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剣人  作者: はむ星
青年篇
56/113

23

ご感想ありがとうございます。

確かに逆恨みにしか見えませんんが、本人にとっては正当な理由なのです。

まあ、恨まずにはやっていられなかったというか。

「つう……!」


 気を失った神奈の首に回していた右腕を外したときに、思わず苦痛に声が漏れる。

 目論見通り勝つには勝ったが、代償として負った怪我も決して小さくない。

 特に最後の神奈の攻撃で抉られた左肩は、早く止血しないとまずい。

 ついこの間、血を大量に失ったばかりなんだし。


「伊織ちゃん、肩出して!」


 持ち込んでいたらしい包帯を手に、美紀が物陰から飛びだしてくる。

 金本と鬼人三人はいまだ激しい闘いを繰り広げていて、こちらに気を回す余裕はなさそうだが、それも長くは続かないだろう。

 ならば今のうちだ。


「ごめん、お願い」


 さすがに剣人で怪我には慣れているのか、美紀は眉一つ動かさず僕の肩に手際よく包帯を巻いてくれた。

 よし、これなら腕はまだ動く。


「ありがとう。神奈を連れて、下がっててくれるかな」

「まだ、戦うの?」

「うん。見逃してくれる相手じゃないしね」


 鬼人たちが勝つのであれば、逃げても問題ないかも知れない。

 根岸はこちらに興味はないだろうし、氷上と観沙も金本を討てばこちらに構う必要性がないはずだ。

 だが、僕はここに残らなければならないと感じた。

 それは取りも直さず、目の前の闘いは金本有利に進んでいると感じたからだ。

 正直、信じられない。

 観沙は単独でも強力な鬼人だし、根岸はそれ以上。

 氷上だって決して弱くはない上に今は何やら常以上の力を発揮している。

 そんな恐るべき三人の鬼人を相手に、金本は一歩も退いていなかった。


 影を通じて投げ放たれる観沙の投げナイフは見もせずに刀で払い、一連の流れであるかのように氷上の鉤爪を捌くや、その氷上の体を迫る根岸への盾となるよう己の立ち位置を巧妙に変える。

 武を修めた者とそうでない者の差が顕著に出ている戦いとなっている。

 何度目かの投げナイフを弾いたときに、金本が動いた。


「キェェェイ!」


 猿叫を上げて刀を振りかぶった金本は、根岸と氷上の一瞬の隙を突いて一気に観沙への間合いを詰める。

 まるで瞬間移動でも見ているかのようなそれは、鬼人にとってさえ驚異。

 驚愕に目を見開いた観沙に、金本は一片の躊躇すらなく必殺の刀を振り下ろした。


「我が『神鳴しんめい』にて散れ」

「観沙ァ!」


 氷上の叫びと同時に鮮血が飛沫が上がった。

 肩口から胸までに食い込んだ刀を見れば、それが鬼人にとってだろうが致命傷なのは明らか。

 だが観沙はそこから、まだ動いた。

 口から血を噴き出しながらも、己へと食い込んだ刀を持つ金本の右腕を両手でつかんだ。


「なに!?」


 初めて動揺の声を上げる金本。


「安人、さま……!」

「……おお!」


 瀕死とはいえ鬼人につかまれた右腕は動かない。

 しかし金本が焦りを滲ませたのはその一瞬のみ。

 刀を左腕のみに持ち替えるや観沙の体から引き抜き、その凄まじい手練によって観沙の両腕を一息に切断して自由を取り戻し、迫る氷上へと相対する。


「金本ォォォ!」

「無駄だ」


 一瞬の交錯。

 冷たい宣告とともに氷上の右膝が断ち割られ、前につんのめったその背中から差し込むように金本の逆手に持った刀が心の臓を刺し貫いた。


「いや、無駄ではない」


 根岸が、その氷上の対角から金本へと肉薄した。

 その防御をかなぐり捨てた動きは、金本と言えど無視できない。


「ちぃっ!」


 それまでは根岸が迫るたびに必ず一撃を加えていた金本が、つかみ掛かってくる手を左手一本で持った刀で防ぎながら後退する。


「やはり右腕が折れたな。氷上、観沙。おまえたちは仇敵に一矢報いた。後は俺に任せるがいい。必ず、おまえたちの後を追わせてやる」


 根岸の言葉に、氷上と観沙はひとつ頷いて地面に倒れ込んだ。

 その体は鬼人の常として、風に消えていくかのように崩れ落ちていく。

 数年ではあったけれど、因縁のあった相手の死に僕の心にも漣が立つ。


「……」


 氷上と観沙は神奈を剣鬼へと変えてしまった元凶だった。

 それはもちろん許すことなんて出来はしない。

 けれど、それとは別に彼らにも鬼人であったがゆえに起こった悲劇があって、その復讐のために事を起こした。

 その本懐を果たせずに散った彼らの心境はいかばかりか。


「伊織!」


 校門の方から走ってくるのは真也だ。

 裏門の方からもバイクのエンジン音が聞こえてくるということは、砂城たちも到着したのだろう。


「伊織ちゃん、無事だね?」


 程なく砂城と春樹さんも僕たちに無事合流する。


「黒峰、怪我を?」

「してるけど、それは後。それより真也、神奈のとこにいて」


 僕の状態を見た砂城が心配げな声を上げたが、僕の怪我は別に致命傷ではない。

 それよりも神奈はそんなに長々と気絶していたわけじゃない。

 とっくに起きて不貞腐れたように美紀の後ろに座っているのだ。

 暴れ出さないのは、僕との約束を覚えているからか。


「大丈夫なのか?」


 真也の問いは複数の意味を含んでいるようだったが、それの全部の意味で僕はうなずいた。


「勝ったから」

「……あの神奈にひとりで勝つとか、出鱈目に磨きが掛かったな、伊織」

「いや、結構ぎりぎりだったし」


 なぜかそういう問題じゃないという顔をした真也だったが、神奈を放置するわけにもいかないのですぐにそっちに行く。

 代わりにこっちに来た春樹さんは僕の怪我の具合を確認して、大事ではないと判断したのかすぐに離れて金本と根岸が睨み合う場へと顔を向けた。


「加勢が来たと思っているか? 敦」


 根岸が一気に人数を増やした僕たちへと視線を向けることもなく、金本へと挑発するように口を開く。

 その態度には焦った様子は微塵も見られない。


「そこの女剣人は後ろの女鬼人を助けに来ていたな。断言するが、俺に勝ったならこいつはその女も斬るぞ。邪魔をする奴がいれば、そいつもだ。他の奴らもお仲間なんだろう?」

「……」


 根岸の言葉を肯定するかのように金本は無言のまま佇む。

 さすがにこの状況で根岸以外を敵に回すわけにも行かないため信条を口にはしないが、己を曲げることもできない、といったあたりか。

 嘘でも付けば良いのかもしれないが、生き方そのものが不器用そうな金本に、この場を口先だけで切り抜けるというような真似はできないのかもしれない。


「鬼人である俺に加勢しろとまでは言わない。黙って見ていろ」

「さすがにそうも行かなくてね」


 根岸の動きを止めたのは春樹さんの言葉だった。

 ゆらりと前に進み出た春樹さんに、根岸が警戒するように身構える。

 その経験則から相手を強敵と見て取ったのだろう。


「金本、取り引きだ。僕が今ここで加勢する見返りに、神奈のことは僕の預かりとしてくれないか」

「鴻野。貴様は鬼人を庇い立てするつもりか」

「神奈は僕の弟子だ。見捨てられるはずがないだろう」

「……」


 金本は迷っているようだったが、根岸はその決心が付くまで悠長に待っているつもりはないようだった。

 金本が即座に返答する様子がないことを見て取ると、すぐさま攻撃に移ったのだ。

 それも当然だろう。

 片腕のみになったとはいえ五剣を相手にするのに、強力な加勢があっては根岸と言えども勝ち目が薄くなる。


「ちい!」


 五剣のひとりともなれば片手であろうと十全に刀を操ることはできるだろうが、こと力に関してはやはり半減以下になると言って良い。

 両手で刀を持つ場合はそれぞれの手の支点が支え合うことで力を入れずとも安定するが、片手ではそれは望めない。

 そしてそれはこの根岸という鬼人を相手取る場合には、致命的な結果を招きかねないのだ。

 根岸の戦闘スタイルはその切断できない不死身の体を活かして相手の攻撃を意に介さず、強引に攻撃を当てに行く力押しを主体としたもの。

 ただのパワータイプであればスピードで翻弄すれば良いが、根岸は攻撃を当てても怯まないという厄介な特性を持つ上、その攻撃はつかみが主体。

 腕を斬っても斬り落とすことが出来ない以上、一度つかまれれば同じ鬼人でもない限りは逃れる術はなく、スピードで勝負するのであればひとつのミスも許されないということになる。

 つまりは根岸と戦うのであれば、ある程度の力押しが出来なければ苦しい。

 その力押しを封じられた金本が、今の状態で根岸に勝つにはかなりの綱渡りタイトロープを強いられることとなる。


「いい加減に観念しろ敦ィ! 貴様が塵芥のように踏みにじってきた同胞への清算のときが来たのだ!」

「勝手なことを。ならば貴様が踏みにじった俺の家族はどうなる……!」


 怒りの籠った金本の叫びに、根岸もまた怒りと慚愧に満ちた表情を浮かべる。


「貴様が、貴様が剣人でなかったならば、あの夜それを俺に明かさなかったならば、俺とてあのままでいられたものを――!」


 根岸の血を吐くような叫び。

 その叫びに金本が動揺したように、ほんの一瞬動きを鈍らせる。

 それはこの攻防の中では致命的な隙。

 根岸がそれを見逃すはずもなく、その手が金本の負傷している右腕をつかんだ。


「金本!」


 春樹さんの叫びに我に返った金本の決断は素早かった。

 根岸の腕は斬り落とせない。

 そして根岸につかまれたならば死、あるのみ。

 ならば、それを逃れ得る答えはひとつ。


 左手に持った刀で、金本は躊躇なく自らの右腕を肘から斬り落とした。


「敦ィ……!」


 自らの手に残された金本の腕に大口を開けて食らいつき、咀嚼する根岸。

 口元を朱に染めて嗤うその姿は、まさに鬼というにふさわしい。

 その姿を脂汗を浮かべて見ている金本は、腕の傷の痛みというよりは、心の痛みに耐えているかのように見えた。


「そうか。貴様は鬼人として妹に近づいたのではなかったのだな。貴様を、そのようにしたのは俺の罪だったというのか」


 顔を歪めて独白するようにつぶやいた金本は、決心がついたかのように春樹さんへと叫んだ。


「俺の手勢は何らかの妨害に遭っているのか来る気配がない。五剣がひとり、『大典太』として貴様の条件を飲むことを誓おう、鴻野。俺はこやつを滅さねばならん。加勢を願う!」

「確かに聞いた。これより『一期一振』は『大典太』へ加勢する!」


 刀を抜いた春樹さんが根岸へとその鋒を向ける。

 金本の右腕を喰らっていた根岸が、不快げに眉を顰めた。


「伊織ちゃん、少しの間僕が食い止めるから、金本の血止めを頼む」

「はい。美紀さん!」


 ハンドバッグにやたら治療用具を入れていた美紀から包帯とガーゼを受け取り、金本へと走り寄る。

 春樹さんが美紀に直接ではなく僕に治療するように言ったのは、根岸が春樹さんを無視して金本へと襲いかかった場合に、僕ならそれを回避できるという判断からだろう。


「……頼む」


 常日頃から周囲に剣呑な剣気を発していた金本だったが、さすがに治療に来た者にまでそうすることはないようだ。

 大人しく傷口を見せてくれたので、手早くガーゼを押し当てて包帯を巻いていく。

 その間も根岸と春樹さんの動きの把握は忘れない。

 玉響で把握している限りでは、どうやっているのか春樹さんはきっちり根岸を押しとどめているようだった。

 信頼はしていたけれど、さすがだ。


「はい、終わり」

「……感謝する。では、下がっていろ」


 いつでも出られるようにしておく必要はあるだろうが、五剣のひとりと春樹さんが戦う場にしゃしゃり出られるほど自惚れてはいない。

 金本の言葉にうなずいて大人しく下がりながら、春樹さんがどうやって斬っても効果のない根岸を食い止めているのかを見る。

 すると刀で目や喉といった急所を狙いながらも、要所で蹴りを入れて根岸を吹っ飛ばしている春樹さんの豪快な姿があった。

 確かにそれなら根岸も強引に前に進むことはできないとは思うけれど、つかまれたら終わりな相手に対して思い切りが良すぎないだろうか。

 根岸もこういう応対をされた経験がないのか、苛立ったような表情を浮かべながらも有効打が打てないでいる。


「待たせた、鴻野」

「助かるよ。さすがに足が痛くてね」


 春樹さんの横に金本が並んだのを見て、根岸が舌打ちする。

 その根岸を、金本は今までと違う目の光を浮かべて見やった。

 それまでの、一切を拒絶して斬って終わらせるような峻厳な光ではなく、かといって暖かみを感じさせるわけでもない、不思議な色だった。


「根岸。許すつもりはないし、許せとも言わん」


 左手一本で持った刀の鋒を向け、まるで懺悔するかのように金本は言う。


「だが、我が名、我が家族に掛けて貴様をここで滅する。それが俺なりのけじめだ。根岸。俺は最早逃げぬ。ゆえに、貴様も此度は逃げるな」

「……いいだろう。おまえを地獄に送り、俺も続こう。あの日、あのときから俺は死んでいるのだから」


 家族を失った男と、己を失った男の対峙。

 剣人だから、鬼人だからこんなことになっているのだろうか。

 それはハチの思いと、遠いところにある事実なんじゃないだろうか。

 僕のそんな思いを余所に、二人の男の最後の激突が始まった。

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