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剣人  作者: はむ星
青年篇
51/113

18

 次の日、朝から僕たちは慌ただしく動き始めた。

 剣人はその活動が休日平日を問わないため、出席日数がある程度優遇されているのを利用してのことだ。

 もちろん、後で補習地獄は覚悟しなければならない。


「これを持っていろ」


 砂城が僕と真也に渡してきたのは、前世ではさんざん見覚えがあるものであり、今世ではまったく縁がなかったもの。

 携帯電話だった。

 慣れていない僕たちに対する配慮なのか、いわゆるガラケーである。


「……どうやって使うんだ?」

「黒峰と同時に教えてやるから少し待て」

「いや僕分かるから」

「なに!?」


 一様に驚きの表情を浮かべる砂城と真也。

 無理もないけど失礼な男どもを尻目に電話帳をチェックする。

 真也、砂城と清奈と春樹さんの名前の他に、名前のない電話番号がひとつ、予め入れてあるようだった。


「この番号はなに?」

「保険だ。俺の知り合いに使い捨ての電話を持たせてある。戸根崎三弥とねざきさんやという男でな」


 戸根崎という人は刀匠をやっている人で、砂城の持つ刀も彼が打ったものだと言う。

 剣人の血筋なので剣人のことは知ってはいるが、彼自身は剣人ではないため剣人会とは関わりが薄い。

 その上義理堅い性格のため、砂城はもともと神奈のほとぼりを冷ます間の預け先として彼のところを検討していたらしい。


「奴の従姉妹が五剣のひとりというのも、剣人会が手を出しにくい理由のひとつだ。奴に頼んで三日後は一日中、市中に車で待機してもらうことになっている」

「つまり、電話を掛けたら来てくれるってことか」

「そうだ。だが渡した電話もプリペイド式で使い捨てだ。チャージした金額に余裕は持たせてあるが、無駄な通話はするなよ、鴻野。肝心のときに使えなくなる」

「分かった」

「それと黒峰は同じ物を茨木にも渡しておいてくれ。入院中のあいつが襲われる可能性もある。使い方が分かるなら丁度良い。教えておいてくれ」

「あ、うん。ありがとう」


 もし神奈が襲ってきたとしても、剣人会専用の病院でもあるのである程度は抵抗が可能な戦力は揃っている。

 すぐに連絡がくれば、神奈が清奈にたどり着く前に僕が間に合うはずだ。

 ちなみに渡された端末は僕がピンクで清奈が白。

 道衣の色そのままで分かりやすい。


「鴻野は一期一振に現在までの経過を伝えて大典太への対策を練ってこい。俺はどうにか大典太の動きを探ってみよう」

「分かった。無理はするなよ、砂城」

「ふん、ここで無理をした方が覚えが良かろう?」


 こっち見ながら言うな。


「昼に一度、茨木の病室で集合しよう」


 僕としては清奈のところへ行って携帯の使い方を教えるだけでいいのかな、と思っていたのだが清奈がかなりの機械音痴であることが判明し、結果としてそれだけで昼まで格闘する羽目になったのだった。


*   *   *


「神奈、観沙の講義は少しは役に立ちそうかい」

「それなりに」


 うなずく神奈に、氷上は安楽椅子の上から笑いかけた。

 トレストタワー平池での戦いで、本調子ですらない伊織にあしらわれた神奈はその原因を観沙に指摘され、それならばと彼女に教えを乞うたのだ。

 伊織は神奈の戦闘経験の無さを突いて、神奈が彼女を上回っている力と速度を活かせないように立ち回った。

 技量というものは時間を掛けて伸ばして行くものであるため、神奈が短期間で彼女を上回るのは無理がある。

 だが、経験に関しては知識である程度はカバーすることが可能だ。

 そして直接戦えば神奈の方が強いとは思われるものの、戦闘経験では観沙が圧倒的に上回る。

 つまりここ二日ほど、神奈が教わっていたのはその経験によるコツのようなものだ。

 それですぐさまどうにかなるほど簡単ではないが、それを知っているのといないのとでは実際に経験したときの学習効率が全く違うし、努力次第ではそのまま活かすことも可能である。


「結構。それで、最後の戦いの場所は決めたのかい? あちらの言いなりでも構わないけれど、その場合は必ず何か仕掛けてくるだろうね」

「伊織姉は何してくるか分からないから、こっちで決めたい。いい場所、ない?」

「いい場所か。ふむ」


 少し机の上で腕を組んで考え込んだ氷上は、やがて面白いことを思いついたと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「ああ、いい場所があったよ」


 場所を告げられた神奈が意外そうな顔をしながらもうなずいた。


「あと、新しい刀を用意しておいた。あの娘のほどの刀はさすがに無理だったけど、前よりは良い刀だと思うよ」

「ありがとう」


 神奈が刀を受け取るために部屋を立ち去った後、氷上は誰もいないように思われた背後へと呼びかけた。


「いよいよだね、観沙」

「はい、安人様」


 すう、と物陰から浮かび上がるようにして観砂が姿を現す。


「大典太が平池市に入った。今回の情報をリークしてやれば、奴は必ず動く」

「手筈は整っております。いつなりと」


 常は冷静な観沙の言葉に力が入っているのを感じた氷上は、己も知らず拳を握っていることに気付いて苦笑する。


「駄目だね、冷静にならないと。相手はあの五剣のひとり。どれだけ策を積み上げてもひっくり返してくるだけの力を持っている」

「私では……届かないのでしょう、ね。ただの剣人に不覚を取っている有様ですから」

「あの娘をただの、というのはちょっと無理がないかな? まあ、五剣にはさすがに及ばないとは僕も思うけどね」


 肩をすくめた氷上は、神奈の立ち去った扉を眺めて独り言のようにつぶやく。


「散々に他人をクスリで壊して、挙句年端もいかない娘の想いを利用して、大義なんてどこにもない戦いだけど――それだけに勝たなければ意味がない」


 くるりと椅子を回転させて振り向いた先には、観沙ともうひとり、黒いコートに身を包んだ男が立っていた。


「まさかあの方の助力があって、さらに貴方の加勢があるなんて思っていなかったけれど、これも天佑と言うべきかな」

「……大典太が相手なら、是非もない」


 伸びるに任せた長い乱雑な髪をかき分けようともせず、血臭を纏った男は冥府から響くかのような陰鬱な声を発する。

 しかし氷上も観沙も、そんなことは気にならぬとでも言うかのように、男を歓迎する色を見せていた。


「心強いよ、根岸剛廉ねぎしごうれん。僕たちの共通の目的のために、よろしく頼む」

「ああ。――我ら三人の復讐のために」


*   *   *


「大典太に動きはあったか? 紅矢」

「いや、今のところは静かなものだ。そっちの首尾はどうだ」

「父上の協力は取り付けてきた。神奈のことには干渉しない代わりに、大典太が出てきた場合は可能な限り止めてくれると言っていた」


 お昼どきの清奈の病室で、僕たちは午前中に動いた結果について話していた。

 ちなみに僕は清奈に携帯の使い方を教えるだけで力尽きたので話すことは何もない。


「なるべく出てきて欲しくはないですね……」


 清奈が僕の剥いたリンゴをつつきながらため息をつく。

 春樹さんはここにいる誰よりも強いが、五剣相手となればさすがに不利は否めない。

 特にあの大典太相手に足止めをするとなれば、それは命懸けも同義だ。

 ことに清奈は、自分の妹のことで春樹さんが命を懸けるなどというのは心苦しさを感じるところだろう。


「だが、出てくる可能性は高い。他ならぬ氷上自身が情報をリークする可能性が高いからな」

「そうだな……」


 大典太を狙っている氷上からすれば、情報を流さない理由がないのだ。

 どういう経路で情報を流しているのかは分からないが、剣人会にすらバレていないそれを、僕たちが潰すのは非現実的だと思われる。

 そうであれば、情報が大典太に流れるものとして行動を組み立てなければならない。


「不安要素もある」


 トレストタワー平池における、池田和志の失踪。

 大量の血痕が残されていたという以上、生存は絶望的と思われるが、それを誰がやったのかが明らかになっていない。

 別の鬼人がいて、それが介入してくるという最悪のシナリオも視野に入れる必要があるだろう。


「前途多難もいいところだが、そいつは今更だ。俺たちは氷上たちを退け、神奈を取り戻し、大典太からも守り抜く。それは別の鬼人がいたとしても変わらない」

「……妹のことで皆さんに迷惑を掛けて、済みません。でも、お願いします。たったひとりの妹ですから」


 ベッドの上で、清奈が深々と頭を下げる。


「ううん。神奈は僕にとっても、真也にとっても妹みたいなものだから」

「ああ。そこは変わらない。任せてくれ」


 それでも清奈が済まなそうにしているのは、自分が負傷していて戦いに参加できない歯痒さがあるのだろう。


「それじゃ、その具体的な方法について、だね」

「そうだな。茨木の妹と戦うのは黒峰、貴女なんだろう?」

「うん。ただ、今回に限っては氷上も観沙もいないと思うんだよね」

「そうか。大典太を狙う以上、姿を隠している、か」


 氷上たちにとって、神奈は仲間ではなく利用できる駒に過ぎず、大典太さえおびき寄せてしまえば用済みと言ってもいい。

 前回、前々回の戦いでは神奈を失うわけには行かなかったから僕たちとも戦ったけれど、今回は前提が異なる。


「そうなると、むしろ大典太の手の者たちへの対応が必要となってくるか」

「大典太自身は父上が相手をするとして、部下を連れていないなんて考えるのは楽観視が過ぎるんだろうな」

「それは俺たちで相手をするしかないな。まあ、俺と鴻野であればそのへんの剣人程度であればまとめてあしらえる。問題はなかろう」

「大典太の部下がそこらへんの剣人程度かというと、そうは思えないが。まあ、どうであれやるしかないのは確かだな」


 真也と砂城はすっかり腹を括っているようだ。

 それはいいのだが、まだ考えなければならない点はある。


「あとは、神奈と戦う場所と、いるかもしれない別の鬼人に対する対処、かな」

「場所か。確かにあちらが指定してきた場合、何を仕掛けているやも分からんな」

「そう。例え神奈を巻き込むようなものだとしても、ね」


 氷上たちは大典太を始末するためなら手段を選ばないという前提で、その行動を推測すべきだ。

 その視点に立った場合、例えば逃げ場のない場所を指定して、そこに僕たちと大典太が姿を現した途端に場所と神奈ごと爆破するという手段だって十分に考えられる。

 いかに優れた剣人であっても、肉体の耐久度は普通の人と変わらない以上、爆破に巻き込まれれば死、あるのみだ。

 この際面倒なのは、そうと分かっていても指定された場所へは出向かなければならない点である。


「指定された場所を放置して神奈が待ちぼうけを食う程度なら放置しても良いんだけど、今回それをやると、神奈と大典太が鉢合わせする。氷上たちにしてみれば、大典太を足止めするのは僕たちだろうが神奈だろうが構わないわけだから……」

「神奈が巻き込まれることに変わりはない、というわけですか。厄介ですね」

「だからもし指定が来たら、そこの下見は必須。場合によっては剣人会の手を借りてでも調べた方がいいと思う」

「剣人会を噛ませるのか?」


 驚いたような声を出す真也。


「うん。だって一番知られたくない人に感づかれてる以上、遠慮しても始まらないよ」

「それもそうか。逆に大典太に遠慮して剣人会側は何も言ってこないことすら考えられるな」

「もし、その必要があったらそのときは砂城先輩にお願いすることになるかな」

「分かった。任せてもらおう」


 フ、と白い歯を見せて笑う砂城。

 なんだその少女漫画の登場人物のようなエフェクトは。

 漫画ならともかく実際にやる奴なんて初めて見たんだけど……。


「あとは不明の鬼人、か。こればっかりは対策の立てようがないな」


 真也の言う通り、相手がいるかどうかも分からず、いたとしてもその目的も人数も何も分からない現状では対策は立てられない。


「できるとすれば、対処可能な人の数を増やすことなんだけど」

「それは難しいだろう? 鴻野道場の剣人は俺たちだけだし、砂城には黙って手伝ってくれるような友人はいないぞ」

「鴻野、おまえ俺に喧嘩を売っているのか?」


 著しくプライドを傷つけられたらしい砂城が真也を睨み付けるが、発言そのものを否定しないところを見ると、そういう友人の心当たりはないらしい。

 まあ、これだけ扱いづらい性格だとお友達は少ないだろうなぁとは思う。


「んー……やってくれるかは分からないけど、僕にひとり心当たりがあるから、当たってみる。僕がそっちに掛かっている間、真也が清奈についててくれるかな」

「それは良いが、心当たり? 俺が知っている奴か?」

「いや、知らない人。強さとしては元の神奈くらいなんだけど、信頼できるし」


 僕が言っているのは、前世で恋人だった有塚美紀のことだ。

 彼女の性格はそれなりに知っているつもりだし、今回のことを話しても口外はしないだろう。

 すべてを話した上で協力してくれるなら、僕に彼女を疑う理由はない。

 問題は、剣人会を敵に回すかもしれないこの戦いに、彼女を巻き込んでしまっていいものかどうかだ。


「慈斎老は駄目なのか?」

「それは考えたんだけどね……」


 神宮慈斎さんなら実力的には五剣に匹敵し、戦力としては申し分ない。

 ただ、確実に僕たちの味方になってくれるかどうかが分からない。

 慈斎さん自身は僕に対してとても親身になってくれるし、その人柄についても信頼できる。

 だが、それでも剣人会の重鎮であることも確かなのだ。

 剣鬼と化した神奈へどのような対応を取るのかは未知数だし、もし僕たちの味方をしてくれた場合でも、そのときは慈斎さんと剣人会との決裂は避けられない。

 それゆえに、僕は今回、慈斎さんへは連絡を取らなかった。

 春樹さんが慈斎さんに連絡を取ろうとしないのも、同じ理由なのだと思っている。


「とにかく、彼女に聞いてみる。やってくれるとは限らないし、ね」

また日曜が昇段試験で潰れるため、次回更新少し遅くなります……。

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