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剣人  作者: はむ星
青年篇
46/113

13

間に合った……!

 清奈が負傷してから二日が経っていた。

 あの後砂城の意識の回復を待ってから病院へと急行した僕は、清奈と血液型が一致していたためそこで捕まって大量に血を抜かれた。

 それで清奈が助かるなら安いものと抜かれるに任せていたのだが、限界ぎりぎりまで取られてかなりふらふらになった。

 でも、その代償と、何より必死に行った止血のお陰で清奈は一命を取り留めたので、それは気にならないくらいに嬉しかった。


「あと五日、か」


 入院初日は絶対安静だった清奈だが、昨日意識を取り戻したので僕たちは清奈の病室で話し合いをしていた。

 もちろん議題は神奈についてだ。

 これを話し合うのに、清奈を省くわけにはいかない。


「鴻野。おまえ本当に茨木の妹を助けるつもりか?」


 意識を取り戻した後、不覚を取ったことに歯軋りをしていた砂城だったが、二日経った今は落ち着いていた。

 あの状態では僕だろうと真也だろうと神奈に遅れを取ったことは間違いない。

 砂城が恥に思うことは何もないのだが、彼のプライドが許さないのだろう。

 次は汚名を濯ぐ、と意気込んでいる。


「ああ」

「鬼人と成った、と言っていたのだろう。他のデモン服用者とは違って、薬を抜けば元に戻るというわけではないぞ」

「承知の上だ。神奈が鬼人のまま元に戻らないのだとしても、神奈は神奈だ」

「鬼人は人を殺す。それでもか?」

「神奈はしないし、俺がさせはしない」


 折れる様子のない真也に、砂城は嘆息するようにため息をついた。


「おまえ、茨木の妹が鬼人になったことを上に報告する気もないな?」

「ない」

「ふん。俺が報告すれば、それに意味がないことくらいは分かっているだろう」

「ああ。だから、頼む」


 真也は深々と砂城に頭を下げた。

 その頭を見下ろしていた砂城は、やがて忌々しげに舌打ちした。


「やめろ、わざとらしい。大体、おまえは俺が報告しないと確信しているんだろうが」

「ああ。二日経っても上に言っていないってことは、そうなんだろう?」

「ふん。俺が報告していたらどうするつもりだったんだ」

「おまえは報告するならするで、事前に俺に言ってくれるはずだからな」


 本当に真也は砂城を高く評価しているようだった。

 理解できないとまで言うつもりはないんだけど理解したくない。


「あ、そうだ。上着、ありがとう。洗っておいたから」


 三メートル以内に近寄るなというのは砂城側からの話であって、僕から近づく分には問題ない。

 ……なるべく近寄りたくないのだが、借りたものを返すのにそんな礼を欠くこともしたくないし。

 血が足りなくてふらつきそうになるが、こいつの前で弱みを見せたら何されるか分からないので根性で耐え抜く。


「洗わなくとも良かったのだが」

「そういうわけにはいかないし」

「そうか。しかし眼福だったな」


 何が、と突っ込みたかったが、やぶ蛇というか、はっきりさせたら泥沼か血の海になりそうなのでやめておく。

 ちなみに止血に使った僕の道衣は、さすがに廃棄処分となった。

 光恵さんが縫ってくれた傑作だったのだけれど、清奈の命には換えられない。

 今度、光恵さんには謝っておかないと。


「清奈は具合はどう?」

「痛いですけど、大丈夫です」


 ベッドに寝ている清奈は、まだあまり顔色は良くないし傷の痛みに脂汗も浮かべてはいるものの、口調はしっかりとしていて淀みない。

 何より瞳には強い光があって、僕を安心させた。


「そうか。清奈は、神奈をどうしたい? 俺と伊織は助けたいと思っている」

「もちろん、助けたいです。例え、家の意向に逆らうことになっても」


 剣人が鬼人になったというのは長い剣人の歴史においても類のないことだというのは、僕を除く三人ともが同様の事例を聞いたことがないという時点で明らかだった。

 いずれにしても神奈が剣鬼となったことを剣人会に知られれば、派閥を問わず彼女の抹殺に動くだろうというのは、三人の一致した見解だった。

 お師さんの言動から剣人会は鬼人を不倶戴天の敵として見ているのだろうとは思っていたが、予想以上に凝り固まっているらしい。


「真也。春樹さんには言っても大丈夫かな?」

「父上は問題ないと思う。だが、茨木家は……」

「ええ、私も実家には言わない方が良いと思います」


 茨木家の長は実質的には清奈の母親であるらしいが、剣人としてのプライドが高く、娘が鬼人となったなどと知れば自ら斬り捨てに行きかねないと言う。

 そういう人に育てられた割には、清奈も神奈もそんなところがまったく感じられないのは春樹さんの影響だろうか。


「ふむ、成る程な。だが一期一振が味方に付くのは心強い」

「あれ、砂城先輩は協力してくれるの?」


 確か砂城は原理主義に近い主張をしていたはずだ。

 鬼人となった神奈に味方する動機がないように思えるのだが。


「確かに俺は鬼人に掛ける情けは持っていない。だが我が剣のライバルと惚れた女が救いたいと願う相手を斬るような真似はせん」


 ……。

 両腕にぶわっと立った鳥肌をさすってなだめながら、僕はそれを聞き流す。


「まあ、それと、剣人と鬼人の双方の力を持った存在というものに、若干の興味もある。そうそう手合わせ願える相手でもなかろうよ」


 確かに砂城の言う通りなのだが、それに関しては面白がってばかりもいられないのが実情だ。

 五日後、神奈は真也を奪い取りにやって来る。

 清奈の傷は一週間やそこらでどうにかなるようなものではない。

 僕たちは清奈を除いた三人でその神奈を打ち負かし、取り押さえなければならないのだ。

 あのときの神奈の凄まじい動きは、僕が玉響なしでは捉えられないほどの速さだった。

 そして、それは捉えられるというだけであって、その動きについて行けるかどうかはまた別の話だ。


「だが、やるからには勝たねばならん。しかし今の俺と鴻野の実力ではメインの相手は務まらんだろう。貴女はどうだ? 黒峰」


 砂城が僕を見やる。

 この三人の中で神奈に正面から対抗できる可能性があるのは僕だけだという認識があるんだろう。

 そして、やれないという返事は許されない。

 敗北すれば僕は殺され、今度こそ神奈は真也を連れ去るだろう。

 しかし僕にだって勝算がないわけではない。


「神奈に対抗することはできると思う。でも、それは斬り結んでから十秒、どれだけ長くても二十秒以上は無理」

「それは俺との立合いでも見せたあの動きのことか?」

「うん」

「成る程。あの動きなれば」


 玉響の先読みによる超高速の動き。

 あれを使えば神奈の速度にも対抗できるが、それは諸刃の剣でもある。

 あの動きは僕の体に多大な負担を強いる。

 長く続ければ筋肉、靱帯に深刻な損傷をもたらす怖れがあるのだ。

 そのため、普段僕がこれを使うときの時間はほんの一瞬、長くても三秒程度で収めている。

 今はそのくらいならかなり余裕があるが、最初の頃はそれでもひどい筋肉痛に見舞われた。

 発動中、常に全力で動き続けているわけではないので多少の余裕を見ているが、二十秒以上は無理というのは、恐らくその時点で僕の体のどこかが壊れてそれ以上の動きができなくなるという意味でもある。


「分かった。ではメインは伊織に任せる。俺と紅矢はサポートに回る」

「目的は神奈を取り押さえて、無理矢理だろうとこっちに引き戻すこと。一応、神奈にこっちが勝ったら言うこと聞くよう最初に条件付けるから、結局のところは勝てばいいはず」


 剣鬼となった神奈は自らの力に絶対の自信を抱いた様子を見せていた。

 砂城ほどの実力者を一撃で昏倒させたのだから、それも当然とは言える。

 なら、こちらが負けたときに真也が大人しく言うことを聞くという条件を付ければ、三対一だろうとこっちの条件も呑むだろうという心算だ。


「清奈もそれでいい?」

「はい」


 話は決まった。

 具体的な作戦と、そのために必要な特訓については今夜から道場を借りて始めることにする。

 ここまで決まってしまえば、後に残っているのはちょっと繊細な問題だ。


「砂城先輩、ちょっと席外してもらえないかな。先に戻って特訓の準備しててもらってもいいけど」

「ふむ、承知した。先に戻っていよう。鴻野、男が廃るような真似だけはするなよ」


 砂城が病室を出て行き、後には僕と真也と、少し緊張した顔つきの清奈が残された。


「さて、真也。神奈にああ言われたわけだけど、どうするの?」

「どう……って。大人しく神奈のものになるわけには行かないだろう?」

「……」


 朴念仁ここに極まれり。

 ハリセンを持っていたらそのドタマに向けてフルスイングしているところだが、生憎というか真也にとっては幸運にというべきか、そんなものはここにはなかった。


「そ う じゃ な く て」

「真也さん……」


 ハリセンの代わりにずいと詰め寄った僕と、擁護できないといった表情の清奈を見比べて、真也は困ったような顔をした。


「えっと……?」

「だああ、神奈に好きって言われたでしょ! 返事しないで済ます気か!?」

「あ……」


 ようやく気づいた様子の真也に、病室なので小声で叫ぶなどという器用な真似をする羽目になった僕は思いっきり脱力した。

 血を抜かれた影響か、ふらふらするので額を押さえながら真也を睨み付ける。

 清奈も苦笑いをしているようだ。


「悪い……。どうやって神奈を助けるかで頭が一杯になってた」

「大本がそこにあるんだから、そこから考えないと駄目でしょうが。で、どうなの」


 これを清奈に尋ねさせるのは色んな意味で非常によろしくないので、主に僕が尋問役を買って出る。

 僕なら容赦も遠慮もしなくていいし。

 真也はしばらく思いっきり頭を捻っていたが、やがて考えをまとめたのか口を開いた。


「俺は……神奈のことは嫌いじゃない。けど、妹みたいにしか思えない」


 要するに僕が悟志に対して抱いていたのと同じような気持ちのようだ。

 そして多分、神奈もそれを察している。

 悟志がそれを察していたように。

 悟志は知った後に、それを認めて鮮やかに吹っ切る道を選んだ。

 対照的に神奈はそうと悟りつつも、諦めきれずに足掻く道を選んだということだ。

 良いも悪いもない、人の心の選択。


「そっか。でも真也って今は恋人にしたい人とかいないんだよね」

「ああ。そんなの考えたこともない」


 健全な青少年なので興味がないわけでもないだろうけれど、それよりも先に剣術の方が来るのだろう。


「それじゃ、もしそういう気になったとして神奈を選ぶ可能性はある?」

「うーん……」


 深く考え込む真也。

 本当に今までそんなことを考えたことがないのが良く分かる。

 普通なら、思春期の男の子ってそんなことばっかり考えている方が多いと思うんだけど。


「多分、ない」

「理由は? 妹としてしか見られないから?」

「ああ。異性として見る、というのがちょっと考えられない」

「分かった」


 清奈がとても複雑そうな表情でそのやり取りを見ていた。


「それじゃ次」

「次があるのか……」


 げんなりした表情の真也だが、このへん全部先に自覚させておかないと、神奈が突っ込んで聞いてきたときに真也が使い物にならなくなる可能性がある。


「誰なら選ぶ可能性があるのかな。神奈がそう聞いてきたらなんて答える?」


 自分じゃ駄目と言われたら、誰ならいいのか聞きたくなるのは人間の心理だろう。

 ことに、神奈は僕と清奈がそこに近いと考えている。

 さっきの真也の返答では、神奈がこの質問をしてくる可能性は高い。


「……」


 先ほどより長考に入る真也。

 神奈との戦闘中にこれを聞かれていたら、確実に集中力を欠いて戦力外だ。


「分からないというのが正直なところなんだが、飽くまでも可能性としてだが、伊織や清奈なら選ぶかもしれない」

「なんでそこに僕を入れるかな!?」


 ツッコミを入れると同時に立ちくらみがしてしゃがみこむ僕。


「お、おい。大丈夫か」

「大丈夫。ちょっと血が足りないだけ」


 今は差し伸べられた手を握る気にならず、我ながらよろよろと立ち上がる。


「それにしても、なんでそうなるかな」

「言えって言ったのはおまえだろう!? 可能性の話だ、可能性の」


 憮然となる真也だが、少し恥ずかしかったのか顔が赤い。

 清奈を見るとうっすらと顔に朱が差していたが、先ほどと同じ複雑そうな顔だった。

 自分の名前が出て嬉しいけれど、妹に悪いと思っているとかそんな感じなのだろう。

 清奈の名前だけ出していればいいものを、真也のおたんこなすめ。


「うん、えっと、そこはまあちょっと置いといて」


 深呼吸して息を整える。


「神奈じゃ駄目で清奈ならいい理由があるんだよね。それは何か分かる?」

「伊織さん、故意に自分を抜かすのはどうかと……」

「清奈は寝てればいいの!」


 横暴と言うなかれ、司会役には心の平静というものが必要なのだ。


「理由、か。まあ、言ってしまえば俺は剣術しか知らない」


 それまでとは違って照れも気負いもなく、自らの掌を見下ろしながら、今までの半生を振り返るかのように真也は言った。


「だからかな。剣に対して俺と同じようにのめり込んでいる奴を見ると嬉しくなるんだ。伊織、清奈、砂城もそうだ。だから、俺がもし誰かを選ぶとすれば、それは――」


 ぐ、と掌を握り込みながらそこまで語った真也は、はっとしたように我に返ると咳払いした。


「ま、まあそういうことだ」

「あ、うん」


 語っていた真也が少し格好良くて、僕と清奈はちょっと目が奪われていたのだが、最後ので台無しである。

 まあ、そういうところも含めて真也なのだろう。

 確かに、神奈は真也への思慕から剣術をやっていた節があるので、真也にとっては順序が逆だ。

 真也が神奈を選ぶ可能性はない、と言ったのにも納得が行く。

 それが神奈を納得させられるかは別の話だが。


「それじゃ、真也の気持ちも整理できたみたいだし、後はどうやって勝つか、だね」

「ああ。負けるわけには行かない。それじゃ神奈は幸せにならないし、俺だって不幸になるつもりはない」

「何もできないのが歯がゆいですけど、真也さん、伊織さん、神奈をお願いします」

「任せてくれ。必ず、神奈を助けてみせる」

「作戦についてはちょっと相談に来るかもしれないけど、とにかく清奈はしっかり傷を治すこと。清奈の分まで頑張るから」


 ベッドの上で頭を下げる清奈に、僕も真也もうなずいて親指を立てた。

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