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年末に風邪を引いてからなかなか治りません。
寒さも厳しいですし、皆様もお気をつけください。
「この査問会は、私、新良木賢造が司会を務めさせて頂く」
痩せぎすの老人は新良木という名前らしい。
年齢はお師さんよりも年上に見えるので、七十は越えているだろう。
白髪の下の目の光には熱がなく、まさしく枯れ木のような風情なのに、なぜかぬめりとした印象を受けた。
理由もなく人を嫌うのは僕の主義ではないのだが、どうにもあまり好きになれそうにはない。
「ではまず素性を明らかにするところから始めよう。被疑者である鴻野神奈は前に」
神奈が緊張した顔で起立して前に進み出る。
それと同時に、一刀さんと金本さんを除いた五剣の二人がいつでも抜刀して立ち上がれるよう椅子に浅く腰掛けたのが分かった。
その動きだけでも、その二人が卓越した技量を備えていることが理解できる。
彼らはこちらにつくことが明らかな一刀さんに対する備えでもあるのだろうが、神奈が万が一暴れ出したときの用心棒役でもあるようだ。
ただ、二人とも金本さんが一切の反応を見せなかったことに困惑したようだった。
「被疑者は質問に嘘偽りなく答えるよう。もし虚偽の回答を行い、それが明らかになった際は監督者を含めて罰則がある。留意せよ」
監督者というのは今回は春樹さんになる。
清奈から漏れ聞いたところによると、神奈は剣鬼であることが親に伝わった際に、茨木家から絶縁されたらしい。
当然、清奈はそれに猛反発して神奈と共に家出を決行して鴻野家に転がり込んだ。
正式に絶縁されたため、春樹さんは神奈を養女とした。
そのため、今の神奈は茨木神奈ではなく鴻野神奈となっている。
清奈は絶縁はされていないので、茨木清奈のままだ。
今は二人とも春樹さん預かりになっていて、茨木家も二人に関しては知らぬ存ぜぬで通しているらしい。
それって親としてどうなんだろうかとは思うけれど、神奈のやったことがそれだけ重大なことだとも言える。
いずれにしても僕が味方するのは清奈と神奈であって、茨木家ではないのでそこはあまり関係がない。
「まず鴻野神奈に尋ねる。おまえは鬼人になったと聞いている。それに間違いはないか」
「はい」
神奈の返答に長老たちにどよめきが起こり、そして続けざまに怒鳴り声が上がった。
「自ら鬼人であると認めるならば、これ以上の査問など不要! さっさと処分してしまえば良い!」
叫んだのは先ほどの太った男。
人の神経を逆撫でする才能に満ち溢れているようで、僕たちだけでなく、今まで無表情だった新良木氏すらもわずかに眉を顰めた。
「少し考えて発言してもらおうか俵田。それで済むのであればそもそもこのような場など開かぬ。我らとて暇ではないのだ」
「しかし!」
その俵田と呼ばれた男を一刀さんがぎろりと睨み付ける。
「うるせえよ。つまみ出されてえか?」
殺気は無かったが、一刀さんの一言に、俵田氏は慌てて口をつぐんだ。
相性悪そうだし、過去に何かあったのかもしれない。
「剣鬼、神奈に尋ねる。人を害する意志はあるか?」
「ありません」
「剣人を害する意志はあるか?」
「ありません」
ひとつひとつ淡々と神奈に確認していく新良木氏。
分かり切ったことを確認しているのは、まず表だって神奈がどう受け答えをするかを見ているのであって、返答をそのまま信じてくれるほど単純ではないだろう。
先ほどの太った男は苛立った態度を隠そうともせず神奈を睨み付けているので分かりやすいが、他の老人たちは表情少なくそれを聞いているため、どう思っているのかはその外見からは分かりづらい。
「ふむ。受け答えを見る限り理性的だ。おのおのがた、どう思われる」
「取り繕っているだけだ。すぐ化けの皮が剥がれる」
即座に答えたのは俵田氏。
そして、その意見に同調するようにうなずいたのが一人。
「受け答えを見る限りは問題なさそうだがの」
そう言ったのは慈斎さんだ。
この意見にもうなずいた者が一人。
五人中四人が二対二の意見表明をしたことになる。
どうやら五剣の面々はこれらの判断には加わらないようで、新良木氏は彼らに対して意見は求めなかった。
「成る程」
長老のうち、唯一意見表明をしていない新良木氏は俵田氏と慈斎さんの意見を聞いてうなずく。
「現状では判断材料が足りぬと思われる。剣鬼、神奈を手練と手合わせさせ、その結果を判断材料に加えたい。異議のある者は」
「異議ではありませんが」
春樹さんが手を挙げると、すぐさま俵田氏が声を張り上げる。
「貴様らに発言権はない! 黙っておれ!」
「勝敗で判断を行われるのですか?」
俵田氏を完全スルーして新良木氏へ話し掛ける春樹さん。
良い性格しているのは知っていたけれど、剣人の中でも最上位に位置するはずの長老のひとりを相手にこれは凄い。
俵田氏のこめかみに、たちまち太い青筋が浮かぶのが見えた。
年齢が年齢だけに血管切れないか心配だ。
むしろ切れてくれた方が手間が省ける、とちょっとでも思わなかったといえば嘘になるけれど。
「貴、貴様、儂を無視するとは何事だ!」
「黙っておれ俵田。話が進まぬ」
たっぷりと余っている頬肉を震わせて不満げに押し黙った俵田氏を放置して、新良木氏は春樹さんに向けて首を横に振った。
「勝敗で判断するわけではない。どのような判断を行い、どのように戦うのか。それを見定める場とさせてもらう」
「分かりました」
憤懣やるかたない目付きで睨み付ける俵田氏を余所に、春樹さんは涼しい顔で手を下げる。
「まあ、五剣のひとりを相手にしてもらうのだから、勝つということはないであろうからな」
「な……っ!」
今度は絶句するのはこちらの番だった。
「極限まで追い込み、そこでの対応を見ることによってこそ真実が得られると考える。如何」
「……神奈の命の保証はして頂けるのですか?」
「保証はできぬ。極限まで追い込むゆえな」
「では、せめて身体への欠損を伴う攻撃、並びにわざと命を奪うことを禁じて頂きたい。これが保証されぬ場合、保護者として承服しかねます」
「貴様ァ、黙って聞いておれば!」
全然黙って聞いていない俵田氏が口を開いた途端、横にいた僕まで身構えるほどの剣気が一刀さんから発せられた。
それに当てられたのか、金魚のように口をぱくぱくと開け閉めすることしかできなくなった俵田氏には一瞥もくれず、一刀さんがゆらりと立ち上がる。
「保証しねえってんなら別にいいぜ。俺がいちいち介入するだけだ。大典太だろうが童子切だろうが数珠丸だろうが、俺の目の前で下らんことをさせるつもりはねえ」
凍り付いたような空気の中、五剣の面子だけは自然体のまま一刀さんを見返していた。
剣気に反応していないわけではなく、逆にいつでも抜刀できるよう自然体になっているわけだが、少なくとも怯えた様子は微塵も見られない。
さすがは五剣と言ったところだろうか。
それにしても、天下五剣はもう一振、鬼丸があるはずだが、一刀さんはその名前を出さなかった。
この場にいる五剣は三日月、大典太、童子切、数珠丸の四人ということなのだろう。
「へえ、ほんとにそうかい? 三日月」
その中でも一番若い、僕や真也と同年代に見える青年が挑発するように一刀さんに噛みつく。
数珠丸は僕と同年代だと聞いている。
であれば、彼が数珠丸なのだろう。
「ああ。中でもおまえが一番楽だな、数珠丸よ」
そう言って不敵な笑みを浮かべる一刀さん。
挑発に挑発で返された数珠丸と呼ばれた青年は、顔を真っ赤にして立ち上がり、怒りの表情を浮かべた。
いや、ここで挑発するとろくでもないことにしかならない気がするんですが一刀さん。
「分かった。その二点については保証しよう」
やはり感情の読めない顔で新良木氏がそう言うことで一刀さんは引き下がり、数珠丸も渋々といった様子で座り直す。
「それともう一点。立ち会いの終了条件を定めて頂きたい」
「ふむ」
通常の立ち会いであれば、決着がついた時点で終了となる。
だが、今回の立ち会いは勝敗が眼目ではないため、着地点が曖昧だ。
長老全員が納得するまで戦うなどと言われたら、いつまで経っても終わらない可能性だってある。
「そうさな。開始から一時間経過、またはいずれかの戦闘不能をもって終了とする。それで構わぬな?」
出された条件はそれなりに納得行くものではあったため、春樹さんもそれに同意する。
もっとも、格上と一時間も戦うというのは神奈にとってはかなり酷なことになるが。
「さて、相手を誰にするかだが」
一番奥に座っている新良木氏は、五剣だけではなく僕たちの方までをも見やった。
どういうつもりでこちらまで見たのかは分からないが、結局は五剣の方に視線を戻し、そしてやがてひとりのところで視線を止めた。
「ここは数珠丸に任せようと思う。先ほどの名誉回復を兼ねてな」
その言葉に一刀さんが顔をしかめる。
先ほどのやり取りを盾に取られたわけで、さっそくろくな事になっていない。
さっきの一刀さんの言葉からすると、女の人が童子切で青年が数珠丸なのだろうが、僕が見た感じ最も手加減しなさそうなのが数珠丸だ。
本来なら金本さんが一番手加減が無かったはずだが、今の彼はこちら側。
手を抜くことは無くとも、神奈の命は確実に残してくれるだろう。
童子切は未知数だが、さっきから神奈に興味の視線を向けていることからそんなに悪くはしないと思われる。
なぜか僕と清奈にも視線が向いているのが気になるが……。
そして数珠丸だが、彼の敵意は神奈ではなく一刀さんに向いているのが明らかだ。
その一刀さんがこちら側である以上、当てつけに何をするか分からない。
一番要注意な人物が相手になってしまった。
「では全員鍛錬場へ」
ここの道場は鍛錬場と言うらしい。
勝手知ったるなんとやらなのか、一刀さんがずんずんと先へ進んでいくのでその後についていく。
丁度良いので目の前を歩く一刀さんに小声でさっき疑問に思った点を聞いてみることにした。
「鬼丸って来てないの?」
「ああ……鬼丸は空位だぜ。元々はうちの親父殿のことだがよ、十年くらい前に実力が伴わなくなったって返上した。それ以来、継ぐ奴が現れてない」
え、慈斎さんって五剣だったんだ。
いや、お師さんがそうだったんだから不思議はないんだけど、何というかそういう威厳とかがまったく無いというか。
思いがけない事実に驚きながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「ねえ、貴女。先代三日月の弟子なんでしょう?」
「へっ?」
振り向くと童子切だと思われる女性が僕に話し掛けてきていた。
前を歩いていた一刀さんが、彼女から露骨に距離を取ったのが気になった。
「そ、そうだけど」
「会えて嬉しいわ。私は戸根崎一華。童子切の銘を戴いているわ」
「黒峰伊織。よろしく」
「ええ、よろしく。貴女、強いんですってね。三日月が気に入るなんてよっぽどなんだけれど」
癖の無い黒髪を伸ばした一華さんは日本人形のように綺麗だし、話し方も女性的なのだが、なぜか宝塚の男役のような雰囲気を感じるのはなぜだろう。
「伊織、気をつけろよ。そいつ可愛い女の子を集める趣味があるからな」
「黙りなさい三日月。そもそも集めているんではなくて私を慕ってくれているだけよ。失礼な」
刺すような声と目付きを向けられた一刀さんは、素早く顔を逸らして直撃を回避する。
それは良いとして女の子を集める趣味って一体。
「剣華組という女性だけで構成された集まりがあって、私はそこのリーダーを務めているの。是非一度訪ねてきて欲しいわ。そちらの貴女も」
視線を向けられた清奈が巻き込むなと言わんばかりの顔をこちらに向けたが、僕のせいじゃないと思う。
その間にも進んでいた一刀さんが、古びた、しかし頑丈そうな木扉の前で立ち止まって振り返った。
「着いたぜ。無駄話はそこまでだ」
一刀さんに続いて入った鍛錬場は、歴史を感じさせる造りをしていた。
四隅には一本の木から削りだした太い柱が配され、見上げると高い天井をやはり太い梁が渡されている。
そのどれもが今ではなかなか手に入るものではないだろう。
床はさすがに何度も張り替えがされているだろうが、総板張りでしっかりと磨き上げられている。
飾り気はないが、維持にかかる費用は結構掛かりそうだ。
「ではこれより剣鬼、神奈と五剣、数珠丸の立ち会いを行う」
上座に位置した新良木氏が厳粛に宣言する。
「各々方はしかと見届けるよう。また、何人たりとも手出し無用。では、双方前へ」
緊張が隠せない神奈と、笑みを浮かべた数珠丸が道場中央へと進み出た。
他の面々は邪魔にならないよう道場の壁で見届けとなっている。
数珠丸の背は同世代の男子の平均ほどだが、神奈は小柄な方なので体格差は大きい。
剣鬼である神奈は体格差を物ともしない力を持っているが、技量においては五剣たる数珠丸には大きく劣るだろう。
勝つ必要はない、のだが数珠丸が浮かべている笑みが気になる。
あれは僕が初めて戦った鬼人が、最初に浮かべていたそれと同質のものだ。
すなわち、自らより弱い者をいたぶる快楽を前にした喜悦を含んだ笑み。
手出し無用とは宣言されたが、それでも僕は万が一の場合は介入する覚悟を決めた。




