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剣人  作者: はむ星
青年篇
39/113

6

 玉響で周囲を把握しつつ、間合いを測る。

 お師さんとの死闘で開眼した僕の完全な玉響はとても強力なものだったが、その後の検証で欠点があることも分かった。

 先読みをして動く際に実際に高速で動くため、連続して使用すると激しく疲労すること、それに付随して筋肉や筋を傷める可能性があること。

 そして極限まで集中しなければならないために戦いの中で意識的に使用するには少し時間がいること、使用後の精神的な疲労が激しいことなどが挙げられる。

 いずれも鍛錬によって克服していくことは可能そうだが、今の僕では一日に一回の切り札といったところだ。

 長引かせるつもりはないので、玉響による空間把握と通常の先読みは常に使用しつつ、狙えるところで狙っていく。


「人の楽しみを邪魔すんじゃねえ……!」


 醜く歪んだ顔で殺人鬼が叫ぶ。

 年齢は二十代の半ばくらいだろうか。

 矢継ぎ早に繰り出される見えない攻撃を回避しつつ、その攻撃に剣先を少し当てて性質を見定める。

 強い圧力に一瞬、刀が持って行かれそうになったが、硬い感触は一切なし。

 つまりこれは風を叩きつけているようだ。

 鬼人には炎を操る者もいると聞いているが、それの風バージョンなのだろう。

 色々と応用が利きそうな能力だと思われるのだが、殺人鬼はただひたすらに瞬間的な暴風を叩きつけてくるだけ。

 あまりそういうことをせずとも勝利してきて、応用にまで考えが及ばなかったのかもしれない。

 ただ、それでも奥の手はあると考えるべきだ。


「なんで当たんねえんだ! くそが、イラつくぜ……!」


 何度も躱しながらも、動けない彼女から離れていくよう殺人鬼の動きを誘導する。

 相手に飛び道具がある以上、いつ気まぐれを起こしてそちらを攻撃するか分からない。

 回避しているうちに大体の攻撃範囲を理解する。

 打ち出す風はあまり有効範囲が広くないようで、殺人鬼を中心に大体十メートル以内が能力圏内と推測できた。

 それも距離が離れるほどに威力は減衰していくようだ。

 彼女からは二十メートルは離れたのでひとまず安心していいだろう。

 同時に繰り出せる数はひとつだけのようだが、これは偽装の可能性もあるので過信はしない。

 風は大体上半身を吹き飛ばすように放たれており、実はしゃがめば当たらないことをやはり刀で確認済み。

 なら、あの技が使える。


「さっさと死ねよォ!」


 颶風が放たれる刹那の呼吸を読む。

 僕は桜花を自分の体に沿わせるようにして低い前傾姿勢を取り。そのままの姿勢で殺人鬼へと肉薄する。

 頭上を風が通り過ぎて僕の髪をたなびかせた。

 だが直撃ではないため、それ以上の影響は僕にはない。


「なぁ……っ!?」


 大毅流『軒払のきばらい』は本来、茶屋の入り口などで敵に待ち構えられた際に使用する技だが、開始時の姿勢が低いため様々な場面での応用が利く。

 例えば今回のように攻撃の位置が高い場合などには特に有効だ。

 懐へと入り込み、間髪を入れず右脛を切り払う。

 桜花の刃は驚くほどに易々と、硬いはずの鬼人の足を斬り落とした。

 だがそれだけでは回復力に優れる鬼人はすぐに繋げてしまうし、切り離した部位を動かせる場合は可動部を残せば厄介だ。

 返す刀で足首をも切断し、脛の部分は回し蹴りの要領で手の届かない場所へと蹴り飛ばす。


「ガァッ!? て、てめえ!?」


 相手の怒声は聞き流す。

 せっかく低い姿勢で懐へと入ったのだから、その利を活かさない手はない。

 足を引戻し、伸び上がりながら首筋を狙う。


「チィっ!」


 かろうじて首筋をガードする殺人鬼だが、桜花はその鉤爪をも斬り飛ばした。

 これは僕にも予想外で、桜花がどれだけ優れた刀なのか、改めて思い知る。

 まるでお師さんが僕に力を貸してくれているようだ。


「くそが、なんでてめえみてえなのがしゃしゃり出て来やがる……!」

「さっき言ったよ。僕の仇を・・・・討たせてもらう・・・・・・・、って」


 先ほどからの言動を見るに自分の快楽のために殺人を行っているような最低の鬼人だが、僕は今回だけは相手に僕が何者なのかを伝えておくつもりだった。

 相手がただの人間だったなら取り押さえるだけで済んだかもしれない。

 だが鬼人であるのならば手加減などすれば負けるのは僕の方になる。

 負けるわけにはいかない。

 彼女を必ず助けなければならない。

 それに、相手は僕を殺したのだ。

 それらの理由が重なって、僕は殺人鬼を殺す覚悟を固めた。

 殺すつもりである以上その理由を知る権利があるだろうし、それは僕の相手に対する礼儀でもある。

 相手が理解するかどうかは、また別の話だが。


「……てめぇほどの女をヤッたならさすがに覚えてるはずだがなぁ。それに、俺ァ獲物を生かしておいたことはねえはずだ」

「死んだよ、一度」

「はあ? じゃあそこにいるてめえは何なんだよ」

「僕は僕。黒峰伊織だ」


 殺人鬼にだけ届く低い声で僕は言った。


「そして、死んだときの名は前田まえだ陽平ようへい。たったいまあなたが殺した男の名だ」

「……はっ、どんだけ美人でも頭がイカれてんじゃなァ」


 悪態を吐きながらも若干眉をひそめる殺人鬼。

 陽平という名前を彼女、有塚美紀が叫んだことと、その言われてもいない名字を僕が口にしたことに気づいたのだろう。

 とは言え同じ状況であれば、僕だってそれを信じるかと言われれば信じないと思う。

 そして、別に信じてもらう必要もない。


「信じようと信じまいと、僕があなたを殺す理由のひとつはそこにある」


 正眼に構え、右足を失ってバランスを保つのに腐心している殺人鬼を睨めつける。


「理解できねえな。それに剣人じゃねえって言ってたな。そいつは剣人を知らなきゃでてこねえ台詞だ。それに、この迷いのなさ。剣人じゃねえんだとしても、てめえは普通じゃねえ」

「理由は言ったよ。そして剣人を知っているのは、師が剣人だったからだ」

「ちっ、ろくでもねえ」


 吐き捨てるように舌打ちする殺人鬼。

 追い込まれたせいか、さっきと異なり少し話をする気があるようだ。

 そこで、どうしても聞きたかったことを尋ねてみることにした。


「あなたは何の理由があって僕を殺した? なぜ僕と彼女を襲ったの」

「……理由なんかねえよ。いや、あるっちゃあるのか?」


 先ほどよりも力のない感じの嘲笑を、その浅黒い顔に浮かべる殺人鬼。

 それは自嘲のようにも見えた。


「てめえにゃ信じられんかもしれねえが、俺も二十歳はたちまでは普通の人間だったのさ。人を殺すどころか殴ったことすらなかったなァ。鬼人や剣人ってもんは家柄で知ってたが、能力のねえ俺にゃ関係ねえと思ってたし、家族にゃとっくに見限られてた」


 鬼人や剣人は血筋によって受け継がれるものだが、剣人のそれが確実なわけではないことはお師さんや春樹さんに聞いていた。

 剣人としての血の濃さによっても能力に目覚める確率が変わり、血が薄くなると発現しないことも多いのだそうだ。

 さらに、能力に目覚める時期は人によってまちまちなのだとか。

 それは鬼人にしても同じことなのかもしれない。


「二十歳を過ぎて俺は能力ちからに目覚めた。剣人がどうかは知らねえが鬼人にしちゃ遅すぎる目覚めだ。けどな、その力は今まで俺を散々馬鹿にしてくれやがった奴らを皆殺しにできる力だったわけだ」


 力を得ることは幸せであるとは限らない。

 努力せずに得てしまったものは、特に。


「真っ先に家族を皆殺しにしてやったぜ。その後も目に付いた気に食わねえ奴は片っ端から殺した。そうしているうちに殺すこと自体が楽しくなって、わざわざ気に食わねえ奴を捜してはぶっ殺す、ぶっ壊れた今の俺の出来上がりってわけだ」


 彼の主観ではいざ知らず、傍から見る限りではこの男は力を得ない方が幸せだったのではないだろうか。

 そう、思ってしまう。


「僕たちが気に食わなかったってこと?」

「いいや。あの女が気に食わなかったのさ。剣人の分際で普通の奴らのような幸せを享受してやがる。だから先に恋人を殺してやったのさ」


 そう言って低く嗤う殺人鬼。

 この男は多分、鬼人の家に生まれたのに能力が目覚めないことで、家族から疎まれながら育ったのだろう。

 下手をすれば虐待とかされていた可能性だってある。

 それが能力を得てしまったことで、それまで蓄積されてきた不満が爆発した。

 そうして戻れない道へと足を踏み入れたのだ。

 恐らく剣人の線から彼女に目を付けた以上、僕は完全なるとばっちりを食らったということになるが、まあ、それは今更だ。

 それに、それは彼女のせいではなく、目の前の殺人鬼のせいなのだから。


「そしててめえも気に食わねえ。迷いひとつ無ぇ目をしやがって……。だがよ、なんで俺が長々とこんなことをくっちゃべったと思ってやがる」


 時間稼ぎをしていたのは分かっていた。

 それでも、殺すと決めた相手が自分のことを語っている以上は、聞くべきだと思ったのだ。

 そして、分かっていたからには当然備えもある。

 僕は構えを正眼からゆっくりと上段へと変化させる。

 相手は片足がなく移動ができない状態で切る札である以上、それは恐らく強力な遠距離攻撃。

 遠距離攻撃であるからには、風を使ったものであることは間違いない。


「……ハラワタぶちまけて死ねやァ!」


 凝縮された力が放たれる。

 いまだ蹲っている、有塚美紀の方・・・・・・へ。

 させるわけが、ない。


「ひゅ……っ!」


 相手が力を溜めていたのなら、僕もまた集中を深めていた。

 殺人鬼の動きは今やスローモーションのようになり、僕は地面を蹴って飛び出す。

 放たれたのは鎌鼬か。

 回り込んでその前に立ちはだかり、迫る鎌鼬に向けて上段に構えていた刀を一分の狂いもなく振り下ろす――!


 ギィン!


 まるで回転する鋸同士が当たったかのような音がして、僕の皮膚と制服のあちこちが瞬時に切れた。

 斬り散らした鎌鼬の余波によるものだが、服はともかく傷の方は浅い。

 見えぬものすらも断つ、対鬼流『空断からだち』が奥義の名だ。

 ただ断ち切ることだけに全神経を集中する技であり、技を繰り出した後は隙だらけのため本来は実戦で使うものではない。

 これを修得し、修練することで通常の太刀筋の向上を図るのが本来の意義だが、当てられるのであれば無類の威力を誇る。

 今回は迎撃するものがただのまっすぐ進む鎌鼬であり、それに続く攻撃がないことと、僕が玉響による高速化の最中であることで使用したのだ。

 そう、隙だらけの技を使ったとしてもなお、僕の方が速い。

 さらに踏み込み、殺人鬼へと肉薄する――!


「馬鹿、な」


 茫然とした表情の殺人鬼の口がそう動いたのが見えたとき、体ごと突き込んだ僕の刃が、彼の心臓を貫いた。


*   *   *


 ゆっくりと地面に崩れ落ちる殺人鬼。

 鬼人と言えども心臓を貫かれれば死は免れ得ない。

 その姿を、玉響の高速化の影響で息を荒げながら見下ろした。


「は……自分より強い奴には手ぇ出さねえように、手ぇ出した奴は必ず殺し尽くすようにして、証拠は残さねえようにしてきたのにな……ここで、終わりかよ」

「終わりだよ。僕から言わせて貰えば、因果応報ってことになるけど」


 息を整えながらの僕の言葉に、殺人鬼は面白くなさそうに顔を歪めた。


「け、忌々しい。殺した奴が復讐に来るなんざ、予想できるかっての……」

「結果的にそうなったけど、僕にあったのが復讐だけだったら、僕はここに立つことはできなかった。彼女が、最後まで僕を想ったからこそ、僕は歯を食いしばってここまで来たんだ」

「くそ、これだから、幸せなやつらはよ……」


 その手足がさらさらと砂のように崩れ落ちていく。

 鬼人は鬼人として死ねば骸すら残らない。

 自分を殺した因縁の相手の最期に、感傷とも言えない何かが胸に残る。

 そんな僕の胸中を知ってか知らずか、殺人鬼は僕を見上げて口を開いた。


「てめえは俺を刻むって、言ったな」

「うん」

新島にいじま成吾せいごだ。せいぜい、てめえが若死にしねえよう、あの世で祈っといてやらあ」


 そう言うと殺人鬼――新島は、目を閉じてこの世から消え去った。


「ああ、やっと、終わった――」


 最後に彼はそうつぶやいたような気がした。

 数秒、黙祷する。

 殺人鬼の胸中など分かるはずもないが、彼にだって苦悩や悲しみくらいはあったはずで。

 理解はできるはずもなく、共感があるわけもなく、同情もする余地はない。

 でも、黙祷くらいは捧げても良いはずだと思ったのだ。


「――終わった」


 それは、僕にとっても終わりだった。

 生まれ変わって十五年、このために走り続けてきた。

 それが報われた瞬間だった。

 一世一代の勝負に勝利し、彼女を、有塚美紀を救うことができた。

 感無量とはこのことを言うのだろう。

 そう思ったときに、僕の視界は暗転した。

ようやく因縁の相手を倒せました。

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