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剣人  作者: はむ星
青年篇
65/113

新年番外編

時系列が多少怪しいのですが、大目に見て頂ければと思います。

 除夜の鐘が静まりかえった夜に響き渡る。

 お師さんがいる頃はそういう年越しが常だった。

 それはそれで懐かしく思い出すこともある。

 そして今年は鴻野道場の年長組が道場に集って、共に年越しをすることになったのだ。


「くうっ、成長した清奈ちゃんや伊織ちゃんを眺めながら年越しとか、今年はツイてる!」

「通報しました」

「見るぐらい自由だろ!?」

「私は」

「いや、さすがに中学生はちょっと犯罪かなって」

「なので通報しました」

「だからしてねえだろ!」


 いつもの社会人二人組がいつもの漫才をしている横で、僕と清奈と神奈、そして美紀の女性陣四人はお蕎麦の用意をしていた。

 鴻野家の台所は結構広々としているのだが、今はたくさんの人でごった返している。


「ほう。黒峰を眺めていいのは俺だけだ。どうしてもと言うのならば俺を倒すがいい」


 この二人のやり取りはいつものことなので僕も清奈も流していたのだが、大人げなく流さない馬鹿がひとりいるのを忘れていた。


「砂城先輩、そちらのお二人は僕の先輩なので失礼のないようにお願いします。どうしても出来ないなら僕から十メートルほど離れてもらえますか」

「む、むう。分かった。だから十メートルは勘弁してくれ」


 丁寧な口調と冷たい声、何よりペナルティの脅しが効いたのか、あっさり退く砂城。

 今年の年越しは鴻野道場のみんなとすると言ったらついて行くと言って聞かず、真也と交渉して入り込むことに成功したらしい。

 そこは是非とも断って欲しかったのだが、真也としては相棒でもあるので断る理由がなかったようだ。

 まあ、僕も美紀を友人だからと誘っているからあんまり人のこと言えないんだけど。

 それにしても大人数の年越蕎麦を用意していて忙しいんだから、手間を掛けさせないでもらいたい。


「手伝うことはあるか?」

「あ、うん。全員分の器出して、お箸は並べておいて」


 真也が尋ねてきたのでこれ幸いとこき使う。

 立っている者は親でも使え。

 お師さんと一緒に新年を祝っていた頃は、光恵さんがお師さんをこき使っていたことを思い出す。


「美紀さん、出汁はどう?」


 沸騰する鍋を見ていた美紀に確認する。

 あまり料理は得意ではないという美紀だけれど、比較的という意味だったらしく、調理器具を扱う手際に不安はない。


「十分取れたと思うわ」

「オーケー、それじゃ味付けするね」


 出汁さえたっぷり取っておけば、あとの味付けに使う調味料は少な目で構わない。

 今回は昆布と鰹の合わせ出汁で旨味は十分。

 まあ、運動する人たちだから多少は塩が濃いめにはなるんだけど。

 お醤油、お塩、お砂糖でさっと味付けして味見する。


「うん、こんなものかな。清奈、ちょっと味見て」

「はい。……ええ、これで丁度良いかと」


 清奈は料理の腕はまだまだだが、味覚に関しては僕より鋭い。

 料理の腕に関してもやる機会が無かっただけで覚える気は十分あるので、将来的には良いお嫁さんになるだろう。

 清奈の目に入っているのは一人だけのようだけど。


「神奈、お蕎麦を湯がいてって」

「分かった」


 茹で上がった麺が次々とどんぶりに入れられていき、湯気の立つそれに出汁を張っていく。

 添え物は蒲鉾三切れ、薬味はネギで七味はお好みで。

 出来上がったお蕎麦をみんなで次々と道場へ運んでいく。


「よし、終わり!」


 自分の分になる最後のひとつを仕上げて、自分で持って行く。

 遠くで除夜の鐘が鳴っている。

 年越しまであと少し。


「伊織姉、みんなに回ったよ」

「ありがと、神奈」


 道場から顔を出して報告してくれた神奈にお礼を言って、僕も道場に入る。

 上座に春樹さんが座り、あとのみんなはそこを起点に車座になって座っているようだった。

 僕がその輪に最後に加わって座ると、春樹さんが口を開いた。


「まずはお蕎麦の準備、ありがとう、美紀さん、伊織ちゃん、清奈、神奈」


 その言葉に合わせて、他の皆からもお礼の言葉が発せられた。

 大したことはしてないし、そもそもこのお蕎麦は春樹さんが打ったものだからちょっと決まりが悪い。

 なぜか美紀が顔を赤くしていたのが少し気になった。


「今年は鴻野道場にも色々ある一年となった。それを乗り越えられたのは、皆の協力と、切磋琢磨のおかげだと思っている」


 神奈の件などは剣人ではない門人には当然伏せられていたけれど、古参の門人たちはそれを深く聞くこともなく、他の門人たちの稽古を買って出るなど、何くれとなく気を遣ってくれていたのだ。

 今も詳しいことは口にはできないものの、春樹さんはその古参の門人たちに深く頭を下げていた。


「今年は激動の一年だったが、来年は良い年になると思っている。激動だったからこそ、成長もまた著しかった。これに慢心せず、皆で頑張っていこう」


 そう言って、春樹さんは皆を見回した。


「長々と話すとお蕎麦が伸びてしまうからね、このくらいにして頂こう。皆、両手を合わせて」


 率先して両手を合わせた春樹さんは、皆が同じようにしたのを見てうなずいた。


「頂きます」

「頂きます」


 春樹さんに続いて皆が唱和し、年越しの蕎麦を口にする。


「旨い……! 黒峰は良い嫁になれるな!」

「やかましい」


 味を褒めるだけなら普通に受けたのに、余計な一言があったので一刀両断にする。

 もちろんまったく堪えてないのだが。

 そもそも、いちおうそば粉からお蕎麦を打つのを手伝いはしたが、メインとなっていたのは春樹さんなので、功績の九割は春樹さんに帰属すると思うのだ。


「伊織ちゃん狙いの男、しかもイケメンだと……!? お兄さんは許しませんよっ!」

「いやおまえに許される必要どこにもないから」

「まあそうなんだけどさー。青春っていいよな……」

「いきなりしみじみされると調子狂うんだが」

「それはそれで酷くない!?」


 あちらはあちらでいつも通り。

 早くお嫁さんでも見つければいいのに。

 素材は悪くないと思うんだけど、何で何時まで経っても良い人が見つからないのか結構不思議だ。


「でも、本当に美味しい。伊織ちゃん、料理の練習を?」

「あ、うん。元々はお師さんと二人暮らしだったから、お隣の光恵さんていう人に色々教えてもらったんだ」


 僕の料理を初めて食べた美紀の質問に答える。

 まあ、以前の僕は料理なんて男料理くらいしか出来なかったし、美紀にしてみれば余計に不思議に思ったんだろう。

 光恵さんからは本当に色々と教わったんだなあと、こういう時に思う。


「私たち、伊織さんに料理を教わっているんですよ」


 清奈が自分と神奈を示しながら話に加わってきた。

 母親が料理を教えてくれないので結局僕に教わることにしたらしく、最近は神奈と二人して質問攻めにしてくることが多い。

 剣術には熱心ではなかった神奈も、料理になると目の色が変わるほど熱心なので意外に思っていたり。


「伊織姉、色々チートすぎ」

「チートって。努力して身につけたのに」

「私も伊織さんはちょっと凄すぎると思うことが……」

「ええええ。僕からすれば清奈の方が凄いと思うのに」


 剣才とかは確実に清奈と神奈の方が上だし、それに二人とも凄い美人だ。

 特に清奈は高校に入ってから美貌に磨きが掛かった気がする。

 化粧っ気とかぜんぜんないのにお肌の張りときめ細やかさは、どこかのアイドルかと言わんばかり。

 なぜか日焼け一つしない白さも羨ましいんだけど。


「それはない」

「ええ、ないですね」


 だというのに姉妹揃って言下に否定してくれた。


「剣の腕はもちろん、学業の成績も良くて料理を含む家事全般が得意で、さらに容姿も文句の付けようがないんですよ。どこで勝てるのか首を捻ります」

「なんか凄いことになってるのね、伊織ちゃん……」


 誤解だと言いたいんだけど、目の前の二人がそうさせてくれそうにない。


「で、でも清奈はほら、靴箱に色々入ってるけど、僕は入ってないし?」

「ええ。伊織さんのはどこぞの誰かさんが全部先回りして処理していますからね」


 は?


「ああ、その顔だと気づいてなかったみたいですけど、伊織さんにもアプローチを掛けようとした人は何人もいたんです。でも、彼が全員に『お話』を付けて取り下げさせているだけで」

「初耳なんだけど……」

「鈍い」

「うぐ」


 久しぶりの神奈の毒舌が突き刺さる。

 しかし何をしているんだ砂城。

 でもそれらを自分で処理する羽目になると考えると、ちょっとぞっとしないので咎めるのはやめておくことにする。

 害がなければ放っておけば良いのだ。


「だ、だけど中学の時はぜんぜんそんなのなかったよ? その頃はまだ砂城先輩とは知り合いじゃなかったし」

「入学してすぐ何やったのか忘れたんですか」


 ……そうですね、学校に乱入してきた不良たちを木刀で叩きのめしました。


「あれを見て伊織さんに告白しようって男子は勇者だと思います。それに、毎朝三隅村から走って往復するおまけ付きですよ。後輩は例の事件を直接は知らなくても、先輩たちからさらに誇張された話を聞くわけですし、余計萎縮していましたね」


 あの事実をさらに誇張した話において、一体僕のイメージがどうなったのか気にはなるけど聞きたくはない。

 たまに感じていた恐怖を伴った視線の謎はそういうことだったのか。

 しかし、そうすると清奈の定義では悟志は勇者ということに……。


「まあ、そういうわけです。伊織さんがモテないわけがないんですよ」

「うーん……」


 イマイチ納得が行かず唸る僕。


「私から見たら三人とも凄く美人で、高嶺の花って感じだけど」


 美紀の言葉に、僕と清奈は首を捻って神奈はなぜか胸を張った。


「そうだね、でもそれだけに同年代の子たちは気後れするかもね。どうだい、真也。他の男子たちがどう言ってるかくらいは知ってるだろう?」

「父上……」


 女子の話には巻き込まれまいと孤高を気取っていた真也は、いきなり父親にその渦中に巻き込まれてげんなりした顔をした。


「まあ、伊織と清奈については俺の学年でもすぐに噂にはなってた。一年に凄い美人が入ってきたってな。ただまあ、伊織について話していると紅矢が絡んでくるんで、伊織は紅矢の女じゃないのかって噂が立ちつつあるな」

「はい?」

「ははは、俺は何もそのようには言っていないのだがな。何、そのうちその認識が事実と整合するのだ。何も問題はない」

「大ありに決まってるだろ!?」


 害がなければ放置しても良いとか考えた自分に腹が立つ。


「どうしてくれようか。毎日三年の教室に行って砂城先輩を殴り倒して帰ればその風評消えてなくなるかな」

「まあ待て。分かったから本気の目をするのはよせ、黒峰」


 本気の目なんじゃない。

 本気だ。


「落ち着け伊織。それを実行したらさすがに警察沙汰だ。砂城本人が通報しなくても学校がする」

「ちっ」


 舌打ちした僕に十分すぎる本気を感じたらしい砂城が、さすがに身の危険を感じたのか両手を上げて降参の意を示した。


「全面的に降伏する。俺はどうすれば良い」

「むう。それじゃ、今後はそういう噂が立つような行動は控えるように。一切合切」

「ぐ……仕方あるまい。了解した」

「出来る範囲でいいから見といてくれるかな、真也」

「分かった」


 真也がうなずいてくれたので、この精神衛生上よろしくない話題はここまでにする。


「もうすぐ年が明けるね」


 時計を見た春樹さんがそうつぶやいた。

 年越しまであと五分。

 テレビを見ていればゆく年くる年などを見ているのだろうが、道場には当然そんなものはない。

 代わりにあるのは八幡神の祀られた神棚だ。

 僕がそこをぼんやりと見つめていると、美紀に肩を叩かれた。


「伊織ちゃん、お酒の準備をしなきゃ」

「あ、そうだった」


 もちろん僕たちは未成年だからお酒は飲めないけれど、代わりにジュースを用意する。

 美紀は成人しているからお酒だけど。

 準備をしているうちにもう年越しだ。

 また一年、年が過ぎていって過去のものとなり、新しいまだ見ぬ一年が始まる。

 過ぎ去った年月は積み重なって僕というものを形作り、ある日に振り返って、そこで得たものと失ったものを顧みて何かを想うのだろう。

 お師さんを失っても僕が前に進み続けているように。


 僕は自分のコップにはりんごジュースを注いでから、あらかじめ用意しておいたお猪口に清酒を入れて、神棚に捧げた。

 僕に二度目の人生をくれたハチにも、少しは年賀気分が味わえますように。


「それでは、明けましておめでとうございます。今年も鴻野道場をよろしくお願いします」


 柔らかく告げる春樹さんが酒杯を掲げ、高らかに告げた。


「乾杯!」

明けましておめでとうございます。

いつもお読みいただきましてありがとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

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