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剣人  作者: はむ星
青年篇
55/113

22

 金本と根岸の殺し合いはこれが初めてではない。

 それは取りも直さず根岸が金本と渡り合えるだけの力量を持つということであり、二人が相手を殺すために強くなっていった軌跡でもある。

 金本の剣を一言で表すならば豪壮。

 示現流の流れを汲むと言われる彼の剣は、鬼人を相手取ってもなお一撃必殺の威力を持つ。

 一太刀一太刀を常に必殺として放つ彼の剣は他の剣人をもってしても捌くことは容易ではなく、それが彼を五剣のひとりとしての地位を盤石のものとしている。

 伊織が先ほど金本の一撃を受けられたのは、飛び込んできた彼女に金本が気付き、刀を引いたからに過ぎない。


 そして根岸の方は、やはり一言で表すならば不死。

 実際に死なないわけではないが、彼の特性は食人に由来した生命力の取り込みにある。

 つまり、人を食えば食うほど死ににくくなる。

 その死なない体と鬼人特有の怪力を組み合わせ、相手の攻撃を意に介さない戦いをすることこそが根岸の真骨頂。

 これまでの二人の戦いは、根岸を殺しきれない金本が撤退し、根岸も金本を追い切れずに取り逃がすということを繰り返してきた。


(だが、今度こそは)


 二人が二人ともそう考えていたが、お互いにその自信の根拠は存在していた。

 金本は己の腕が以前より一段高みに至ったと考えており、その腕をもってすれば根岸を殺しきれると考えていた。

 根岸は己と同じく金本を殺すことにのみ執着を抱く助っ人二人こそが、今回金本を殺す決めてになると確信していた。

 ゆえに、お互いが躊躇もなく前に出る。


「キェェェイ!」


 猿叫を上げて斬り掛かるる金本と、無言でつかみかかる根岸。

 脇腹から食い込んだ太刀は、まるで熱したナイフがバターを斬るように通り抜ける。

 だが根岸は何事もなかったかのようにつかみ掛かり、そして金本もそれを予測していたかのように下がって回避する。

 両断されたはずの根岸の胴は、何事もなかったかのようにくっついていた。


「……その出鱈目な体を維持するために何人食った、根岸」

「覚えていないな。俺はおまえを殺せれば後はどうでもいい。おまえが大人しく殺されるなら、その後で死んでやったって構わん」

「戯れ言を。貴様が呼吸していると考えるだけで腸が煮えくりかえる。ここで二度と再生出来ぬよう微塵に刻んでくれる」


 憎悪に満ちた応酬。

 だが、それに劣らぬ憎悪がそこに二つ在った。


「だが僕たちを忘れてもらっては困るな。貴様の血を欲しているのは根岸さんだけじゃない」


 観沙を従えた氷上が金本を挑発する。


「有象無象は引っ込んでいろ。相手にならん」

「さて、それはどうかな。確かに今の僕らでは一刀で斬り伏せられて終わりだろうが……五剣を敵に回そうというのに、対策を練っていないとでも思ったのか」


 そう言って氷上と観沙は懐から白い錠剤を取り出すとそれを噛み砕き、飲み下す。


「鬼人を作り出す錠剤、DSは鬼人が飲んだ場合にその力を一時的ではあるが大幅に増幅する。副作用はあるが、これで貴様を相手取るのに不足はない。神奈が抑えられているのは痛いが、ここでおまえが死ぬことに変わりはない」


 氷上と観沙の目が血走り、肌が赤みを帯びて血管が浮き出て、何よりもその発する鬼気が比較にならないほどに増大する。

 副作用は軽くても数日間の鬼人としての能力喪失、重ければ死に至ることもある可能性があることを、それまでの実験で氷上も観沙も知っていた。

 躊躇なくそれを使用した二人の覚悟を、金本は一蹴する。


「所詮付け焼き刃。何ほどのこともあろうか」


 なおも根岸のみを睨めつける金本に、三人の鬼人は同時に襲い掛かった。


「覚悟!」


*   *   *


 金本と鬼人たちの応酬の中、僕と神奈は対峙していた。

 僕から仕掛けるつもりはなく、神奈もまた助勢を失って慎重になっているようで動きが止まっている。

 だが時が過ぎれば不利になっていくのは神奈の方だということを、神奈自身も理解している以上、動かないという選択肢は無いだろう。


「伊織姉、なんでそんなに邪魔したがるの」


 じりじりとお互いの隙を窺う中で、気を逸らそうとしたのか、それとも純粋に疑問だったのか神奈が問いを投げてきた。

 疑問に思っているなら答えても良いと思ったし、口を開いたくらいで隙を見せるつもりもない。

 桜花を構えたまま、僕はそれに答える。


「僕は神奈の邪魔をしているわけじゃない。僕の我が儘と、そしてちょっとした頼まれ事のためにここにいるだけだ。頼まれ事で命は懸けないし、増してや人の邪魔なんかで命懸けたりしない。だから、我が儘が主な理由ってことになるかな。」

「我が儘?」

「神奈を、僕たちのもとに取り戻すこと。これは真也と清奈の願いでもある」

「……それが、伊織姉に何の得があるの」

「可愛い妹分が戻ってくる。清奈が安心する。それで十分」

「そんなことで命を懸けるっていうの?」


 納得できないような顔の神奈だけれど、それは僕の正直な気持ちだ。

 だって、それは。


「僕はね、神奈。僕と、清奈と、真也と、そして君が鴻野道場で一緒に稽古をして、話をしてたあの時間が好きなんだ」


 清奈と神奈が他愛もないことで喧嘩して、それを仲裁する真也が困ったような顔をしていて、僕はそれを眺めている。

 そんな光景を最後に見たのはいつだったか。

 さして前のことでもないはずのに、とても懐かしく思う。


「何でもない日常だったかもしれない。神奈が戻ってきても、もう同じようにはならないのかもしれない」


 生きていく限り、変わらないものはない。

 三隅村に戻っても、お師さんはもうどこにもいないように。


「でも」


 神奈さえ戻ってくれば、同じではなくても、そこに至るまでに困難があったとしても、やがて暖かい日常は戻ってくると僕は信じている。

 それが不変なものではなかったとしても、長く続くものにすることはできるのだ。


「それは僕にとって、命を懸けるに足る理由だよ」


 ハチは、あの、僕に二度目の生をくれた神は言った。

 神である彼であろうとも僕の人生の一要素に過ぎず、僕の人生は僕のものなのだと。

 そう言ってくれる神であるからこそ、その頼みを引き受けた。

 けれどハチ自身がそう言ってくれたように、それは僕が命を懸けるに足る理由じゃない。

 死ぬかもしれない場所へ自ら身を投じるには、いつだって死んでも譲れない理由が必要だ。

 今の僕にとってそれに足る理由のひとつは、二度目の生で幼い頃から親しんだ人たちを悲しませないことなのだから。


「伊織姉、おかしいよ」

「そうかな。神奈だって真也への想いひとつでこんなところまで辿り着いてる。何も違わない」


 そろそろ、問答は終わりだろう。

 神奈と問答すべきなのは、僕じゃない。


「神奈、賭けの条件は覚えてるね」

「……覚えてる」

「僕たちが勝ったら、僕たちのところに戻ってくる。それに異議はない?」

「伊織姉も、私が勝ったらどうなるかは、覚えてるんでしょ?」

「……うん。僕のことは煮るなり焼くなり好きにしていいし、真也も抵抗しないってことで話をつけてある。清奈は見逃して欲しいけど」


 元々この条件は、清奈と真也と三人で話し合って決めたものだ。

 そして、この条件には『真也を諦めること』というものはない。

 こっちに戻ってきたとしても、真也を諦める必要なんてないし、アタックだって続ければいい。

 真也はああだけど、いつか絆されるかもしれないんだし。

 清奈はちょっと複雑そうだったけど。


「……なら、それで恨みっこなし」


 そう答えた神奈の鬼気が膨れ上がる。

 正直、条件の割はまったく合ってない。

 剣鬼と化した神奈はひとりで僕たち全員を蹴散らせるほどの力があるのだから。


 颶風となった神奈が回り込むと見せて上へと跳躍する。

 普通ならば自由の利かない空中へと自ら跳ぶのは悪手。

 だが神奈のスピードがあれば、高く跳びさえしなければ、それは防ぐことの難しい攻撃となる。


「疾っ!」


 突進のスピード、空中にあることによる全体重、そして鬼人としての腕力が乗った一撃はまともに受ければ良くて腕が折れ、悪ければそのまま死、あるのみ。

 だからこれは受けない。

 ただ、先読みした感じでは神奈はそれだけで済ませるつもりはなさそうだ。

 なるべく体勢を崩さずに受け流す。

 常識外れの速度ですれ違った神奈は、低い軌道のまま着地すると即座にまた僕目掛けて地面を蹴った。


「……っ!」


 それもどうにか捌くが、またしても神奈は即座に跳んで来る。

 鬼人としての体の強度と筋力がこの無茶な動きを可能にしたのだろう。

 まるで複数の神奈に一斉に空中から襲いかかられているかのような錯覚に陥る。

 ひとつ応手を間違えればあっという間に捌ききれなくなるだろう。


「やるね、神奈……!」

「全部捌いておいて良く言う」


 ますます速度を上げる神奈。

 彼女と言えど、この攻撃を余裕で行っているわけではないことはその呼吸を読めば分かる。

 息は荒くなってきているし、表情もこれ以上ないほど集中していることが見て取れる。

 長続きする動きではないが、神奈もこれだけで僕を仕留めるつもりはないだろう。

 何か切り札があると考えるべき。

 攻撃を捌きつつも、そのときに向けて集中する。


(……来た!)


 今まで僕の頭上を押さえるように跳躍していた神奈が、不意に地を這うように低く飛び込んで来る。

 これだけでも上から下への変化で対応が難しくなるが、予測していれば対処は可能だ。

 恐らく神奈の狙いは僕を空中へと追いやり、動きが取れないところをすかさず取って返して斬ることだ。

 だが、それにはひとつの読みが抜けている。

 低い姿勢での踏み込みは迎撃されにくいという利点を得ることと引き替えに、攻撃の自由度を失う。

 そこから繰り出せる攻撃は、水平の薙払い、そこからの変化の斬り上げ、そして突きだけだ。

 それ以外の攻撃は地面が邪魔をする・・・・・・・・


「ここだ!」


 今日二度目の加速。

 太刀筋が限定されている以上、来る攻撃は至極読みやすい。

 僕は神奈の刀に向けて桜花を繰り出す。

 狙いは寸分違わず。

 桜花は見事に神奈の刀を半ばから両断する。

 そこまでは僕の読み通り。


「ここで……っ! けど、覚悟はしてたよ伊織姉!」


 しかし神奈のそこからの動きは僕の読みを超えた。

 両断された刀を躊躇なく捨て、そのまま勢いを殺さずに鉤爪化した右手で僕の喉笛を狙う。


「くう……っ!?」


 まさに予想外。

 とっさに柄で鉤爪を逸らすが、完全には避け切れずに喉の横を浅く切り裂かれる。

 加速の効果が残っていなかったら完全に喉を掻き切られていた。


「まだっ!」


 刀を失った神奈はここを逃せば勝機はないと踏んだのだろう。

 その場で強引に方向を変えて僕への体当たりを敢行してきた。

 姿勢を崩していた僕に、それを避ける術はなかった。


「がっ!?」


 安仁屋さんの不完全な体当たりをトラックのようなものとすれば神奈のそれは軽トラくらいのものだったが、どのみち人間は車に撥ねられればタダでは済まない。

 とっさに後ろへ跳んで衝撃をかなり逃しはしたが、代わりに僕は派手に吹き飛んだ。

 受け身を取って起き上がるが、それをさせじとする神奈がすでに目の前に迫っている。

 玉響で神奈の動きそのものは把握していたが、後ろに跳んである程度逃したとはいえ、衝撃のダメージで反応が遅れる。

 神奈の振るった鉤爪で桜花が弾かれて、僕の懐ががら空きになる。


「さよなら、伊織姉!」


 勝利を確信したかのような神奈の叫びと共に、僕の心臓目掛けて鉤爪が突き込まれる。


「それはまだ、早い、よ……っ!」


 刀を引き戻していては間に合わない。

 僕は桜花を手放すことで神奈の想定より早く体を引き戻し、さらに体を捩って鉤爪を避ける。

 避け切れずに肩口を深く抉られたがそれは致命傷ではない。


「刀を手放して、鬼人に勝てるとでも――!」


 至近距離ですれ違いざまに叫ぶ神奈。

 僕は体を捻った動作を利用しつつ、その背後を取る。


「!?」


 神奈の首に腕を回しながら後ろに倒れ込み、胴体に両足を回してフック。

 裸絞とも、バックチョークとも言われる絞め技だ。


「こんなもの……!」


 暴れだす神奈。

 絞め技に対する経験があれば、後ろに向かって頭突きをしたりフリーな手で相手の目があるであろう場所を突いてみたりなど、いくつか対応する手はある。

 だが絞め技を受けた経験がほとんどない神奈では、メチャクチャに暴れるしか手がない。

 鬼人である神奈がそうやって暴れるだけでも、身体能力的には普通の人間でしかない僕に長く耐えられる道理はないが、この技ならば数秒で相手は気絶する。

 リスクはあったが、それゆえの技の選択。

 まさに暴れ馬を取り押さえようとでもしているような長い数秒が過ぎ――。


「僕の、勝ちだ。神奈」


 意識を失った神奈に、僕は勝利の宣言をした。

出張が入ってしまったため、次回は遅れるやもしれません。

なるべくそうならないよう頑張ります。

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