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剣人  作者: はむ星
青年篇
57/113

24

遅れました。

済みません。

「シィィィィッ!」


 先に仕掛けたのは根岸だ。

 飽くまでも狙いは金本であると再宣言するかのように、春樹さんの存在を意に介さず突進する。

 片腕を失った金本に圧力を掛けて押し切る狙いか。


セイっ!」


 その横合いから春樹さんが斬り掛かる。

 今の一息で首筋と胴と腿をZ字に斬っただけでも驚愕に値する手練だが、それでも何事もなかったかのように動く根岸に対して、さらに蹴りまでお見舞いしてその体勢を崩す。


「邪魔をするな!」


 不完全な体勢で苛立たしげに振るわれた左腕を今度は金本が断ち切るが、やはり刀が通り抜けた後は何事もなかったかのように五体満足のままの根岸がそこにいた。

 いくら攻撃してもする端から再生していく不死身の鬼人。

 未熟な剣士が迂闊に攻撃すれば、彼の体に絡め取られて刀すら奪われてしまうだろう。

 そうなってしまえば勝負あったも同然だが、春樹さんと金本は未熟とはほど遠い。

 根岸の攻撃のことごとくを捌きながら、着実にダメージを与えていく。


「だが、あれをどうやって倒すのだ」


 砂城の言う通り、どれだけ斬っても効果のない根岸をどうやって倒すのか。

 その答えはすでに金本が一度口にしている。


「あの再生は無限じゃない」


 根岸自身が何度か口にしている、金本さえ殺せれば死んでも構わん、という言葉。

 あれは己の決意を示すものではあるのだろうが、根岸自身が自分を不死身ではないと認識しているからこその言葉。

 そして金本が再生する根岸に対して言った『何人食った』という詰問。


「多分、根岸という鬼人は人を食った分だけ再生できるんだと思う。だから」


 それ以上に斬り刻めば根岸は倒せるはず。


「しかし、それは気の遠くなる作業じゃないのか」


 真也の言うように、それは容易なことではないだろう。

 あの根岸が鬼人となってどのくらいの時を生きているのかは知らないが、年齢から推測すればそんなに短い年月ではない。

 その間にどれほどの人を食らってきたのか。

 金本への復讐に凝り固まった根岸が、強力な剣人である彼を相手にするのにそれを躊躇うはずもなく、相当の人数が犠牲になっていると考えるべきだった。


「でも、根岸を倒すにはそれしかない、と思う」


 金本はもちろん、春樹さんもそのように考えているのだろう。

 二人とも根岸に捕まらないよう細心の注意を払いつつも、それでも隙があればリスクを背負ってでも斬りに行っているのを見れば明らかだ。


「ちょこまかと……!」


 根岸の方にも余裕は見られない。

 相対する二人の剣人の刃は自分に届き得ると知っているからだろう。

 武人ではない根岸は戦い慣れている金本相手はともかく、春樹さんへの対応に苦慮している様子がある。

 このまま行けば、時間が掛かろうとも二人が勝つだろう。

 そう思った瞬間。


 考えるよりも早く体が動いた。


 桜花を抜き打ちに、暗闇より飛来した何かを受け流す。

 気配も何も感じさせなかったくせに、そして受け流したというのに、あまりの威力に刀が体ごと持って行かれそうになり、先ほど痛めた肩が悲鳴を上げて顔が歪む。


「伊織!?」


 射線上に他の人がいなくて幸いだった。

 今の一撃を受け止められる自信なんてない。


「あらあ。えらい速う抜きはるんやなあ。それに、うち気配消しとったはずなんやけど」


 五十メートルほど先。

 先ほどまでは誰もいなかったはずの場所から発せられた声は、僕たちのみならず戦っていた三人の動きすらも止める力があった。

 そこにいたのは黒い着物を身に纏ったひとりの女性。

 その姿を確認した途端に動悸が早くなり、肩の痛みがことさらに感じられて脂汗が浮かぶ。

 今ほど痛みが邪魔だと感じたことはない。

 威圧感は感じられない。

 けれど、彼女から目を離したら僕は死ぬ。

 そう、確信できた。


「……連華殿」

「ああ、ああ、根岸はん。こっちには構わんといてや。うちもそっちにこれ以上・・・・手出しする気はないさかい。そこのお嬢ちゃんにちょいと用があるだけや」


 連華と呼ばれた女性はいっそ優雅と称しても良さそうな足取りで僕の方へと歩み寄ってきた。


「連華、だと……? まさか」

「伊織ちゃん!」


 金本と春樹さんには何か心当たりがあるようだったが、その連華の言葉にうなずいた根岸が攻撃を再開したことで、そちらへの対応を余儀なくされる。

 二人にも余裕があるわけではない。


「逃げるんだ、伊織ちゃん!」


 叫ぶ春樹さんに従いたいのは山々だったが、そんな隙はどこにも見当たらなかった。

 先ほどの攻撃は間違いなく目の前の女性が放ったもののはずだが、彼女からは殺意も敵意も感じられない。

 それが逆に怖ろしかった。


「……僕に用?」

「せや」


 僕の間合いより少し外で歩みを止めた連華は、年齢不詳という表現がぴったりだった。

 どこか危険なものを秘めた美しさを持つ容貌に、長い艶のある黒髪。

 身に纏っている黒い着物は正絹の光沢を放つ高価そうなもので、着慣れていない人が着れば違和感がある程のものだが、実によく似合っていた。

 外見は若い美女にも見えるが、その所作や浮かべた表情からはそれとは裏腹な老成されたものを感じる。


「うちは熊埜御堂連華くまのみどうれんか。よろしゅうなあ。黒峰伊織はん」


 自己紹介の必要はなさそうなので、僕は身構えたまま動かない。

 いつ発射されてもおかしくない銃口を前にしているような気分だ。


「あんたはんがトレストタワーに来とったのを見てたんよ。そんときにちょいときな臭いと思うてな」


 真也と砂城が、フォローのためか僕の左右に油断なく身構えながら立つのを面白そうに眺めながら、彼女はそう言った。

 あのとき確かに左右に部屋があったと思ったけれど、余計な人がいる気配はなかった。

 もちろん僕の気配察知は絶対にはほど遠いのだから、この人があそこにいたというのは十分あり得るだろう。

 それは目の前の人物が、僕より上手うわてであることを示している。


「それで、用って何かな」


 真也と砂城が不用意に斬りかかったりしないよう、努めて口調を抑えながら尋ねる。

 あのときに僕を見たとして、鬼人の中でも指折りであろう目の前の女性が興味を持つようなことはない、と思うのだが。

 鬼気を放っていないにも関わらず、彼女から受けるプレッシャーは鬼人の間で武鬼とまで呼ばれる安仁屋さんにすら劣らない。

 それは真也と砂城にも感じられるらしく、二人とも僕に劣らず緊張から来る汗を浮かべていた。

 そして彼女から放たれた問いは、僕が予想すらしていなかったものだった。


「あんたんはん、ハチ・・とかいう名前に覚えあらへん?」


 頭から冷水を浴びせかけられたような気がした。

 なぜその名前がここで出てくるのか。

 なぜ彼女はその名前を知っているのか。

 動揺を隠しきれなかった僕に、彼女は獲物を見つけた猫のように薄く笑いかけた。


「なるほどなあ。におう思うたわ。奴さんの手先がこんなところにおったなんてなあ」

「おまえ……何を言っている?」


 刀の鋒を突き付ける砂城にも笑みを崩さず、彼女はころころと鈴を転がすように笑った。


「そのお嬢ちゃんが八幡神の御遣いや、と言うとるんやけど」

「はあ!?」


 真也と砂城が綺麗に声をハモらせたのが聞こえたが、僕はそれどころではなかった。

 なぜ、目の前の女性がそんなことを知っているのか。

 直接会話をした僕ですら、ハチが八幡神であるということは、ぼんやりとは分かっていたけれど確証を持っていたわけじゃない。

 そもそも八幡神を知っていてもそれがハチと名乗っているなんてことは、彼と直接会話をしたことがあるか、そういう知り合いがいるかでもしない限り分かるはずもない。

 そう考えると、この連華という女性がどういう存在なのか、朧げに見えてくる。

 それを確かめるべく、僕はひとつの問いを口にする。


「――あなたは、鬼神?」

「その答えは否、やねえ。うちはあの子の側仕えのようなもんやし」


 つまりこの目の前の鬼人は、鬼神と関わりがある・・・・・・・・・ということだ。

 さらに、そのためかどうかは不明だが僕を排除するつもりでいる。

 殺意も敵意も感じられないのは、単に彼女にとって僕は脅威足り得ないからだ。

 主の進む道にある、躓きそうな小石。

 その路傍の小石を払いのけるのにいちいち殺意を抱く人はいない。


「そしてそういう問いを発するゆうことは、やはりそういうことなんやねえ? 剣人に成ったばかりや聞いとったけど、さっきの抜刀は熟練者も形無しやったし、放っておくんもええことなさそうや」


 す、と僕に指を向ける連華。

 背筋に冷たいものを感じ、僕はとっさに刀を前に出してその陰になるように半身になる。

 それとほぼ同時に刀にさっきよりも強い衝撃を感じ、半身になったにも関わらず右肩を何かが掠めた。

 いや、半身にならなければ肩口を貫かれていたと言うべきか。


「ぐうっ」

「ふうん? ええ反応やなあ。気付かんければ痛みものう逝けるんに。それにえらい頑丈な刀やなあ。うちの爪に傷入ってもたわあ」


 肩の痛みに呻く僕に構うこともなく、指から伸ばした鉤爪を元の長さに戻す連華。

 さきほどの攻撃もこれだろう。

 つまり、連華はこの鉤爪を伸ばす攻撃を最低でも五十メートル先から瞬時に行え、しかもそこからでも刀を持って行きかねないほどの威力を保っているということになる。


「貴様ァッ!」


 怒号を上げた砂城と、それに呼応するようにして斬り込もうとした真也が、同時に動きを止める。


「ぐ……これ、は……!」

「ちいっ、何時の間に……!」


 一瞬にして砂城の脇腹と真也の大腿部を連華の左手の親指と人差し指の鉤爪が貫き、地面へと縫い止めていた。


「ふふ、じっとしときや。さっきも言うたけど、用があるのはお嬢ちゃんだけなんやさかい」

「ふざけるな! さっきから訳のわからんことばかり言いよって……!」


 自らに突き刺さった鉤爪をつかみ、両断せんとした砂城の刀は硬質な音を立てて弾かれた。


「ぐ……っ、斬れない、だと!?」


 結果として鉤爪に与えた衝撃が自らに返ってきて苦痛の声を上げる砂城。

 指一本でその衝撃を受け止めたはずの連華は、まるで堪えた様子もなく口角を上げた。


「うちの爪、そんな柔やないわあ。良いからおとなしゅうしとき。あんたはんらは殺しひんよ」

「……僕を殺すのは、ハチと遭ってるせい?」

「遭うただけならそうもせんのやけどなあ。あんたはん、ハチに何か頼まれはったはずや。それが何かは分からへんけど、あの子のためになることとは思えへんし、殺してまえば頼まれ事も何もあらへんやろ?」


 確かに正しいし、この人に真実を伝えても、それで止まることはまったくないだろう。

 僕もハチも鬼神を敵とは見ていなくとも、鬼神がやりたいことを止める立場にある。

 言葉を聞く限り、連華は鬼神に不利益を及ぼす者を許しはしないだろう。

 けれど、僕だって害虫の卵かもしれないから念のために潰す、みたいな理由で殺されるわけにはいかない。


「ああ、動いたらあかんえ? あんたはんが動いたらうちも動くよって、この子たちの傷口が裂けるさかい。構へんならええけどなあ」」

「……!」


 連華の怖ろしいところは、本当にどっちだろうと構わないと考えているところだ。

 人質を取ったつもりもなく、むしろ親切心から警告しているような風情すら感じられる。

 僕が動こうと動くまいと、最終的に結果は変わらないと思っているからか。


「動け黒峰、構わん!」

「このくらい自分で何とかする! 躱せ!」


 真也と砂城がそう叫ぶが、出来るはずがない。


「この場から動かなきゃいいんだね?」

「せや」


 言葉と同時に右手の人差し指が僕に向けられ、弾丸のような速度で伸びた鉤爪が僕を貫かんとする。

 再び硬い物同士がぶつかり合う音が響き、桜花でぎりぎり逸らした鉤爪は僕の上腕部を掠めて道衣と皮膚を切り裂いた。


「そうやって全部防ぐつもりなん?」


 即座に元の長さに戻る鉤爪が何度も撃ち出され、そのたびに僕は桜花でそれを弾いて皮一枚でしのいでいく。

 さすがにこの速度で飛んでくる鉤爪を完全に躱すのは難しく、致命傷だけを避けている僕の体は朱に染まっていく。

 このままだと致命傷ではなくても血を失っていって、動きが鈍れば結局は鉤爪に仕留められる未来が待っている。


(けど)


 どれだけ速い攻撃であっても、こうも何度も繰り返されればタイミングはつかめる。

 無理をするのは、今。

 本来ここまで格上の鬼人を相手に動きを読み切るのは至難の業だが、今の連華は鉤爪を撃ち出す動きのみ。

 であれば一瞬は行けるはず。

 集中する。

 本日三度目の加速。

 頭に許容量以上の血液が流れているかのように、ずくんと鈍い痛みが走るが、無理をしているのだからそんなのは当たり前だ。

 迫る鉤爪の速さはなおスローとは言い難いが、それでも見える。

 この場から動けない以上、躱すのであれば上か下のみだが、反撃をするのであれば地に足が着いていればなお良い。

 ならば。


 ぐっと腰を落とす。

 速度が落ちてなお、必殺の威力を秘めたそれが頭部を掠めるように過ぎていく。

 刃を上にして構えた刀をその鉤爪と交差するように持ち、伸び上がるように後足を蹴って立ちあがる。

 胸の前から持ち上げるようにして刀を上へ。


 一閃。


 桜花は僕の意志に従い、見事に連華の鉤爪を斬り飛ばした。

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