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剣人  作者: はむ星
青年篇
58/113

25

最近、体のあちこちにガタが来ております。

若いうちから体は大事にしましょうね……(後悔先に立たず)。

「死ねい、敦ィ!」


 連華と名乗った鬼人の登場が根岸に活を入れたのか、先ほどにも倍する圧力で攻めてくる。

 対して、金本はともかく春樹の動きはやや精彩を欠いていた。


(あれは……まずい)


 あの連華という鬼人は、春樹の記憶が正しければ黄昏会の総元締めともいうべき存在であり、あの見た目でありながら剣人会の長老よりも長い時を生きているとまことしやかに囁かれている。

 あまり表舞台に出てくることがなく、さほど剣人に敵対的でもないという噂だったが、今の彼女は明確に伊織を敵視して殺しに掛かっている。

 噂だけでも十分化物と言って良い存在だが、実物は想像を超えていると春樹は見ていた。

 万全の状態の金本と春樹が同時に掛かっても倒せるかどうか。

 そんな化物に狙われた伊織は、そう長く保つはずもない。

 むしろ、多少とはいえしのいでいるのが奇跡と言っても良いほどだ。

 早く伊織を助けに行かねばならないという思いが、春樹の動きを鈍らせる。

 それは本当にごくわずかなものであったが、この高い次元の攻防においては影響が大きい。


「鴻野、集中を欠いて勝てる相手ではないぞ」


 血止めをしたとはいえ、金本の傷は浅くはない。

 激しく動かざるを得ないこの状況では、少しずつとはいえ血は失われていき、そうなれば動きも落ちてくる。

 時間が経てば経つほど不利になっていくのは剣人側なのだ。


「……分かっている」


 最後にちらりと伊織の方を見ると、彼女が連華の鉤爪を斬り飛ばしているのが見えた。

 あの年齢にして恐るべき手練。

 あと一年もあれば自分に追いつき、そしてすぐに追い越していくであろう希有なる才能。

 その才能が、援護が来る・・・・・まで彼女自身を護ることを祈るしかなかった。

 金本の言う通り、目の前の根岸もまた余計なことを考えていては到底勝利は覚束ない強敵。

 ひとつ息を深く吸って、頭の中から連華と伊織のことを拭い去る。


「よし。僕が攻める。金本、君は根岸に捕まらないよう時間を稼いでくれ」

「心得た」


 根岸は攻撃されれば反撃してくるが、やはり金本憎しの余りか基本的にそちらへの攻撃を優先してくる。

 金本が防御、春樹が攻撃というのは理のある分担と言えた。


(やはり、動き自体は通常の鬼人とさほど変わらない)


 根岸の怖ろしい点はその圧倒的な耐久力であり、攻撃能力は通常の鬼人と変わらない。

 武術を修めているわけでもないため、戦い慣れてはいても、その動きは春樹ほどの剣士から見れば大雑把の一言。


「はあっ!」


 金本が根岸の鉤爪による一撃を逸らしたのを見計らって肉薄、背後から突きで心臓を貫くや、それを抜くついでに蹴りを入れて体勢を崩し、さらにそこから首を刎ねる。


「くぉっ!!」


 一瞬にして二回の致命傷を受けた根岸は、それがなかったことのように春樹に反撃を試みるが、そこですかさず金本が攻撃を加えて根岸の集中力を乱す。

 根岸が迷った隙を見逃さず、春樹はその場で根岸の右腕を切断、さらにそこに金本が巧妙に差し込んだ刀によって脇腹が斬り裂かれる。


「確かに、厄介だね」


 普通の鬼人ならば三回は死んでいるであろう一連の攻撃を受けて、根岸はなお無傷に見えた。

 刃が食い込み、通り抜けていく端から再生するからだが、途中で刃を止めようものならばそのまま抜けなくなって刀を持って行かれてしまう。

 よって突きを行う際は先ほどの春樹のように引き抜くときのことも考えて行う必要がある。


「何度やっても無駄だ。大人しく死ね」

「そうは言うが、息がだいぶ乱れてきているな。限界が近いのではないか、根岸」

「……」


 金本の指摘に無言で返す根岸。

 その様子は確かに限界が近いことを感じさせる。

 だが根岸に隠し球がひとつもないとは春樹には思えなかった。


「釈迦に説法だが、油断はしないでくれ、金本」

「無論」


 油断なく身構える二人に、根岸は懲りもせずにつかみかかった――ように見えた。


「むっ!?」


 金本が大きく跳び退る。

 春樹が攻撃の糸口をつかめずにいる間に、根岸は金本に先ほどにも倍する速度で追いすがる。


「速度が上がった!?」


 振りかぶられた鉤爪を躱す金本。

 地面に叩きつけられたそれは、先ほどまでとは異なり地面にクレーターまがいの穴を穿つ。


「これは……!」


 速度だけではなく、身体能力そのものの底上げが為されている。

 推測ではあるが、あの出鱈目な再生能力を暴走させ、筋力を一時的に増しているのではないだろうか。

 良く見れば根岸の体が一回り大きくなっているようにも見える。

 これを放置しては不意を打たれた金本はほどなく捕まってしまうだろう。

 だが、再生能力を暴走させているということは、再生に使うはずの力を消費しているということでもあるはず。

 いままでこの力を使っていなかったことがその傍証。

 ならば、これは勝機でもある。


「金本!」


 叫んだのは意志を伝えるため。

 果たして根岸の鉤爪をかいくぐっている金本がうなずいたのが見えた。


「こおおおお……!」


 気を丹田に溜める。

 次に仕掛けるは大技、気の統一なくして成功はない。


「かァッ!」


 気合一閃、根岸目掛けて地面を蹴る。

 助走距離は十分。

 上段に刀を構えて疾走する春樹と、後ろを確認した根岸の目が合う。

 尋常ならぬ春樹の迫力に根岸は金本を追い詰めるのを断念し、迎え撃つために振り返る。

 春樹はその根岸を袈裟斬りにせんと刀を振り下ろすが、今まで攻撃を無防備に受けていた根岸が初めてそれを回避する。

 その速度は熟練の剣人と比較してもなお速い。


「残念だった、な!」


 刀の間合いとは一歩踏み入れば素手の間合いとなる。

 今の根岸の速度をもってすれば、必殺の一撃を外した隙を狙うのは容易い。

 そうして絶対の自信をもって放った一撃は――空を切った。


「な……!?」


 それこそが、春樹の狙い。

 間合いをシビアに捉える鬼留流きりゅうりゅうにおいては、逆に間合いを錯覚させる技も存在する。

 鬼留流『陽炎』が一手。

 種を明かせば、もともと春樹は間合いに入っていない・・・・・・

 気迫と、動きと、体の遣い方。

 これらを駆使して間合いを錯覚させる技法こそが陽炎と呼ばれるもの。

 春樹は気迫たっぷりに根岸に勢い良く迫り、そこから大きく振りかぶって自分を大きく見せた。

 さらに足は実際の間合いの半歩手前に置き、上体のみを前に出して幻惑したのだ。

 足が間合いの外である以上、体を引けば根岸の攻撃は当たらない道理。

 五剣が相手であろうと通用する術理の前に、戦いには慣れてはいても、否、戦いに慣れているからこそ根岸がそれを回避する術はなかった。


「金本ォ!!」


 叫びながら今度こそ間合いに入った春樹は、根岸の右足を斬る。

 切断こそされなかったものの、先ほどまでの再生力はなく、その右足はかろうじて繋がっているに過ぎない。

 本来ならばここで止めを刺すが、それは自分の役目ではないと春樹は知っていた。


「応!」


 集中して力を溜めていた金本の満を持した一撃は、根岸の上半身と下半身を、今度こそ泣き別れにしたのだった。


*   *   *


「ふうん。さっきから思っとったけど、えらいええ刀持っとるんやね、あんたはん」


 鉤爪を斬られたこと自体にダメージはなかったのか、平然とした声で連華が言う。

 まあ、人間で言う爪と同じようなものであるなら、斬られたところで痛くも痒くもないだろうとは思うのだが。

 とは言え鉤爪を斬ったのはダメージを狙ったものではない。

 僕を片手間では仕留められない相手だと認識付けるためにやったのだ。

 果たして、連華は真也と砂城を地面に縫い止めている左手の鉤爪を自ら切断して僕に向き直った。

 それでもその鉤爪はしっかりと地面に突き刺さっているらしく、二人とも身動きは取れないようだったがそれで構わない。

 両手がフリーになった連華の戦闘力がどこまで上がるかなんて想像したくもないが、彼女の性格から一度解放した真也と砂城を再び人質に取るような真似はしないだろう。


「まあええわ。ほな、ちょっとだけ本気で相手してあげまひょか」


 一本でも躱すのに苦慮していた鉤爪が左右併せて十本、ひとつひとつタイミングをずらして飛んでくるのを走って躱す。


「足、速いんやねえ」


 鉤爪を伸ばすだけでなく、伸びた右の鉤爪を揃えてまるで長い刀のように振るってくるのを刀で滑らせるようにして受ける。

 その間も左の鉤爪は散発的に飛んできて僕の頬ぎりぎりを掠めていく。

 どうにか攻撃を捌いているのは先読みが間に合っているお陰で、それは連華が武を修めた動きをしていないことと、理由は分からないが全力を出していない・・・・・・・・・ことが理由だ。

 それでもついていくのがやっと。

 当然の帰結として連華が本気を出す前にケリをつける必要がある。


 じりじりと根気よく距離を詰め、どうにか連華を間合いへ捉える。

 だがそれは連華にももちろん分かっていたことだ。


「これならどうや?」


 至近の間合いに入った僕に対して、ばらりと伸ばされた爪が方向とタイミングをずらして一斉に叩きつけられる。

 けれど、それは既視感のある光景。

 剣尖をその場に置くようにして体をずらし、いくつかの爪の軌道から体を避ける。

 さらにそれでも当たる鉤爪を斜めにした刀で、角度を微妙に変えながら受けていく。


「くうう……!」


 鉤爪を受けるたびに負傷した肩に衝撃が入るが、歯を食いしばって耐える。

 そして鉤爪を受けきると同時に刀を滑らせながら横に回り、その攻撃の圧を反動として利用しながら連華の背後へ回りながら腰を両断すべく刀を走らせる。

 対鬼流『岩颪』。

 一瞬のうちに行われたこの技は、だがしかし空を切った。


「へえ。それ、対鬼流の『岩颪』やね? なかなか危ないとこやったわあ」

「……!」


 反射的に声のした方、すなわち背後へと向き直りながら刀をかざすが、額に強い衝撃を感じると同時に、僕は後ろへと吹き飛ばされて地面に倒れ込んだ。


「伊織!」

「黒峰!」


 真也たちの声が遠くに聞こえる気がする。


「ほんましぶといわあ。普通、とっくに死んどるんやけどなあ」


 歩み寄ってくる連華の姿が黒くぼやけているのをぼんやりと見やる。

 頭ががんがんと痛む。

 やはりお師さんのようには行かなかったのか。

 自分では上手くできたと思ったんだけれど。

 次はどのようにしたらもっと上手くやれるだろうか。


「伊織、しっかりしろ!」


 頬にばちんと痛みが走る。

 それによって胡乱だった頭に掛かっていたモヤが晴れた。


「……真也?」


 こちらを覗き込んでいる真也の姿もはっきりしない。

 どうやら目に血が入り込んでいるようだ、とようやく気付く。

 頭部にダメージを受けて、意識が朦朧としていたらしい。

 血を拭って改めて見ると、真也は太腿に連華の鉤爪を刺したままだった。

 地面に刺さっていた爪を無理矢理引っこ抜いてそのままここまで来たのだろうか、だいぶ出血している。


「また無茶を」

「おまえが言うかそれを。どっちが無茶だ。それに、俺の方は足だったから紅矢と違って体の自由が少しあったからな。放っとくとあいつ、それでもやりそうだったから俺が少し無茶をした」


 確かに脇腹を貫かれている砂城が同じことをやったら、内臓を傷つけて取り返しがつかないことになりかねない。

 歩み寄ってくる連華を真也が刀を手に睨み付けるが、連華はどこ吹く風といった様子で笑みすら浮かべている。


「それにしても対鬼流、なあ。あんたはん、先代の三日月の縁者か何かなん?」

「僕は……黒峰伊織。黒峰平蔵の、養子で、最後の弟子」

「ああ、そんな名前やったねえ。あのぼん、なかなかの腕やったけど」


 ……今、聞き間違いじゃなければこの人、お師さんを坊や扱いしたような気がしたけど。

 深く突っ込むと開いてはならない何かが開きそうな気がするので、精神衛生上の理由でスルーすることにする。


「あんたはんもあと一年もすれば、それなりに厄介な腕になりそうやな。今でも腕は悪うないし、男を二人も誑かしとるし、ほんま将来有望やな」

「人聞き悪くない!?」


 誑かした覚えなんかない!

 でも予想はしてたけど、この相手は僕の抗議なんかは全く聞いてはいなかった。


「個人的にあんたはんのこと、嫌いやないんやけど。ま、ハチに関わったんが運が無かった思うて諦めてや」


 頭部の傷はさほど深くないようだが出血が激しく、拭ってもすぐ右目に入ってきて視界を塞ぐ。

 並の相手なら玉響による知覚だけでも戦えるが、この相手に視覚を奪われたまま戦うのは厳しい。

 僕の横で真也も刀を構えている。

 幸いと言えるのは、連華に真也を殺すつもりがなさそうなことだ。

 同時に僕を見逃すつもりも、ないようだが。


 そして無情な言葉が響いた。


「ほな、さいなら」

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