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剣人  作者: はむ星
青年篇
62/113

28

風邪でダウンしておりました。

1日遅れ申し訳ありません。

 目の前の男が発しているのは紛れもなく殺気だ。

 僕はようやく理解した。

 五剣が筆頭、三日月たるこの人は殺し合いでなければ本気になれない人なのだ。


 音も無く迫る颶風。

 木刀による受けは間に合わない。

 後ろに下がるや、それは即座に軌道を変えて前に残った右足を斬りに来る。

 さらに下がりながら反撃の糸口を探すが、一刀さんは右足を斬りに来た時点ですでに僕の左斜め前に位置していた。

 攻撃しながら自分は有利な立ち位置を確保する。

 これは慈斎さんが使っていた『波留』か。


「気づいたか。だがどうする!」


 言葉の間にも一刀さんは止まらない。

 そもそも格上が使う波留は崩すのが無理と言って差し支えないほどに難しい。

 ただし、それは無傷で、という意味だ。

 相手の攻撃をある程度受ける覚悟であれば可能だが、この一刀さんの攻撃は木刀であれ恐らく斬れる・・・

 迂闊に手足で受けたりしようものなら、その部位は無くなると思って良い。

 つまり真剣を相手にしているも同然。

 だがこのままではジリ貧も良いところだ。

 ならば。


「はっ!」


 僕は一刀さんが刀を受けさせに来たときを狙って、木刀そのものに打撃を加える。

 受けさせに来たのだから、これは避けられる道理はない。

 大毅流『鎧通』。

 お師さんにもある程度通じた戦法だ。


「面白ェ!」


 対して一刀さんがやったのは、柄を握りしめる、ただそれだけ。

 ぎし、とまるで柄が圧縮されるような錯覚すら生むほどの握力、ただそれだけで鎧通の三連撃を耐える。


(化物か……!)


 否、正しく化物だと思う。

 しかし、力を込めればそれだけ速度は落ちる。

 それは一刀さんでも例外ではない。

 一刀さんはその力みを一瞬のみで済ませたが、わずか一瞬とは言え流れは途切れた。

 それは流れを重視する『波留』においては大きな隙と言って良い。

 勝負を掛けるなら、今。


(集中——!)


 だが、加速の感覚は訪れない。

 ある程度予測していた僕は、集中を保ったまま一刀さんを正面に捉えるが、彼は僕の予想を超えて目の前から再び掻き消えた。

 玉響による加速は、僕が先読み出来たとき・・・・・・・・に可能となるもの。

 つまり、先読みに失敗したなら加速は出来ない性格上、格上相手には常に失敗する可能性を孕んでいる。

 それでも玉響で一刀さんの位置は把握している。

 彼は僕の後ろに回り、今まさに攻撃動作へと移ろうとしていた。

 対して僕はここから振り返ろうと前に転がろうと、いずれにせよ間に合わない。


(でも、まだ!)


 集中は途切らせてはいない。

 そして、とどめを刺しに来たこの動きなら読める。


 加速——!


 振り返るだけじゃ足りない。

 前に転がっては反撃できない。

 やるべきことはたった今相手がして見せた。

 右足を自分の左斜め前へと進め、それを支点に体を捻って後ろを向きながら左足を大きく前へ出し、スローになっているとは言ってもなおぎりぎりで一刀さんの木刀の横をすり抜ける。

 そのまま円を描くように右足を後ろへと投げだすことで回転、一刀さんの背中を正面から捉える。

 それと同時に刀を振り上げ、狙いを定める。


「っちい!」


 恐るべき速度で反応した一刀さんは、振り返りながらもすでにすくい上げるように斬り上げて来る。

 こちらもすでに上段から延髄への斬り下ろしの動作に入っていて止められない。

 あとはどちらの剣が先に当たるかのみ。


「うああああああ!!」


 僕は渾身の力で木刀を振り下ろした。


*   *   *


「痛ててて」

「動かないでください。なんでこう毎回無茶するんですかね」


 ぎりぎりと容赦なく僕の脇腹をさらしで締め上げている清奈が呆れ顔で言う。

 結局、勝負は僕の負けだった。

 最後の一撃は一刀さんのものが先に僕の脇腹に当たり、僕のそれは寸前で届かなかったのだ。

 一刀さんが最後の最後で手加減してくれたので、僕の脇腹にはちょっと青痣が出来た程度で済んだけれど、手加減がなかったらすっぱり斬れてたんじゃないだろうかあれ。

 あ、痛い、痛い清奈。


「いやあ、楽しかったぜ……うおっ」


 のっそりと入ってきた一刀さんに清奈が無言で側にあった木刀を投げつけた。

 風切り音を立てて飛んできた木刀を、一刀さんが慌ててキャッチする。


「悪ぃ悪ぃ。いや、今のなかなか良い攻撃だったな……」


 悠々とこちらに背を向ける。

 何せ今の僕は諸肌を脱いだ状態で、胸がかろうじてさらしで隠されているだけなのだ。

 治療していると分かっているはずなのに入ってきた一刀さんは、助平なのかデリカシーに欠けているのかそういうのを気にしないのか。

 全部のような気がする。

 なにせあの・・慈斎さんの息子だし。


「それにしてもだ。俺にここまで食らいついてきた奴は久しぶりだぜ、伊織」


 僕への呼びかけが嬢ちゃんから名前に変わっていた。

 ちょっとは認めて貰えたということだろうか。


「今ならまあ、まだ数珠丸の野郎の方が上だろうが……俺は奴の剣は好きじゃねえからな」

「数珠丸?」

「五剣のひとりだ。おまえらと同年代だが、才能は飛び抜けてる。俺とやりあっても五本中二本は取るな」

「同年代で……!?」

「最近はそれに溺れ気味の感はあるが、奴の才能は本物だ。とはいえ、俺の見立てじゃ、半年後には伊織は良い勝負できるようになると思うぜ」


 それって半年後には僕に五剣と並べる腕になれってことなのだろうか。

 あまり無茶を言わないで欲しい。


「はい、終わりです。いいですよ、伊織さん」


 木刀をぶん投げた後は黙々とさらしを巻いていた清奈が、縛り終わったらしく僕の背中をぽんと叩いた。


「ありがと、清奈」


 湿布薬ときつく縛ってもらったお陰で、脇腹の打ち身は余り気にならなくなった。

 道衣を着直して立ち上がる。


「終わったか。それじゃまあ、全員交えて評論といこう」


 この手合わせは、一刀さんが僕たちに味方して貰えるかどうかの見極めなのだ。

 個人的に手応えは悪くなかったと思っているけれど、結局は一刀さんがどう評価したかに懸かっている。

 一刀さんの様子からはどうなのかはまったく覗えない。

 常に飄々としていてつかみ所が無いあたり、慈斎さんと本当に親子だなと思わせる。

 道場に戻ると、真也が平気そうな僕を見てほっとした表情を浮かべた。


「大丈夫だったか、伊織」

「うん、軽い打ち身程度」

「本当、肝を冷やしたよ一刀くん……」

「ははっ、ちっと熱くなってしまってよ。済まねえな」


 珍しく春樹さんが愚痴めいたものを口にするが、一刀さんは豪快にそれを笑い飛ばす。

 結果的にはそれで済む話なんだけれど、この人を常に相手にしている人たちは苦労しているだろうなあ……。


「さーて、まどろっこしいのは嫌いだから結論から言うぜ」


 そう前置きすると、一刀さんは春樹さんを含めた僕たち五人を見回した。

 知らず僕たちは喉を鳴らす。


「条件付きで、合格だ」


 合格という言葉に全員にほっとした雰囲気が漂う。

 ただし、条件付きということは結構ぎりぎりという感もある。

 そうは言っても合格は合格、そこは喜んで良いだろう。


「現状、神奈を確実に押さえ込めると言えるのは一期一振と伊織だけだ。対象の四人中二人だから半数。悪かぁねえが今一歩、と言ったところなのは分かるだろう?」


 一刀さんの言葉に真也と清奈が悔しげな表情を浮かべる。

 二人の顔を見た一刀さんは、にやりといたずら小僧のような笑みを浮かべた。


「そうそう、欲しかったのはそういう顔だ。条件てのは他でもない。今日言った点に気をつけて、期日までにひたすら強くなっておくこと、だ。二人だけじゃなく、伊織もな」


 それは僕にとっても望むところだ。

 春樹さんから聞いた期日は一週間後。

 その間に聞き込みをしつつも、稽古も進めておく必要があるだろう。

 真也と清奈も力強くうなずく。


「そこで、だ。今までと同じことをしていても急激な向上は望めない。五日後に一日限定で特別講師を呼んでやる。それまでに出来るだけ欠点を補って、そいつにぶつかってみろ。ああ、ただしその講師、色々と問題があるんでな。ここにいる奴らだけの話にしてくれ」


 随分と思わせぶりだが、一刀さんが腕を保証する講師なら間違いはないだろう。

 聞き込みも平行して行わなければならない以上、出稽古にも行きづらいので来て貰えるのはありがたい。


「分かりました。お願いします」

「おう、任せとけ」


*   *   *


 そこからは忙しい日々となった。

 学業も初っぱなから入院する羽目になって遅れ気味。

 清奈と二人して周囲に聞きまくり、休み時間はノートと睨めっこしながら遅れを取り戻そうと頑張った。

 放課後はすぐさま学校から飛び出し、ダークシードの残党がいそうな場所を重点的に聞き込んで情報収集。

 話が話だけに聞き込みは難航したが、三日目にようやく有望そうな情報にたどり着いたのだが、それは意外な人物からもたらされた。


「……久しぶりだな」


 指定されたファミリーレストランの席にいたのは、西木敏男にしきとしおだった。

 以前に氷上の薬『デモン』によって鬼人になりかけて、僕がそれを助けた相手だ。

 最後に見たときはデモンによって変貌する自分に憔悴していた様子だったが、今は血色も良く健康そうだ。


「久しぶり。でもどうしてここに?」

「保護観察の身だけど、真面目にしていたからいちおう外には出して貰えたんだ」


 僕を見て目を細めた彼は、向かいの席に座るよう勧めてきた。


「知り合いか? 伊織」

「うん。前に戦った人」

「……その紹介はどうなんだ」


 席に座りながら同行していた真也の問いにそう伝えると、西木は顔を若干引き攣らせた。


「俺はそいつに救ってもらったんだ。人じゃなくなるところだったのを、な」

「……ああ、そういうことか」


 名前こそ知らなかっただろうが、真也たちにも西木と戦ったことについては伝えてある。

 人じゃなくなるところを、という言葉でどれに該当するのかは分かったようだった。


「それで、借りが少しでも返せればと思ってな」

「ありがとう。でも、どうしてその情報を?」


 その質問を予測していたのか、西木は考え込むこともなく僕の目を見ながら口を開いた。


「一年前に外に出られたとき、まず最初に思ったのがおまえのことだった。けどまあ、そいつは考えても仕方ないから次に考えたのがデモンのことだった」

「……」


 なぜか若干、真也が不穏な雰囲気になったが態度には出さなかったのでスルーして続きを聞く。


「アントさんはなぜあんなことをしたのか。あの薬は一体何なのか。俺以外にもあんな目に遭った奴がいるのか。危ないのは分かってたが、それを知らずには前に進めそうになかったんだ」


 事前に注文していたらしいアイスコーヒーを一口すする西木。


「そして調べ始めたらダークシードとDSに行き当たった。その中心がアントさんだってこともな。そんで……俺みたいに、いや、俺より酷ぇことになった奴がたくさんいるってことも」


 真也たちが剣人として活動を始めた直後は、この薬物で鬼人化した人たちを相手にしていたと言う。

 剣人会は彼らを殺すことを良しとせず、薬物を抜いて元に戻すようにしていたらしいが、戻れなかった人たちもそれなりにいたらしい。


「んで調べてるうちに、俺はあの刀を持った女の子が、やっぱりダークシードを嗅ぎ回ってた奴を叩きのめしてる真っ最中の場面にぶち当たった。狂ったように笑いながら叩きのめしていたが、刃の方は使ってなかった」


 その言葉に真也の顔が明るくなる。

 だが、刃を使わなくても重さ一キロ以上の鉄の塊で叩けば相手は命を落とすことは十分に考えられる。


「そんで、俺も気付かれてたんだろうな。女の子が叩くのをやめるとアントさんが言ったんだ。「観沙、死なないように手当を。もし彼女が戻るときに殺してると面倒だからね」って、隠れてる俺の方を見ながらな」

「氷上がそんなことを?」

「氷上……ああ、そう名乗ってたな、アントさん。確かに言ってた。後で見たけど、そいつはちゃんと息があったよ」

「そっか」


 一例だけだけどそこから読み取れるのは、神奈にはそもそも殺戮衝動がなかったのではないか、ということだ。

 鬼人になるには衝動を解放する・・・・・・・必要があるが、別に殺人をする必要はない。

 行動を見ると神奈は人を傷つけているから破壊衝動はあったようだが、殺すには至っていない。

 あと、氷上はなんだかんだ言って直接人を殺すことを好んでいた様子はなかった。

 可能であれば、という条件は付くけれど、神奈に配慮していてもおかしくはない。


「ありがとう。とても助かった」

「いや。こんなことじゃ恩は返し切れてないけどな。少しでも役立ったなら嬉しいよ」


 照れたように笑うと、西木は目を逸らすようにして真也を見た。


「あんた、この人の彼氏?」

「ぶっ」


 いきなり何を言い出すのか。

 まあ、清奈と神奈は別行動だから男女ペアで現れたのは確かだけども。


「いや。こいつの彼氏って生半可じゃ務まらないだろ」

「ああ。それは確かにな……」


 腕を組んでうなずく西木と、なぜかそれに同調している真也。

 いやその、彼氏作る予定なんて今後もありませんけど、それは一体どういう意味なんですかね。


 僕の無言の抗議は気付いてもらえることすらないのだった。


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