表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣人  作者: はむ星
青年篇
49/113

16

 トレストタワー平池は、どうやら五階まではテナントとして貸し出しており、それより上の階は賃貸住宅して貸し出しているタイプのビルのようだった。

 お家賃結構するんではなかろうか。

 それはそれとして、中に入った僕たちはさっそく壁にぶち当たっていた。

 当然といえば当然なのだが、五階より上に行くためのエレベーターは出入り口に認証が掛かっており、通ることができないのだ。


「ふむ。破るか?」

「いやそれ大騒ぎになるし」


 最後の手段としてはアリだけどなるべくやりたくない。

 真面目にお仕事しているガードマンに迷惑掛けたくないし。


「誰か通るのを待てばいいんじゃないか」


 真也の案が無難に思えたので、しばしロビーで話をしているふりをして待つ。

 五分ほどして、中から出ていく人があったので、扉が開いたのを見計らって皆で偶然を装って中に入る。

 第一段階成功。


「さて、次だな」


 エレベーターに乗り込むと、その階層のボタンは二十階までがあるようだった。

 とりあえず二十階のボタンを押して上へと向かう。


「実はこのビルは二十一階建てになっていて、最上階をすべて兄が使っているんだ。そのために建てたようなものらしい」

「どうやって二十一階まで?」

「たぶん、隠してあるボタンを押すんだとは思うんだが……」

「……これかな」


 通常のボタンの下に、施錠されているステンレス製のカバーがあるようだ。


「ちょっと下がって」


 全員を隅に追いやってスペースを確保し、呼吸を整える。


「ふっ!」


 一閃。

 からん、という乾いた音を立ててカバーが床に落ちる。

 居合斬りの要領で『鞘』から抜刀と納刀を行ったのだ。

 斬れるには斬れたものの、急上昇するエレベーター内の気圧の変化と、その中で急な動きをしたせいか少し目眩がする。


「あったぞ」


 そこにあったボタンを砂城が押す。

 エレベーターの壁に身を預けた僕を心配したのか、真也が声を掛けてくる。


「大丈夫か、伊織」

「大丈夫。血がまだ少し足りないせいだとは思うけど、変わったことがなければ問題ないと思う」


 さっき、そう距離は遠くないとはいえ学校から学校へと走って平気だったのだ。

 玉響による加速は心配な点だが、それ以外の動きならなんとかなるはず。


「着いたら僕が先頭で気配を探りながら行くよ。観沙って鬼人の不意打ちに気をつけて。影を通して攻撃してくる力を持ってる。池田先輩は真也の近くにいるようにして」

「わ、分かった。木刀は鴻野に渡した方がいいか?」

「いや、必要ない」


 そう言った真也の手にはすでに真剣があった。

 真也がメインで使っていた刀はこの間折れてしまったが、僕とは違って予備があったのだそうだ。

 まばたきした池田先輩が横を見ると、砂城もその手に真剣を、そして僕も桜花を手にしていた。


「……さっきは、それで?」

「うん」


 困惑する池田先輩の疑問にうなずく。

 どこから出したかとかは説明しない方針だ。

 聞かれても困るし。


「あ、言っておくけど、これで池田先輩のお兄さんを斬ったりするつもりはないから」

「斬られたらさすがに困るな。そうされても仕方ないくらい阿漕なことをやってきた人ではあるが」


 苦笑して両手をあげる池田先輩。


「僕としては兄を止められればそれで構わない。君たちが何をしてもね」


 またずいぶんと肝が据わった感じだ。

 感心していると、エレベーターの速度が落ちて二十階へと止まる。

 そこはパスして、次が本番だ。

 最悪、扉が開いた途端に襲撃とかもあり得るので、対応できるよう玉響を遣って周囲の気配を探る。


「……うん、エレベーターの前に人はいない。いるのは、奥に四人、その手前に三人」

「よし、扉を開けた途端に、ということはなさそうだな」


 真也が確認するように口にする間に、エレベーターはその一階層分を上がった。

 チャイムがして扉が開くと同時に外へ出る。

 目の前は廊下になっていて、奥と左右に扉が見える。

 人の気配は右の扉と奥の扉の向こうからしていた。

 迷わず奥の扉を目指して走り出す。


「後ろから来るかもしれないから、そこは注意して」


 小声の囁きに、後ろについて走っている真也と砂城がうなずく。

 開き戸の扉は鍵が掛かっている可能性もあるので、ドアの錠前のある面を遠慮なく斬り払う・・・・

 蹴り開けるようにして扉を開けると、果たしてそこには氷上と神奈の二人がいた。

 残り二人は池田先輩のお兄さんである池田和志とぐったりと倒れている遠藤先輩だ。

 僕の姿を確認した氷上が一瞬驚いた顔をしたが、すぐに神奈へと向き直った。


「神奈!」


 氷上の声に応じて、神奈が慌てたように、恐怖を顔に貼付けた池田兄へと刀を振り上げる。


「ひい……っ!?」

「やらせる、かあっ!」


 こちらを見て行動を急ぐことくらいは予測していた。

 玉響による加速を遣って猛然と踏み込み、神奈と池田兄の間と割り込む。


「っ、伊織姉っ!」


 顔を歪めた神奈が、半端な間合いで刀を振ることを嫌ったか、動作を中断して間合いを空ける。

 それが好機だということは分かっていたが、僕は動けなかった。


「お、おまえは……!?」

「下がってて」


 遠藤先輩はどうやら気絶させられているようで、意識がないようだ。

 池田兄は放っとくとこっちに取りすがってきそうだったので、冷たく突き放しておく。


「顔色が悪いね、伊織姉」

「そうかな。絶好調だけど」


 強がってはみたけど、割り込むのが精一杯だった。

 それだけで今の僕は目眩を堪えるのに必死で、それ以上は動くことすらできなかった。

 これ以上、玉響による加速は使えない。


「氷上ィ!」

「やれやれ、情熱的だねぇ。どうやってここを知ったんだい?」


 呆れ顔の氷上と戦意をみなぎらせる砂城が対峙する。

 真也は池田先輩を守りながら僕と砂城から等距離を保ち、いつでも劣勢になった方のフォローに入れる構えだ。


「それが知りたければ、ここで何をやろうとしていたかを教えて貰うけど」


 僕の言葉に氷上は渋い顔をした。


「交渉が上手になっちゃってまあ。でも自分の狙いをバラす奴はいないだろ? それに」


 打って変わって氷上は嗤う。


「君、ここで死ぬんだし」

「貴様は黙れ」


 砂城が斬り掛かり、応戦する氷上との間でたちまちのうちに激しい斬り合いが始まる。

 それに呼応するように目の前の神奈から強烈な殺意が放たれる。

 万全ではない体調で剣鬼と化した神奈の相手をしなければならないのは、正直厳しい。

 真也がその様子を見て僕の方に来ようとしたが、それを手で押し留める。


「多分少ししたら観沙が来る、真也。池田先輩が質に取られたらやりにくい。それより遠藤先輩と、池田先輩のお兄さんを」


 手前の部屋にいた気配のうちのひとりが観沙のはず。

 気配の動きからして恐らく池田兄の護衛を片付けていたと思われるので、終わればこっちに来るだろう。

 池田先輩は自分のことは自分で面倒を見ると明言したが、それでも人質にされればこちらの動きは止まってしまう。

 それは遠藤先輩でも池田兄でも同じことだ。

 それなら真也にまとめて保護してもらった方がいい。

 砂城と氷上の応酬は互角のようだし、後は僕さえしっかりしていればそれで問題ないはずだ。


「伊織姉、今の私にひとりで勝てるつもり? 真也兄に手伝ってもらった方がいいと思うけど」

「勘違いが二つあるかな」


 殺意を漲らせている神奈だが、僕の言葉に眉を顰めた。


「勘違い?」

「ひとつ、僕がひとりで神奈に勝つ必要はないこと」


 前回の戦いを鑑みるに、氷上は決して弱くはないが、砂城と正面から戦って必ず勝てるほどの強さは持っていない。

 あちらからすれば予定外のこの戦いで、リスクを冒して長々と戦う気はないはず。

 観沙はまだ負傷から完全には回復していないだろうし、そうなるとこの場は神奈頼りである以上、勝てなくとも負けなければタイムアップが早いのはあちらの方だ。


「二つ目は、もっと簡単。僕は神奈に勝てないかもしれないけど、神奈は僕に勝つことはできないから」

「伊織姉っ!!」


 颶風のように襲い来る神奈。

 そのスピードは安仁屋さんにすら迫るほど凄まじいものだが、決定的に異なるものがある。

 それは戦いにおける己の力と速度の使い方、すなわち技量・・

 経験が浅ければ、力は力として、速度は速度としてしか操れない。

 神奈は鬼人としての力と速度に己の剣人としての技を乗せてはいるが、それは剣人として培った分の技量に過ぎず、新たに得た力と速度の操り方はそこにはない。

 つまり、力と速度は大幅に上がってはいるものの、技量は基本的に元の神奈のままなのだ。

 先読みとは相手の技量が高ければ高いほど働きにくいものであり、安仁屋さんほどの技量の持ち主を相手にした場合、その先を読む難易度は跳ね上がる。

 だが、神奈の技量なら僕は問題なく先読み可能。

 あとはその力と速度を考慮して捌くだけだ。


「な……んで!?」


 喉元を狙った突きを半身になって躱し、袈裟斬りを桜花で逸らし、横殴りの胴斬りは肉薄することで断念させる。

 先読みによってついて行けているが、それでもその力と速度は脅威の一言。

 読み違えるか、対応を間違えればあの世行きは間違いないし、防御はできても反撃にはかなりのリスクを伴うため迂闊なことはできない。


「修行不足。もっと稽古に来ていれば、勝てたかもしれないのに」

「う、るさいっ!」


 僕の挑発に乗ってさらに回転を上げる神奈だが、感情に任せたそれは動きを雑にする結果でしかない。

 縦横に振るわれる刀をことさらに刀で受けて・・・・・いく。

 神奈と比べて僕の方が上回っているものは、技量と、もうひとつ。


「っ!?」


 異変に気づいた神奈が大きく後ろに跳び退るが、遅い。

 その手にした刀は激しく刃こぼれしており、そしてたった今、僕が大きく入れた根本への切れ込みによって、刀身が床へと落ちる。


「ふう、どうにか出来た」


 そう、桜花を持つ僕と、普通の刀でしかない神奈では得物の強度が異なる。

 わざと神奈の刀が刃こぼれするように受け、タイミングが合ったときに刀身を斬り落としたというわけだ。

 もはや柄のみとなった神奈の刀とは対照的に、桜花の刀身には傷一つない。


「伊織姉ェェェ」


 まるで視線で射殺すかのような怒りの籠もった目で、僕の名前を叫ぶ神奈。

 刀を失った神奈だが、鬼人である彼女は鉤爪でも戦えるし、僕だって余裕綽々というわけじゃない。

 兵法では相手に弱みを見せることは下の下だから平然としたふりをしているけれど、緊張を切らせばいつ目眩を起こすか分かったものじゃない体調なのだ。

 神奈も最初は僕の体調が万全でないことに気付いていたはずなのだが、今や頭に血を昇らせて忘れ去っている。

 ならば僕はそれにつけ込むだけ。


「動くな。そいつを投げたら、あんたを確実に斬る」


 油断なく身構えていた真也が、入ってきたドアの方に刀を向ける。

 気配を消して近づいてきていた観沙が、手にしていた投げナイフを床に落として両手を挙げた。

 気付かれなければ奇襲ができただろうが、最初から警戒している相手にはいかな観沙とて苦しい。

 影を介してナイフを投げられる観沙がそれを投げた場合、それを確実に防ぐのは難しいが、投げた瞬間は当然隙ができる。

 真也はナイフを投げたならそれを防ぐのは諦め、観沙自身を確実に斬ると宣言したのだ。

 体調が万全であれば、それでも真也の攻撃を防ぐことができるかもしれないが、今の観沙は明らかに動きに精彩を欠いている。

 観沙も自分でもそれを理解しているからこそ、ナイフを落として諦めたことを示したのだろう。

 何度も言うが、この戦いは彼らにとっては想定外のことなのだ。

 そこで戦力を削ぐ愚は侵すはずがない。


「ちぇ、ここまでか」


 観沙が真也にあっさりと捕捉されたのを見て、氷上はここまでと判断したようだった。

 砂城の刀を鉤爪で弾くと、間合いを広げて対峙する。


「提案があるんだけど」

「提案だと……?」


 聞く気はない、と言いたげな砂城だが、どうにかそれは自制したようだった。


「大人しく退くから、見逃す気はないかい? 嫌だっていうならこっちも全力で暴れさせてもらうけどね」

「アントさん!?」


 抗議するように声をあげる神奈に、氷上は言い聞かせるように言葉を続けた。


「彼を手に入れるのは五日後だろう? なら、それまでは我侭言わない。ここは僕たちの負けだけど、最後に勝てばいいんだから。大体、刀は失ったわけだし」

「……分かった」


 うなだれて渋々従う神奈にひとつうなずいて、氷上は僕たちの方を窺うように見る。


「それで、どうかな?」

「受ける」


 僕の答えに氷上は薄く笑うと、じりじりとドアの方へと下がっていく。


「伊織姉。次は、斬る」

「神奈には無理だよ」


 柄のみとなった刀を『鞘』に納めた神奈が僕を睨みながら口にした言葉に、僕はそう答える。

 神奈の剣は十分に僕に届き得る。

 でも、真也のため、清奈のため、そして神奈自身のためにも、それをさせるわけにはいかないのだ。


「……」


 僕の答えに神奈の目にさらなる炎が宿る。

 それは真也の方を見たときに切なそうに細められたが、炎が消えることはなかった。

 そして、鬼人三人が立ち去った後で、桜花を納刀した僕は盛大にひっくり返った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ