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剣人  作者: はむ星
青年篇
40/113

7

 何も見えない。

 いや、それどころか何も感じない。

 自分がどうなっているのかすら分からないこの状態には覚えがあった。


[おめでとう]


 ハチ!

 ありがとう。

 あれ、でもこの何も見えていない状態って……僕はまた死んだのか?


[いや、話しやすいようにこっちに呼ばせてもらっただけだよ。終わったら戻すから安心してほしい]


 ならいいんだけど。

 でも話しやすいようにって、どういうことなんだろう。

 いや、この間みたいに僕がひとりで虚空に向かって叫びだしたら病院に連れて行かれそうだから、こうした方がいいには決まってるんだけど。


[有り体に言うと、君の今後についてなんだけれど]


 ああ……ひょっとしなくても、僕を生き返らせてくれたのって、親切心だけじゃないってことかな。


[まあ、そうなるかな。ただし強制じゃないことだけは分かってほしいな]


 僕としては無事に彼女を助けることができたから、ハチにはとても感謝している。

 本来望むべくもなかったそれを成したからには、それ以上を望むのはバチが当たるだろう。

 それに対して何か支払いがいるというのなら、僕にはそれを支払うつもりがある。


[そう言って貰えると気が楽かな。ともあれ、まずは説明がいるよね]


 そう言ってハチが語り始めたのは、次のような話だった。


 ――古来より鬼神と剣神は争ってきた。


 あるときは侍と鬼として。

 あるときは朝廷とまつろわぬ者として。

 あるときは神話の神々として。


 最初は小さな親切だった。

 まつろわぬ民と呼ばれ、体制の元になく、迫害されてきた人々。

 彼らを鬼神が憐れみ、己の力を分け与えたのが始まりだった。

 鬼神は彼らに加護として己の力の一端を受け継がせた。

 それは異能として発現し、鬼人となった彼らは強大な力を得ることになった。

 曰く、木々をへし折り岩をも砕く金剛力、炎を操り雷を落とす神通力。

 だが力を手に入れた民たちは、己を迫害してきた者たちだけでなく、無辜の民へもその牙を剥いた。

 迫害の歴史は、まつろわぬ民ではないすべての人々を憎むに余りあるものだったのだ。

 鬼神の力を得た彼らを止められる者はなく、当時の刀剣では鬼人の硬い皮膚に刃が立たなかったという。

 まさに物語における『鬼』だ。

 ある意味自業自得と言える事態ではあったが、人々が蹂躙されるのを黙って見ていられなかったのが剣神だった。

 彼は人々に鬼人に対抗できるだけの刀の打ち方を授け、さらに自ら選んだ武士もののふたちに『鞘』を授けた。

 剣人たちはこの授けられた力に己の技と刀の力を加えて鬼人たちに対抗してきた。

 それが鬼人と剣人の、対立の歴史の始まり。


 発端が体制側と反体制側である以上剣人と鬼人の融和は望めるはずもなかった。

 個人においては剣人と鬼人の友情というものも存在はしたものの、それは非常に稀な例であり、現代に続くまで連綿と剣人と鬼人は不倶戴天の敵であるという認識が続いているのだと言う。


[ただ、歴史を見れば分かるように、鬼――まつろわぬ民というのは常に迫害されてきた。それは皮肉なことに、彼らの獲得した能力のせいで揺るがぬものになったんだ]


 身体能力的には人と変わらない剣人とは異なり、明確に人外の力を有する鬼人はその力のせいで迫害される。

 人は人以上の力を持つマイノリティを許容できないからだ。


[そして鬼神はこの現状を打破しようと動き始めた。鬼人が救われるのは大いに結構だが、それも穏当な手段であればの話だ。けれど、そんな方策は僕にだって見えはしない]


 だんだんと話が見えてきた。

 僕にやって欲しいことというのは……。


[そう。鬼神が何をしようとしているのかを見極め、場合によってはそれを阻止して欲しい]


 そうは言っても僕は何と言ってもただの人だし、神様のやろうとしていることを阻止するなんてできるとは思えない。


[神にもルールがあって、直接現世に関与することは禁止されているんだ。どうしてもやりたければ、人として世に生まれ直すしかない。それもずいぶんな横紙破りだけどね]


 つまり何かするにしても、人を介してしかやれない。

 そういうことだろうか。

 それなら人である僕にもやりようはあるのかもしれない。


[そうなるよ。あちらがルールを破ったならこちらも破ることができるから、そこは君は心配しなくていい]


 ああ、やっぱりハチが、そうなんだ。


[うん、僕が剣神だ]


 答えにうなずく。

 話の流れからして、ここで違うとか言われたらそっちの方が驚きだ。

 ということは、転生した僕がお師さんのところへ行ったのも、狙い通りということだろうか。


[狙ったというよりは、そういう事例があることを予め知っていた、ということになるかな。今は君である赤ん坊は、君が転生しなければあのままあそこで死んでいたから]


 過去にそういう事例があることを知っていて、僕が死んだときにそれを持ち出してきた、ということか。

 時系列が絡むと、事態の把握がややこしいことこの上ない。


[それで、君にひとつ提案がある]


 それは少し予想していたことだった。

 ハチの話は僕がそれを受けようと受けまいと、僕がこのまま生きていく以上ある程度は関わらざるを得ない話のはずだ。

 だとすれば、ハチ――いや、剣神としては僕をどういう存在にしておいた方が良いのか。


[剣人になる気はないかい]


 やはり、そういう話だった。

 剣人とは剣神によって加護を与えられた存在であり、その末裔だと言う。

 ならば剣神であれば無制限かどうかは知らないが、任意に増やすことだってできるだろう。

 鬼神の企みを探るのであれば、鬼人とは必ず関わることになる。

 その場合、常に武器が傍らになくては命がいくつあっても足りないだろう。

 だから、話を受けるならなっておいた方が良い。


[受けなくてもなってもいいよ。僕は剣神。優れた剣者は好きだからね]


 少し微笑むような気配。

 確かにハチは親切心だけで僕を救ったわけではないんだろうけど、それでもやはり親切心もあったんだと思う。

 彼の気配からは、そういう暖かい雰囲気を感じるのだ。

 そのハチの提案を受けるに当たって、僕が気になっているところはひとつだ。

 先ほど少し言及していたけれど、ハチは鬼人をどう思っているのか。


[僕にとって鬼人は人と変わらない。鬼神の加護を得ただけで、そこは変わらない。その力で善きことを成すも悪しきことを成すも、個人の資質次第]


 つまり、鬼人を敵とはしていない、と解釈していいんだろうか。


[僕は鬼人も、鬼神だって敵だとは思っていないよ。ただ、鬼神がやろうとしていることが人の世のためにならないなら、それを止めて欲しいだけだ]


 ハチの想いは分かった。

 そして彼が僕に誠実であったからには、その言を信頼しない道理がない。

 なら、僕は剣人になろう。

 鬼人を敵だとは思わないけれど、もし僕の親しい人たちを害しようとする企みがあるのなら、それを阻止しよう。

 彼女――有塚美紀を助けた今、ある意味宙ぶらりんになった僕の生きる意味を、そこに持とう。


[ありがとう。目覚めたとき、君は剣人だ。ただ、今回僕のお願いを聞いてくれた君だからこそ、ひとつだけ覚えておいてほしいことがある]


 なんだろう?


[転生したのだとしても、君の人生は君のものだ。僕は君の人生におけるひとつの要素に過ぎない。例え神だとしても、君からそれを奪うことはできはしないのだと]


 うん、ありがとう。

 そう答えたとき、僕は覚えのある白い光に包まれた。


*   *   *


「う……」


 瞼を開くと、目を真っ赤に腫らせた美紀の顔があった。


「気がついた?」

「あ、うん」


 起き上がると、すでに日は完全に暮れて街灯の明かりだけが周囲を照らし出していた。

 どうやら僕は新島を倒した直後に倒れて、彼女がベンチに寝かせてくれたようだった。

 傍らには鞘に納められた桜花があり、少し離れた物陰には僕の遺体が手を組んだ状態で寝かせてあった。


「ありがとう」


 お礼を言って起き上がると、彼女は首を横に振った。


「お礼を言わなくちゃいけないのはこっちの方、なんだ、けど」


 俯いた彼女の肩が震えて、地面の染みがぽつぽつと増えていく。


「でも、ごめんなさい。もう少し、もう少しだけ、早ければ……って」


 視線は僕の遺体の方に向け、震える声で申し訳なさそうにそうつぶやく。

 僕が死んだせいでそのようにさせていることを考えると、申し訳無さに胸が痛む。

 それでも彼女が普通の人なのであれば、僕は何も言わずに立ち去る道を選んだだろう。

 剣人と鬼人の世界に普通の人を巻き込むわけにはいかない。

 でも美紀が剣人である以上、僕の道行きとも無関係ではいられない。

 それはある意味では僕にとって救いなのかもしれなかった。


「ごめんね、美紀」


 そう言って彼女の頭を撫でる。

 彼女を泣かせてしまったとき、僕はいつもそうしていた。


「え……」


 驚いた様子で顔を上げる美紀。

 ここで僕が僕だということを彼女に明かすことが本当に良いのかどうかは分からない。

 でも、彼女なら僕がどう変わろうとも生きていることを知れば、心の痛みは軽くなるんじゃないだろうかと思ったのだ。


「うん、僕だよ。今は黒峰伊織って名前だけど」

「え、え」


 混乱したように美紀は数回まばたきした。

 それはそうだろう。

 恋人が死んだはずで、目の前にその亡骸も横たわっているのに、その恋人と同じ仕草を見せるのが目の前にいて、でもそれは女だっていうんだから。


「後でちゃんと話すよ。それより、今はこの場をどうにかしないと」


 なにせ傍らには遺体が転がってて、僕の横には真剣がある。

 どう見ても僕が殺したようにしか見えない状態で第三者と遭遇したくなんてないし、このままここに僕の亡骸を放置して去るのも気分が良くない。


「あ……それは、もう少ししたらセキュリティ課が来ます」


 剣人会には剣人と鬼人が戦った際の後始末を専門とするセキュリティ課という部署があり、そこに連絡済みだと言うことだった。

 痕跡の抹消、遺体の処理、目撃者の口封じから警察への手回しまで行うらしい。

 なお口封じはなるべく殺さないようにはしているらしいが、最終手段としては存在するようだ。

 薄々思っていたけど怖い組織だ……。

 まあ、それでも今回に限ってはありがたくもあるけれど。


「それじゃ、話を戻そうか」


 剣人会のセキュリティ課が到着するまで、僕は美紀に今までのことをかいつまんで話した。

 死んだ瞬間に十五年前に転生したこと、そこから美紀を助けるために修行を積んできたこと。

 ややこしくなるのでハチの存在とその頼み事についてはまるっと削除したけれど。


「信じられません……」


 僕の話を聞いて、呆然とつぶやく美紀。

 こんな話をいきなり信じられる方が信じられないくらいだから、美紀の反応は当然だろう。


「うん、まあ気持ちは分かるけど」

「でも、あなたが陽平くんだというのは本当みたいです」


 いくつか僕しか知らないはずのことを聞かれて、どうにかそれに答えられたので信じて貰えたようだ。

 十五年以上前の記憶だから割とあやふやではあったんだけれど、今回の突入タイミングを測るために何度も死んだときのことを思い返していた際に、ある程度思い出したこともあったのが功を奏した形だ。

 危ないところだった。


「今は黒峰伊織。伝えたかったのは、どういう形であれ僕は生きているから、君が気に病む必要はないってことだよ」

「はい……複雑ですけど」


 そこはごめんとしか言いようがない。

 僕という存在は生きているけれど、美紀の恋人という存在は確かに死んでしまったのだから。


「えっと、伊織、さんでいいですか?」

「呼び捨てでいいよ。今は僕の方が年下になっちゃったし」


 それにも複雑そうな顔をしながら、美紀はうなずいて傍らに置いてある桜花を見た。


「伊織……は、剣人ではないんですね?」

「あ」


 そういえば剣人になったはずなんだった。

 思い出して桜花を手に取ると、不思議な感覚がその手を介して伝わってくる。

 今まで気づきもしなかったのに、僕の中に空白があって、今手にしているものこそがそれを埋めるものだと言うように。

 その感覚に従って桜花を『納刀』する。

 僕の手から鞘ごと、桜花が消え失せた。


「えっ!?」

「うん、こういう感覚なのか」


 無事に刀を納めることができたようだ。

 意識を向けると、僕の中に桜花が納まっているのが分かる。

 慈斎さんが苦心して調えてくれた鞘も、取り出そうと思えば取り出せそうだ。


「剣人、なんですか?」

「一応、ね」

「そうですか……それで、鬼人にも勝てたんですね」


 まだ剣人じゃないときに勝ったんだけど、ややこしくなるのでそこは口にしない。

 剣人に剣を教わったんだから半分剣人みたいなものだったわけだし。


「そうだ。助けてくれてありがとうございます、伊織」

「どういたしまして。それと、自分も危なかったのに僕のことを気に掛けてくれてありがとう。美紀がそういう人だったから、僕はここまで十五年、頑張ってこれたんだ」


 死んだことを謝った方が良いかな、とも思ったけど泣かせてしまいそうなのでお礼だけを言う。


「はい……」


 それでもやっぱり泣きそうになった美紀がうなずいたときに、ようやく剣人会のセキュリティ課の人たちが到着したようだった。

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