえんだろ?」
「うん。この間はそれで酷い目に遭ったわけだし」
筋断裂一歩手前まで行ったのはさすがに堪えた。
今後も必要に迫られれば使うだろうけれど、なるべくそういう事態にならないようにはしたい。
「それに、あの動きもいつでも出せるわけじゃなさそうだし、な」
一刀さんは僕が加速する条件について、ある程度当たりを付けているようだった。
口にしないのは人の手の内をバラすような真似を好まないからだろう。
それはともかく、聞いている限りだと僕と数珠丸は相性が悪そうだ。
僕がある程度格上と戦えてきたのは、空間を把握する玉響の存在に依るところが大きい。
その玉響を使いこなす前提である先読みにおいて負けるということは、僕が玉響による加速を使えないということを意味する。
こちらの動きを読まれて繰り出された攻撃は、それがわざと読ませた動きでない限りは読めないからだ。
「ま、理想はあの動きを使えば必ず勝てる、というレベルにまでは持って行くことだな。そのレベルであれば、立ち会いの中で使うチャンスは来るだろう」
「俺たちがどうするか、ということもあるな」
真也がそう言うのにも理由がある。
もし僕が本当に数珠丸に襲われたとして、そのときに側にいるのはいつも行動を共にしている真也と清奈の可能性が高い。
そのとき、二人に何もしないなどという選択肢はないだろうし、そうであれば数珠丸とも戦える必要がある。
真也は安仁屋さんとの立ち会いを通じて先読みをほとんど自分のものとし、同じくそこで気配察知をものにした清奈と、その感覚を教え合っている。
もともと先読みは気配察知ができないと精度が落ちるのだが、真也は普段の気配ではなく攻撃の気配に敏感なのだろう。
清奈は気配察知ができるようになったので、そのまま行けば先読みも修得するはずだ。
ただし、それを夏休みまでの二ヶ月でどれだけ伸ばしたとしても、数珠丸に匹敵するほどになるのは不可能であることは明白だ。
「そうだね。どうするつもりだい、二人とも」
「それについては考えがあります。真也さんとも話し合って決めたんですけれど」
春樹さんの問いに清奈が真也と顔を見合わせてからうなずく。
「最終的にはひとりでも伊織さんと肩を並べて戦えるようになるつもりですが、現状では実力不足。ならば二人一組で一人前になれるよう、連携を鍛えようと思っています」
「成る程。この間の武鬼との戦いで感触をつかんだようだね」
「はい」
確かに、二人は最後は安仁屋さん本気を出させるほどに力を発揮していた。
あれが常にできるようになれば、数珠丸が相手といえども十分に戦えるだろう。
「そうすると問題は僕か」
地道に地力を上げていくのは当然やっていくのだが、これは急激に実力が上がるような類いのものではない。
不断の努力を続けたとしても、夏休みまでに数珠丸を上回るのは無理がある。
「そうだの。まあ、ヒントをやろうかの、伊織」
慈斎さんが人差し指を上げて笑った。
「儂の『波留』は無論知っておるな? あれを破るのに平蔵が使っておった技がある。もちろん、大毅流の技だの」
慈斎さんの遣う波留は自分が不利にならない位置取りを常に行いながら、自ら動くことによって相手の選択肢を奪って追い込む技だ。
それに対抗できる技となると限られてくる。
「あの技であれば、一度は数珠丸にも対抗できるだろうよ。よーく考えよ」
敢えて全部教えないのは、与えられただけのものは身にならないという親心からだろう。
お師さんがいなくても導いてくれる人がおり、そして亡くなってからもお師さんは僕の指標で在り続ける。
その有難さを噛み締めながら、僕は数珠丸への対抗策を模索するのだった。