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清奈の負傷については、春樹さんを通して茨木家に伝えてもらっていた。
その際に春樹さんには神奈の現状も伝えたが、茨木家には伝えないことにしたようだ。
鬼人と争って負傷した、ということにしてあるらしい。
嘘ではないし、口裏は合わせてあるから問題はない。
『しばらく、このことは僕のところで止めておく。真也たちは、自分たちの信じるように動いてほしい』
電話口で、春樹さんは真也にこう言ってくれたのだそうだ。
春樹さんには本当に迷惑ばかり掛けている。
いつか、何らかの形で返したいものだと思う。
「それで、どうやって茨木の妹に勝つかを模索せねばならんわけだが」
道場で準備をしているはずが、僕たちよりも後に道場に入ってきた砂城は渋面でそう切り出した。
「その前に厄介事が発生した」
「厄介事?」
「剣道部の主将、安達のことは知っているか?」
「ああ、あのとても体格良い人」
まさに筋肉の鎧のような体格の持ち主だったけれど、彼がどうしたんだろう。
「あいつが暴漢に襲撃されて病院送りになった。意識ははっきりしていたが、利き腕を折られてしばらく剣を振ることはできんそうだ」
並大抵の暴漢だと返り討ちにしそうな感じだったけど、襲撃側が並ではなかったということだろうか。
分厚い筋肉というのはそれだけで体を頑丈に守るものだし、何よりその上で主将になるくらいに剣道の心得がある。
あの人を木刀で病院送りにしようと思ったら、僕でも結構難しい。
それを踏まえた上で、このタイミングで砂城がこの話題を切り出して来ると言うことは。
「神奈か」
真也もそう予想したようで、確認するように砂城を見やるとやはり首肯が返ってきた。
「覆面で顔を隠していたそうだし得物も木刀だったらしいが、安達の覚えている限りでは襲撃者は小柄な女ひとりだったそうだ。小柄な女などこの世にいくらでもいるが、あの筋肉ダルマを木刀で病院送りにできるのはそうは居まい」
準備をしに道場へ行く途中、出会ったクラスメイトからその話を聞いた砂城は、その足で安達先輩の入院している病院まで向かって直接話を聞いてきたのだと言う。
ちなみに清奈が入院している病院は剣人会によって経営されているもので、一般人の診療はしていない。
「でも、なんで安達先輩を神奈が?」
「それは分からん。が、安達に聞いた話から推測はできる」
砂城が聞いた話では、実は安達先輩は襲撃されたのは初めてではなかったのだそうだ。
倒しても倒しても起き上がってくるゾンビみたいな相手に一度襲撃されており、その時は起き上がってこなくなるまで殴り続けたのだとか。
覆面の女は普通に話が通じたが、その時の相手は話し掛けてもまともな応答がなかったという。
「どう聞いてもデモン服用者の特徴だ」
ということは安達先輩はデモン服用者を効果が切れるまで殴り倒し続けて勝ったということになる。
過去にあれを飲んだ西木を止めるのにとても苦労した覚えがあるんだけど、そんなのに殴り勝つ安達先輩って実はもの凄く強いのでは。
やはり筋肉は正義なのか。
しかしデモン絡みということはやはり氷上がその影にいることになるが、なぜそこに関わってくるのかという疑問が出てくる。
「そして安達はあの厳つい顔つきにも関わらず平和主義者で、俺はあいつとモメている相手はひとりしか知らん」
砂城の言葉に、剣道部の見学のときの出来事が思い出された。
遠藤先輩に絡んでいた、小太りの目付きの良くない男。
「池田って人?」
「良く知っているな。池田和志。日之出高校の理事のひとりで剣道部副将の遠藤理華の許嫁でもある。ついでに言うなら理事会にカネをばらまいて発言力を上げている俗物だ」
ああ、それであんなことしていても先生がたが何も言えなかったわけか。
去り際に邪魔をした安達先輩を睨むように見ていたし、動機は十分にありそうだ。
「あの俗物なら氷上と繋がりがあっても不思議とは思わん。金だけは潤沢に持っている愚物だ。氷上が利用しようとして近づくことは十分考えられる」
「それで安達先輩を恨みに思った池田氏が氷上に依頼して、それで神奈が今回のことをやったってこと?」
「その可能性が高い。氷上が何を企んでそれを受けたのか、までは分からんがな」
確かに氷上が何も考えずにそれを受けるとは思えない。
しかし、それを考えるためには情報が不足しているのも事実だ。
「……」
「どうしたの、真也」
何やら考え込んでいた真也は、僕の声に顔を上げた。
「いや。そもそも、氷上は何を目的にしているんだろうな、と思ってな」
「そう言えばそうだね。今回のことだって、神奈が剣鬼となったのを見て『目的は達した』って言ってたし」
「ふむ。確かにな」
真也が疑問に思ったように、氷上には今回のことを行う大前提としての目的があるはずだ。
単にデモンやDSをばら撒き、神奈を剣鬼にしておしまい、なんていう話のはずがない。
それらを行うことによって、何らかの目的を果たそうとしているのだ。
「材料が足りていないのは事実だが、いちおう整理してみるとするか。何か分かるかもしれん」
そう言うと砂城は道場の倉庫からホワイトボードを引っ張り出してきて、現状を箇条書きにしていく。
ホワイトボードには次のような事実が書き出された。
・氷上はデモンをばら撒き服用者を大量に作り出している。
・ダークシードというチームを作り、その中心に収まっている。
・ダークシードを利用してDS服用者を作り出している。
・DSにより神奈を剣鬼とした。
・池田和志との繋がりが疑われる。
・安達先輩をそれぞれデモン服用者と神奈を使って二度に渡り襲撃したと思われる。
「こうして見るともっぱら薬を作り出しているように見えるが、重要なのはそれ以外の動きの方だろう」
「やはり神奈を剣鬼にしたことと、安達を襲ったことが気に掛かるな」
「うむ。その二つは明確に何らかの意志を持って行われた結果だと思われる」
赤いマーカーでチェックを付けながら、砂城は横に補足を書いていく。
「茨木の妹を剣鬼にしたことには、駒の充実という意味は当然あるだろうな。そしてそこで呈される疑問は当然、なぜ茨木の妹が選ばれたのか、だ」
「神奈ならではの意味、か」
「剣人、っていう理由だけなら、清奈や真也でも良かったはずなんだよね。そこの砂城先輩でも。僕はその頃はまだ剣人じゃなかったから、そこで対象外だったとは思うけど」
「ふっ、俺はうまい話であればあるほど疑ってかかるのでな。選ぶには敷居が高かろう。そして鴻野にしても茨木にしても、茨木の妹と比較すればどちらが与し易いかは言うまでもない話だ。……黒峰、おまえが選ばれれば良かったのに、という目はやめるんだ」
そんな目してたっけ?
してたかもしれない。
ちょうどそう思ってたところだしね!
「ともあれ、現状では神奈が選ばれたのは消去法である可能性が高いわけだ。では、なぜ剣人を鬼人にするなどという、前例もなければ危険な真似をしたのか、だな」
「確かに、神奈が氷上に牙を剥く可能性は決して低くないよね。結果としてそうならなかっただけで」
「そう考えると、氷上の狙いは茨木の妹を剣鬼にすることだけにあって、そこから先は余録のようなもの、と考えるのが正しいか」
では神奈を剣鬼にしたことで氷上に何のメリットがあるのか。
いや、メリットと考えなくてもいい、そのことで何が起こるのかを考えるべきかもしれない。
そう口にすると、剣人の二人には思い当たることがあったらしい。
「ふむ……氷上の狙いかどうかは分からんが、もし茨木の妹が剣鬼になったことが剣人会に知られた場合、必ず起こることがひとつある」
「……あれか」
真也が珍しく渋面になった。
そもそも剣人会に今回の事態を知られれば厄介なことになるのは確実だが、よほどのことが起こるらしい。
「『友切』が出てくる」
「友切って?」
真也と砂城が交互に説明してくれたところによると、『友切』とは剣人の始末を専門とする剣人会内でも異色の組織の名称なのだそうだ。
剣人と言えども聖人君子などでは決してなく、道を踏み外す者もそれなりに存在するらしい。
そういった剣人を世に知られる前に葬り去ることを使命とした必要悪。
その性格上使命感の強い者でなければ務まらないが、狂信的な者も多いため一般的な剣人からは嫌われていると言う。
「そして、その友切を率いるのが五剣のひとり、『大典太』金本敦だ。原理主義派の急先鋒で鬼人を異常なほど憎み、それが嵩じて裏切り者も決して許さない狂信者。もし奴が出てきたなら、茨木の妹を救うのが難しくなるだろうな」
確かに今の神奈は鬼人で裏切り者。
その大典太さんにしてみれば、絶対に許せない対象だろう。
そこまで考えて、引っかかるものがあった。
氷上がそのことを知らないとは思えない。
知っててやったとするのなら、何が引っかかるのか。
そう考えたときにひとつ、閃くものがあった。
「……氷上は、その大典太を狙ってるんじゃ?」
「可能性としてない線ではない。だがどうしてそう思う」
問いを受けて、僕は自分の思考を整理しつつ口にしていく。
「まず、氷上が神奈のことが発覚したらその大典太が出てくることを知らないとは思えない、というのがひとつ目」
これの根拠は最初に氷上に会ったときに、剣人でもない僕のことまで知っていたこと。
つまり情報を重視するタイプだと思われる。
これは商店街に行ったときも、こちらの行動を捕捉していたようなフシがあることから、間違いではないと思う。
「次に、それを知っているのなら、普通は神奈を派手に動かしてわざわざ危険度を上げるはずがない、というのが二つ目」
「確かに、五剣を相手にするのはリスクが高すぎるはずだな」
「ふむ、今回わざわざ茨木の妹を使ったのは逆に大典太をおびき寄せるため、か。そう考えるとこれひとつで済む話とも思えんな。それにそうであれば茨木の妹をコントロールする必要はない。暴れるならばそれはそれで氷上にとって好都合ということになるのだからな」
「うん、それと」
そしてもうひとつ、この推測に至った理由があるのだ。
「最後に、もし神奈が大典太と戦うことになった場合、僕たちを味方に引き込める可能性があること」
「……成る程」
砂城が地の底から響くような唸り声をあげる。
「僕たちは神奈を見捨てる気がないし、そうなったら五剣のひとりを相手取ってでも神奈を守らないといけない。もし氷上が大典太を狙っているなら、僕たちと彼が争っている最中は絶好のチャンスになる」
氷上が大典太を狙う理由は現時点では分からない。
だがひょっとしたら、氷上はこれを狙って神奈を、周囲に味方となりそうな者が複数いる剣人を狙ったのかもしれないのだ。
「……不味いな。大典太が本当に出てきたら、俺たちでは相手にならない」
「そんなに強いの?」
「話でしか知らないが、強い。父上が三本に一本、取れるか取れないかだというくらいだしな」
春樹さんがそれでは、僕たちでは三本が三本とも全滅だ。
今の剣鬼となった神奈でも春樹さんに確実に勝てるか、というと、僕の目から見ると厳しいものがある。
反応速度や力では上回るだろうが、神奈の剣はまだまだ粗い。
僕から見てもそうなのだから、春樹さんほどの剣士にしてみれば、付け入る隙はいくらでもあるだろう。
そうなると、その春樹さんより強い大典太相手では勝ち目は十に一つもない。
「こうなると氷上の狙いは大典太だと考えて動くのが良いだろうな」
「うん。原理主義で鬼人を憎んでいるような人なら、逆に鬼人から恨みを買っててもおかしくない」
「確かに。氷上と、そしてあの観沙とかいう鬼人の行動は、無軌道なものではなかった。それが真正面からは勝てない相手に対する恨みであるとするならば、納得は行く」
ホワイトボードの書き込みを消しながらうなずいた砂城は、そこで目を細めた。
「前提をそう決めて行動するとして、次は奴はどう動くか」
「ひとつ、候補があるよ」
安達先輩を襲ったというのなら、僕と、この場にはいない清奈には容易に推測できる先がある。
池田氏が氷上と繋がっているのであれば、必ず無関係ではいられないであろう人。
「遠藤先輩が危ないと思う。僕が行く。悪いけど、特訓は二人でお願い」
「そうは行かない。伊織、おまえは忘れているかもしれないが、神奈はおまえを一番狙っているんだ。神奈が待っているかもしれない場所にひとりで行かせられると思うのか」
「鴻野の言う通りだ。ここは全員で行くべきだろう。特訓も必要だろうが、そのせいで大典太の介入を許しては元も子もなかろうよ」
そうだった。
神奈という良く見知った相手ということで油断があったようだ。
僕の方が遠藤先輩を守るだけのつもりであっても、神奈の方が殺意を持って掛かってくれば相手をせざるを得ないし、その場合は僕が無事に済む可能性は低い。
「分かった。ありがとう。みんなで行こう」
「ああ、背中は任せてくれ」
「さて、前回の雪辱と行かねばな」
次回更新は日曜日になりそうです。




