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剣人  作者: はむ星
青年篇
63/113

29

メリークルシミマス!

 寮の食堂。

 他の剣人たちが専用道場で稽古をしている時間帯を見計らって、僕たちは話し合いを行っていた。

 神奈に確認をすると、西木の話の出来事は神奈が記憶していないことのひとつだったことが分かった。

 清奈たちの方でも同じようなことを確認できたらしく、聞き込みで分かるのはここまでだろうと思われた。


「確実な証拠とは言えんな。とはいえ限界か」


 砂城の言葉に僕と真也、そして清奈も不承不承うなずく。

 確かに証拠がないのだ。


「何か物的証拠があればな」

「うーん、そういうのって何か……。あ」


 間抜けな声を上げた僕に注目が集まる。


「僕が折った神奈の刀って、どこに行ったんだっけ」

「あれなら俺が回収した。まだ家にあるぞ……って、そうか」


 気づいたらしい真也が目を輝かせる。


「うん、あれの刃に血がついてなければ、物的証拠にならないかな」

「成る程な、確かに。傷を付けた程度のものと、斬った場合の付着の仕方は違う」


 問題は付いていた場合だけど、それはそのときで仕方ない。


「僕、あれに随分と傷入れちゃったけど大丈夫かな?」

「問題ないだろう。人を斬ったなら、平地の部分にまで血が掛かる」

「鑑定はどうやるんですか?」

「腕のある剣人なら見ただけで分かる」


 僕たちでは分からなくとも、春樹さんなら分かるかもしれない。

 後で見てもらおうという提案に、その場の全員がうなずく。


「さすがは黒峰だな。そこに気づくとは」

「褒めても何も出ないし三メートル以内には近づくな」


 ジト目で睨むがまったく堪えた様子のない砂城。

 さすがに五メートルのままだと相談もできないので、不承不承ながら三メートルに範囲を戻したのだ。

 隙あらば三メートルを割り込もうとするので時折こうやって牽制しているのだが、どこまで効果があることやら。


「では証拠集めはこれで終了しよう。あとは俺たちが神奈を押さえられるように実力を上げるだけだ」


 地力は急には上がらないが、強さは急激に上がることもある。

 力は上がっていても、その使い方を・・・・・・分かっていない・・・・・・・場合が往々にしてあるからだ。

 そういう人が何かのきっかけで自分の力の使い方を知ると、まるで別人のように強くなる。

 それは元々持っていた実力を解放できるようになったということなのだ。

 僕と真也たちとの差は、そのブレイクスルーを経験したかどうかの差とも言えるのだ。

 ただし、己の地力を地道な努力で上げておかなければそこに至ることすらない。

 実力は急激には上がらないからこそ、日々の積み重ねが大切なのだ。


「明日、三日月が呼んだ講師とやらが鴻野道場へ来る日か。興味があるが……」

「駄目です。一刀さんはそのときその場にいた者だけ、と限定したんですから」

「分かっている。残念ではあるがな」


 清奈の言葉に目を閉じてうなずく砂城。

 だがすぐに良いことを思いついたと言わんばかりに僕の方を見た。


「代わりと言ってはなんだが、黒峰、稽古をつけてくれ。俺だけ遅れるというのは耐え難い」

「……口実とかじゃないよね」

「口実でもあるし本心でもあるぞ」


 堂々と胸を張って言い放つ砂城。

 駄目だこいつ。


「……却下していい?」


 真也と清奈の方を見ると、二人とも困ったように笑いながら首を横に振った。


「紅矢にも強くなってもらわないといけないしな。それには伊織と稽古するのが一番手近なことは確かだ」

「私たちも一緒に稽古しますから」

「まあ、一緒なら……」


 渋々ながらうなずく僕に、いきなり後ろから硬い声が掛けられた。


「随分と傲慢なことね、黒峰さん」


 もちろん人が来たことには気付いてたけど、声を掛けてくるとは思わなかったので慌てて振り向く。

 そこにいたのは一学年上の剣人である、井上先輩だった。

 女子寮で初めて出会ったときから何となく嫌われている感じがあったけれど、はっきりと口にしてきたのは初めてだった。


「どういう意味かな?」

「そのまんまだけれど。分からないのかしら」

「分かってたら聞かないし」


 僕の何かが癇に障っているみたいだけど、そもそも何に腹を立てているのかが分からないと謝ることすらできない。

 井上先輩とはほとんど接点がないので、僕の方に心当たりがないのだ。

 そんな僕を見て憤懣やるかたないといった表情を浮かべた井上先輩だが、説明無しに糾弾しても仕方ないと判断したのか仕方なさそうに口を開いた。


「砂城先輩と鴻野先輩への態度よ。普段の態度もそうだけれど、先輩に稽古を乞われて仕方なさそうに受けるとか、どういうつもりなの?」


 うわあ面倒くさい。

 上下関係にうるさい人なんだろうか。

 まあ、間違ってはいないんだけれどこっちにだって事情がある。

 問題はその事情では納得してくれなさそうなことなんだけれど。


「俺と伊織は幼馴染みだ。余所にどうこう言われる筋合いはない」


 常とは異なり、完全に拒絶の意を声に表す真也。

 その強い調子に、僕と清奈が目を丸くする。


「……そうですか」


 気圧されたのか、言葉少なくうなずく井上先輩。


「俺は黒峰の入学初日に無礼を働いたのでな。あと、惚れた弱みというものもある」


 だからなんで堂々としてるのか。


「だったら、先輩に無礼を働いても良いと?」

「俺が許すならば。誰にでもと言うわけではない」

「そうですか。でも彼女の態度が他の人たちに不快に思われていることはお忘れ無く」

「他の人たち、ではなくおまえだけだろう?」


 砂城の視線が急に冷たいものに変わり、井上先輩が息を呑んだのが分かった。


「主語を大きくする者は信用できんし、それでなくともおまえが俺に――」

「砂城先輩」


 僕の掛けた声と目線で、砂城は続きを口の中に呑み込んだ。

 井上先輩は強いショックを受けたように、顔色を青くして口を真一文字に引き結んでいたが、それは見ないフリをする。


「井上先輩。当事者から態度が気に入らないと言われたなら、僕はその人と関係を持ちたい限り直すけど、そうじゃないならそうする気はないよ」

「っ、それでは、秩序というものが――」

「それ、建前だよね」


 遮った僕に言葉に詰まる井上先輩。


「上っ面だけでそんなことを言われても、従う気になんてならない。当事者の間のことは当事者で解決すべきだし、僕が他の先輩方にまで同じような態度を取らない限りは、他に迷惑なんて掛かりようもない」


 先輩に舐めた態度を取っては秩序が保てないというのは分からなくもないのだが、僕はこの二人以外にはちゃんと節度を持って接しているつもりだ。

 そしてこの二人に対して他と違った態度を取るのにも、ちゃんとした理由がある。

 今の井上先輩に対してはあんまり持ってないけど、非友好的な相手に塩対応になるのは仕方のない話ではないだろうか。


「二人に対しては理由があって気安いかもしれないけど、他の先輩方に対してはちゃんとしてるつもりだよ。これで問題があると感じるなら、他の理由だとしか思えないけど」

「……」

「もう、いいかな?」

「……いいわ」


 力無く立ち去っていく井上先輩の背を見送っていると、清奈がこそっと僕に囁いた。


「なんで助けてあげたんです?」

「だって、当の好きな相手から片思いバラされて拒絶されるなんてトラウマになりそうだし……」


 砂城の性格からするとやっておかしくないし、らしいとも思わなくもないが、行動としては最低最悪の部類だ。

 いくらこちらを嫌っているとは言っても、女の子にそんな目に遭って欲しくはない。

 ちなみに知っていたわけではなく、今さっきのやり取りで気付いただけだ。

 そりゃあまあ、僕を敵視するだろうとは思ったけど、それは僕のせいじゃないと思う。


「自業自得だとは思いますけど」


 僕と違って清奈に容赦はなかった。

 さすが、鴻野道場で年少組に手加減が一番少ないと怖れられているだけはある。


「何か失礼なことを考えませんでした?」

「キノセイ」


 カクカクと答えると少しじとっとした視線を向けられたが、それ以上の追求は特になかった。

 危ないところだった。


*   *   *


 次の日、放課後に僕と清奈と真也の三人は合流すると鴻野道場へと向かった。

 到着すると、困惑顔の春樹さんが出迎えてくれた。

 最近、春樹さんがこんな顔をすることが多くなってる気がする。


「よく来たね。お相手はもう来てるよ」


 道場からは地稽古をしている気配がする。

 ひとりはその人で、もうひとりは神奈だろうか。

 二人ほどの気配しかないところを見ると、今日の稽古そのものは休みにしたのだろう。

 鴻野道場ではたまにあることだ。


 道場に入ると、木刀を持った神奈がひっくり返っていた。


「神奈!?」


 慌てて駆け寄る清奈だが、神奈はその前に上体を起こした。


「姉さん慌てすぎ。ちょっとバテただけ」


 確かに神奈は息が上がっていた。

 剣鬼である神奈をここまでバテさせるとは、一体……と視線を上げた僕はそこで固まった。

 え、あれ、なんでこの人がここに。


「あれ、あんたは……前の合宿のときの」

「安仁屋さん……」


 そこには鬼人である安仁屋修二が立っていた。


「久しぶりだな、伊織」

「安仁屋……って、武鬼!?」


 慌てて抜刀して構える真也と清奈。

 対照的に安仁屋さんは落ち着き払っていた。


「一刀のたっての頼みで来た。おまえたちに最高峰の鬼人の何たるかを教えてくれ、とな。最高峰とは面映ゆいが、それに近いものは見せられるつもりだ」


 なんてことをなんて人に頼むのかあの人は。

 そもそもなんで安仁屋さんと知り合いなのか。

 安仁屋さんは抜刀している真也と清奈を、まるでいないかのように無視して神奈に語りかける。


「神奈だったな。おまえはまだまだ無駄が多い。剣人の強者に勝つのは今は難しいだろう」


 淡々と事実のみを口にするように安仁屋さんは言う。


「鬼人としてはパワーは足りないがスピードは及第と言える。おまえは剣を遣うのだからパワーは無くて構わん。そのまま速度を伸ばせ。ついでに言うなら、今のおまえでも大抵の鬼人には勝てるだろう」

「え?」


 剣人の強者には勝てないのに大抵の鬼人には勝てると言われたのが不思議だったのか、思わず声をあげる神奈。


「鬼人は己の持つパワーとスピードに頼りがちだ。だが元が剣人であるおまえはそうではない。テクニックという大抵の鬼人が持たない領域で戦うことが可能だ。武器がひとつ多いのだから鬼人に勝てることに不思議はあるまい。だがおまえと同じだけの力を持つ鬼人に対応可能な剣人を相手にした場合、テクニックで負けているのだから負ける。そういうことだ」


 実際には神奈の速度で振るわれる剣に対応可能である必要があるけれど、理解としてはそんな感じなのだろう。


「鬼人としての助言はそんなところだ。それと多分一刀に言われたろうが、剣人としては基礎を伸ばせ。以上だ」

「真也、清奈。剣を納めて。まあ無理もないんだけどね。僕だってびっくりしたし」


 春樹さんがまだ抜刀したままの真也と清奈の肩に手を乗せる。

 まだ緊張が解けない様子の二人だったが、春樹さんの言葉に従って納刀する。


「伊織ちゃんは……大丈夫かい?」


 抜刀こそしなかったが、僕は固まったままだった。

 僕にとっては一言で言い表すことなど出来ない人物。

 それが安仁屋修二という鬼人だった。


「……」


 目の前に立つ安仁屋さんを見やる。

 日々の修練は欠かしていないようで、その研ぎ澄まされた雰囲気はますます深みを増している。

 あの日憎しみに燃えていた瞳は、今は凪いだ湖面のように揺らぎが無い。

 その精悍さはいささかも損なわれておらず、それでいて落ち着きが増したような印象を受けた。


 ――憎しみは感じない。

 それは多分、安仁屋さんは憎しみを原動力としてはいても正々堂々とお師さんと戦ったからだ。

 お師さんを傷つけたという怒りは正直まだ感じる。

 でも、彼の生きる目的でさえあっただろうお師さんの命を、己の憎悪を収めて諦めてくれたことに対しての感謝の気持ちは薄れていない。

 相反する感情に久々に戸惑ったけれど、それらは相殺されて、残る感情は尊敬すべき先達といったものなのだろう。


「……大丈夫。お久しぶりです、安仁屋さん」

「ああ。おまえは、俺にはならなかったのだな」

「はい。あのとき、安仁屋さんが退いてくれたから」


 あのとき安仁屋さんがお師さんを殺していたならば、僕は彼を憎まずにいられたか自信はない。

 そしてそのときの憎しみが想像できるだけに、それを収めることのできた安仁屋さんの心の強さを凄いと思えるのだ。


「……今のおまえを見ると、あのときの俺の決断は間違っていなかったと思える」


 かすかに微笑んだ安仁屋さんに、真也と清奈が驚いたような顔をする。

 確かに安仁屋さんは鬼人としてはかなり変わっている方だとは思う。

 滅茶苦茶強いのに基本的に穏やかだし、人助けはするし、そもそもなんで剣人に頼まれ事をしているのか。


「さて、時間は有限だ。始めるとしよう」


読んでくださっていつもありがとうございます。

メリークリスマス!

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