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剣人  作者: はむ星
青年篇
44/113

11

最近ちょっと週末に時間が取れず、更新頻度が遅れ気味になっております。。。

 男の話では、もともとダークシードというチームはこの街に存在しなかったのだそうだ。

 その前身となったのは名前も決まっていないはみ出し者同士の寄り合いであり、本来は彼らで集まって騒いだり、暴走族の真似事のようなことをしたりする、いわゆるストレス発散の場だったのだと言う。

 男たちももともとそこに集っていたわけだが、三年前くらいからそれが変わってしまった。

 ひとりの男を中心に結束が強まり、集いは変質しはじめたのだと。

 彼は親切で面倒見が良く、思春期特有の悩みを持つ若者たちの相談に乗り、そこに集う者の間でカリスマ的存在になっていった。

 気づけばその彼を中心にダークシードというチームが結成されていたのだ。

 それだけなら男たちもそこに留まっていた。


「DSって聞いたことあるか? チームの奴らがバラマいてんだが、あれはヤバい」

「クスリは大抵危ないと思いますけど……」


 清奈の突っ込みに男は首を横に振った。


「そういう意味じゃねえ。俺たちは見ちまったんだ。あれを飲み続けた奴は、人間じゃなくなっちまう……!」

「ほう。どういう風になるんだ?」


 男の言葉に砂城が興味深そうに身を乗り出す。

 すると、別の男が口を開いた。


「……DSは強くなれる・・・・・ドラッグ・・・・として口コミで広まったんだ。あれを飲んでる間は全能感があって、そいつが何とも言えず気持ちイイ。それにハマっちまうとあれなしではいられない。そして常習化しちまうと、その全能感を試したく・・・・なって、誰彼構わず喧嘩を売るようになる。もともと強くなろうとする荒くれの間で広まったんだから、そうなるには決まってるんだが」


 そこまでなら普通にクスリの影響で凶暴化したという話だが、男の話は続いた。


「そんでDSをキメてる間は力がメチャクチャ強くなるし馬鹿みてぇにタフになる。大体それで勝てるんだが……一度、俺のダチがDSキメて喧嘩売った相手が、柔道の凄ぇ強い奴で、負けかけたんだ。そしたら……」


 そのときのことを思い出したのか、男の顔色は青くなり、体もかすかに震えているようだった。


「あ、あいつの手がいきなり鉤爪みてえに変化して……相手を、それで引き裂いちまったんだ。そうして、血まみれになってそれを見下ろして笑ってたダチは、その直後に苦しみだして、血ィ吐いて死んじまった。それで、俺は恐ろしくなってDSから手を引いたんだ」


 僕たちはお互いに目をかわしてうなずき合った。

 やはり、という感が強い。

 男の話は、そのDSというクスリの正体がデモン、あるいはその進化したものであるということを示していたからだ。

 そうであれば、中心人物であるという男の名前にひとりの男が思い浮かぶ。

 ただし、それが当たっているのであれば神奈の身が非常に危ないということだ。

 今聞いた話でも、死人が二人出ているのだから。


「その中心の男の名前って?」

「アント、って呼ばれてる」


 真也たちは聞き覚えのない名前に微妙な顔をしていたが、僕の鼓動は一拍跳んだような気がした。

 当たって欲しくはない予想が当たってしまった。


「どうした、伊織?」


 顔が強張っていたのだろう、心配そうに顔をのぞき込んできた真也に大丈夫だとうなずきながら、僕はそれを口にするかどうか躊躇う。

 だが、黙っていても始まらない。

 僕は一度深く息を吐いて、呼吸を整えてから口を開く。


「アントは、鬼人だよ。氷上ひかみ安人やすひとが本名だ」

「氷上だと!? いや、DSのことを考えれば背後にいるのはうなずけるが、奴自身がここにいるというのか」


 砂城が愕然としたように反応する。

 氷上のことはお師さんを通じて剣人会へと伝わったはずだから知っていたのだと思われるが、あだ名までは伝わっていなかったようだ。


「以前に僕がデモンを飲んだ西木って人と戦ったことは真也と清奈には言ったよね。彼が氷上をアントさんって呼んでたんだ」


 あのときに剣人ですらない僕のことを知っていた氷上が、剣人である神奈のことを知らないというのは希望的観測に過ぎる。

 大体、噂ではダークシードに『刀を持った少女』がいる、となっていた。

 つまり神奈は刀を出したことがあるということになるが、剣人は鬼人と戦うとき、または剣人と手合わせするとき以外に刀を出すことは滅多にない。

 剣人であることは秘匿されるべきことだからだ。

 これらを統合して考えると、ひとつの結論が導き出される。


「氷上は剣人会の方でも行方を追っていたが、尻尾を掴ませなかった。こんな近くにいたとはな」

「しかし……そういうことなら、神奈はすでに奴の手の中、か」


 苦々しげに砂城と真也がつぶやく。

 刀を手にした姿が噂にまでなっているのであれば、神奈は正気を失っている可能性が高い。

 なぜ正気を失っているのかの原因として、DSという存在は無視できない。

 そしてDSを誰が供給しているのかを考えたときに、その結論に至るのは必然だった。


「神奈……」


 妹の名をつぶやき、蒼白な顔でよろけた清奈を支える。


「大丈夫。絶対に助けよう、清奈」

「……伊織さん。ええ、そうですね」


 無理しているのは丸分かりだったが、清奈はそれでも笑顔を浮かべてうなずいた。


「姉である私が、首に縄を付けてでも引きずり戻します。妹が道を間違えたのであれば、私が正さないと」


 やっぱり、清奈は強い。

 弱冠十五歳の少女なのだから、こういうときは泣いているだけでもおかしくない。

 それなのにこうして気丈に振る舞っているのだから。


「うん、僕も手伝う」

「俺もだ。神奈は俺にとっても妹みたいなものだからな」

「ふん……責任の一端は俺にあるようだからな。その償いはしよう」


 僕たちがそう決意を新たにしたときに、路地の入り口に複数の気配がした。


「麗しい姉妹愛、そして友情だねぇ。感動したよ。さて、君たちに話があるんだけどね?」


 人を食ったような笑みを浮かべた氷上安人が、表情のない神奈を伴ってそこに立っていた。


「神奈!」


 清奈の呼びかけに神奈はのろのろと目を向ける。

 だがその顔には何の表情も浮かばない。

 無感動というよりは、人形か何かが動いたような錯覚さえあった。


「神奈に何をしたんです!」


 瞬時に刀を『鞘』から取り出した清奈が氷上へと躍りかかる。

 だがその前にやはり刀を出した神奈が、先ほどの鈍い動作が信じられないほど素早く立ちはだかった。


「どきなさい、神奈!」


 その神奈の刀を弾き飛ばそうとした清奈は、ぴくりとも動かない刀に目を瞠る。

 清奈と神奈は戦いにおけるタイプがかなり異なり、腕力は清奈、器用さで神奈が勝っている。

 本来、神奈は清奈に腕力では敵わないはずなのだ。

 驚愕に動きを止めた清奈目掛けて物陰から飛んできたナイフを、僕の振るう桜花がたたき落とす。

 さっき感じた気配の数と、目の前に現れた数が合っていないことは先刻承知だ。

 刀を『鞘』から取り出した僕に、氷上が目を丸くする。


「あれ? 君、いつ剣人になったんだい?」

「ついこの間。それよりそっちに隠れてる観沙って人だっけ? 出てきたら」

「やれやれ、先代三日月がくたばって怖いのはいなくなったと思ってたんだが。君も観沙の隠形が見破れるようになったのか」


 氷上のぼやきとともにスーツ姿の女性、観沙が物陰から姿を現す。

 ……以前出会ったときは力量が分からなかったけれど、この人、かなり強い。

 単純な戦闘力なら氷上を凌いでいるだろう。

 飛び道具を得手としている節もあるから、フリーにすると厄介そうだ。

 僕が観沙と睨み合っていると、刀を手にした砂城と真也が僕の隣に並ぶ。


「何のつもりか知らないが、出てきたなら丁度良い。ここで神奈を返してもらうぞ!」

「デモン服用者を多数作っていた狙いも一緒に吐いてもらうとしようか」


 観沙を相手取るには砂城と真也のどちらか単独では多少、心許ないかもしれない。

 相手は鬼人、負ければ死んでしまう可能性だってある以上、無理は禁物だ。

 かといって二人で掛かると今度は氷上がフリーになってしまう。

 そして今一番問題なのは、徐々に神奈に力負けしつつある清奈だ。


「ここは任せて。真也は清奈をお願い。砂城先輩は氷上を抑えて!」

「良し!」

「分かった!」


 二人はうなずいてそれぞれの相手へと走る。

 それを妨害しようと投げナイフを構えた観沙だったが、斬り込む構えを見せて牽制すると諦めて僕に向き直る。

 それぞれの戦いが始まった。


*   *   *


「貴様が氷上か」


 眼光鋭く剣気を放つ砂城だが、氷上は意に介した風もなくおどけたように一礼した。


「初めまして。氷上安人。鬼人だよ」

「茨木の妹に何をした?」

「そうだね、簡単に言えば、彼女の本当の望みを引き出した、ってところかな」

「戯れ言を。DSを飲ませたのだろう」

「それが彼女の望みだったからね」

「望みだと?」


 片眉を跳ね上げた砂城に、氷上は笑みを浮かべたまま両手を広げた。


「そうだよ。きっかけは、どこかの誰かさんが彼女に対して『弱い』と言い放ったこと」

「……」


 睨み付けてくる砂城に、にやにやと笑みを浮かべる氷上。

 広い情報網を持つ氷上は、その誰かが目の前の剣人であることも分かった上で挑発する。


「さて、ここで問題です」


 氷上は広げていた両手を腕組みするようにしながらも右腕の人差し指を立て、片目を瞑る。


「どういう望みがあればDSを飲もうと考えると思うかな?」

「さてな。俺には薬で叶える願いなどないから分からん」


 そう言い放った砂城に、氷上は面白そうに笑い声をあげて右手で目を覆った。

 それは致命的な隙と言えたが、砂城はそれを敢えて見逃した。

 誘いのように見えたからだ。

 そして戦闘において、そういう直感は往々にして意味を持つ。


「成る程ねぇ。そりゃあ、弱いことを罪のように言うわけだ」


 右手を下ろしたとき、氷上の目に宿っていたのは酷薄な光だった。

 口元には薄い笑みを浮かべたままの氷上は、その表情とは裏腹に怒りに満ちているようにも見えた。


「良いかい、弱者を追い詰めるのはそういう無理解と無神経さだ。追い詰められた弱者は何に縋っても強さを求める。そう、クスリに縋ってでも、ね」

「そうか。それについては反省しよう」


 一瞬も目を逸らさずに、砂城は刀の鋒を氷上へと突き付けた。


「俺からも言わせてもらおうか。追い詰めたのは俺の過ちだ。それは認めよう。だが、それにつけ込んだ貴様のような奴を、人は卑劣漢と呼ぶのだ!」


 叫ぶや否や、裂帛の気合いを込めて砂城は氷上へと斬り掛かる。

 舌打ちした氷上は手を鉤爪へと変化させてそれを迎え撃つ。

 たちまちのうちに激しい剣戟の音が響き渡る。


「弱ったね、僕は肉弾戦は得意じゃないんだ」

「ち、何を抜かす……!」


 五剣『鬼丸』を本家に持つ砂城の流派は鬼哭無双流きこくむそうりゅう

 その極意は間合いにあり、極めれば必ず有利な間合いを取ることができる。

 そこまでの境地に至っているのは当代一と謳われる神宮慈斎くらいであろうが、砂城とてそれを実戦で磨き上げてきた自信があった。

 しかし相手は先読みしているかのように、するりするりと間合いを外していく。


(こいつ、時間を稼ぐ気か……!)


 砂城は氷上の狙いをすぐに看取した。

 攻撃してくる気配が全くないのだ。

 試しに隙を見せてもみたが、乗ってくる様子はない。


「鬼人とはこの程度か。歯応えのなさにもほどがある!」

「さっき言っただろう? 僕は武闘派じゃないんだ。歯応えを求められても困るんだよねぇ」


 言葉とは裏腹に氷の壁でもあるかのように冷静な守備を見せる氷上。

 そもそも、攻撃を一切捨てているという前提があっても、砂城の攻撃をいなすにはそれなりの力量が要る。

 挑発に乗らない氷上とは対照的に、砂城は苛立ち、焦っていく。

 それが氷上の狙いと分かっていても。


*   *   *


「やめろ、神奈!」


 清奈を地面に押しつけつつあった神奈の前に真也がたどり着く。

 真也の叫びに無表情のままだった神奈はぴくんと反応し、刀を引いて後ろへと跳び退る。

 その隙に真也は清奈と神奈の間に割り込んだ。


「大丈夫か、清奈?」

「ええ、真也さん」


 うなずいて起き上がり、真也の隣へ並ぶ清奈。

 それを見ていた神奈の顔がゆっくりと歪んでいき、それはやがてそれは憎悪に彩られた。


「神奈……?」


 それに対する応えは、甲高い、悲鳴のような叫びだった。


「下がれ清奈!」


 前に出た真也が上段から打ち込まれた刀を受け流すが、そのあまりの重さに顔を歪める。


「く……! 正面から受けたら不味いぞ、これは」

「やめて、神奈!」

「馬鹿、下がれ!」


 真也には目もくれずに清奈目掛けて刀を振るう神奈。

 横殴りの暴風のようなそれを、真也は縦にした刀に全体重をかけて受け止める。


「うおおおおっ!」


 だが、ヒビが入るような音がしてその刀に大きく亀裂が入り、そして次の瞬間折れ飛んだ。


「真也さん!」


 清奈が真也に体当たりしながら抱きつき、地面へと引き倒す。


「何て力だ。これはDSのせいなのか……。ともあれ、助かった、清奈」


 起き上がろうとした真也は、清奈が動こうとしないことと同時に、手にぬるりとしたものが付着していることに気づいた。


「清奈……?」


 腕の中の清奈を見る。

 ぐったりとしている清奈の、その脇腹が大きく斬り裂かれ、そこから血が溢れ出ていた。

 放置しておけば命に関わるほどの傷。


「清奈!?」

「え……姉、さん?」


 神奈の目に正気の光が戻る。

 その視線は自らが斬った姉と、その血に濡れた自らの刀を交互に行き来し、やがて大きく開かれた口からは悲鳴が迸った。

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